定時後リストランテ
いろいろダメダメ
「吾輩の記憶が確かにゃらば!」
アキバの片隅、通称〈変人窟〉と呼ばれる旧世界の廃ビルの一室に、会合の開始の合図となるテノールの声が響く。
主宰であるにゃん太の号令のもと、この場に集まったのはその全員が〈料理人〉としてレベル90の能力を持つ、〈定時後リストランテ〉のメンバー達。
〈エルダー・テイル〉において〈料理人〉は比較的メジャーな生産系サブ職業ではあるのだが、実は高レベルの〈料理人〉の数というのはさほど多いものではない。
その理由は生産系サブ職業として持つスキル〈調理〉によって作成することのできる〈料理〉アイテムのゲームとしての性質にある。
ゲームの仕様という観点から見ると〈料理〉アイテムというのは一時的にプレイヤーの能力を向上させる性能を持った一種のポーションという位置づけとして一般的に認識されており、特に低レベルのソロプレイヤーにとっては低コストで効果が望める非常に有用なアイテムだ。
しかし所詮はサブ職業の付加能力であり、能力向上のスキルを多く持つ〈付与術師〉や〈吟遊詩人〉 の特技の効果に比べると能力向上の数値の上でも利便性の面でも遠く及ばない。
加えて高レベルのスキルを必要とする調理レシピは、必要とする〈食材〉アイテムの入手難易度も高めに設定されていて、コスト面においても他の能力向上手段に比べて割に合わない。
これらの理由から一般的に〈料理人〉というサブ職業は「有用なのはせいぜいレベル30程度まで。それ以上になると完全に趣味の世界」などと認識されており、低レベル時は〈料理人〉を選択していたとしても、自身のレベルが上がるにつれ、他の有用なサブ職業に切り替えてしまうプレイヤーが殆どなのだ。
そんな中、彼ら〈定時後リストランテ〉は、趣味職として認知されている〈料理人〉を幾多の困難を乗り越えて最高レベルまで上げてしまった趣味人達。入手困難なレシピやレア度の高い食材などの情報を共有すべく所属するギルドなどの垣根を越えて集まった、ヤマトサーバーにおける〈料理人〉の最高峰たるプレイヤー集団だ。
まあ最高峰などと言ってもその存在は〈料理人〉のサブ職業にこだわりを持つ少数のプレイヤー以外には殆ど知られているものではなく、実質ゲームであった時であれば、他のプレイヤーに及ぼす影響などゼロに限りなく近いような、そんな集団ではあったのだが。
「ところで主宰、いつも疑問に思ってたんですが、その記憶が・・・っていうのはどんな意味がある言葉なんですか?」
そのメンバーの一人、少し気の弱そうな雰囲気を持つ黒髪の青年が、困ったような表情を浮かべながら声を上げる。
「にゃ? セガルっちは知らないのかにゃ!?」
「すみません、主宰。ちょっと僕の知識にはないもので・・・」
その青年は、一層申し訳なさそうな表情で、にゃん太の質問に答える。
彼の名前はセガール。アキバではそれなりに名の知れた戦闘系ギルド〈H.A.C〉のギルドマスターであり、「真のセガールたるもの料理人としても一流たるべし」という信念の元、〈料理人〉を極めたメンバーの一人だ。
「にゃんと! ショタっち、ショタっちはどうにゃん?」
「ごめんなさい。僕もちょっと解らないです・・・」
セガールの隣に座っていた少年も同様におずおずと言葉を返す。
ショタっちと呼ばれたこの少年はショーター。幼さが残る見た目ではあるが、あるクエストをクリアすることで獲得可能となる〈料理人〉から派生するレアなサブ職業、〈寿司職人〉を極めた歴としたリストランテの古株メンバーである。
「マイガッ! アイアンシェフといえばジャパン発祥のワールドワイドフェイマスクッキングティービーショーじゃないか!? ユー達はそれでも由緒正しいジャパンのシェフだというのかい? 何を隠そう、ミーのロックスリー・ローという名前もオリジナルアイアンシェフ、ロード・ミチバをリスペクトしたグレートな・・・」
「はいはい、ロックは語り出すと長いし何を言ってるか半分以上訳わからないからシャーラップ!」
「グボァ!? カナコ! 肘は、肘はやめたまえ!」
2メートルを越える長身に筋骨隆々な体格を持つ男性、ロックスリーの怪しげなカタカナ混じりの言葉を加奈子女史が実力行使で遮る。
他のメンバーもはっきりと本人の口から聞いたわけでは(というか解読できたわけでは)ないが、普段の言動から予想するに彼、ロックスリーは日本在住のアメリカ人。この怪しい口調は本人の中途半端な日本語能力とエルダーテイルの言語翻訳機能との悪魔合成な産物で半分理解不能なのだが、本人は陽気で気前のよいナイスガイだ。全ての言動がオーバーリアクションで少々暑苦しくはあるが。
そして、そのロックを肘の一撃で黙らせたのが加奈子女史。彼女は現実世界では専門学校に通う菓子職人見習いで、ゲーム内でも〈料理人〉の派生職〈パテシエ〉を極め、同じ趣味を持つ仲間を集めて〈ダンステリア〉というギルドをまとめる才媛でもある。
「と、そんな事よりも・・・」
その加奈子女史が、首を傾げつつセガールに向けて疑問を発する。
「セガールさん、なんだか見た目の印象がゲームの時と変わりすぎじゃないです? そりゃあこの世界では元の顔とか雰囲気が結構そのままっていうのは周知の事実ですけど、それにしたってそんなガラリと私好み・・・コホン、じゃなくて随分と優しげな容姿になってしまってびっくりどっきりですわ」
「あ、はい。外観再設定ポーションです。顔はこちらに来てこの見た目に変わっちゃったんですけど体格の方は最初はゲームのキャラクターのままで。もうぜんぜん上手く身体を動かせなかったのと、見た目もアンバランスでちょっとしたホラーだっもので・・・」
「な!? カナコ、君はこんなウィークな見た目が好みだっていうのか!? ノーだっ!! 君に相応しいガイというのはだな・・・」
「ロックさん、うるさいです! それよりもセガールさん! その外観再設定ポーションってその、あの・・・ 性別とかも変えられるんですか!?」
「ゴハッ! ショーター。膝は、膝はやめたまえよ・・・」
2人の話に血相を変えて割り込んだロックスリーを見事な跳び膝蹴りで撃沈したショーターが、同じく切羽詰まった表情でセガールに詰め寄る。
「あー、ショーター君ってやっぱり? まあリアルでこのアニメ少年声はないとは思ってたんですけど」
「・・・はい。液晶画面内のを愛でてる分には至福だったんですけど、さすがに自分がそうなっちゃうっていうのはちょっと・・・」
「韓国サーバーでは課金アイテムだったみたいですし、あっちの知り合いに譲ってもらったのを持ってますわ。この後倉庫で渡すってので良いかしら?」
「はい。それでお願いします・・・」
「シット! かくなる上はミーもそのメタモルフォーゼポーションで、カナコの目に叶うビューティフォーな・・・」
「「きもいからやめろ!!」」
◇ ◇ ◇
「誰も吾輩の話を聞いてくれないにゃ・・・」
「いやまあ元々このメンバー皆アレですから。一応もう既に事情は話して了承してもらってますし、加奈子さんとかセガールとか知り合いに色々と探りいれてくれてるみたいですし。まあ、なんとかなるんじゃないですか?」
そんな喧騒から1歩離れた壇上でにゃん太がつぶやいた言葉に、このメンバーの中ではにゃん太の補佐役のような立場にある櫛八玉が同じく少し疲れたような表情で答える。
「みんなこんな状況になっても全然変わりがないのにゃ・・・」
「ですね。まあなんていうか私達も人のこと言えないのかもしれないですけど・・・」
「そいえばクシっち、他のメンバーはどんな状況にゃん?」
「ええとですね、丁度ゴールデンウィーク中ってこともあって、リアル飲食店経営組はほとんどインしてないですね。私の把握してる範囲だと、ナカスにゲンコツが居るくらいです。あとミナミにはハットリ=センセイとサンダーバース。四番町はユーレッドみたいです。連絡が取れたメンバーには既に今回の件は伝えてありますんで、まあそっちも大丈夫かと」
「不安だにゃあ。シロエち、吾輩とんでもない失敗をやらかしてしまっかもしれないにゃ・・・」
にゃん太はひとつため息をついた後、虚空を見つめるような表情で、誰に聞かせるでもないそんな言葉をつぶやくのだった。
◇ ◇ ◇
〈定時後リストランテ〉。その全員が〈料理人〉としてレベル90の能力を持ち、入手困難なレシピやレア度の高い食材などの情報を共有すべく所属するギルドなどの垣根を越えて集まった、ヤマトサーバーにおける〈料理人〉の最高峰たるプレイヤー集団。
この後にアキバの街で起こる〈円卓会議〉成立の裏にも、人知れず彼らの活躍があった・・・可能性は限りなく低い。
一部キャラクターの設定等を凡人A様の「ヤマトの国の大地人」からお借りいたしました。
結果これとか、なんていうかごめんなさい。