黒剣と突貫(結!)
その異変が発生したのは、〈レッサーベヒモス〉のHPが3割を切り、丁度オレのMPが攻撃スキルの乱発でほぼゼロになったそんなタイミングだった。
オレに向かって振り下ろされる〈レッサーベヒモス〉の両側頭部から生える鋭角な角による攻撃。
オレの装備する〈神炎の鎧〉をしてもHPの2割弱を一撃で奪っていく筈のその攻撃は、その瞬間目の前に発生した半透明のエフェクトと甲高い打撃音によって阻まれる。
「な?! 障壁だと!! 誰だ、ダメージ遮断魔法なんか掛けやがった馬鹿野郎は! 作戦聞いてなかったのか!!」
今回の単体レイドでは、討伐最短記録を更新するために参加メンバーのほぼ全員が攻撃職。オレが所属するこのパーティーにしか回復職は配置されていない。
後ろでオレのHP回復に専念している筈の、その数人の回復職プレイヤーを睨む。
「団長、今回の討伐のメンバーには〈神祇官〉は一人も参加してねえよ! 俺達じゃねえ!!」
そう言われて気づく。確かに〈ソード・オブ・ペインブラック〉を手に入れてからの単体レイドのメンバーに〈神祇官〉のプレイヤーは選んでいない。
「じゃあ、ギルド外からの妨害か?」
「でも、周りにはギルドメンバー以外にプレイヤーの反応ねえぜ!?」
「いやそれよりもよ、妨害ってなら何で攻撃してこねえ!? 団長に障壁魔法だけ掛けてくるとか妨害だったらありえねえだろ!!」
〈黒剣騎士団〉のメンバー達が混乱している間にも、ダメージ遮断魔法はオレに掛け続けられている。
そのせいで俺のHPは全く減らない状態が維持されちまっているマズイ状況だ。
「団長、ヤバいぜ! タゲがアタッカーに飛ぶ!」
「うわ!! やべえ死ぬって! 団長! タウンディングを!! うわぁ!!」
「ぎゃ! 一発でHP半壊とか無理すぎるって! うわ、死んだ!!」
そうこう言っている間にもオレに攻撃を集中していた筈の〈レッサーベヒモス〉は状況が判らず攻撃を続けていた近接攻撃パーティーにその矛先を変えて襲いかかる。
とはいえ今回の討伐には俺以外の戦士系職のメンバーは入っていない。
そして〈ソード・オブ・ペインブラック〉の性能に頼りきってしまっていたオレはMPを使いきってしまっていて、再度こちらにそのターゲットを向けるための手段が残っていない。完全に手詰まり状態だ。
「アタッカーパーティー1つ全滅! 〈レッサーベヒモス〉は後方のWIZパーティーにターゲット移しました!!」
〈施療神官〉にしてギルドの参謀役を務めるレザリックが焦った声で報告を上げる。
その報告どおり〈レッサーベヒモス〉の黒い牡牛のような巨体は一瞬の溜めの後オレの上を飛び越し、後方から遠距離魔法にて攻撃を継続していた魔法攻撃職で編成されているパーティーに飛び込んで行く。
紙装甲などという言葉で表現されるとおり〈妖術師〉
や〈召喚術師〉などは碌な防具を装備することが出来ず、特にレイドランクのモンスターの攻撃などに曝されてしまえば数瞬も持たない。
WIZパーティーのメンバーたちはその最初の突撃だけでほぼ壊滅。次々と倒されていくギルドメンバー達の断末魔が響く。
確定だ。これは明らかに外部からの妨害工作。
悔しいがここまで鮮やかに体制を崩されちまってはもうオレ達には打つ手がねえ。
ぎりっと奥歯を噛み締めた後、オレは〈黒剣騎士団〉のメンバーたちに叫ぶ。
「外部の妨害が入った! 討伐中断!! 帰還魔法が残っている奴は直ちに帰還! 残ってないやつは手がねえから諦めて特攻!! 悪いが死んでくれ!」
「くっそベヒモスごときで! くっそ!!」
「ほら、いいから突っ込むぞ! 死ぬときはたとえドブの中でも前のめりだろ!!」
「ここで退却とかできるかよ! 喰らえやあああぁ!!」
どうにもうちの馬鹿どもには撤退するだけの頭がねえらしい。
とはいえオレ自身もここで退却なんてする気はさらさらねえんだが。
今回のこの妨害、ギルド外部には出していない筈の〈ソード・オブ・ペインブラック〉の能力とオレたちの単体レイド時の戦法を完全に読んで、ピンポイントで弱点を突いて来やがっている。
『自らの受けたダメージのうち一定の割合を敵愾心として反射する』能力。
前戦で盾役を貼る戦士職垂涎の〈ソード・オブ・ペインブラック〉のこの能力だが、〈神祇官〉のダメージ遮断魔法とは絶望的に相性が悪い。
〈神祇官〉のダメージ遮断魔法とはその名の通り、一定量までのダメージを完全に遮断する魔法のバリアのような効果を発する。言い換えれば、〈ソード・オブ・ペインブラック〉が敵愾心を発生させる条件であるダメージ自体が発生しなくなってしまうのだ。
そして、回復魔法に分類されるダメージ遮断魔法はいくら魔法防御力が高くてもレジスト対象外。防ぐ手段はないと来ている。
その条件に気づき、オレのMPが切れたタイミングを見事に見切って妨害を仕掛け、なおかつ少ない時間とはいえオレに対するレイドランクモンスターの攻撃をダメージ遮断の障壁で完全に防ぎきるだけのスキルレベルを持つ〈神祇官〉なんていうのは日本サーバー広しといえどもそう居るもんじゃない。
なおかつオレ達に対してケンカを売るだけの理由と度胸がある奴なんていうのは1人しか思いつかねえ。
「ぐぉら〈突貫〉ンっ! やってくれやがったな!! いつまでも隠れてねえでとっとと出てきやがれ!!」
オレは〈隠行術〉あたりで近くに潜んでいるであろう、その相手に対して落とし前をつけなくちゃあいけねえのだ。
◇ ◇ ◇
〈黒剣騎士団〉はギルドマスターのトサカ頭君の居るタンクパーティーを残してほぼ壊滅。最後の抵抗をしている数人の武器攻撃職のプレイヤーも、もう長くは持たないだろう。
私達の今回の、『あの剣の性能封じて単体レイド妨害、ついでに全滅させちゃおう大作戦』、見事に大成功である。
「クシ、トサカ頭君が呼んでるよ~。どするの? このまま帰っちゃっても良いと思うけど」
私は横で悪い感じで笑っているクシに対して、一応そんな事を聞いてみる。
まあ、このまま此処を去ってしまうなんてお行儀の良いこと、クシがするわけないんだけど。
「そだね、挨拶くらいはして行かないと失礼だよね」
そんな事を言ってニヤリと笑うと、クシは彼らの前に姿を表す為に〈隠行術〉ポーションの効力をキャンセルする。
「どしたのかな、〈黒剣〉のアイザック君。私に何か用かな?」
私達が潜んでいたのは彼らから10m程しか離れていない茂みの中。
クシはその茂みから彼らの方に歩み寄りながら、なんとも白々しく声をかける。
「どうしたもこうしたもねえだろ! やってくれたな。お陰様でこっちは全滅だぜ!」
「ふふふ、何のことかなあ? 私は偶然君たちの単体レイドの場面に出くわしたから、ちょっと手助けしようとしただけなんだけど」
「しらばっくれやがって! 随分と用意周到な罠にかけてくれやがってよ!」
うん、なんというかここは全面的にトサカ頭君に同意かな。
どう考えてもクシのこのムーブ、悪の女幹部とかそういうヤツである。格好も黒いし。
「いくら〈突貫〉って言ったって所詮唯の〈神祇官〉一人! 仲間の敵、討たせてもらうぜ!」
「おう、こっちは攻撃職じゃないとはいえ数で勝ってるんだ! 団長やらせてくれ!」
残っていた数人の〈回復職〉達は今にもクシに対して攻撃を仕掛けそうな雰囲気だ。ここはしょうがないから護衛役くらいは引き受けないといけないかな。
私もクシに続いてポーションの効果をキャンセルして、クシと〈黒剣騎士団〉のメンバーの間に入るように移動する。
「あ、ヤエ、ありがと。何か言いがかりつけられちゃってさ~」
「ほいクシ。一応護衛役だからね、トサカ頭君以外は引き受けてあげよう。でもさすがにそれは白々しいと思うよ~」
私の出現で、アイザック君以外のメンバーは一歩下がって警戒体制。
私は別にここで戦いたいわけじゃないから、これで大人しくしてくれれば良いのだけれど。
そんな中、ギルドマスターのアイザック君が一歩前に出る。
「今回はオレ達の負けだ。こうも見事にやられちゃあ、言い訳のしようもねえ。だがよ、このままじゃ収まりがつかねえんだ。〈突貫黒巫女〉、悪いけどよ、ひとつタイマンのケンカ、買っちゃあくれねえか」
アイザック君が、例の黒剣を構えてクシに対して言う。
その表情はさっきまでと違って怒ってるとかそういうのじゃなくて、何だか面白い遊びを思いついたガキ大将みたいなそんな雰囲気。
「そだね、こっちも前回はケンカ買ってあげられなかったのは悪かったと思ってたんだ。そういうの判りやすくて良いよね」
答えるクシも両手に持った2本の太刀を構えて臨戦態勢。
こっちも何ていうかとっても楽しそうな表情で笑っている。こいつらなんだかすごく似たもの同士なんじゃないだろうか。
「お、話がわかるじゃねえか。そいつは嬉しいねっと!!」
そう言うとアイザック君が、不意に黒剣を上段からクシ目掛けて振り下ろす。
その攻撃はクシの予め準備していたであろう、ダメージ遮断魔法の半透明な五芒星の光に跳ね返される。
「それはなにより! でもこれにも負けちゃうと、大分立場がないんじゃないかい?」
そう言いながら、クシも両手の太刀の連撃をアイザック君に叩きこむ。
しかしその攻撃も、一つは完全にアイザック君に躱され、もう一つは彼の着る重厚な鎧に跳ね返される。
〈守護戦士〉 と〈神祇官〉。戦士系職と回復系職。
攻撃力が低めと言われる〈守護戦士〉とはいえアイザック君はまだ世界に一人しか居ないと言われる(幻想級)武器の持ち主だ。
普通であれば近接戦闘なクシに勝ち目はないように思えるけれど、現在アイザック君はMPがほぼゼロ。
なおかつクシは(幻想級)の防具〈源氏の鎧〉と〈源氏の篭手〉を持ち、その能力で〈回復職〉の域から外れた攻撃力と防御力を持つトンデモな〈神祇官〉だ。私の見立てでは両者の近接戦闘力は五分。
「後衛職の癖にやるじゃねえか〈突貫〉! オレにここまで付いて来るとはよ!!」
「そっちこそ! 思ったより歯ごたえあるじゃん!」
やっぱり両者の近接戦闘能力は拮抗しているみたいで、剣戟の応酬は終わる気配を見せない。
アイザック君の攻撃はクシの(秘伝)まで習得してなおかつアイテムでも強化されている障壁にほとんど阻まれ、クシの攻撃もアイザック君の日本サーバーでも随一であろうその防御力に決定打を見いだせない。
なんというか各職極めちゃった廃人同士の怪獣大決戦状態、ある意味貴重な頂上対戦かもしれない。
まあ、当人達はもう勝ち負けとかどうでもよさそうな雰囲気なんだけど。
「だ、団長! ヤバイっす!!」
そんな時、生き残っていた〈黒剣騎士団〉の回復職の一人が、悲鳴を上げる。
「ぁんだよ!? 今イイところなんだから、邪魔すんじゃねえよっ!!」
「いや、あの・・・ 〈レッサーベヒモス〉が・・・」
「へ?」
その声にその場の全員が振り返る。
そこには〈黒剣騎士団〉のアタッカー達をすべて倒し、HPは1割ほどまで減って入るものの依然健在なレイドランクモンスター〈レッサーベヒモス〉の憤怒の姿。
『ブモオォオオオオオオォオォォォォ!!!!』
その〈レッサーベヒモス〉が、最後まで生き残っていたアイザック達タンクパーティーと私達に対して雄叫びを上げた。
◇ ◇ ◇
〈エルダー・テイル〉は多人数同時参加型オンラインRPG、いわゆるMMOである。
MMOにおいては数こそが力。たとえアイザックが(幻想級)武器を持つサーバー随一の〈守護戦士〉であろうと、櫛八玉が(幻想級)防具を持つトンデモ〈神祇官〉であろうとも、ゲームシステムのバランスはプレイヤー個人が持ち得る能力で覆すことはできない。
〈黒剣騎士団〉の生き残り数名プラス櫛八玉に八枝。
この人数ではレベル90の〈中規模戦闘〉ランクモンスターである〈レッサーベヒモス〉に敵う道理は無いのだ。
――――――――――――――――――
「うわちょっとまて?!」
「やっぱりこうなるのか~!!」
「ハラホロヒレハレ~」
生き残っていた〈黒剣騎士団〉の回復職数名
死因:〈レッサーベヒモス〉の初撃、突撃範囲攻撃。
享年:全員レベル90(うち一名、死亡による経験値減少によりレベルダウン)。
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「ちょ! お前!! 少しは空気読みやがれって、げっ!! 飛んだ・・・だとッ!?」
〈黒剣〉のアイザック
死因:〈レッサーベヒモス〉による回避不能攻撃、ボディープレスによる圧死。
享年:レベル90。
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「ふう、これですっきり。ってあれ? なんで? ちょいまて子ベヒ君、話せば分かるって・・・ぎゃあぁぁァぁ~~~!!」
〈突貫黒巫女〉櫛八玉
死因:〈レッサーベヒモス〉後ろ足による蹴り上げ、および落下ダメージ。
享年:レベル90。
※注 アイザックへのダメージ遮断魔法使用を敵対行為とシステムが解釈。
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その場に残ったのは敵対行動を行ったプレイヤーが全滅したことにより大人しくなった〈レッサーベヒモス〉と、この場で唯一敵対行動を取らなかったプレイヤー、八枝のみ。
「・・・ええと、これにて一件落着?」
『ブモオォ』
これもいつも通りのよくある〈エルダー・テイル〉の日常風景。
今日も今日とて日本サーバーのプレイヤー達は平常運転だったのだ。
◇ ◇ ◇
〈黒剣騎士団〉の暴走により起こった、単体レイド闇狩り騒動は、その〈黒剣騎士団〉の共通掲示板への謝罪文の掲載および、同ギルドの3ヶ月間の単体レイド討伐自粛という条件により決着を見た。
その背後には〈D.D.D〉や〈ホネスティ〉などの他、大規模戦闘ギルドの働きがあったと一般には言われているが、一部のプレイヤーの間では、〈黒剣騎士団〉のギルドマスター、アイザックが一人の〈神祇官〉とのタイマンに引き分けた為、その条件を飲んだのだなどという噂も流れているという。
「ま、なんていうか〈黒剣もドン引き〉ってやつよね~」
ちなみにその日から、件の〈神祇官〉に新たな二つ名が加わったという。
ひと通りの読み直しとちょっとの修正を行ないました。
この小ネタもやっとの完結でございます。
少しは読めるレベルになったでしょうか。