黒剣と突貫(転?)
「〈黒剣騎士団〉が〈D.D.D〉に喧嘩売ったらしいぜ?」
「いや喧嘩っていうか〈黒剣騎士団〉が一方的にいちゃもんつけてるとか」
「そうなのか? オレは〈D.D.D〉が逃げ腰だって聞いたけど・・・」
「いやそんなことより、〈D.D.D〉門外不出の『がんばりましたシール』がギルド外に配られたらしいぜ。それも3枚コンプ状態で!」
「何・・・だと・・・?」
「うわマジかよ! それって例の三羽烏のだろ? オークション出したらどんだけ値段つくんだよ!」
「なんだよその羨ましいヤツら! その単体レイドの野良参加者か?」
「メシ食ってる場合じゃねぇっ!」
先日の〈黒剣騎士団〉との騒動はアキバの街というかヤマトサーバーでちょっとした噂になってしまっているらしい。
その方向というかベクトルはなんというか予想斜め上を行ってしまってはいるのだけれど。
そんな一般的に流れている噂は別としても、〈黒剣騎士団〉の最近の動向というかやんちゃぶりは中規模以上の戦闘系ギルドの間では結構な問題になってしまっている。
『単体レイドの掲示板への討伐宣言無しでの闇狩りが今週に入ってもう5件発生しています。うち4件は〈黒剣騎士団〉ですが、〈たいだるくらん〉も便乗してますね』
『ふうん、最初はうちに喧嘩売ってきただけかと思ったけど、もう見境なしってわけか。で、クラスティ君はどう動くって?』
『基本現場を押さえての実力行使ですね。現在〈ホネスティ〉と協定内容の調整中ですが、今週末あたりから闇狩り現場監視シフトを開始する予定です』
念話の会話相手、〈D.D.D〉の中心人物の一人である山ちゃんこと高山三佐がギルド内の動きを淡々と報告してくれている。
私は現在ちょっと思うところがあってギルドから一時離脱、単独行動中。普段だったらこっちが聞いてなくても耳に入ってくるような〈D.D.D〉内部の情報が入ってこない状況なのだ。
しかしクラスティ君は正面激突の実力行使に出るつもりか。
となるとタイムリミットは週末まで。ちょっと急がなくちゃいけないかもしれない。
『というかクシ先輩、ギルド抜けてまでして一体何を企んでるんですか? 最近ヤエ先輩も所属のキャラでログインしてきませんし、また2人でトチ狂った事しようとしてるんじゃないですか!?』
うわ、山ちゃんがお説教モードになってしまった。ここは撤退に限る。
『いやいやいや、ほら私この前のアレで醜態さらしちゃったからさ。ちょっと謹慎とかそんな感じでございましてそんな企んでるとかしてないデスヨ? あ、なんか他から念話申請来ちゃいましたのでお暇させて頂きますデスね』
『何ですかその棒読みは! まだ話は終わってません! また2人だけでなんて狡いです! 私も・・・』
山ちゃんとの念話を切る。このモードになると彼女のお説教は長くて大変なのだ。
再度の念話申請が山ちゃんから来ているがここは無視させてもらおう。ごめんね山ちゃん。
「あーあ、山ちゃんかわいそ~。仲間はずれにされたってきっと拗ねるよ~」
私の横に居るヤエがそんな事を言う。
今日のヤエの姿は桜色の和鎧姿の〈武士〉 であるところの『八枝』。
この『八枝』はヤエの持つ複数のキャラクターの中でも一番古く、最初に私や山ちゃんと知り合った時もこのキャラクターの時だったりする。そのせいもあって何となく私の中ではヤエというとこの〈武士〉というイメージが強いのだけれど、登場は随分と久しぶりだ。
しかし久しぶりの筈なのだが、いつの間にかにこのキャラもレベル90にしているあたり、やっぱりヤエは相当に廃人である。
「いや、そんなこと言ってもさ、山ちゃんは〈D.D.D〉でも結構名前が知れちゃってる有名人さんじゃん? あんまり変なことに巻き込んじゃうと色々問題があるっしょ」
そうなのだ。今私達が企んでいるのは言ってみれば嫌がらせの類。
いつの間にやら〈D.D.D〉の中心人物の内でも5指に入ってしまいそうなくらい有名なプレイヤーになってしまっている山ちゃんを巻き込んでしまうと、どうしても〈D.D.D〉の看板が付いて来てしまう。ギルドにも、もちろん山ちゃんにも悪い影響が出てしまうだろう。
「それはクシだって大差ないと思うんだけど・・・」
「いやそれよりさ、ヤエの方はどうだった? なんか判った?」
ジト目でヤエが見当違いな事を言っているが、今そこで言い争っていてもしょうがない。
私はヤエに頼んでいた〈黒剣騎士団〉のギルドマスター、アイザックの所持している(幻想級)武器に関する調査の結果報告を促す。油断するとヤエの話はあっというまに脱線して、とんでもない方向にぶっ飛んだ挙句、元の着地点を完全に見失う可能性が高いのだ。
わざわざ久しぶりな『八枝』を引っ張り出してきてもらったのも、先ほどの山ちゃんの話ではないが戦闘系ギルド内での知名度が関係していたりする。
〈大規模戦闘〉クエストのような大規模コンテンツを競い合う〈D.D.D〉や〈黒剣騎士団〉のようなギルドというのはヤマトサーバー内にもそれなりの数が存在していて、そこに所属するプレイヤーというのも結構な人数にはなるものの、どうしても同じような狩場や戦場で顔を合わせることが多くなる。
となると、私程度のプレイヤーであったとしても、「あ、あいつは〈D.D.D〉に居たな」位の印象はそれなりの数のプレイヤーの中に残ってしまう。
その点この『八枝』は、私達が初めて出会った時に参加していた小規模ギルド〈猫まんま〉に未だに所属したままで、大規模コンテンツに参加した経歴もない。おまけにヤエは我侭だけど愛嬌があるから人から何かを聞き出すのも得意ということで〈黒剣騎士団〉内部調査には、この『八枝』が適任だったのだ。
「あのトサカ頭君の武器〈ソード・オブ・ペインブラック〉の性能だけどさ、クシの予想で当たりっぽいよ~。ギルド員同士の会話聞いてたんだけどさ、『俺の敵愾心稼ぎの邪魔になるとか〈神祇官〉マジツカエネエ。あれ劣化回復職だろ』とか言ってたしさ~」
ニヤニヤしながらヤエがそんな事を言う。
ちくしょうあの真っ黒トサカ頭め、人のキャラの職業までバカにしおってからに。
しかしこれで、あの(幻想級)武器の性能に関しては予想通りで確定だろう。
「うん、何か言い方が腹が立つけど、ありがと。あとは〈隠行術〉ポーションだけど、そっちはどうにかなりそう?」
「そっちもおっけい。〈妖精薬師〉には結構な額ふっかけられたけど、とりあえず手に入ったよ~」
〈隠行術〉ポーションというのはサブ職業〈追跡者〉の持つ、他のプレイヤーから自分の姿を隠すというスキルを使用可能にするアイテムだ。本来であればサブ職業に〈追跡者〉を選択していなければ使用できないスキルを代用するとあって、作製のためのレシピは貴重品、材料も高価となっていて手に入れようとすると非常に高価にはなってしまうのだけれど、今回の作戦には不可欠なので仕方がない。
「おっし、それじゃ事前準備は万端。あとはあのDQN集団が動くのを待つだけだね」
「ふっふっふ。〈黒剣騎士団〉も誰に喧嘩を売ったのか思い知ればいいの」
私はヤエと2人、目をあわせてニヤリと笑い合ったのだ。
◇ ◇ ◇
「よーしお前ら! 全員配置についたか? そろそろ横槍が入ってきてもおかしくねえんだ。とっとと倒して退散するぞ」
「タンク班の〈回復職〉、準備完了っす!」
「アタッカー班、数人があと1分ほどで到着、そいつら着いたら完了だぜ」
「あとアタッカー数人位だったら始めちまっても大丈夫じゃね?」
オレ達はシンジュク駅ビル廃墟にて、数日で再出現した単体レイドランクモンスター、〈レッサーベヒモス〉の前で陣形を整えている最中だ。
もちろん共通掲示板への討伐宣言なんてものはしていない。
以前であれば闇狩りなどと言われ、他のギルドやプレイヤーから非難される行為ではあるのだが、数日前に〈D.D.D〉にオレたちが仕掛けた横取りから後、〈黒剣騎士団〉ではこれが通常となっちまっている。
最初は〈D.D.D〉や〈ホネスティ〉あたりにちょっかい出す程度の事しか考えてなかったんだが、あの最初の〈D.D.D〉への横槍が、すんなり上手くいった事によって、どうにも団員達が勢いづいちまった。
まあ、ヤマトサーバーで最大規模の戦闘系ギルド〈D.D.D〉、それも噂の〈突貫黒巫女〉を退けたってんだからヒートアップしちまってもしょうがねえとも思うし、まあこの状況もそれはそれで悪くねえ。
あと数日もすれば奴らも何らか対抗してくるだろうが、そうなったら正面からぶつかり合えばいいだけの話だ。
「おっし、それじゃあ始めるぜ! オレが攻撃を始めて10秒で攻撃開始だ。討伐最短記録、出してやろうぜ!!」
「おっしゃ、やってやるぜ!ヤリパンサー!!」
「そっちかよ!?」
「俺は今猛烈に熱血してるってか? 古すぎるだろ!!」
討伐メンバーはレベル90の4パーティー24人。〈レッサーベヒモス〉のランクから言うと最低人数ではあるが、うちの団員に半端者はいない。加えてこの〈ソード・オブ・ペインブラック〉もあると来れば、負ける要素なんてありゃしねえ。
オレはこの数日間ですっかり慣れてしまった、レイドランクモンスターの巨体に向けて、タウンディングスキル〈アンカー・ファング〉を無造作に放った。
〈レッサーベヒモス〉はオレに対してそのでかい図体を向け、襲いかかってくる。同じパーティーに編成されている〈施療神官〉や〈森呪遣い〉達が回復呪文をオレに向けて唱える。
対象となるレイドモンスターの持つスキルによって多少の作戦変更はあるが、単体レイドなんてものは基本、〈盾〉役がそのMPの限りタウンディングスキルを放ち続けて攻撃を1点に集め、攻撃職の攻撃スキルでHPを削るっていう単純な作業。それはオレたち〈黒剣騎士団〉でも変わりはしない。
しかしオレ達の手に入れたこの〈ソード・オブ・ペインブラック〉はレイドランクモンスターに対峙する際のタンカーの常識を覆すとんでもない能力を持っていた。
『自らの受けたダメージのうち一定の割合を敵愾心として反射する』能力。
それが意味することは即ち、一度オレにレイドモンスターの攻撃が向けば、そのあとは何をせずとも自然にタウンディングスキルを掛け続けるのと同様の効果が得られるということ。MPの残量を気にしなくてもいいってことだ。
今までであればレイドランクモンスターとの戦闘というのは、自分の残りMPと睨み合いながらタウンディングスキルだけを掛け続けるという、爽快感の無い作業だった訳だが、MPの残量を気にしなくても良いのであれば武器攻撃職程ではないものの〈守護戦士〉にだってそれなりに攻撃系のスキルは揃っているのだ。
「それじゃオレもストレス解消させてもらうぜ! 喰らいな、〈レイジング・エスカレイド〉!!」
オレは普段の狩りでもMP効率が悪く殆ど使う場面もない、〈守護戦士〉の持つ中でも派手で強力な攻撃スキルを放った。
◇ ◇ ◇
「お~始まったね~。ぎりぎりセーフ」
シンジュク駅ビル廃墟に着いたのは、丁度〈黒剣騎士団〉がレイドモンスターに対する攻撃を開始したタイミングだった。
私達は現在、〈隠行術〉ポーションを使用中で、こちらから攻撃的な行為を行わない限り、〈黒剣騎士団〉からは私達がここに居るということは知られない状況。まだ私達の存在がバレて警戒されるわけにはいかないのだ。
しかしまたも子ベヒとは何とも縁があると言うかなんというか。まあ、リベンジの舞台としては丁度良いと言えなくもないのだけれど。
しかしさすがは高レベルのプレイヤーだけを集めているとの噂の〈黒剣騎士団〉。
集まったプレイヤー達の装備も結構良いものが揃っているし、何より動きがレイド慣れしている。
そんな戦場の中心ではギルドマスターのアイザックが、黒い大剣を振り回し、予想通り通常のレイド討伐のタンクではありえない攻撃スキルの連発なんて行動をしている。
「うん、思った通りの状況だね。そんじゃ仕掛けるタイミングはヤエにまかせるよ。合図ヨロシク」
「おーけーまかせて。ばっちこい!」
ヤエに同行してもらった一番の理由は、この仕掛るタイミングの判断が私には出来ないからだ。
今回の作戦の肝となるのは、ターゲットであるアイザックのMP残量。
〈エルダー・テイル〉の仕様上、パーティーを組んでいないプレイヤーのHP、MPの量というのは直接見ることはできない。だが、同じ90レベルの〈守護戦士〉を自分のキャラクターとして持ち、レイド戦闘も慣れているヤエならば、アイザックの使用したスキルや回数などから、大まかであればそれを予想することもできる。
アイザックのMPがほぼゼロになったタイミングが一番望ましくはあるのだけれど、それ以前に〈レッサーベヒモス〉が討伐されてしまっては意味がない。
まさにこのタイミングによって今回の作戦の可否がほぼ全て決まるのだ。
目の前の戦場では〈黒剣騎士団〉によるレイド討伐が順調に進行している。
〈レッサーベヒモス〉のHPも既に半分が削られている状態だ。
「ヤエ、まだ? もう子ベヒ50%まで削られちゃってるんだけど、間に合わなくならないかい?」
「まだだね~、トサカ頭君のMP残量2割5分ってとこかな~。1割位のとこまで行かないと立て直されちゃうしね、もうちょい」
焦って思わず声をかけてしまった私に対してヤエが緊張感のない声で答える。
全くヤエは変な所で図太いと言うか何というか。まあ今回みたいな状況では、悔しいけれどすごく頼りになるんだけれど。
そんな状況で待つこと数分、〈レッサーベヒモス〉のHPが3割を切ったあたりで、じっとアイザックを観察していたヤエが私の方を振り向いた。
「うっしゃ、これ絶対もう1割切ってる。クシ! やっちゃえ!!」
待ちに待ったヤエの合図。
私は黒い大剣、〈ソード・オブ・ペインブラック〉を振り回す〈黒剣騎士団〉のギルドマスター、アイザックをターゲットに指定し、魔法の詠唱を開始したのだ。
『がんばりましたシール』ってどんななんだろう?
しかし、レイドドロップ期待して参加したアカツキさんが、シールもらって困惑とかだったら、それはそれでとかいらぬ妄想。