ふんどしの日リターンズ(2)
なんていうか説明回。
書いててだいぶきびしーなーとか思いつつ、14日まで時間がなくてどーにもならなくてごめんなさい感。
あとゲーム時代の話なのに、あんまりゲームっぽくない表現は仕様です。なりきり!
## 20XX年2月10日 21時03分
##〈ホネスティ〉ギルドキャッスル、作戦会議室
「わざわざ足を運んでいただいたのに、お待たせしてしまって申し訳ありません。資料を纏めるのに手間取ってしまいまして」
そう言って、神社の神主のような装備を身にまとった男性、〈ホネスティ〉のギルドマスター、アインスが部屋へと現れる。
続いて入室したのは、ローブ姿のいかにも魔法攻撃職といった装備の少年。彼は既に着席していた〈D.D.D〉側のメンバー、ギルドマスターのクラスティと、そのクラスティの補佐役として同行した〈妖術師〉のリーゼに対して小さく一礼する。
「いえ、共同調査をお願いしたのはこちらからですからね。それに待つといっても、私たちもいま来たばかりですから」
「まあ、話を持ってきてくれたクシさんは古参の同職同士ということもあって古い友人ですからね。それに今回の提案は私たちにとっても有益でしたから、まあイーブンってことで」
「そう言っていただけるとこちらとしても助かります」
アインスは〈先生〉という二つ名が付けられるだけあって大規模な戦闘系ギルドを率いているとは一見思えないような物腰の柔らかい人物であり、それに対するクラスティも戦闘時以外は〈狂戦士〉などという二つ名が嘘であるかのような静かな雰囲気をもつプレイヤーだ。2人はまるで社会人同士が名刺を交換するような雰囲気で挨拶を交わす。
「なんか待った? ううん今来たばっかり! とかデートの待ち合わせっぽいんですけど・・・」
「リーゼ君、何か言いましたか?」
「い、いえ、御主人様! な、なんでもありませんわ!」
「こほん、ではケイタ君、地図を」
空気を読める男アインスは、咳払いでその場の色々を一旦リセットし、議題の進行を促すべく指示を出す。
アインスのその言葉を受けて、共に入室してきた少年、ケイタはチャットルームに入室しているメンバーが共有できる画像表示スペースにひとつの地図を表示する。
左上に見える特徴のある半島の形は、現実世界でいう能登半島。そしてその半島の付け根付近、富山県の県庁所在地である富山市あたりに、後から記載されたであろうマークが書き込まれている。
「今回の〈大規模戦闘〉の舞台はここ、〈フロート・キャッスル〉で確定です。数日前まで通常のダンジョンだった筈なのですが、現在立ち入ることができない状態であることが確認されています。また近隣の街のNPCの会話にもパターンの追加がなされています」
そのマークを指差しつつ、アインスが説明を続ける。〈フロート・キャッスル〉は現実の日本でいう富山城をモチーフにしたエルダー・テイル初期の頃に実装されたレベルの低い狩場だ。何度ものアップデートを経た現在では得られる経験値やアイテムに魅力が少ないことや、5つのホームタウンからの距離が遠いこともあって訪れるプレイヤーはほぼゼロといってもいいような過疎地となっている。今回この場所を早急に特定するに至った事からも〈ホネスティ〉の調査能力が伺える。
「はい、一報を受けた後、こちらでもNPCの会話の内容に関してはこちらでも少しは調べておりますわ。まあ大半は毎晩、湖に浮かぶ城から女性の悲鳴が聞こえるですとか、大きな火柱が上がったとかというイメージ盛り上げる為の会話だったのですが、朧気に見えてくるのは、城の4つの門に居る番人を倒して、天守閣のレイドボス倒せとか、そういった所でしょうか」
「そうですね、こちらでもそのように予想しています。4つの門からの入場はギルド毎の登録制。既に東の門の優先権は私達〈ホネスティ〉が、南門も〈D.D.D〉で確保している状態です」
アインスの言葉にあわせて、補佐役であるケイタが広げていた地図の上に、このクエスト以前の〈フロート・キャッスル〉の地図を重ねて広げる。富山城がモチーフではあるのだが、実装が古いこともあり、その構造は正方形のその4つの角にそれぞれ東西南北の入り口がある単純な作り。そして中央部には少し広めの広場が設置されている。ここに今回のクエストの最終目標であるレイドボスが配置されているのであろうというのが、アインスの予想する今回のクエストの内容だ。
「残り2つの門は黒剣と銀剣あたりが取りに来ると予想されますわ。大穴で西風っていう目もあるかもしれませんけれど」
「となるとクエスト当日の共闘関係は?」
アインスとリーゼの話に耳を傾けながら今まで言葉を発していなかったクラスティが、目を細めつつ、アインスに問いかける。
「必要ないでしょう。情報の共有、公開は私達の望む所ではありますが、それ以前に私達も戦闘系ギルドですからね。せっかくの舞台を楽しみたいものです」
アインスは両手を上げる仕草をしながら首をふり、そういって静かに笑う。
他の戦闘系ギルドとくらべて冷静であると言われることの多いこの2人ではあるが、両者とも多くの〈大規模戦闘〉で実績を残してきた生粋のゲーマーであることは変わりない。
わかりやすく表にその感情をあらわにすることはなくとも、〈フロート・キャッスル〉を舞台にした戦闘は今この時点から、〈D.D.D〉と〈ホネスティ〉という2つのギルドの間で、それを指揮する2人のギルドマスターの間で幕を開けたのだ。
◇ ◇ ◇
## 20XX年2月10日 同時刻
## アキバの街、食堂「リングイネ」
アキバの街の裏通りに居を構える酒場のひとつ「リングイネ」。
酒場といってもここはゲームの中であり、カウンターの中で一定の動作を繰り返すNPCが存在するだけで特にこれといった機能がある施設ではないのだが、アキバの街の中にはこのような世界観を演出するためにのみ存在する施設というのがいくつも点在している。
そんな普段であれば誰も気に留めることがなく人の影もない酒場のテーブルで顔を合わせるのは3人のプレイヤー。
そのうちの一人、白を基調としたローブ姿に眼鏡をかけた秀才風な見た目の青年、シロエが、この会議の進行役といった風で言葉を発する。
「北と西の門は〈黒剣騎士団〉と〈シルバーソード〉で確保しました。残りの2つの門は予想どおり〈D.D.D〉と〈ホネスティ〉ですね。今のところ〈西風の旅団〉は動いていません」
そして、手元の資料を眺めながらそれを聞くのは日本サーバー内でも五指に入るであろう2つの戦闘系ギルドのギルドマスター達。
「一日限りのクエストですから、多分、そんなに複雑な仕掛けはありません。東西南北の各門の中には中ボス的なレイドモンスターが配置されていて、これを倒さないと奥には進めない。それをどれだけ早く倒せるか、そしてどのギルドが一番最初にラスボスにたどり着き、倒せるかの競争。まあそんなところでしょう」
以前に経験したことのある幾多のクエストや〈大規模戦闘〉のデータ。そしてシロエも含め数多くの有志によってまとめられている攻略サイトの情報などからまとめた資料をテーブルの上に広げつつ、シロエは説明を続ける。
実際ここまでの事がシロエに求められているわけではないということは本人も判ってはいるのだが、こればかりは性分というものなのだろう。
〈放蕩者の茶会〉が解散して以来、久しぶりに参謀役として〈大規模戦闘〉に関わるというこの機会を、どうやら自分は随分と楽しんでいるらしいと、シロエは自分の行為に心のなかで苦笑する。
「ふん、要するに単純な火力勝負か。判りやすくていいじゃないか」
その資料のうち、城の内部構造や出現するであろうモンスターのレベルや配置を眺めながら、〈黒剣騎士団〉のギルドマスター、アイザックが不敵な笑みをその顔に浮かべる。
「付け加えるなら、一度に門に入ることが出来るのは4パーティー、24人までという制限が付くようです。ですので今回に限ってはギルドの人数による戦力差も発生しません」
「あいつらお得意の数まかせもねえって事か。良いじゃねえか、ガチで殺り合うなら俺達は負けねえぜ!」
「ふん、もういいだろう」
シロエの説明を受け俄然盛り上がるアイザックとは対照的に、落ち着きなく足を何度も組み替えながらも沈黙を保っていた、もう一人のプレイヤーが、いかにも不機嫌そうな言葉を吐き捨て、がたりと椅子を乱暴に引きながら立ち上がる。
「ここまでの情報提供には感謝する。だが、ここから先はもう仲良しごっこは必要ないな。失礼させてもらう」
そのプレイヤー、エルフ族特有の尖った耳に銀髪という風貌の男性、〈シルバーソード〉のギルドマスター、ウィリアム=マサチューセッツは、一瞬アイザックを睨んだ後に酒場の入り口へと足を向ける。
「相変わらず落ち着きがねえ野郎だな。だがそういうのは嫌いじゃねえぜ。当日、叩き潰してやる」
「それはこっちのセリフだ。じゃあな、戦場で会おう」
ウィリアムは振り向くこともなく手だけを小さく振り、マントを翻して「リングイネ」を後にする。
「さて、と。腹黒」
その姿をしばし見送った後、アイザックは再びシロエの方に向き変える。
「こっちの準備はどうなんだ? ほら、例のあれ、前のレイドでお前がいたパーティーだけMP枯らせずに保たせてたアレは今回も使えるのか?」
「ああ、〈マナ・チャネリング〉ですか・・・」
アイザックにそう問われ、シロエは顎に手を置き思案する。
〈マナ・チャネリング〉とは〈付与術師〉の持つ魔法の中でも、特にどんな利用方法があるのか判りづらいものの一つで、その効果は「パーティー全員のMPを全て合計し、平均する」というもの。これはパーティー内全員のMPを等分して平等に再配布するだけで、決してMPを増やす効果を持つ訳ではないのだが、実は使い方によっては大きな効果を発揮する。
〈エルダーテイル〉というゲームでは近接戦闘職でも魔法攻撃職であっても、全て「MPを消費してスキルを行使する」ことによって、各職がもつ固有の能力を発揮して戦闘を行う。
しかし、〈守護戦士〉 のような戦士系職業の職業はHPが多かったり、逆に〈妖術師〉のような魔法攻撃職であればMPの最大値が高く設定されている等、12の職業がもつステータスは各職業の特徴によって偏っている。そしてその回復スピードもHPまたはMPの最大値に比例して早くなる。
要するにこの〈マナ・チャネリング〉を使うことによって、MP回復速度が比較的遅い戦士系職業のキャラクターに、MP回復速度の早い魔法職である〈付与術師〉の持つMPを順次配給するという事が可能になる。
もちろんそのパーティーが魔法職メインであればその効果はあまり期待できないのだが、戦士職や武器攻撃職メインのパーティーであればその小さな積み重ねがパーティーのMP運用を大きく助けることとなるのだ。
「僕が入るパーティーだけなら可能ですけど、〈付与術師〉でも使ってる人があまりいない魔法ですからね。黒剣のメンバーで使える人は居なかったと思います。他のパーティーでもっていうなら、外から高レベルで未所属の〈付与術師〉を探してくる必要があると思いますが、正直つかまるかどうか・・・」
ほぼ不可能であろうとは思いつつ、シロエは答える。
〈マナ・チャネリング〉は利用方法が判りづらく地味なことに加え、それが有効な場面は、長時間戦闘が続く〈大規模戦闘〉に限られる。シロエが知る〈付与術師〉のうちでも有効にこの魔法を運用できるプレイヤーは数名しかいないというのが実情なのだ。
「ちっ、めんどくせえな。レザリックに探させるか」
心底嫌そうな顔をしながらアイザックが呟く。
確かにアイザックに人探しなどという作業が向いているとは到底思えず、そういった事も含めてギルドの事務的な作業は他のギルドメンバーがサポートしつつ〈黒剣騎士団〉というギルドは運営されているのだろう。
いま名前の上がった、苦労性っぽい〈施療神官〉の顔を思い浮かべながら、シロエはそんなことを考える。
「では、今日は僕もここらへんで戻らせてもらいます。何か追加で判ったことがあればまた連絡入れますけど、次は当日ってことで」
「おう、今回は助かったぜ。当日もヨロシク頼むわ」
シロエとアイザックはお互いの胸を軽く叩き合い、それぞれその場を後にする。
アキバの街の裏通りに居を構える酒場「リングイネ」は再びNPCの店主が動きまわるだけの普段の姿を取り戻したのだ。