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たまご(再掲載)

何度もばたばたしてスミマセン。

ちょっとした理由で再度こちらに移動。

んでもって、これ anotherてきなナニカになります。

 初夏の朝の訪れは早い。

 東の地平線を織り成す山々の稜線が漆黒と橙色の鮮やかなコントラストを描きだし、まだ濃い藍色を残す空にうっすらと光る星は徐々にその姿を隠し始めている。


 そんな朝焼けの空をアキバから飛び立った私の乗る〈鷲獅子〉(グリフォン)は、数十分の飛行の後にようやく目的地である辺境の小さな街の姿を確認して徐々に高度を落とし始める。

 初夏と言えども夜明けの空の風は針を刺すかのような冷たさで、まさかこんなにも遅い時間になるとは思わず軽装で出かけてしまった昨日の自分の迂闊さが悔やまれる。

 強靭な冒険者のこの体は冷気によってダメージを受けるなんて事はないのだけれど、気分的にはそろそろ限界が近い。寒いものは寒いのだ。


 私がこんな時間に空中散歩をさせられる羽目になったのは、いつもの事ながら〈D.D.D〉のギルドマスターであるクラスティ君が元凶だったりする。

 〈大災害〉後の最初の数日で〈D.D.D〉は幾つかの中小ギルドを吸収することになったのだけれど、そこで発生したのがレベルが低いプレイヤーに対するサポートの問題。


 元々〈D.D.D〉は〈黒剣騎士団〉のように入隊にレベル制限などはかけていなかったので、少ないながらもまだレベルの低いプレイヤーも所属していた。そして、そんなプレイヤー達のサポートは〈三羽烏〉の一人、りっちゃんことリーゼの率いる教導部隊の担当。

 しかしここにきて〈大災害〉の大混乱に加えて初心者プレイヤーの大量増加で、りっちゃん達教導部隊だけではレベルの低いプレイヤーへのフォローの人手が圧倒的に足りなくなってしまったのだ。

 おまけにアキバの街近辺の初心者向けの狩場は大手ギルド同士の場所の取り合いや、一部ギルドの起こしているPKなどで雰囲気も悪く、いかに〈D.D.D〉といえども気軽に街の外に出かける訳にはいかないというのが実情。


 そこで目をつけられたのがテンプルサイドという初心者向けの狩場に近い街でギルドを立ち上げる事になった私というわけで、今回の議題はテンプルサイドの街に〈D.D.D〉の初心者プレイヤーの教導をするための出張所を立ちあげて、その補助を一部私のギルドの方で受け持つとかそういう話。

 これがクラスティ君や山ちゃんだけが相手だったら、どうにか誤魔化して逃げ出したい所ではあるのだけれど、オトナな見た目に反して実は中心スタッフの中でも特に若くて素直なりっちゃんに涙目になられてしまうと、私としても無碍にするのが躊躇われてしまう。

 というわけで、こっちに派遣されてくる人数やら受け入れ先の住居ゾーンの手配やら、実際の教導の手段やらなんて事を詰めていたらいつの間にかにこんな時間になってしまったと、そういう状況なのだ。

 ダル太のこっちへの移籍を促したり、援助がどうとかとか言い出した時から何か裏があるのではないかとは思ってはいたのだけれど、多分最初からこれを見越していたのだろう。

 あの陰険ドSメガネめ、こっちの世界に来てからも相変わらずで油断がならない。


 とはいえそんな罰ゲームじみた空中散歩もあと少しでゴール。愛しの我が屋敷はもう眼下に見えている。

 屋敷に戻ればもうお風呂は片付けられちゃってるだろうから無理でも、暖かいお茶も味がなくてげんなりするけど、ベットに潜り込んで昼まで寝ていたりするとバルトさんやらリーネちゃんやらの視線が痛いけど、いやいやそれでも一息つけるってものなのだ。


 街の〈大地人〉の人たちはもう活動を始めているようで、眼下の街の路地にはちらほらと人の影が見え始めているけれど、中身が現代人な屋敷の〈冒険者〉達はまだ深い夢の中だろう。


 私はそんな屋敷のみんなを起こさないよう、ゆっくりとグリフォンを屋敷の庭へと着陸するように指示を出したのだ。



 ◆



「お帰りなさいませ、クシ様」

 降り立った庭から屋敷の中へ入ると、そこに待っていたのは屋敷の執事様、バルトさんの姿だった。

 こんな朝早くだというのに、その格好には一片の隙もなくいつもどおり。特に慌てて出てきたような感じも見えない。

「はい、只今戻りました。……っていうか、帰りは遅くなるからってのは伝えてもらってると思ったんですけど、まさか徹夜とかじゃないですよね?」

「さすがに私もこの歳ですので徹夜は堪えます。昨晩は普通に就寝させて頂きました。しかしそろそろ戻られるのではないかと思いましたので、本日は普段より少し早い時間に起床いたしております」

 何でもない事のようにあっさりとバルトさんは優雅に礼をしながらそんな事を言う。

 なんともナイスミドルで惚れ惚れしてしまう所作だけれど、日々こんなでは私の方が罪悪感で参ってしまう。

「……これからはそういうのはナシでいきましょう。私の時間になんか合わせなくていいので、普段通りでお願いしますです」

「しかし屋敷の主の帰りをお迎えしないなどというのは、私の職務としても……」

 困ったような表情でバルトさんが反論してくる。バルトさんの執事という仕事にかける情熱というかプライドが並大抵のものではないという事はこれまでの屋敷での生活で痛感してはいるのだけれど、これは引くわけにはいかない。私の心の平穏がかかっているのだ。

「私も多分これから色々と出かけることとか多くなると思いますし、〈冒険者〉なんて基本だらけた生活な奴らばっかですから時間だってめちゃくちゃですよ! そんなされると私の方が心苦しいので勘弁して下さい! お願いします!!」

「頭をお上げくださいクシ様! そこまで仰るようでしたら従わさせて頂きますので……」

 深く頭を下げる私に、バルトさんは慌てた口調で答える。頑固なバルトさんだけれど唯一の弱点は泣き脅しに弱いこと。

 今回は土下座も辞さない覚悟で臨んだ私の勝利である。いやまて、これは勝ちなのだろうか?


 思わず考えこんでしまい、屋敷には再び沈黙が訪れる。

 と、そんな中、屋敷の奥、食堂や厨房がある方向から微かに人の動いているような物音が聞こえるのに気づく。

「あれはリーネとユーリですね。この時間ですと皆様の朝食の準備を行なっている筈です」

 耳を傾ける私の仕草に気づいたのだろう。バルトさんがまだ言葉にしていない私の疑問に答える。

「ええ? でもまだこんな早い時間ですよ!? まだ朝食の時間までって結構あると思うんですけど」

「早いと言いましても既に日は登っている時間です。それにここの所、皆様屋敷で朝食を取られますので、人数分を用意するとなると、それなりの時間も掛かりますので」

「うう、そっちもか。……とりあえず厨房覗いてきます」


 全く屋敷の従業員様方は真面目すぎる人ばかりだ。

 私は真面目人間二号、三号と対峙すべく、厨房へ足を向けたのだ。



「あ、お帰りなさいませ、クシ様!」

「おかえり。ませ。です」

 厨房に居たのはリーネちゃんとユーリちゃんの屋敷のメイドコンビ。二人は私が入ってきたことに気づくと一旦作業を止めてそんな挨拶をしてくれる。

 〈料理人〉のスキルを持っているのはちっちゃい方のユーリちゃん。彼女が厨房で調理スキルを使用して料理を作成している。リーネちゃんは配膳などのその他の仕事を手伝っているようだ。


 ゲームであった頃の〈エルダー・テイル〉の仕様が各所に影響を及ぼすこの世界での調理というのは特殊だ。

 調理台や厨房などの決められた場所に立ち、素材アイテムとレシピを指定した後にスキルを使用することにより素材アイテムが消費されて料理アイテムが生産される。このスキルや手順というのはレベルの上下はあれども〈冒険者〉でも〈大地人〉でも変わりはないらしい。今目の前でリーネちゃんが行なっているのも、私の知っている手順と全く同じように見える。

 ただし、これは最近気づいたのだけれど〈大地人〉と〈冒険者〉ではスキル使用時間、および再使用時間が違っているようなのだ。具体的に言うと私が調理スキルを使った場合には十秒程で料理アイテムが生成されるのだが、これが〈大地人〉のユーリちゃんの場合、同じ物を同じように作成した場合でも百二十秒もかかってしまう。

 現在ユーリちゃんは〈目玉焼〉を作成しているのだけれど、この屋敷に滞在している冒険者は最初からちょっと増えて二十五人。全員分の目玉焼きを作成するだけでも単純計算で一時間弱かかってしまうという計算になる。


「成程。だから時間がかかるのか。ユーリちゃん、私も手伝うよ。何を作ればいいか教えてくれないかな」

「駄目。これは私の仕事。だから」

 ユーリちゃんは私の方を振り向きもせず、一刀両断で私の提案を却下する。

 ユーリちゃんもバルトさんと同じく自分に任された仕事というものに強い思い入れがあるようで、私に限らず他の〈冒険者〉にもなかなか仕事を手伝わせてくれないのだ。

 とはいえ結構な人数の料理をユーリちゃん一人だけにこれからもお願いするというわけにもいかないだろう。ここは今のうちにどうにかしておかなくてはいけない。

「いやでもさ、私も手伝えばもっと早く終わるし、そしたらこんなに早起きしなくてもすまなくならないかい?」

「駄目……」

 今度は私の方を向き、一言だけ言葉を発した後、ユーリちゃんはじっと私を見つめて視線を動かさない。

 実はこのユーリちゃん、場合によっては執事のバルトさんよりも頑固だったりする。なおかつ対バルトさんでは必殺技になる泣き脅しが効かない。というか大体ユーリちゃんの方に先に涙目で訴えるという手段をとられ、こっちが先に屈してしまうというパターンで撃沈させられてしまうのだ。今もきっともう少しこのままで居ると目尻に涙がじわっと浮かんできたりするのだ。

「…………」

「…………」

「うう、わかった。ここはユーリちゃんに任せますです……」

 にらめっこ勝負は私の敗北。思わず先に目をそらせてしまったので、すごすごと退散だ。私とユーリちゃんの顔色を交互に見ながら横でおろおろしていたリーネちゃんも、ほっとした表情で自分の作業に戻っていく。

 とはいえ今更私だけ部屋に戻って一眠りなんて気分ではなくなってしまった。私は厨房の端にある椅子に腰掛け、二人の作業をぼーっと見守る。

 

 三十分位は経っただろうか、そんな感じで二人が朝食を準備する姿を眺めていたのだけれど、ふとひとつの考えが私の頭をよぎる。

「ん? これスキルで作成するより普通に全員分一気に作っちゃった方が早いんでないかい?」

 私達の居るこの厨房は、結構な大きさのある屋敷の設備というだけあって、それなりの広さを持っている。

 実際使われた事はないのだろうけど、調理をするためのかまどが三つ並び、ピザでも焼けそうな石窯も奥には備え付けられている。加えて何故だか鍋やフライパンなどの調理器具も沢山並んでいる。

 これらは調理スキルには実際不要なもので、ゲーム的に言えば雰囲気を出すための飾りでしかないのだろうけれど、かまどに火を入れれば使えるのではないだろうか。


「普通? わからない。です」

「あ、そうか。普通っていうのはね、えっとリーネちゃん、このかまどに火っておこせるかな?」

「は、はい! 薪もくべてありますし、ちょっと待っていただければできると思います!」

 そう言うとリーネちゃんは厨房に置かれていたランプから口火を取り、慣れた手つきでかまどに火を起こしてくれる。

 私はその間に厨房の中を吟味して、調度良い大きさのフライパンをひとつ手に取る。

 特にさびていたり壊れていたりはしていないようだけれど、テフロン加工はさすがに期待できないだろう。

「ユーリちゃん、何でもいいから調理用の油って何かあるかな?」

「ラード、オリーブ、胡麻、菜種」

 指折り数えながらのリーネちゃんの答えが返ってくる。料理自体はアレだけど、調味料はそれなりに揃っているらしい。そこら辺もなんだか不自然だとは思うけれど、とりあえず悩むのは後回し。

 まずはこの食事の準備に時間がかかりすぎてしまう現状をどうにかしておかなくてはならない。


「ほい、じゃあ菜種の油を貸してもらえるかな」

 私はユーリちゃんから油の入った瓶を受け取った後、まずはフライパンをかまどに乗せる。

 調度良く熱せられた頃合いを見て、ちょっと多めにその油をフライパンに垂らす。

 私が何をしようとしているのか全く想像がつかないのだろう。リーネちゃんとユーリちゃんは不思議そうに私のする事を眺めている。

「じゃあ次は卵。とりあえず実験ってことで、三つほどもらえるかな?」

 リーネちゃんが持ってきてくれた卵を片手で割ってフライパンに投入。これでも大学生時代の貧乏生活のお陰で料理は結構得意な方なのだ。

 結構かまどの火力が強いからフライパンの位置を少しずらして調整。後はちょっと水を足して蓋をして一分ほど待てば目玉焼きの完成ということろだろう。


 蓋をしたフライパンの中からは油と水分が発するぱちぱちとした音。

 その蓋のふちからかすかに立ち上る湯気が厨房の中にやんわりと流れ出す。


「あれ? クシ様、この匂いって?」

「うん、卵だねえ。なんかこういう香りも久しぶりって感じだなあ」

「おなか、すく香り」

 火の通った油の匂い、それから卵に火が通る匂いが厨房の中に香ってくる。

 そういえばこの世界に放り込まれた初日も、この厨房で張り切って料理を作ったことを思い出す。まあその結果は見た目だけは豪華で、味も匂いもしない例の塩気のないふやけた煎餅という惨事が待っていたんだけど。


 って、え? ちょっとまて! 料理の香り!?


「リーネちゃん! お皿! 三人分! あとフォーク!」

「は、はい!!」

「ユーリちゃんは、醤油……は無いだろうし、ソースも無理か。お塩! お塩持ってきて!」

「わかった」


 香りもそうだけど、重要なのは料理自体だ。恐る恐るフライパンに乗せた蓋を開ける。

 蓋を開けた途端、湯気とともに卵特有の香りが舞い上がってくる。

 中に待っていたのは、つるりと白く光る白身の真ん中にお日様のような丸い黄身が輝く目玉焼の姿。


 私は無言でフライパンの中身をリーネちゃんの持ってきてくれた皿に切り分け、厨房の中に置かれたテーブルの上に並べる。

「二人とも座って。とりあえず食べてみよう」

 リーネちゃんが目玉焼に目が釘付けになったまま席に着く。

 普段だったら「まだ仕事中」とか言いそうなユーリちゃんも、今ばかりは無言で頷いてその隣に座る。

「それじゃあ、いただきます」

「「いただきます」」

 思わずごくりと唾を飲んだ後、私は慎重に皿の上の目玉焼にフォークを刺したのだ。



 ◆



 アキバの街のギルド会館の一角、〈三日月同盟〉が所有するギルドホールの奥にある一室。

 半ばギルドマスターであるマリエールの私室と化しているファンシーなアイテムで彩られた執務室に集まっているのは、その部屋の雰囲気とは反して、一様に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて顔を向かい合わせる四人。


 この部屋の主である〈三日月同盟〉のギルドマスター、マリエール。

 同じく〈三日月同盟〉の会計役を務め、実質ギルドの実務を担うヘンリエッタ。

 今回の作戦の発案者であり、数日前新たに設立されたギルド〈記録の地平線〉(ログ・ホライズン)のギルドマスター、シロエ。

 そしてその参謀役でもあり、この中で実年齢も、ゲーム歴的にも最年長であるにゃん太。


 文字通り寝る間も惜しんで、あまりにもタイトなスケジュールを消化すべく徹夜での作業を進めているこの四人は、マリエールから上がった新たな提案を検討すべく、この〈三日月同盟〉のギルドホールの一室で作戦会議を継続中なのだ。

「もう無理。うちもう限界や。せやからプリン! せめてプリンだけは!!」

「そんなこと言ってもマリ姉、今でもギリギリなこのスケジュールの中でメニューを一品追加っていうのは正直無茶でしょう。余程の効果が見込める話じゃないと、唯でさえ足りてない人員を新たに割り振るなんてできないですよ」

 眉間に指を置き数瞬考えたのち、シロエが首を横に振る。

 主に自分が立てたスケジュールがマリエールにも大きな負担をかけてしまっていることは嫌というほど理解しているシロエとしても、マリエールの要望は受け入れたい気持ちは大きいのだが、その負担故に安易にこれ以上作業を増やすようなことはできない。

「シロ坊、そんな冷たいことばっかり言ってると意中の女の子にもそっぽ向かれてしまうで? 女の子はな、どんな時でも心の中のすいーつっていう道標を頼りに人生を歩むもんなんや! シロ坊はそんなうちにそんな道標を示す義務があると思うんや!!」

「マリ姉、全然言ってることの意味わからないですから……」

 シロエは唇を尖らせて不満を大にするマリエールから視線をそらしつつ、横に座るにゃん太に無言で助けを求める。

「ふむ、そうですにゃあ。たとえばそのプリンの食材がちょっと入手しずらい物だったりすると、ハッタリくらいにはなるかもしれにゃいですけどにゃあ。ロック鳥の卵あたりだったら新たに入手したレシピとか未知のクエストとか誤解してくれるかもしれないにゃ」

「そう、それや! これものごっついプリンなんやで! なんて言ったらカラシン君あたりなんかだったらもうイチコロやん! これは絶対つくらなあかんと思うんよ、うち!」

「カラシンさんだったら、そんな物がなくてもマリエが笑ってるだけでどうにでもなってしまいそうですけど。まあロデリックさんあたりなら深読みしてくれそうではありますわね」

「シロ坊も生産系ギルドとの交渉での嘘はナシって言ってたやん? でも正直うち全然自信ないねん。せやから援護射撃と思ってな、ここはプリンがどーしても必要やとおもうんよ!」


 話はまたもシロエが予想しなかった方向へと脱線する。

 しかし、マリエールのモチベーション維持にしか意味がないと思われたこの〈プリン〉という料理に、交渉を有利に進めるという効果も期待できるのであれば再度検討の価値はあるかもしれない。シロエは再び、現在の人員それぞれに割り振った作業や交渉可能な人脈、そして達成に必要となるハードルの高さを頭の中でシミュレーションする。

「確かにそういう見せ札が有効な事は理解できます。できるんですけど……」

 だが、再度の検討でも実現を可能とするためには圧倒的に足りないものがある。

「ロック鳥っていえばこの近くで生息してる所だと、一番近いので高尾山あたり。あそこはレベル八十オーバーな狩り場じゃないですか。今の僕たちじゃそんな高レベルなゾーンでの狩りは無理ですよ」

「そうだにゃあ。吾輩達が経験した一番レベルが高いゾーンで七十ちょっと。これ以上となると最低でも〈回復職〉(ヒーラー)を含めたフルパーティーじゃないと難しいにゃあ」

「うち! うちだって一応レベル九十の〈施療神官〉(クレリック)やし! プリンのためだったらうちは何処へだって行くで! うちら四人と直継やんとアカツキちゃんか小竜でもおったら高尾山ゾーンくらい余裕やって!」

「マリ姉はダメです。それに僕とヘンリエッタさんだってアキバを離れる余裕なんてないですよ」


 ここ数日のスケジュールが殺人的になってしまった理由でもある人員の少なさが、ここでも足を引っ張る。

 シロエ達〈記録の地平線〉は全員がレベル九十のベテランプレイヤーではあるものの、その人数は四人でしかない。

 また〈三日月同盟〉も大災害時ログインしていた人数は十九人と少なく、なおかつレベル九十のプレイヤーはマリエールやヘンリエッタを含めても数名しか所属していないというのが現状。

 現在シロエが動かすことのできる人員では街の中での作業であればともかく、高レベルゾーンでの狩りを必要とする食材アイテムの獲得などという行為はハードルが高いと言わざるを得ないのだ。

「そうですわねえ。うちもマリエ以外となると高レベルの〈回復職〉は居ませんし、ここは保留でしょうか」

「うう、そんなあ。うちのプリン……」

 マリエールの涙声を最後に執務室に静寂が訪れる。


「にゃ? お、クシっち、お久しぶりだにゃ」


 誰もが次の言葉が出せずにいたそんな時、目を閉じて腕を組んでいたにゃん太が、耳をぴくりと動かして声を上げる。

 誰かから念話が入ったのだろう。にゃん太は念話特有の虚空を見つめるような表情で言葉を続ける。

「って落ち着くのにゃ。目玉焼はよくわからにゃいのだけれど……料理って事はクシっちも気づいたのかにゃ?」

 話が膠着していたタイミングでの念話に、ちょっとした休憩とばかり一息ついた残りの三人であったが、にゃん太のその言葉の中に「料理」という言葉が出てきたことににより、緊張が走る。

 現在シロエ達が進めているミッションの中で重要な位置を占める「料理の秘密」。話の流れからして、にゃん太の念話の相手はそれに気づいたのだ。

「にゃ、にゃん太様!」

 思わず声を出してしまったヘンリエッタをにゃん太が「大丈夫にゃん」とでも言うかのように腕のしぐさで押しとどめる。

「そうにゃ。ただし作るのは〈料理人〉じゃなくちゃいけにゃいってところが、ミソなんだにゃん。それはそうと、ちょっとクシっちにお願いしたいことがあるんですにゃ……」


 にゃん太は〈エルダー・テイル〉のプレイヤーとしても、もちろん人生の先輩としても頼りになる人物だ。彼が大丈夫だというのであれば、その念話の相手はにゃん太としても信用がおける人物なのだろうとは思う。

 とはいえども現在進めているミッションがすべて覆される可能性があるその情報を、自分たち以外のプレイヤーが知ってしまったという事実の前には、どうしても平常心ではいられない。

 シロエ達三人は、にゃん太の念話が終了するのを、固唾を呑んで見守る。


「じゃあまた、詳しいことは後で連絡するにゃん」

 とても長い時間に感じてしまったが、実際には数分のことだったのだろう。

 にゃん太があいさつの言葉で念話を終了し、シロエ達に目線を戻す。

「で、どうなん? うちらのこれ大丈夫なん?」

 心配した表情で尋ねるマリエール。

「大丈夫にゃん。おまけにマリエっちには朗報にゃ。たった今、吾輩達のプリンに協力してくれる頼もしい〈回復職〉のあてができたのにゃん」


 しかしにゃん太は誰もが安心するような優しい笑顔で、そう答えたのだ。


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