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ふんどしの日リターンズ(5)

## 20XX年2月14日 21時05分

## 同北門内、エントランス


「ふ、ふんどし。ははは、黒いふんど・・・・しぃ・・・」


 一番最初の犠牲者は特攻隊長を務める〈盗剣士〉(スワッシュバックラー)、“百人斬り”のユーミルだった。

 普段はかたくなに文字チャットに徹し、ボイスチャットを使わない彼が発したと思われる女性のようなか細い悲鳴を最後に、その2mはありそうな岩のような巨漢の姿をもつアバターは、黒いふんどしのみを纏った姿でその動きを止める。


「攻撃班1、前衛の3人が喰らいました! ユーミルが泡吹いて再起不能!!」

「攻撃班2、こっちは後衛職以外全員やられた! なんだよこれ!?」


 それを皮切りに被害は広がる。思わぬ事態に混乱した〈黒剣騎士団〉に襲いかかるレイドモンスター〈殉教者ガラシャ〉は、瞬く間に取り囲んでいた前衛職のプレイヤー達の約半数を、〈ふんどし化〉というバットステータスに陥らせたのだ。


「落ち着けお前ら! たかが見た目が変わっただけじゃねえか! 〈盗剣士〉に〈付与術師〉! とにかくそいつの足を止めろ! ふんどしってねえヤツでタンク組み直せ!!」


 壊滅の危機にいち早く対応したのはギルドマスターのアイザック。彼は動揺するギルドメンバー達を大声で叱咤する。

 この混乱で死亡もしくは再起不能となったのはまだ数人。一旦落ち着いてしまえばまだ対策は可能な範囲ではあるのだが、見た目だけではなく防御力低下という付加効果のある〈ふんどし化〉を前衛の半数が受けてしまっているこの状態は、見た目の滑稽さとは裏腹にシビアであると言わざるをえない。


 そんな切羽詰まった状況の中、自身は辛うじて〈ふんどし化〉を免れたアイザックは隊の先頭に立ち、レイドモンスターの攻撃をひとり受け止める。それはいつものような力任せではなく、敵の死角をつき、スキルによって武器攻撃を弾き返し、そして体制を崩したその隙をついての反撃するという、まさに〈守護戦士〉のお手本と言うべき動き。そしてその傍らでは魔法職であることを示すローブ姿に目つきの悪い眼鏡の青年〈付与術師〉のシロエが、付かず離れずといった距離を維持しながら適所でアイザックをサポートする。

「うおおお! 団長だけに頼るわけにはいかねえ!!」

「ちっくしょう、見た目はともかくたかが防御力低下のデバフじゃねえか、やってやるぜ!!」

「あーまあ私は関係ないみたいだからね、ていうかお前ら見た目ひでーな」

「納得いかねえ、なんでアバターはともかくとして中身は漢な姉御が影響受けねえんだよ!?」

「おいお前、ミディアムかウェルダンか選べ。さあ選べ。レアは却下だ!」

「ちょいまて姉御、この状況でフレンドリーファイアーはやめ!!」


 そのアイザックとシロエの奮闘を眼にした〈黒剣騎士団〉のメンバー達は、我に返ったように再び冷静さを取り戻し、徐々に本来の動きを取り戻していく。2人が稼いだ時間を使って隊を再編成し、そして反撃に出る。


「おい腹黒! なんだこりゃ!?」


 そんな仲間達の動きで、ボイスチャットをするくらいの余裕は取り戻したアイザックが、傍らのシロエに振り向き思わずといった風に声を上げる。


「いや、僕に言われても・・・」


 それを受けたシロエは、いまだ安定したとは言い難い状況の中、それでも先ほどよりは余裕のある操作を行いながら、思考の一部をこの状況への考察に割り当てる。


「多分ステータス異常攻撃の一種だとは思うんですけど。攻撃を受けたプレイヤーの中でも、比較的防御力の低い武器攻撃職からやられてるんで、一定以上のダメージを貰うと発動するって感じですか。いや、等級の高い防具を装備しているプレイヤーは被害を免れている率が高いみたいですね。となるとやっぱり魔法防御も値も関連するのか。となると・・・」


「シロ様! あぶない!!」


「えっ?」


 そんな思考の中、外界に残していた観察範囲の外、レイドモンスターの位置とは丁度反対の位置からシロエは不意の衝撃を受ける。それは他のパーティーに所属していた筈の〈付与術師〉濡羽が突き出した両の腕。

 アイザックの少し後方、隊のほぼ最前線に身を投じていたシロエの体はそれによってひとりレイドモンスターの目の前へと突き出される。

 直前の戦闘でアイザックに次ぐ敵対心ヘイトを稼いでしまっていたシロエ。そのシロエがひとりレイドモンスターの目の前に位置してしまっているというこの状態。

 レイドモンスター〈殉教者ガラシャ〉の持つシミターが一直線にシロエに対して振り下ろされる。それはシロエの脳裏にまるでスローモーションの映像であるかのように映ったのだ。



 ◇  ◇  ◇



## 20XX年2月14日 21時10分

## 同北門内、エントランス


「ああシロ様、なんてお姿に! ああ、私を置いて逝ってしまわれるなんて・・・ああ、私もすぐそちらに参りますわ! ・・・ああ、シロ様、シロ様のお体・・・おしり・・・ふふふ、うふふふふふ・・・」


 レイドモンスターの攻撃で崩れ落ちたシロエの傍らに座り込み、その手を掴みながら怪しいというか危ない笑みを浮かべるのは、シロエと同様にギルド外からの招集を受けてこの場にいる〈付与術師〉の濡羽。

 幾人かの犠牲を出しながらも、エントランスのレイドモンスターを倒した〈黒剣騎士団〉の面々は、その濡羽と目をあわせないように誰からともなく距離を置く。


「やばい、あれはヤバイよ、真正だねえ」

「おい誰だ、アレ連れてきたのは?」

「レザリックっす」

「そうか、じゃあレザリック、次のレイドお前ひとりで突撃な」

「うええ、ちょっと待ってくださいよ団長! 野良のマトモな〈付与術師〉なんてそう簡単に見つからないんですよ! あれだってやっと・・・」

「うるせえ、時間がねえ! 他のギルドがもう先に進んでるかもしれねえ。とっとと先に進むぞ!!」


 いつもどおりギルドマスターであるアイザックの号令の元、〈黒剣騎士団〉の面々は〈殉教者ガラシャ〉が阻んでいたエントランスの奥へと、その足を進める。

 エントランスに残されたのは死亡し大神殿に戻るしか手段の残されていないシロエと、その傍らから動こうとしなかった濡羽のみ。


「ははは、なんだこれ、なんで僕だけ・・・なんなんだよこの格好・・・」


 あんまりなその状況に、シロエは乾いた笑みをその顔に浮かべる。

 そしてその脳裏を掠めたのは、元〈放蕩者の茶会〉の仲間にして、バレンタインデーという今日、羨ましい状況に置かれているだろう後輩の姿。その後輩が現在置かれているだろう状況、そして自分がいま直面しているこの惨状を比較してしまったシロエに暗い感情が芽生える。

 普段の冷静な彼であれば制御したであろうその感情は、この日ばかりは心の中に留まる事ができず、ある人物への念話となって具現化してしまったのだ。



 ◇  ◇  ◇



## 20XX年2月14日 21時12分

## スワの湖畔市 中央広場


「なんだよこれ、ふんどしとかありえねえって!」

「うう、せっかく集めたのに、せっかくのバレンタインなのにこんなのって!」

「ぐふ、でもソウ様のふんどし姿・・・ぶふっ!!」

「はいはいオリーブちゃん、とんとんしましょーね、とんとん」

「んだなー、せっかくだから着てみるかい、ソウジ?」

「いやあ、さすがに僕もそれはやだなあ・・・」

「デスヨネー」


 〈スワの湖畔市〉の広場に集まり、バレンタインデーイベントの開封を済ませた〈西風の旅団〉のメンバー達は、そのあんまりな内容にその後の行動を取るでもなく、その場でぐだぐだと雑談に興じていた。イベントの内容が燦々たるものだったとしても彼女たちとしてはソウジロウと一緒に過ごせるというだけで十分楽しいひと時。その会話の内容はイベントの愚痴であるとはいえ、そこに悲壮感などはなく、ある意味ギルドホールなどでよく見られる日常の光景のままといってもいい状況だったりはするのだ。

 しかしその状況は、ナズナにむけて送られた念話によって急変する。


「ん、ちょいまち、念話。お、誰かと思えばシロエじゃん」


「え? シロ先輩ですか!?」


 尊敬する元〈放蕩者の茶会〉の先輩の名前が上がったことで、ソウジロウが身を乗り出す。

 そのソウジロウを手で遮るモーションで押しとどめ、ナズナはシロエとの会話を続ける。


「ふん、〈フロート・キャッスル〉のレイドが? んで、え? マジでか!?」


 その会話が進むにすれ、だらりとしていたナズナの表情が次第に険しく、真剣味を帯びたものへと変貌していく。


「よしソウジ! 運よく現場も近いし、今からでもどうやら間に合うみたいだ。うちらもこのイベントのレイド戦闘行くよ」


 そして、念話を終えたナズナはすっくと立ち上がり、事前の計画では回避すると決めていた〈大規模戦闘〉への参加を宣言する。


「え、いいんですか!?」


「ああ、アイテム集めがこの惨状だからね、そのくらい参加しとかないとせっかくの強制ふんどし姿・・・じゃなかった、バレンタインデーが台無しだろ?」


「よし! じゃあ行きましょう! みなさんよろしくお願いします!!」


「「「おおーーー!!」」」


 そうして、既にでの戦闘中である〈D.D.D〉、〈ホネスティ〉、〈黒剣騎士団〉、〈シルバーソード〉に加えて、〈西風の旅団〉までもが〈フロート・キャッスル〉へと引き込まれていったのだ。










 ◇  ◇  ◇



「はは、ははは。こうなったらもう、みんな道連れでもいいよね・・・」


 その言葉を最後にシロエは力尽き、〈フロート・キャッスル〉のエントランスから退場する。

 そして〈フロート・キャッスル〉で開かれるこの悲劇は、より混沌とした第二幕へと場を進めてしまうのだった。

ユーミル、シロエ、リタイア

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