ふんどしの日リターンズ(6)
## 20XX年2月14日 21時25分
##〈フロート・キャッスル〉中央大広間
「はあ、はあ・・・ やっと抜けたでゴザルか・・・」
「終着点MAJIDE!?」
哨戒も兼ねて先頭を進む、〈暗殺者〉 のゴザルが、思わずといった口調で呟く。その横を併走するのは〈盗剣士〉 の『MAJIDE』ことアラクスミ。
なんちゃって忍者ビルドを極め、隠形を得意とするゴザルに、中の人の性別はともかくとしてアバターの性別は女性であるアラクスミは、現在の〈D.D.D〉において〈ふんどし化〉のバッドステータスを受けていない数少ないプレイヤーだ。
エントランスに配置されたレイドモンスター〈殉教者ガラシャ〉を攻略した後に控えていたこの中央王広間への道中は、高レベルのパーティーランクモンスターの襲撃と陰湿なトラップの連続。そしてその両方が〈ふんどし化〉を伴うという状況に、参加メンバー中の多くのプレイヤー達は次々と犠牲となっていった。
現在その惨状を免れているのは、小数の女性キャラクターを操るプレイヤーを除けば、このゴザルや前線には立つことがなく、トラップを免れた幸運な回復職や魔法攻撃職が数人、そして対最終ボス戦のメインタンクを務める為に、隊の中央でここまで戦闘参加をしてこなかったギルドマスターのクラスティーのみという状態だ。
そんな満身創痍な〈D.D.D〉のメンバー達の目の前に広がるのは、今までの狭い通路とは一変し、そのまま数階建てのビルディングくらいは収まってしまいそうな位の大きな空間。
その至る所には、かつては荘厳な雰囲気を醸し出していたであろう細かな彫刻がなされた柱などの残骸が転がり、遙か上方の天井の先には、破れたステンドグラス越しに朱く不気味な満月がその姿を覗かせる。
そして、その月の光が照らす広間の中央には、まるで落武者のように所々が刀や矢で傷ついた中身の無い巨大な和鎧が、鞘におさまった刀を杖にするように片膝をついた状態で佇んでいる。
モンスター名〈怨念と殺戮の君主タダオキ〉。このクエストの最終ボスであろう、そのモンスターの荘厳な姿を前に、〈D.D.D〉のメンバー達は息を飲む。
「・・・今のところ他のギルドの影は無し。どうやら拙者たちが最初のようでござるな」
「て言ってもまあ、そのうち直ぐに来るでしょ。クラスティ君、どする? 先に始めちゃってもいいとは思うけどさ、状況によっては手の内明かして後からかっさわれるっていう可能性もあるよね」
周囲を警戒していたゴザルの報告を受けて、櫛八玉がクラスティに対して判断を促す。
確かに現状では大広間に彼ら以外の人影はない。しかし今まで数多くの〈大規模戦闘〉で競い合ってきた他の戦闘系ギルドとの実力差はさほど大きなものではなく、彼らがここに辿り着くのも時間の問題だろう。その際に先手を取るのが有利なのか、それとも他のギルドの動きを見た後に対策を練った方が得策なのか。
「まあ、ここまで来てそんな小細工はやめましょうか。私達らしく堂々と行きましょう」
一瞬の思案の後、クラスティはそう結論を下す。
「遠距離攻撃重視の戦術を取ります。前衛職はデバフ中心のスキル攻勢を意識して下さい。今回は回復職の負担が大きいことが予想されます。MP管理をいつも以上に慎重に」
「了解です、ミロード。では隊列はパターンB、デバフ班、狙撃班を再編成。MP管理は各パーティーの〈吟遊詩人〉、〈付与術師〉の任とします。30秒後を開戦とします。各自、状況を開始してください」
そして、いつも通り簡潔な言葉でその意志を口に発し、それを副官である高山三佐が具体的な行動としてギルドメンバーに指示する。
その高山三佐の事務的な口調を受けてメンバーたちは整然とパーティーを組換え、隊列を動かす。この高度に訓練された動きこそが〈D.D.D〉をサーバー随一の戦闘系ギルドと至らしめる所以だろう。
今回に限ってはそのメンバーの大半がふんどし姿だったりはするのだが。
そのメンバーたちを後ろに率いて、クラスティは身の丈程もある〈幻想級〉の禍々しい両手斧を構え、唇の端をつり上げて微笑む。普段は学者然とした穏やかな雰囲気さえ感じさせる彼のもうひとつの顔、“狂戦士”としての姿が鎌首をもたげる。
そして、それに呼応するかのように大広間の中央に鎮座する巨大な和鎧の空洞だった内側に、暗く青い炎が湧き上がる。それは瞬く間に広がり、今まで微動だにしなかったそれがぎしりと軋む。そして両眼の位置に他よりも明るく光る炎が眼を見開くように灯ったと同時に、それは動き出す。
そんな禍々しい情景を前に、ギルドメンバー達は誰ひとり言葉を発することなく、まるで極限まで引かれた弓のように、自らが放たれる瞬間を、そのタイミングを知らせる高山三佐の一言を待つ。
これからが本番。これこそが〈大規模戦闘〉。緊張感は否応にも高まり、誰もがモニターの前で息を飲む。
そして、その全てが解き放たれる瞬間が訪れる。
・・・筈だったのだが。
「では、進軍かいs」
「あ、待ったでゴザル! 前方通路より黒いふんどしの一団! 〈黒剣騎士団〉でゴザルよ!!」
その張り詰めていた緊張感は、哨戒していたゴザルの一言と、彼の指さした先に見えるあまりにもあんまりな光景に無残にも爆発四散。
「団長、前方にレイドモンスター! それから〈D.D.D〉の奴らも居やがります!」
「畜生、出遅れたか。構わねえ、このまま突撃! 全部ぶっ潰せ!!」
「「「うおおおおおおぉぉォ!!!」」」
細かな作戦よりも力技で押し通すことを好む彼らは〈D.D.D〉よりも多くの被害をこの大広間に到達するまでに受けてきたのだろう。先頭を走るギルドマスターのアイザックを含めて、そのほぼ全員がほぼ全裸の黒いふんどし姿と化している。
そのふんどし集団がわらわらとレイドモンスターに対して無秩序に突撃していく様に、〈D.D.D〉のメンバー達は思わずその場に立ちつくす。
「あー、あの場所に黒いのとかってさ、局部の黒塗りみたいだよね・・・」
そんなカオスな光景を前に、思わずといった風に櫛八玉が呟く。
しかし〈黒剣騎士団〉の出現はその後に続く更なるカオスの前兆でしかなかったらしく、状況はそれ以上に混沌とした方向へと転がり落ちていく。
「西からは銀色のふんどし集団が! 〈シルバーソード〉でゴザルよっ!!」
「うー、銀色がダンジョン内の光源で乱反射してさ、なんかまんまモザイックっぽいよね、あれ・・・」
「次は右手奥、ピンク色のフンドシ集団でゴザル! 〈ホネスティ〉と予測っ!!」
「うわ、サーモンピンクってさ、なんていうか生々しい色だよね・・・」
「先輩、感想がいちいちオヤジです。一応二十代の女性としてどうかと思います。と、それよりもミロード、如何いたしましょうか」
律儀にもツッコミのモーションを櫛八玉に入れた後、両手斧を振り上げたモーションのまま硬直しているクラスティに向かって、高山三佐が言葉をかける。
「・・・・・・」
「・・・ミロード?」
「あークラスティ君、“狂戦士”モードに入りかけたとこにコレでフリーズ中なんじゃないかい? 私としてはさ、もう帰りたい気持ちでいっぱいなんだけどさ、どしよか」
数瞬の沈黙。そしてその後に、ゆっくりとした動作で振り上げた斧を下ろしたクラスティは一つ大きく息を吐き、彼と同じくあまりの事態に硬直している自らの率いるギルドメンバー達の方に振り返る。
「こほん、失礼しました。此処まで来て撤退はさすがにできません。出遅れてしまいましたが、私達も参せn・・・」
「今度は後方に新たな集団が出現! 〈西風の旅団〉でゴザルっ!!」
そして、再び動き出すべく号令をかけようとしたその声は、またしてもゴザルによって遮られる。
「うわ、沢山集まってますねっ!」
「いけ、ソウジ! さっさと攻撃食らってふんど・・・じゃなかった、他のギルドも集まってるからね、遅れるなー!!」
「ナズナが障壁きらさないからイケナイ。うまくサボるべき」
「そんなこと言ったってさ、もう癖みたいになってるんだって。急に穴あけろって言われても無理だぜー」
「ああ、もうすぐソウ様のあられもないお姿が・・・ ぐふっ・・・」
「もう、なにごとなのよーう!!」
〈D.D.D〉が既に踏破したこの北側のルートをなぞって来た事により、ここまでのモンスターやトラップによる影響が少なかったのか、ほぼ無傷といってもいいような状態の〈西風の旅団〉が、またも呆気にとられる〈D.D.D〉のメンバー達の横を駆け抜けていく。
先頭を走るソウジロウは依然として普段通りの和鎧姿。他のメンバーはそもそもその殆どが女性キャラクターでふんどし化の影響は受けない。唯一の被害者は、両手にマラカスを持ち最後尾を内股気味に走るやけにガタイの良い〈吟遊詩人〉だけらしい。
「・・・では、進軍を開始します・・・」
その最後尾を走る赤いふんどし姿をしばし呆然と眺めた後、不機嫌そうな、喉の奥のほうでひねり出したような声でクラスティはぼそりとそう呟いたのだった。