ふんどしの日リターンズ(7)
打ち切り風味。
これでおわり。
## 20XX年2月14日 21時38分
##〈フシミオンラインエンタテイメント〉オペレーションルーム
「〈D.D.D〉も動き出しました! これでレイドボス戦闘、参加は5ギルドです!」
「ふん、各ギルドの背後辺りにザコMOBでもPOPさせとけ。多少は撹乱できるだろ」
「〈怨念と殺戮の君主タダオキ〉、HPが50%を切りました! 想定より20%早い数値です!」
「HP3割り程度回復。簡単に倒されてたまるかよ!」
「サポート窓口に今回のイベントに関する苦情が殺到しています!」
「知るか。電話回線引っこ抜いとけ!」
〈フロート・キャッスル〉のレイドボス戦闘をモニタリングしているスタッフからの報告と、それに対する指示がが飛び交う。
普段であれば、少数のサポート業務を行うスタッフ以外の姿はないこの時間ではあるのだが、今日に限ってはこのオペレーションルームは普段であれば足を運ぶこともないシステム開発スタッフによって占拠されている。
通常、イベントやレイドボスとの戦闘などは全て自動的にプレイヤーの挙動に対して対応するようにプログラムされるもので、わざわざ人が操作する必要などは無いのだが、今回のこのバレンタインデー・イベントは何しろ開発期間がなかったのだ。そのためイベントのクライマックスとなる、この〈フロート・キャッスル〉での〈大規模戦闘〉に関しては開発が間に合わず、こうやってオペレーションルームから直接モンスターを操作する事でどうにか体裁を整えているというのが現状だ。
ちなみに工期的に無茶なこのイベントを企画し、ゴリ押ししてきた広報部長は最近できた彼女とのデートがあるとかでこの場には居ない。
まあ、居ないからこそ開発者達が勝手に内容を改変して実装したこの惨状をチェックされることもなく続行できているのではあるのだが。
「畜生、どいつもこいつも浮かれやがって・・・」
他のスタッフからの報告に指示を出し続けている、第3開発室のプロジェクトマネージャーであり、今回のイベント改変の首謀者であるその男は、レイドボス戦闘の経過を表示するモニターを凝視しながら誰に聞かせるでもない言葉を呟く。
彼の見つめるモニターの中に表示されているのはゲームプレイヤーが見ているような3Dで表現されている〈エルダー・テイル〉の世界ではなく、その場に居るプレイヤーの名前や能力を示すテキスト情報、それに各プレイヤーやモンスターなどの位置情報を簡略表示したもので、一般人から見れば無味乾燥なデータの羅列でしか無いだろう。しかしもう何年ももこの〈エルダー・テイル〉の開発運営に関わってきた彼には、その場の光景が手に取るようにわかる。
〈ホネスティ〉は戦線の維持が困難と判断したのだろう。まだHPに余裕のあるプレイヤーを前に出しつつ、〈黒剣騎士団〉を盾にするような位置へと巧妙に少しずつ位置を調整している。しかし〈黒剣騎士団〉はそんな動きを知ってか知らずか、いつも通りの愚直な突撃を繰り返す。こういった場面での瞬発力であればこのギルドは日本サーバーでも一番だ。
そして総合力であればその〈黒剣騎士団〉の上をいく〈D.D.D〉は、レイドボスとは少し距離を置いた位置で遠距離攻撃を中心とした戦法を取っている。しかしこのまま最後までという事はないだろう。ここぞというタイミングで止めをさすべく、機会を虎視眈々と伺っている雰囲気が見える。
〈シルバーソード〉はその横で同じく弓を中心とした遠距離攻撃を仕掛けているが、これは多分あの短気なギルドマスターが〈D.D.D〉に変な対抗意識を持って意固地になっているに違いない。
〈西風の旅団〉は一見不規則に見える動きでヒットアンドアウェイを繰り替えす。モニタリングしているデータからもその動きはめちゃくちゃにしか見えないのだが、結果的には上手くレイドボスの集中攻撃を掻い潜り、そして弱点をさらしたレイドボスに効果的な攻撃を当てていく。
そう、これは今まで何度も彼が見てきた光景。
アップデートの度に追加される〈大規模戦闘〉では、ここまでの難易度のクエストをどうやって彼らがクリアしていくのかと心躍らせながら眺め、惜しい場面では思わず声がでたり、彼から見ても見事というほかないようなプレイがあれば心から賞賛することもあった。
米国の本家アタルヴァ社が開発した全サーバー共通クエストなどでは、他のサーバーのプレイヤーと競い合う彼らを、まるでサッカーの日本代表を応援するかのように眺めたものだ。そう、彼にとって日本サーバーの戦闘系ギルドの面々というのは、例えるならば戦友と言っても良いような、そんな感情を抱く相手なのだ。
だがしかし、そんな彼だからこそ、そのモニターに表示されるデータの羅列からでも判ってしまうのだ。
〈西風の旅団〉のメンバーたちが、彼女らのギルドマスターの気を引くために戦闘中でもさりげないアプローチを繰り返す様が。〈シルバーソード〉のちょっとやんちゃ目なギルドマスターに対して保護者というか母性本能的な何かをくすぐられた女性メンバーが「しょうがないにゃぁ」とか言いながらまんざらでもない顔をしている様子が。実は〈西風の旅団〉に次いで女性メンバーの多い〈ホネスティー〉の中に、どう考えてもお前ら付き合ってるだろ的な動きをする男女が複数ある様が。何故か中心メンバーには女性の多い〈D.D.D〉のメンバーたちがその彼女たちの指示を受けながら、変な方向の喜びを見出しちゃったりしている様が。〈黒剣騎士団〉は・・・まあいい。
だから今宵は、今宵だけは、お前らは俺の敵だ。
「チーフッ! 〈怨念と殺戮の君主タダオキ〉のHPが10%切ります! 〈D.D.D〉も突撃を開始!!」
スタッフの一人が上げた悲鳴のような声がオペレーションルームに響く。
「チーフ、やりましょう! 俺たちの怒りを!!」
「こんな事のためにもう3日も帰れない俺たちの悲しみを!!」
「そうです、バレンタインデーとかいうので浮かれている奴らに鉄槌を!!」
その声を切欠に部下たちが彼に振り向き、このイベントに最後に仕組まれたアレの行使を促す声を上げる。
そうだ、カップル死すべし。慈悲はない。何を躊躇うことがあろうか。
「畜生! なにがバレンタインデーだ! こっちはこのせいで3日は寝てねえんだよ!!」
そう叫び、彼は目の前のコンピューターのキーボードのリターンキーに指を叩きつけたのだ。
## 20XX年2月14日 21時50分
##〈フロート・キャッスル〉中央大広間
『畜生! なにがバレンタインデーだ! こっちはこのせいで3日は寝てねえんだよ!!』
それは各ギルドの猛攻によりレイドモンスター〈怨念と殺戮の君主タダオキ〉のHPが1割を切った、そんなタイミングだった。
突如レイドモンスターの眼窩の炎が一層強く燃え上がり、大音量の叫びが広間内に響き渡る。そして同時に、ホールの破れた天井から覗く朱い月の光が爆発したかのようにその光量を増し、ホール全体を真っ赤に染め上げる。
そして、その光が消え去った後に
「きゃーーーー!!!」
「ななななっ! 何なのですか、これはーー!!」
「ぶっ! ふんどしに・・・サ、サラシでゴザルと!?」
「こ・・・これが終末だというのか!! 俺達は運命の魔の手から逃れられなかったと!?」
「うおおお!! 俺の! 全俺メモリーをもってこの光景を記憶に!! じゃなかたスクショ! スクショ!!」
「なにごとよっ!?」
「ソ・・・ソウさまがふんど・・・ぶふっ!!」
「はいはいオリーブちゃん、とんとんしましょーね、とんとん」
「ほれソウジ、見れ見れ」
「ちょいまてナズナちょいまて」
「つよい」
「見たくねえ! 姉御のそんな姿とか見たくねえよぉ!!」
「なんだとゴラ、喧嘩売ってんだな。よし買った! 焼く、焼いてやる!!」
「MAJIDE!?」
「やめ! MAJIDEその格好で変な踊りモーションやめ!!」
「・・・・・・」
「ミロード、貴方は結構着痩せするタイプなのですね」
「・・・山ちゃんェ・・・」
こうして後に「バレンタインデーの惨劇」と呼ばれるイベントは幕を閉じた。
レイドモンスター〈怨念と殺戮の君主タダオキ〉は倒されたのか、その後〈フロート・キャッスル〉で何が起きたのかは、全ての当事者達が固く口を結び語られることがなかった為、残念ながら伝わってはいない。
イベントの後、某掲示板サイトなどの関連スレッドは大荒れ、公式ブログは炎上。フシミオンラインエンタテイメントの発表によれば、イベントの企画者、開発責任者は揃ってアバシリ研修に送られたと言う。
## 20XX年2月14日 22時03分
##〈フロート・キャッスル〉地下、隠し通路
「シロ様~ シロ様? 何処に行ってしまわれたのですか~?」
薄暗く、細く暗い通路に、漂う空気と同じくどこか湿り気を感じる女性の声が響く。
彼女の名前は濡羽。先程まで〈黒剣騎士団〉と行動を共にしていたのだが、とある理由から一人はぐれてしまい、そこをモンスターに襲われたため逃げ出した先が、この細い地下通路だったのだ。
どれだけ歩いただろうか。〈狐尾族〉であることを示す尖った耳と背後に揺れる尾をせわしなく動かしながら通路を進む彼女の前に、小さな玄室が開けた。
そしてその部屋の中央には一振りの太刀が飾られていた。
「あら、これは何でしょうか?」
その太刀を手にとった濡羽のステータス画面にアイテムの情報が表示される。
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妖刀・越中【秘宝級/武器】
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装備レベル制限:90
装備条件:なし
攻撃力:XX
特殊能力:
・攻撃力上昇
・特殊攻撃※
・一度装備すると24時間解除不可
〈怨念と殺戮の君主タダオキ〉の愛刀。
彼の怨念を宿しており、ある一定の日にのみ
攻撃対象に特殊な状態異常を起こすことができる。
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この刀が後の「大災害」後のアキバの街で、第2の惨劇を起こすことになる事を、この時点では誰も知る由はなかった。