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ふんどしの日

正直すまんかった。

「全俺会議の決議によると! 今日はネクタイの日で満場一致。すなわち! ネクタイを締めた今日の俺はまさにコウテツノシロ! まさに無敵!!」


 エッゾの東、カムイコタンの〈古き神々の渓谷〉の吹きすさぶ吹雪の中に漢の叫ぶ声が反響する。

 彼の名前はセバス・チャン。通称『俺会議』。日本サーバー最大の戦闘系ギルド、〈D.D.D〉に所属する〈武闘家〉にして、3つ揃えの英国調スーツのようなクロースアーマーを身に纏うこのパーティーの前衛担当である。


「ネクタイの日、Wikipediaによるとネクタイ工業組合連合会がアレに便乗した販促活動。即ちトラップ」


「ぐぼぁ!?」

 

 容赦のないその言葉によって『俺会議』は力尽き、その場に崩れ落ちる。

 淡々とした口調でその『俺会議』を一刀両断にしたのはアラクスミ。通称『MAJIDE』。南アジアもしくはインドあたりの民族衣装のような革鎧に2刀流のグルカナイフを持つ小柄な美少女といった見た目だが、そのアバターから発せられる声色は渋い低音。

 ボイスチャットが主流の〈エルダー・テイル〉では少ないものの、世のMMO全般でいえば少なからず存在するいわゆるネカマさんと呼ばれる類のプレイヤーだ。


「・・・そ、そういえば厨二は!? ザキヤマはどうしたーっ!」


「西風の例のふにゃっとした子に『ぼーるぺんさんへ、義理ですが』とか言われてイベントアイテム貰って悶絶してたので放置してきたでゴザル。奴は寝返ったでゴザルよ・・・」


 瀕死の体の『俺会議』が搾り出したその叫びに吐き捨てるように答えたのが狐猿。通称「ゴザル」。巴の紋章が彫られた額当てを巻き、黒装束に身を包む、いわゆるナンチャッテ忍者スタイルを貫く〈暗殺者〉。

 彼らに3人にこの場にはいない『厨二』、グーゲル・シュライバーを加えた4人は、癖のある〈D.D.D〉に所属するプレイヤーの中でも特に個性的なメンバー、通称「ざ・らいとすたっふ」と呼ばれる一団だった。


「馬鹿が。明らかに義理な拡散メガ粒子砲が掠った程度で撃墜されやがって。くそっ! 羨ましくなんかねえぞコンチクショウ!!」


「一人一殺の年末のアレとは違って今日のコレはクラスター爆弾。生き残ってしまった敗残兵が受けるダメージは甚大」


「阿鼻叫喚、まさに地獄絵図! 俺達に希望はないというのか!?」


「・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・」


「・・・吹きすさぶ都会のビル風が冷たすぎてMAJIDEもでないぜ・・・」


 そう、今日は2月14日。

 この日をターゲットに街の各所に設置された特設販売所の店員が、最後の追い込みとばかりに声を張り上げる決戦の日。勝者と敗者が明確に可視化されるバレンタインデーと呼ばれるこの日もあと数時間となったこの時間に、彼らは自らの心象風景のごとく吹雪舞うこの高レベルフィールドゾーンにおいて今日も今日とて下らない会話を繰り広げつつゲーム内の戦闘に勤しんでいた。


「いやまつでゴザル。まだ我らには『ふんどしの日』が残っているでござるよ! 日本男児ならば褌! 今宵の合言葉は『越中』でござる。皆々方、リピートアフタミーレッツエッチュー!」


「「「エッチュー!!」」」


「合言葉は?」


「「「みんなで締めれば怖くない!!」」」


「おーけー我ら訓練され神に選ばれた勇者でゴザル。どんな試練が待とうとも決して逃げ出す訳にはいかないでゴザルよ!」


「「「エッチュー!!」」」


「拙者たちのこの怒り、この狩場のMOB共に叩きつけてやるでゴザルよ!」


「「「エッチュー!!」」」



 ◇  ◇  ◇



「「はあ・・・」」


 訳のわからないテンションの漢達の叫びが銀白色の渓谷の中に木霊する中、パーティーの残り2人のメンバーが嘆息する。

 そう、今日このパーティーで行動を共にしているのは彼ら「ざ・らいとすたっふ」だけではなかった。

 綿密な組織化において右に立つ戦闘ギルドは無いと言われる〈D.D.D〉において戦域哨戒班という大規模戦闘の要となる要職のトップを務める才媛、〈鋼鉄の女〉高山三佐。そしてその彼女と並び〈D.D.D〉の〈三羽烏〉の一人と数えられ、大規模戦闘の要所にてグループリーダーを務める古参メンバー、〈突貫黒巫女〉櫛八玉もある理由のため彼らと行動を共にしていたのだ。


「・・・ねえ山ちゃん」


「なんですか先輩?」


「いつもアレなこいつらだけどさ、なんだか今日はより一層ひどくないかい? っていうかさ、なんで今日に限ってこいつら連れてこんな過疎狩場に来る必要があるのさ?」


「ああ、先輩には説明していませんでしたっけ? 昨年末のクリスマスの騒動の話は聞きましたよね。あんな面倒事はもう御免ですので本日に限り彼らを世間から隔離する必要があると判断しました。私達はその監視です」


「へ? クリスマス? あれなんか今日ってそんな特別な日だっけ?」


 櫛八玉の言葉に高山三佐は一時返すべき言葉を失う。

 一時の沈黙の後口から発せられた言葉は、表面上は感情を露わにすることが少ない彼女にしては珍しく、動揺をその中に滲ませていた。


「ま、まさか先輩、今日が何の日だか忘れてるとか、そんな筈ないですよね。今日が何月何日だか言えますか?」


「うう、先週はインフルエンザで寝込んでたからなあ。ええっと今日が火曜日だから・・・って、ぅええええ!?」


「・・・いくら先輩とは言え一応二十代の女性として、バレンタインデー当日までその事実が頭の片隅にもないとかどうなんですか。かわいそうすぎます。具体的には・・・」


「うう一応とかいうな・・・で、具体的には?」


「・・・かわいそうなぞうで最後まで生き残ってしまったトンキー君くらいかわいそうです」


「ぎゃ~~!! 図書室の裸足のゲンに並んで小学生のトラウマ話の定番と同等とかどんだけ!! あれか、私は餌をもらうために動かない身体で必死に芸をしたりするとかそういうレベルで悲惨なのか?!」


「はい、涙なしには語れません」


 かわいそうなぞう。

 太平洋戦争中の上野動物園にてゾウが戦時猛獣処分を受けたという実話を元にして書かれた児童文学。小学校低学年の国語の教科書にも採用されたことから幅広く日本中にトラウマをまき散らした禁書である。


「忘れてたとかMAJIDE!?」


「いくら漢女心あふれる姉御とはいえ、さすがにそこまでとは拙者も想像してござらんかった・・・」


「全俺会議でもさすがに擁護の議案が出せないぜ・・・」


「や、やめろっ! そんな目で私を見るな!!」


 メンバー全員の同情の視線に耐えられなくなったのか、櫛八玉は両手で耳を塞ぎ、その場にしゃがみ込む。

 皆のディスプレイに映し出されるのは白銀の吹雪の光景。そしてヘッドセットやスピーカーからは冷たい風が渓谷の空気を切り裂く音だけが響き、暖房が効いている筈の室内の体感温度が数度は下がったような錯覚。


 数秒後の事だったろうか、それとも数分が過ぎ去っていただろうか。

 ふらっと櫛八玉が立ち上がる。


「うふ・・・ふふふふ・・・」


 しかしその頭はうつむいたまま、目に光は灯っていない。


「バレンタインデーなんて所詮キリスト教のなんとかって人の処刑日じゃないか。それが皆して菓子業者の販促宣伝に影響されちゃってさ。ふふふふ、私達は日本人なんだから、そんなの関係ないじゃないか。そうだ、ふんどしだっけ? それでいいや。『越中』だよね?」


「そそそ、そうでござったな。そうでゴザルよっ!」


「あ、ああ、そうデシタ。全俺会議的にも今日は『ふんどしの日』で可決デシタッ!」


「ふんどしMAJIDE!?」


「あー、先輩がそれでいいなら別にいいですけど・・・」


「三佐さんもMAJIDEも話合わせるでゴザルよ!」


「ふふふ、それじゃみんな、リピートアフタミー!」


「え、えっちゅう?」


「声が小さいんじゃないかな? もう一度!」


「「「エ、エッチュー!!」」」


「合言葉は?」


「「「みんなで締めれば怖くない!!」」」


「うふふふ、いやなんか色々発散したい気分だよね。山ちゃん何なら今からメンバー集めて〈荊の城〉の第一層でも突撃しようか?」


「今何時だと思ってるんですか! 下手に先輩が声掛けたりしたら本当に人数揃ってしまいそうで質が悪いのでやめてください。問題起きないように隔離した筈がとんだ薮蛇じゃないですかっ!」



 ◇  ◇  ◇



 親友であるヤエに彼氏が出来たとの惚気話が追い打ちをかけ、櫛八玉が〈D.D.D〉を脱退したのはそれから数日後のことだったという。

 〈エルダー・テイル〉に12番目の追加パックが当てられ、〈大災害〉が発生する3ヶ月前の話である。


2/20 ご指摘を受けた誤字を修正

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