ふんどしの日リターンズ(1)
無理のあるネタ故、時系列等、結構矛盾があったりしますが、ご勘弁。
しかし14日までに書き終わるのかこれ?
バレンタインデー。それはローマ皇帝に逆らい殉教した聖ウァレンティヌスに由来する記念日。
現在では世界各国で男女の愛の誓いの日とされ、特に日本では女性が男性に愛の告白と共にチョコレートを贈るという独自色の強い風習が一般化している。
この風習は大規模オンラインRPG〈エルダー・テイル〉の中では、期間限定イベントという形をもって再現される。
ある年はモンスターから期間限定でドロップするアイテムを集め、合成することにより希少な装備を手に入れるような内容であったり、またある年は(中の人の性別はどうであれ)男女プレイヤーキャラクターがペアを組んで挑むクエストの実装であったり、そしてまたある年はもっと露骨に女性キャラクターの倉庫に配布された〈チヨコレヰト〉という名前のアイテムを男性キャラクターにプレゼントした場合にランダムに特別な特典を得られるなどというものであったりするのである。
これは単調になりがちなオンラインRPGの日常にプレイヤーを引き止める為に季節ごとに企画されるゲーム運営会社のカンフル剤のような物ではあるのだが、特にこのバレンタインデーという日に毎年企画されるイベントに関してはプレイヤーの受け取り方は様々だ。
現実の世界と同様に、告白のチャンスと胸を踊らせる女性プレイヤーが居ないわけではない。日頃の人間関係からゲーム内で親しい女性プレイヤーから何らかのアプローチがあるのではないかと胸をときめかせる男性プレイヤーも居るだろう。
だがしかし、残念ながらオンラインRPGのプレイヤーというのは世間一般に比べて、このような恋愛事情に関しては弱者となってしまっている人種の比率が高いというのが冷たい現実。
従って、大半のプレイヤー達は得られる利益につられてイベントを進行させつつも、心のなかではこう叫ぶのだ。
「運営逝ってよし。リア充爆発しろ!」と。
しかし忘れてはいないだろうか。日本サーバーにおいてこのようなイベントを企画、運営するフシミオンラインエンタテイメント。オンラインゲームの開発、運用をする、このような会社で働きイベントを企画するプロデューサーが、実際にそれを実装するプログラマーが恋愛強者である比率はどれくらいあろうか。
そう、彼らも迫り来る納期に追われ、世間の桃色の空気に背を向けつつ、心の中で血の涙を流しながらゲーム内の虚構のバレンタインデーを演出しているのだ。
これはF.O.Eの運営担当者がそんな重圧に耐えられずに暴走してしまった、ある年のバレンタインデーに起きた悲劇である。
◇ ◇ ◇
## 20XX年2月7日 24時34分
## アキバの街、〈D.D.D〉ギルドキャッスル
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2月といえばこの日! もちろん〈セルデシア〉でも2月14日には素敵な奇跡が貴方を待っていますw
2月10日から14日までのイベント期間中にフィールドでモンスターを倒すと、一定の確率で(愛のかけら)を落とします。
これを一定数あつめると素敵なプレゼントが!
また、14日限定の〈大規模戦闘〉クエストも誠意準備中!
かつてウェストランデとイースタルとの間で行われた闘い。
その混乱の中で妻を失った一人の武人の魂が、深すぎた愛故にこの日、怨霊となって蘇る!
〈冒険者〉達はこの聖なる日を守ることができるのか!?
ご期待ください!!
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「今年もまたこの日がやって来てしまうのでゴザルか。全くもって忌々しいでゴザルなあ・・・」
「2月といえばこの日(笑)じゃねえ!! ふざけんな運営! 全俺会議的に不信任決議を要求するしか!!」
「チクショウ! なんだこのおちょくってるとしか思えない文面は!! おのれFOE、プレイヤーの大半を敵に回してることに気づいてないというのか!!」
「ククク・・・右手の「憤怒の魔炎」が疼く。俺には判るぞ、世界の憎悪が今まさに膨れ上がり、器から溢れ出ようとしているその鼓動が!!」
「世間様が冷たすぎてMAJIDEもでないぜ・・・」
〈D.D.D〉のギルドキャッスル内、名前のとおりまさに城といった規模を誇るギルドが所有権をもつ廃ビルを改装したような外見をもつ建物の一室。
ギルドマスターであるクラスティの号令のもと、そこに集まった中核メンバー達が話題にしているのは、つい先程、公式ホームページ内で告知された季節イベントの内容。
しかし、集まったメンバーの大半にとってマイナスの感情を煽られずにはいられないその内容に、話は脱線につぐ脱線を続け、まったく進展を見せていない。
「ちょっと皆さん! この場は今回のイベントに対してうちのギルドがどのように行動するかの作戦会議ですわ! 御主人様にもご足労頂いている場で、一体いつまでこんな非生産的な愚痴の言い合いを続けるつもりですか!!」
もう30分は続いているその状況にしびれを切らしたのか、メンバーの一人、長身のスラリとしたモデル体型をもつ〈妖術師〉リーゼが、がたりと音を立て、座っていた椅子から立ち上がる。
「いやしかしリーゼ殿、拙者達非リア充にとってこれは実際無視出来る問題ではないのでゴザって・・・」
「なにか反論がございまして?」
「ないでござるよ・・・」
一瞬の沈黙の後、言い訳めいた反論を試みたメンバーを冷たい目線と言葉で一蹴した後、不機嫌な表情のままリーゼは再び着席する。
「まったくうちのおばかどもときたら・・・」
「どうどうりっちゃん。あいつらに一々反応してたら眉間の皺がとれなくなっちゃうよ? それよりさ、クリスマスとかバレンタインとかでイベントが開催されるってのはまあ、いつもどおりではあるんだけどさ、なんか今回ちょっと変じゃないかい?」
「そうですね先輩。まず告知時期が遅すぎます。通常であれば1ヶ月ほど前には発表されていたイベント告知が、1週間前になってやっとというのは異例。なおかつ事前情報が少なすぎます。まあ例年どおりであれば、イベントのドロップアイテムの景品は〈秘伝書〉あたりだとは思いますが」
不満を顕にするリーゼをたしなめ、愚痴り合戦が中断したこの隙に話をすすめる、黒を基調とした巫女服の〈神祇官〉櫛八玉の言葉に、同じく中核メンバーの中では数少ない女性の一人、〈吟遊詩人〉の高山三佐が答える。
〈D.D.D〉の中核スタッフは有能ではあれど癖が強いメンバーが多い。集まれば支離滅裂になりがちなメンバーの方向修正は〈三羽烏〉などと呼ばれることもあるこの3人の女性の力に頼る部分が大きい。
「いや女史、異例っていうんだったら後半だろ。季節イベントで〈大規模戦闘〉なんてのは長らくやってるが聞いたことがないぜ。初なんじゃないか?」
「これから徐々に情報が公開されていくのか、それともゲーム内での情報収集が必要なのか。どっちにしても年度末が近いこの時期は学生メンバーにしても社会人メンバーにしても動員が難しい。それに当日はバレンタインデーだからね。リアルの方で都合がつかないメンバーもそれなりに居るだろう」
それを受けて会議を進めようと言葉を発したのは、猫というよりは銀色の虎といった外観をもつ〈猫人族〉の〈武闘家〉、ギルドのサブマスターを務めるリチョウとギルドマスターであるクラスティ。他の大規模なギルドではギルドマスターといえば積極的に発言をしギルドを引っ張っていくようなプレイヤーが多いのだが、このクラスティーの場合、他のメンバーが話すにまかせ、要所でしめるという行動を取ることが多い。そのクラスティの発言を切欠にお遊びはここまでと、集まるメンバーの顔が真剣なものに変わる。いや一瞬は変わったのだが。
「悪い、俺は当日不参加だ。さすがにこの日をすっぽかしたんじゃ彼女に愛想つかされちまう」
「ちぇ、このイケメンタイガーマスクめぇ、爆発すればいいのに!」
「そういう先輩はどうなんです? この前職場が変わったら今年はどうとかって言ってましたけど」
「ぐはっ、このツンドラ後輩っ子めぇ、女子からもらったチョコで圧死してしまえ!」
「あ、あの・・・ ミ、御主人様は、ととと当日のご予定は、どどどうなって・・・」
「僕みたいに仕事とゲームにばかりのめり込んでいる男に付き合ってくれる女性なんていないさ。もちろん参加させてもらうよ」
「よく言うよ、この鬼畜陰険メガネめ・・・」
「な、なんでゴザルか! このリアルラブコメ時空は!!」
「鬼畜ラブコメMAJIDE!?」
「なんという埋伏の毒か! 全俺リア充粛清班に緊急出動要請!!」
「地獄に落ちろ、ギルドマスターにサブギルドマスター・・・」
『ピーーーーーーーーー!!!』
カチグミ=プレイヤアーのさりげない一言で、一度は収まった嫉妬の炎は再度発火延焼。
しかし再び混沌の渦へと引きずり込まれようとしていた会議の場のアトモスフィアはチャット内に鳴り響いたホイッスルの音により吹き飛ばされる。
「クシ先輩、話を本題に」
そのホイッスルを吹いた本人、高山三左は、静まり返ったその中でいつもどおりの無表情な顔を隣に座る櫛八玉に向け、一言だけ言葉を発する。
「・・・山ちゃんだって煽った癖に、なんで私だけ・・・」
「なんですか? 言いたいことがあるならハッキリとおっしゃってくださいね、先輩」
「ぐ、このエセ真面目っ子めェ・・・」
「無いようですね。ではリチョウさん、議題を進めて下さい」
「お、おう。でも実際どうするんだ? 当日までの期間は短い。調査するにもメンバーもいつも程は揃えられない。バレンタインデーなんてガチ無視してきそうな黒剣とか、逆の意味でバレンタインデーのイン率は100%確実っぽい西風とか相手にするにはちょいときついぜ?」
「戦域哨戒班も当日までのスケジュールですと動員できる人数は限られます」
「シルバーソードあたりもリアルよりゲーム優先で事を進めてきそうな雰囲気がありますね。要注意ですわ」
「実際拙者たち、諜報系の活動はあまり得意ではないでゴザルからなあ・・・」
「んじゃ、『神託の天塔』の時みたいに先生のとこに共闘の打診でもしてみる?」
「向こうがOKするんだったら、そこらが妥当だろうなあ」
「まあ、ここらへんでしょうか」
メンバー達が個別に発する意見が一通り出揃った感があるといったタイミングで、ひとつ手をたたき、沈黙を保っていたクラスティが声を上げる。それは〈D.D.D〉の会議が終了するいつもの合図だ。
「では、リチョウと高山君は当日参加できるメンバーの確認とパーティー編成を」
「あいさ、大将!」
「了解いたしました」
「イベントアイテムの褒賞が〈秘伝書〉であれば、低レベルメンバーの底上げには必要でしょう。リーゼ君は低レベルメンバーでフィールド狩りでのドロップアイテム収集班を指揮してください」
「はいっ! 承りましたわ!」
「クシさんには〈ホネスティ〉のアインス先生への共闘の打診と調整役をお願いします。取り分はできれば5対5、難航するようであれば4対6までは下げても構いません」
「ほいほい、まあイーブンで話まとめられるように頑張ってみるよ~」
「では各自、行動を開始して下さい。経過はいつもどおりにギルドチャットに連絡を。よろしくお願い致します」
「「「了解」」」
メンバー達は一斉に直立の姿勢で、各々違うモーションではあるが敬礼を彼らのギルドマスターに対して捧げる。
こうして今回も〈D.D.D〉というギルドは一つの戦場へ向けて動き出すのだ。
◇ ◇ ◇
## 20XX年2月7日 24時47分
## アキバの街、〈西風の旅団〉ギルドキャッスル
アキバの中心からは少し外れた所にある、和風の装飾がなされた武家屋敷といった雰囲気をもつ建物の一室。
日中は多くの女性が集まり、華やかと言うよりは姦しいといったような雰囲気のこの部屋ではあるが、現在この部屋に居るのは巫女というよりはくノ一を思わせる装備の女性が一人。
夜更かしは美貌の敵。そのメンバーの大半が女性という日本サーバーの戦闘系ギルドの中でも特殊なこの〈西風の旅団〉では、ギルドとしての活動は23時で終了。それ以降のギルドとしての活動は厳禁というのが不文律 となっている。
まあ、実際には根っからのゲーマーであるソウジロウを必要以上に束縛しないために、ナズナや沙姫が中心となって決めたルールではあるのだが、少なくとも殆どのメンバー、そしてソウジロウ自身はその建前を信じ、そうでないメンバーもそれを尊重して日々の活動を楽しんでいる。
そんな理由で他に人の姿のないギルドキャッスルには、比較的長身でボリュームのある身体を露出度が高めという困った装備な〈神祇官〉、ナズナが一人。そのナズナは、現在高レベルフィールドで単独で狩りをしているであろうソウジロウに向けて念話を繋げる。
「おーい、ソウジ~ ソウジの今週の予定ってどんなだ? イベント告知もあったからさー、予定立てたいんだけどさー」
「あ、はい! 今週は特に予定はないからいつもどおりですっ。あれですよねっ! 〈大規模戦闘〉もあるみたいだしワクワクしますよねっ!!」
予想通りソロでの戦闘中だったのだろう。所々言葉が途切れつつ、しかしいつもの通りの無邪気といったような雰囲気でソウジロウが念話を返す。
「あーソウジ。悪いんだけど今回うちらはそのレイドはスルーだ。うちは戦闘系ギルドではあるけどメンバーの大半は女の子だからね。さすがにバレンタインデーくらいはロマンチックにいきたいのさ」
「あ、そうですね。ごめんなさい。皆さんの都合を考えないで、僕の我侭ばっかり考えちゃって・・・」
ナズナのその言葉に、餌を取り上げられた子犬といった声色でソウジロウが答える。しゅんっといった効果音や尻尾を丸めて上目遣いなビジュアルなどがナズナの脳内にすごい勢いで展開されていく。
ナズナとしては、もうそれだけでご飯三杯はいけるだろといった気分ではあるのだが、一応年長者でサブギルドマスターであるという立場上、ここは我慢。必要な要件だけをソウジロウに伝える。
「いや、いいのさ。それが私のシゴトだよ。ってなわけでね、イベント期間中はまたローテーションを組んでイベントアイテム収集だ。悪いけど今週のインする時間とかちょっと詳し目に私まで送っておいて頂戴な」
「ありがとうナズナ。いつも助かるよ」
「うん、話はそれだけだ。狩りの邪魔をして悪かったね」
言葉の表面上は冷静を保ちつつ、その言葉を最後にナズナは念話を終了する。ギルドキャッスルの和風の部屋の中には再び静寂が訪れる。
(まあ、なんか今回のイベントは変な予感はするんだけどねえ。ま、私らには関係ないでしょ・・・)
一瞬なにか引っかかるものを感じながらも、ナズナは画面からログアウトボタンを選択し、その日のゲームを終了する。
確かに建前できめた23時のルールではあるのだが、実際年頃の女性であるナズナにとっても、やはり夜更かしは美容の敵なのだ。
◇ ◇ ◇
## 20XX年2月7日 25時18分
## アキバの街、〈黒剣騎士団〉ギルドキャッスル
「はい・・・ 了解しました。その動きは確定でしょう。遅い時間までありがとうございました」
黒を基調にした上級装備を身に纏う面々の中で、明らかに一人違う雰囲気をもった男性プレイヤーが、念話を追終えて集まっている他のメンバーの方へと視線を戻す。
「今回の件、〈D.D.D〉と〈ホネスティ〉は手を組むようですね。当日までの期間が無い分を人海戦術で補う。クラスティさんらしい堅実な手です」
その男性プレイヤー、シロエは少しずりおちた眼鏡を持ち上げながら、黒く禍々しい装飾をあしらった全身鎧を身に纏う〈守護戦士〉、アイザックに話しかける。
「ちっ。相変わらず群れての数だのみかよ、面白くねえ。やるなら正面からガチだろ。オレたちを見習えってんだ」
「いやでもボス、うちはアタマの良いのが居ねえから元〈茶会〉の作戦参謀に声かけろって言ってたのはボスだったような・・・」
「うるせえ、腹黒メガネはいいんだよ。ソレはソレ、コレはコレってコトワザ知らねえのか!」
ギルドマスターの補佐役であるレザリックが入れた控えめなツッコミに対して、アイザックが大きな声でどなり返す。
しかしこれは〈黒剣騎士団〉の日常の風景なのだろう。周りのメンバーも、そして怒鳴ったアイザック本人もその顔は笑っている。
「いや、それ諺ですらないと思いますけど・・・」
「で、腹黒。うちはどう動く?」
シロエが独り言のように呟いたその言葉が聞こえていたのか、聞こえていなかったのか。どちらにせよそれを無視した形で、臨時の参謀にと呼び寄せたシロエに対して、アイザックは話の続きを促す。
「まあ少々賭けの要素も出てきますけど、ある程度範囲を絞っての情報収集ですね。告知文の中のここ、『ウェストランデとイースタルとの間で行われた闘い』って所。ここがキーです。となると〈大規模戦闘〉の舞台はNPCの2大勢力範囲の中間地点あたりである可能性が高いと思います。となれば情報が得られそうなフィールドやNPCの街は限られる。まずはその場にメンバーを展開する所から始めましょう。もちろん他ギルドの動向は僕の方でも引き続き監視はしますけど」
「んー、範囲は絞るとしても、あっちもソレ位は考えるだろ。まだ人数的にこっちの不利は覆らねえか・・・」
シロエの意見を受け少し考えた後、顎に手をかけ眉間に皺をよせながらアイザックが首をしかめる。普段の動向から短絡的と思われがちなアイザックではあるが、日本サーバーの中でも1,2を争うなどと言われる戦闘系ギルドのギルドマスターをやっているだけあって、ただの乱暴者ではないらしいと、シロエは自分の中のアイザックに対する評価をひとつ上げる。
「であれば僕のように、野良から何人か傭兵を募集してみますか? もしくはこっちも共闘相手を探してもいいかもしれません。〈D.D.D〉とやりあうって感じで話を持ち出せば〈シルバーソード〉あたりなら乗ってくると思います」
それならばこっちも出し惜しみはなしだ。シロエは頭のなかでシミュレートしていた中から、アイザックの評価が不確定だったために保留していた策の一つを提案する。
「あの短気なエルフのニーチャンのところか・・・」
「団長に短気とか言われるとか、あの坊やも可哀想にねえ」
「へっ、ちげえねえ。セッチュの野郎も団長にだけは言われたくねえとおもうぜ」
「うるせえぞ、お前ら!! だがよ、正直言ってオレにはそんな交渉できねえぜ。腹黒、お前に任せていいか?」
「まあ一応面識はありますから、交渉の場は作ります。でも、その先はアイザックさんも加わって下さい。こういうのは外野の僕だけで進めると後々のトラブルになりますから」
「ちっ、面倒くせえなあ。判ったよ、その位はやってやる」
そう言うと、アイザックは組んでいた足を解いて立ち上がり、ギルドの、そして本人の二つ名の元となった黒い(幻想級)の大剣を抜き放ち、号令をかける。
「それじゃあてめえら、祭りの準備だ! 気張って行きな!! よもや当日チョコレートが云々なんて日和った事言う奴はいねえだろうなあ!?」
「うちにそんな軟弱野郎は居ねえだろ!」
「おう! バレンタインなんて糞食らえだぜ!!」
「旦那は泣くかもしれないけどね、まあ私も参加だよ」
「げ、姉御、エア結婚にエア夫じゃねえのかよまじで!?」
「おいお前、ちょっとそこ動くな。焼く。骨まで焼いてやる!!」
「まておちつけ姉御! ギルドホールで攻撃魔法はやめっ!!」
「当日はレコード店でサインか・・・ いやネカフェINで行けるか・・・」
「ん、どうしたユーミル?」
「いえ、なんでもないです。問題ありません」
「それじゃあお前ら、景気付けだ! 残れる奴は富士の樹海に突撃!!」
「「「うおおおおおぉぉ!!」」」
アイザックの号令を受けて〈黒剣騎士団〉の面々は次々と装備を整え、ギルドキャッスルを退出していく。
こんな深夜の時間から狩りをしにフィールドに出るなどという非常識な行為も、この〈黒剣騎士団〉では日常茶飯事なのだろう。
「なんか誘われて、なし崩しに助っ人することになっちゃったけどさ、僕はなんかとんでもない間違いを犯しちゃったんじゃないだろうか・・・」
〈黒剣騎士団〉の面々が去っていったギルドキャッスルに一人取り残されたシロエは、小さく呟き、溜息を吐いたのだ。