黒剣と突貫(起?)
大災害より数年前のお話。
「西風と疾風」を公開してる、相馬将宗さんとTwitterで交わした話を元にした〈ソード・オブ・ペインブラック〉を題材にしたネタ話です。
前編だけだと章タイトル詐欺っぽいですが、このあとは〈D.D.D〉がらみが減ってザック様登場なのでごめんなさい。
「シンジュク駅ビル廃墟にて、単体レイドランクモンスター、〈レッサーベヒモス〉の出現確認! 討伐宣言はまだありませんけど、どうしますか?」
ギルドチャットに狩りを行なっていたであろうギルドメンバーからの報告というかメッセージが流れる。
ギルドチャットというのは、所属しているギルド、私で言うなら〈D.D.D〉のメンバーのみが参照することのできる伝言板のような機能だ。
現在の〈エルダー・テイル〉でプレイヤー同士の会話といえば電話のように音声でやりとりをするボイスチャットが一般的ではあるのだけれど、多くのプレイヤーで共有したい情報などの伝達などではやっぱり文字情報が有利。特に私達〈D.D.D〉のようにオンライン状態のメンバーが常時100人以上もいるようなギルドで全てのメッセージを音声でなんてことは聖徳太子様のような特殊能力でもない限り不可能だ。
なので〈D.D.D〉ではギルド内で共有したい情報の伝達や、中核メンバへの報告など、ギルドチャットの使用頻度は結構高い。
とはいえ、その大半は、「NPCのレヴィネラ様に踏まれたい!!」とか「あんな悪女ねえよ、ティアリス様一択だろ。妹キャラ的に考えて!」とか「まあ2人とも俺の横で寝てるんだけどなっ」とか「妄想乙」とか「死ね!」とか、ろくなものじゃなかったりするのだけれど。
「最近単体レイドしてねえし、やりてえな!」
「前のポップの時も〈シルバーソード〉に持ってかれたし、ここは実行の方向で!」
「今、〈ベヒモスの牙〉値段上がってるんで、実入りもいいっすよ」
ギルドチャットに次々とメッセージが書きこまれていく。
単体レイドランクモンスターというのは、決められたフィールドにランダム周期で出現する単体もしくは数匹の共をつれて出現するレイドランクモンスター。〈大規模戦闘〉クエストのように事前に面倒な手続きをこなしたりすることなしに、その場に行けば挑むことの出来る、いわゆる〈大規模戦闘〉の簡易版みたいなものである。
簡易版というだけあって倒したことで得られる報酬もレイドクエストよりは劣るのだが、それでも貴重な制作素材や、運が良ければ結構貴重な(秘宝級)の装備を得ることができる可能性もある。
人数さえ集めれば結構簡単に挑める事もあって、単体レイドというのは〈エルダー・テイル〉でも結構人気のあるコンテンツの一つとなっているのだ。
「ギルマス・・・はインしてないですか。ではインしてるスタッフの中で一番上って誰です?」
「リチョウ殿ではござらんか?」
「いや、悪いんだが俺ちょっとこの後出なくちゃならなくてよ。高山女史か姉御にお願いできねえか?」
「そう言う事であれば、クシ先輩ですね。主に実年齢的に考えて」
こういったギルドで行動する行動の最終決定は基本的にギルドマスターの役目なのだが、現在クラスティ君はゲームにログインしていない。
〈D.D.D〉ではこういう場合、中心スタッフの誰かがその代理をして行動することが多いのだけれど、今回なんだか私にお鉢が回ってきちゃいそうなよろしくない雰囲気だ。あと山ちゃん、人を年寄りみたいに言うな。
「じゃあ決まりですね。突貫の姉御、指示ヨロシクっす!」
うわ、決定か。ちくしょうユタめ、止めさしおってからに。あとで泣かす。
「うう、でもしゃあないか。んではリチョウさん、共通掲示板にレイド討伐宣言だけはよろしく。ギルド外からはアタッカー中心の2パーティーでいいよね。レベル下限は80で、30分後現地集合ってことで」
「ほいよ、文面はいつも通りでいいよな」
「はい。でも、前みたいに〈突貫〉とか何とか変なこと書くのはNGだからね!」
「ちっ、つまんねえな。黒巫女主宰、単体レイド大突貫祭り!とかした方が盛り上がると思うぜ」
「却下。ダメ、絶対!」
リチョウさんまでも調子にのりおってからに。こっちもあとで絶対泣かす。
単体レイドモンスターというのは、種類ごとに出現場所はある程度の範囲で決まっているのだが、出現頻度には今のところ法則性が見いだせていない。討伐後1日経たず再出現することもあれば、数ヶ月出現しないこともあったりする。
結果、ヤマトサーバーの場合では、単体レイドの討伐権利はゲームをプレイしている全てのプレイヤーが見ることの出来る共通掲示板に討伐すると一番最初に宣言したものが得るという早い物順の日本人的な暗黙のルールが適用されている。
ちなみに今リチョウさんにお願いしたのは、この単体レイドは〈D.D.D〉が討伐するよってことと、その際にギルド外から2パーティー分の討伐メンバーを募集するから希望者は名乗りでてねということである。
外部から討伐メンバーを募集するのは、ぶっちゃけ世間体のためだったりする。
私達〈D.D.D〉は多分ヤマトサーバーでも一番〈大規模戦闘〉の攻略実績の多い戦闘系ギルドで、一部のプレイヤーからは〈大規模戦闘〉や、それによって得られるレアアイテムを独占してるなんていう批判をされることも多くなってきてしまっている。
こっちからしたら独占なんて気持ちは全然ないし、あれはあれで準備やら何やら大変なんだと色々言いたいところではあるのだけれど、まあ無用な争いも起こしたくないしということで、〈D.D.D〉で単体レイド討伐を行う場合、ギルド外から半数弱のメンバーを募集するというのが恒例になっているのだ。
「メインタンクは・・・ ヤエいたよね、『ヤーヴェ』になって出れる?」
私は〈エルダー・テイル〉を始めた当初からの悪友であり、現在でも〈D.D.D〉の仲間であるヤエに念話を繋いで確認を入れる。
「ん? 今ギルドチャットに流れてた単体レイドの話?」
「そうそう、なんだか今回、私がまとめ役になっちゃってさ。ヤエにタンクやってもらえると助かるんだけど」
「おーけー、そういう事なら引き受けてあげよう。今狩り中だけどギルメンだけ編成だから、すぐ戻って代われるよ~」
「さんくす。ほんじゃよろしくー」
レイドモンスターとの戦闘を成功させる要因の半分以上は、装備も経験も優秀なタンクを担当するプレイヤーの確保にかかっていると言ってしまっても過言ではない。
タンクには敵の全ての攻撃を受けきる防御力、敵愾心を自分一人に向けるため、タウンディングのスキルを常時かけ続けることができるだけのMP管理能力、加えてどうしても防御力が高い防具、高いタウンディングスキルの階級が必要になってしまう。
タンクを担当するプレイヤーが死亡してしまったり、MPが枯渇して敵の敵愾心管理ができなくなってしまえばその後は阿鼻叫喚、防御力の低い他のプレイヤー達が次々となぎ倒されて全滅なんてことになってしまう。
その点ヤエというか、ヤエのもつ別キャラクター『ヤーヴェ』はレベル90で装備もスキルも揃った守護騎士。通常のパーティー戦闘では猪突猛進気味なのだけれど、何故かレイドモンスターとの戦闘でのタンク役は上手い。まあ付き合いも長いので色々とやりやすいというのもあるけれど。あと、『ヤーヴェ』のキャラクターは男性のエルフ。いわゆるネナベで見た目とチャットの声が合わなくて気持ち悪いという問題もあるけれど。
「おっし、タンク確保。んじゃ、山ちゃんはギルド内でレベル75下限で4パーティー編成よろしく。子ベヒだったら予備タンクは要らないだろうから、タンクパーティー1と補助系1、残り2つはアタッカーで良いかな。私はタンクのところので指揮とろか。山ちゃんは補助職まとめてもらえる?」
で、最後がそれ以外のメンバー。
こっちは冷静な真面目っ子かつ、戦域哨戒班の統括を一手に担う優秀な後輩にして、こちらも長年の付き合いになる山ちゃんにお願いする。人を年寄り扱いして責任をなすりつけたんだから、その位はやってもらっても罰は当たらないだろう。
「了解です。今までのレイド参加回数を加味して、経験の少ないものを優先で編成します」
今回相手をする〈レッサーベヒモス〉は物理攻撃のみで魔法等の変則攻撃をしてこない比較的与しやすい相手だから、アタッカー陣はそこまで経験のあるメンバーじゃなくてもこなせる筈。
最近は『新皇の帰還祭』とか『武天帝の遺産』の方につきっきりで、レベル80以下のメンバーが活躍できる場がなかったから今回のコレは良い機会。
さすがは山ちゃんというか、言わなくても汲み取ってくれるあたり、やりやすくて非常に助かる。
「おお、単体レイド大突貫祭りかよ! 久々じゃね?」
「クシの姉御指揮MAJIDE!?」
「やった、三佐さんから早速参加要請きたぜ!」
「今回はハズレかよ! ちくしょう、参加権よこせ!」
「これも終末までの定められた道筋の一つ・・・所詮我々は決められたレールからは逃れられない運命というわけか・・・」
「平常運転厨二乙」
ギルドチャットが興奮したメッセージでスクロールしていく。
たかが単体レイドではあるのだが、まあ、ちょっとしたお祭り気分なのだろう。
「そんじゃあそんな感じでいってみよか。討伐隊に選ばれたメンバーは30分後にシンジュク駅ビル廃墟集合ってことでよろしく!」
「「「アイ・マム!!」」」
何故か、ギルドチャットのチャットウィンドウが変な号令で埋まる。
全く山ちゃんじゃあるまいし、それだけはやめてもらいたいのだけれど。
まあ、これもいつも通りのよくある日常の風景。
今日も今日とて〈D.D.D〉は平常運転だったのだ。