婚約破棄された私に公爵様が求婚してきましたが、今は自分が大好きなのでお断りします!
「ありがとうございます! 私なんかを好きになってもらえていたなんて! でも、お断りします!!」
私は笑顔で公爵子息を振った。
「な、なぜだ!? 僕は公爵子息だぞ!?」
だって、私は、私が大好きになってしまったから!!
◇
私はずっとあなたに好かれようと思って生きてきたけど、もうやめます。
子供の頃に親同士で決めた婚約者が、伯爵子息のルシオ・アルフェインだった。
子爵令嬢の私、フィーナ・ヴェルディアにとっては申し分のない相手でした。
子供の頃から何度も会っていて、学園に入学すれば同じ学年で同じクラスになった事もあります。
ずっと婚約者のルシオとは一緒にいる訳じゃないけれど、
「これが俺の婚約者」
と、友達に紹介された事もありました。
だから、あなたが恥じない程度の淑女でいようと過ごしてきました。
煌びやかで薔薇のように華やかな公爵令嬢や伯爵令嬢の足元にも及ばないけど、地味でもあなたの好みだけは外さない。
そんな風に生きてきたの。
——なのに……。
「他に好きな人が出来たんだ。フィーナとの婚約は破棄して貰えるように両親に頼んだ」
ルシオに言われた。
「……好きな人って……」
「いずれバレるだろうけど、今は言えない」
教えては貰えなかった。
きっとすぐにでもお父様から婚約破棄された事は伝えられるんだろう……。
◇
私は教室の自分の机に突っ伏していた。
ルシオとはクラスが違うから見られる心配はないけど……人に見られたくはない姿だ。
分かっていても、顔を上げる気力が湧いてこない。
「フィーナ、なにを婚約破棄されたみたいな格好をしているんですの?」
鋭すぎるツッコミを入れたのは公爵令嬢のレティシア様だった。
「……あの、私、見てしまったんですけど……フィーナは、されてました。婚約破棄!」
「……マジ!?」
見られていたなんて!
レティシア様がこんな言葉を使われるなんて!
……コホン。
レティシア様が咳払いで誤魔化す。
「良かったじゃないの! フィーナ!」
「良くありませんっ!!」
私は顔を上げた。
「子供の頃から結婚すると思っていた人なんですよ! 私はルシオに好かれることだけを考えて生きてきたのに……!」
言っていて泣きたくなってくる。
「だから良いんじゃない! 親同士が決めた婚約者なんて、ゴミでカスのロクでもない相手に決まってるわ!」
そうじゃない人もいるし、レティシア様の婚約者は親同士の決めた王太子なので、誰も気軽に同意できない。
「ちょうど今日は金曜日よ! フィーナ! 新しい出会いのチャンス——夜会の金曜日よ! 初めてでしょう!?」
「や、夜会って……初めてですけど……。え? 誘われてもいないのに行っても良いんですか?」
「うちの公爵家が主催の夜会だから私が招待しますわ。初めてなんだもの、ドレスやアクセサリーも我が家で貸し出しますわよ!」
「レティシア様の公爵家が……主催……」
婚約破棄されたその日に夜会に行くなんてどうかと思うけど……婚約破棄されたからには避けて通れない場所でもある。
ドレスもアクセサリーも貸してもらえて、レティシア様のサポートの夜会とは…こんな良い条件は断れないわ。
「よろしくお願いします! レティシア様!」
わあぁっとレティシア様の取り巻きたちも盛り上がる。
みんな良い人たちだわ……。
その時の私は、本当にそう思ってしまっていました。
まさか、彼女たちの目的があんなことだとは知らずに……——。
◇
私はレティシア様の部屋で揉みくちゃにされていた。
「フィーナには、こっちの色が似合うわよ」
「それだといつものフィーナと変わらないわよ。せっかくの夜会デビューの日なんだからもっと目立つドレスじゃなきゃ!」
令嬢たちの手によって夜会用ドレスが次々に私に当てられ、これでもない、あれでもないと議論の的になっている。
白、黒、赤、青、緑、パステルカラーに、グラデーション、色とりどりのドレスに、リボン、サッシュ、レース、フリル、刺繍が施されて、スパンコールがこれもまた華やかな令嬢たちの間でキラキラと輝いて、目がチカチカとしてくる。
今までの私には縁のない世界だった。
ルシオが青が好きで、リボンが可愛いと言えば、青い服に少しだけリボンのついたドレスを着たりしたけれど、こんなにリボンたっぷりの服は着たことがない。
「ダメね。似合わないわ」
青いリボンのたっぷり付いたドレスを私に合わせた後に、侯爵令嬢のマーガレット様がおっしゃった。
「え?」
ルシオの好きそうなこんなドレスを着ていたら、婚約破棄なんてされなかったのにと思っていたのに……。
ルシオに私は相応しくなかったの……。
マーガレット様はコルセットとペチコート姿の私をじっと見つめると、
「茶色がいいかしら」
と言う。
ちゃ、茶色〜!?
じ、地味すぎる……。
地味な子爵令嬢だって自覚はあったけど……。
——でも、
次々に運ばれて来る茶色の夜会用のドレスはどれも素敵だった。
濃い茶色に黒の刺繍が入ったチョコレートみたいなドレスに、茶色に白いレースが混ざってフリルとギャザーがたっぷり入った可愛いドレスに、シンプルなのに形が綺麗なドレス——。
どれも私に似合っていた。
「これね……!」
その中で、マーガレット様が選んだのは、胸元の空いたビスチェ型で胸元に銀糸で花の模様が刺繍されて、細いウェストからシフォンのスカートが広がる上品なドレスだった。
ドレスを胸の前で合わせられて、鏡を見ると、信じられないくらい自分が可愛く見えた。
「いいわね……!」
「決まりね」
令嬢たちが顔を見合わせてうなずきあったと思ったら、次はネックレス、イヤリング、ストールに手袋と小物たちが私とドレスの前に集まって来る。
私を揉みくちゃにしながら、やっぱり、ああでもないこうでもないと、次々に小物を見立てて議論していく。
「マーガレット様! 大変です」
茶色い銀糸のドレスと私の身体にアンダードレスを探していた令嬢が叫んだ。
「何があったの!?」
「フィーナ様のコルセットが、ちゃんとしまっていません! 選んだドレスが着れないかもしれません!」
「なんですって!? サイズを二サイズさげて!!」
……そこはサボっていた自覚あるけど……。
「に、二サイズはやめて下さい……っ! 死んでしまいます!!」
◇
コルセットは一サイズ下でなんとか選んでもらった茶色いドレスを着れました。
次は化粧台の上に座らされて、おしろいをはたかれて頬紅や口紅を合わせられます。
「こっちのピンクがいいかしら?」
「ドレスに合わせるならオレンジ系でしょう?」
「でも、ピーチピンクも合うわよ」
「真紅の口紅もいいわよ」
実際にいくつかの口紅を塗られて、拭かれて……自然に唇が赤くなってる気がします。
「アイシャドウは?」
「香水も付ける?」
「まあ、素敵だわ、フィーナ!」
レティシア様が私を見て叫びます。
令嬢たちに揉みくちゃにされて、やっと私の今日の夜会へ行く姿が完成しました。
大変だったけど、確かに素敵になっています。
令嬢たちも私の姿に満足して、自分たちの夜会の支度をし始めていました。
私は、思わず鏡に張り付いて、うっとりと自分を見てしまいます。
これが私……!
元の顔が綺麗になったわけじゃないのに……嘘みたい!
ジーと自分の姿に見惚れていると、
「あなたの為に着飾ったんじゃないんだから、夜会に行って、男性が何人声をかけて来るかカウントしないと! 今日の私たちの成果が分からなくなるわ!」
そういうことだったの!?
私は令嬢たちに鏡から引き剥がされて、夜会会場にズルズルと引きずられて行く。
◇
レティシア様の公爵家の大広間で夜会は行われていた。
華やかな人たちがたくさんいらしていた。
「やあ、レティシア」
レティシア様に気軽に声を掛けているのは婚約者の王太子のようだった。
この夜会って王太子様も来られるようなものだったの!?
改めて自分の場違いさに驚いてしまうけど、レティシア様と遠く離れた場所で、私は男性たちに囲まれていた。
「五人ね」
「順調順調!」
マーガレット様や令嬢たちが、声を揃えていう。
◇
「今日の犠牲者はあの子なのか」
王太子のエドワードが茶色いドレスの子爵令嬢フィーナ・ヴェルディアを見て言った。
「婚約破棄されたばかりで落ち込んでいたから連れてきたのよ」
「こ、婚約破棄!? どうして!?」
レティシアの言葉に僕は驚いた。
「それは、婚約者だった伯爵子息のルシオ・アルフェインに聞いてみなきゃ分からないわね。こんな素敵な子を振るなんて大馬鹿者に違いありませんけどね」
王太子がうなずく。
「両親が決めた婚約者以上にいい相手などいるはずもないからな!」
「それは違うわよ」
王太子にレティシアが食ってかかる。
いつもの喧嘩が始まりそうだったから、僕はその場を離れる。
……フィーナが、婚約破棄されたって!?
なんて勿体無い事をするんだ、ルシオ・アルフェイン!!
だったら、公爵子息の僕、アルフォンス・フェルネスがフィーナを貰う!!
◇
「十二人!」
私、フィーナは一息ついた。
初めての夜会で緊張しているはずなのに、たくさんの男性とスムーズに話せたようだった。
きっとレティシア様やマーガレット様たちが着せてくれたドレスのおかげだわ。
自分でも見惚れるくらいだもの——。
ポーッと自分の姿を思い出す。
——でも、それだけじゃない。
私は男性たちと話している時も、横を通る女性たちのドレスやヘアメイクを見ていて、男性たちとの話に集中できなかったのが力が入りすぎずに良かったんだと思う。
今までだって素敵な女性には目がいってしまったけど、今日は自分にもあんなドレスが着れるかしら? と考えていた。
いつもよりも女性の姿を見るのが楽しかった。
遠い存在だと思っていた素敵な女性たちが身近に思えて……私も……。
「フィーナ・ヴェルディア」
声を掛けられた。
見ると、今までに声を掛けられた男性たちよりずっと高貴で見目麗しい男性が立っていた。
「アルフォンス・フェルネス……公爵子息……様……」
学園でも一二を争う高貴で素敵な男性が何故か私に声を掛けてきた……。
「十三人……!」
「アルフォンス様なら十人分くらい足してもいいわ!」
令嬢たちも騒ぎだす。
「僕の事を知っていてくれて嬉しいよ、フィーナ。僕も君をずっと知っていたんだ」
「え? アルフォンス様が……私を……?」
私が驚くとアルフォンス様は微笑んで続ける。
「君が婚約者の伯爵子息のルシオ・アルフェインのために努力している姿をずっと見ていたんだ。でも婚約破棄されたそうじゃないか。僕は婚約者の為に振る舞う君の健気さにずっと惹かれていたんだ」
——え……?
私がルシオの為に努力する姿を見ていてくれた人がいたの……。
『他に好きな人が出来たんだ』
ルシオはこんな簡単な言葉で私を捨てたのに……!
ツーンと鼻の奥が痛くなる。
目から涙が溢れそう。
「ずっと、婚約者がいても君のことが好きだったんだ。僕と婚約してもらえないだろうか、フィーナ」
はぅっと、見ていた令嬢たちが息を呑む音が聞こえた。
アルフォンス様が蕩けるような微笑みで、でも、真摯に私に伝えてくれる。
「ありがとうございます。こんなに嬉しいことはありません……!」
だから、私も真摯に向き合わないといけない。
「アルフォンス様に、私なんかを好きになってもらえていたなんて!」
私が満面の笑みで言うと、アルフォンス様の顔がパッと明るくなる。
「でも、お断りします!!」
アルフォンス様が固まる。
令嬢たちも息を吸い込んだままだ。
「な、なぜだ!? 僕は公爵子息だぞ!?」
「だって、私は、私が大好きになってしまったんです! もう誰かの為に尽くすなんて嫌ですから、アルフォンス様の好きなフィーナではなくなってしまったんです!」
シーン……。
大広間が静まり返ったように思えた。
「そうよ、フィーナ!」
「自分のしたいように生きるのよ!」
令嬢たちが息を吐き出す。
みんなに応援されて気恥ずかしくなってきたけど、そのみんなの服にも素敵なところを探してる。
「ア、アルフォンス! 大丈夫か!?」
アルフォンス様は魂が抜けたようになって、エドワード様に救出されていた。
◆◇◆
公爵家で開かれた夜会の隅に、高貴な三人が集まっていた。
「レティシア、アルフォンスのことを応援したいって言ってたのは君だろう!」
王太子のエドワードが婚約者のレティシアに向かって言う。
「……いいじゃない、アルフォンス。好きな人が自分を好きになれたんだから応援してあげてよ!」
レティシアが明らかに誤魔化して言う。
「別にフィーナは変わってない……自分のために一生懸命になれるのが、僕が好きになったフィーナだ」
「あら、なら何も問題ないじゃない」
ひっそりと令嬢たちの声が聞こえる。
「でも驚いたわよね。『僕は公爵子息だぞ!?』なんて言うんだもの!?」
「もっと素敵な人かと思ったのに……意外と傲慢な人なのね」
「あ……」
レティシアが声を上げた。
「だめじゃない、アルフォンス。公爵子息だから振られるはずないなんて態度じゃ嫌われるわよ」
「お、思わず言ってしまったんだ、そんなことを思っているわけじゃないんだ……」
本当にどうしてあんな事を言ってしまったんだ……。
「それはな、アルフォンスは婚約者のいない公爵子息だからって理由で夜会のたびに女性に追いかけられてるんだ。自分の魅力が公爵家の嫡男だということだけだと誤解しているから、振られて咄嗟に出てしまったんだろう」
エドワードが説明してくれる。
「でも、そんなに動揺するなんて、フィーナに振られないって自信があったってことじゃない? それは傲慢よ」
「違う、純粋な想いだったからこそ、相手に通じないなんて考えてなかったんだ! 婚約者さえいなければとしか考えてなかった……! まさか婚約者が本当にいなくなると思ってなかったから、もう気持ちが通じたものだと思ってしまったんだ……!」
「アルフォンスは学園に入学してから6年間もずっとフィーナ嬢を見守っていたんだ。多少痛くても見逃してやってくれ、俺たち三人は幼なじみだろう!?」
エドワードがレティシアに言ってくれるが……痛いのか……僕は。
「痛いのは仕方ないとしても、もう取り返しはつかないわよ?」
グサッとナイフで刺されたように胸が痛む。
「そうだな……一度言った言葉は取り消せないからな。どっちにしろ振られたんだ、フィーナのことは諦めて次だ、次!」
エドワードにも見放されて、僕の魂は天に昇っていった。
パタンッ。
「ア、アルフォンスーー!!」
◆◇◆
私は週明けの教室でまた机に突っ伏していた。
「フィーナ、またどうしました? ドレスが買えなくて困っているみたいな格好をしていますよ」
そんな格好があるのか不思議だけど、何故かレティシア様の指摘は当たっていました。
「レティシア様のおかげで自分を好きになれたので、自分に似合うドレスやアクセサリーを探しに週末は街に出かけて行ったんですけど、とても高くて私には買えそうにありませんでした……。メイク道具を買ったらお小遣いが無くなってしまって……」
「あ、メイクを変えたのね。いつも以上に可愛いわ、フィーナ」
レティシア様と取り巻きの令嬢たちに褒められて嬉しい。
でも、新しいメイク道具で気分が上がっていたのだけど、素敵になればドレスも欲しくなってしまって……。
「そうね……私もあれだけのドレスを集めるのには大変な努力をしましたから。お父様の前で王太子の愚痴を言い続けて婚約破棄をチラつかせて、ドレスを買ってくれたら二度と愚痴は言わない約束を毎週していますからね。最近では何も言わずに買ってくれるようになりましたけど」
レティシア様、すごい。
「でも困ったわね。この間の夜会でフィーナが着たドレスはフィーナに一番似合うからお安く譲って差し上げたいんですけど、お金がないなんて……」
「え……あの茶色のドレスを!?」
繊細な銀糸の刺繍が上品で……きっとかなり高価な品のはずなのに!
「でも、本当にお小遣いがないんです……」
レティシア様がどうしようか考えている横で、取り巻きの令嬢たちがコソッと話をしている。
「どうしたのかしら、レティシア様……」
「いつもは遊ばせて貰った令嬢には、ドレス一式はタダで差し上げているのに……」
レティシア様が「ひらめいた!」という顔をする。
「そうだわ! 働きなさい、フィーナ! 良いところを紹介してあげますわ!」
「……え?」
公爵令嬢に仕事を斡旋してもらえるなんて知りませんでした。
◆◇◆
レティシア様の馬車に乗って着いたのは、レティシア様の公爵家とは別の立派なお屋敷でした。
「ここはフェルネス公爵家よ、フィーナ」
「フェルネス……って!?」
それは、アルフォンス様の家でした。
この間の夜会で、私を好きだと言ってくれた方。
でも、私はお断りしてしまった……。
「……レ、レティシア様! アルフォンス様に会うのはちょっと……」
「気にすることないわよ、仕事は仕事よ」
私はレティシア様に引きずられて屋敷に連れて行かれた。
——と思ったけど、屋敷には入らずに庭園の方に向かっていた。
広い庭は手入れが行き届いていて、奥には薔薇のアーチの先に薔薇園が続いていた。
学園にも薔薇園はあるけれど、それ以上の規模で薔薇が咲き乱れている……公爵家ってやっぱり規模が違うわ……。
薔薇園の先には二つの人影が見えた。
背の高い若い男性のようで……って、アルフォンス様!?
「アルフォンス、エドワード! 手伝ってくれる子を連れて来たわよ!」
「レティシア、助かる……って、フィーナ嬢か」
アルフォンス様とは別の男性が私の名前を口にするけど……知らない人だ。
でも、レティシア様にエドワードって呼ばれて親しそうな人って……王太子!!?
「アルフォンスは趣味で薔薇園を作っているのよ。庭師だけでは追いつかないから、こうして私たちも手伝わされてるの」
「レティシアは手伝った事ないだろう」
「雑草の取り残しがあるとか、色の取り合わせが悪いとか教えてあげてるでしょう?」
「仕事増やしてるだけだろう!」
「アルフォンスには感謝されてるからいいのよ。フィーナも雑草や咲き終わった薔薇とか、気になる事があったら、アルフォンスとエドワードに教えてあげて」
レティシア様は言いながら薔薇園の中央にあったテーブルの前のイスに座った。
メイドたちがお茶とお菓子を運んで来る。
私の分も紅茶があるけど……これを仕事って言うのはちょっと……。
「レティシア様、私も庭仕事の手伝いをしてきます!」
「そう? じゃあ、そっちの仕事はアルフォンスに聞いてちょうだい」
え……アルフォンス様に……。
さっきから私がいる事に気づいているはずなのに、不自然にこっちを見ないけど……。
お互いとっても気まずい……。
「アルフォンス様、薔薇園の手入れでお手伝い出来ることがあったら教えてください」
「……咲き終わった花や病気の枝や害虫を取り除いているんだ。まずは、おかしな枝がないか探してくれないか」
「む、虫………………はい、分かりました!」
「…………無理しないで、レティシアと見ていても……」
「いえ、お金のためですから、仕事させて下さい!」
私は薔薇をよく見ておかしなところを見つけたらアルフォンス様に報告した。
アルフォンス様とはどことなくぎこちない会話になってしまうけど、仕事はこなせている……と思う。
何度か繰り返すうちに切っていい枝や花の見分けが付くようになった。
幸い虫はいないみたい…………って、いた!
「きゃあああああ!!」
「フィーナっ!?」
いないと安心した時に見つけたから、必要以上に大声になってしまった。
「な、なんでこの花に大量の虫が……葉がなくなってる! 一番好きな薔薇なのに……」
小さな一重咲きの白い薔薇の葉に大量の虫が付いて葉の柔らかい部分が無くなって葉脈だけになっていた。
「卵を産み付けられたのか? よく枝の伸びる種類の野薔薇だから、心配ない」
アルフォンス様が虫と虫に喰われた葉の付いた枝を剪定する。
「……良かった……」
ホッとしていたらアルフォンス様が話しかけてきた。
まだ、少しぎこちない。
「……フィーナは野薔薇が好きなのか……?」
「……はい、学園の薔薇園にも咲いていて、好きになりました」
「——……っ!!?」
アルフォンス様が動かない。
何かおかしな事を言ったの? 私……。
「……フィーナ」
レティシア様が座っているテーブルから声をかける。
いつの間にか王太子も座って紅茶を飲んでいる。
「学園の野薔薇はアルフォンスが植えたのよ。学園の薔薇園もアルフォンスが庭師を差し置いて管理してるのよ!」
え……アルフォンス様って、そこまで薔薇好きなの……。
学園の私の大好きな野薔薇まで——。
——私が、学園で婚約者だったルシオと会う時は、いつも学園の奥の庭の薔薇園の前だった。
ルシオが私と会っている所を見られるのを恥ずかしがったからだ。
私もその気持ちは分かるから、二人で会ってくれるだけでいいと思っていたの。
少し話してルシオと別れた後に、薔薇園を眺めるのが楽しかった。
大輪の花を咲かせる色とりどりの薔薇の中に、素朴な小さな花を見つけた。
なぜかその花が、このバラ園で一番大切な花のように見えた。
学園の華やかな令嬢たちの間で、地味な私も誰かの大切な子になれたら、この野薔薇みたいに素敵に見えるのかしら?
私は思ったの。
ルシオとは親同士が決めた婚約者で、私が一方的に好きなだけだと思う。
でも、せめてルシオの好きな女の子になって、ルシオの一番になりたい!
それで、ずっと頑張ってこれたのよ……例え、ルシオに通じなくても、見ていてくれた人がいたんだもの。
——アルフォンス様——っ!!
私は何故かアルフォンス様の家の薔薇園で真っ赤になっていた。
アルフォンス様もやっぱり真っ赤になっていて……。
「ば、薔薇の剪定をしよう! 報酬はちゃんと払うから!」
「はいっ!」
アルフォンス様に言われて、私は仕事に戻った。
◇
「レティシア……まさかと思うが、フィーナ嬢がこの間の夜会で着ていたドレスは本当に売るつもりじゃないんだろう? フィーナ嬢に無償で渡すんだよな?」
「もちろん、フィーナにはタダで渡しますわよ。遊ばせて貰ったんだもの安いくらいよ。——でも、アルフォンスにはお小遣い一年分貰っても割に合わないわよね? フィーナを連れて来て、薔薇園の秘密まで教えてあげたんだもの」
「……それじゃ、アルフォンスがフィーナにドレスの一枚も買ってやれなくなるぞ……」
「あら……それは困ったわ。でも……エドワードが変わりに私にたくさんドレスを買ってくれたら解決ですね」
「なんでそうなるんだ……まあ、親友のためだからいいけど……」
「………………だからあなたはゴミでカスのロクでなしなのよ…………」
「なんでだよ! 友達想いなだけだろ!?」
◆◇◆
私は学園の薔薇園でもアルフォンス様の手伝いをするようになりました。
「同じ学生の立場なので、こっちは仕事じゃありませんからね!」
「うん、当然だ。よろしく頼む」
と言いつつ、私は薔薇の知識が豊富なアルフォンス様に頼り切りでした。
二人きりの薔薇園で仕事を任されて喜んでいるのだった。
そして、週末には、アルフォンス様の薔薇園での報酬にドレスなどを買って貰っている。
「絶対、毎週買ってもらえるほど働いてませんよね!?」
「フィーナが薔薇園にいるだけで、薔薇が美しく見えるからそのお礼だよ」
真面目な顔でアルフォンス様が言うから私は真っ赤になってしまう。
「私は?」
エドワード様や侯爵令嬢のマーガレットたちとドレスを選んでいたレティシア様がアルフォンス様に言う。
「私が、薔薇園にいても薔薇は美しく見えないのかしら?」
「エ、エドワードには美しく見えてると思う……」
「別にそんな事ないぞ」
レティシア様とエドワード様がまた喧嘩しています。
私はマーガレット様にドレス選びの指南を受けて、ますます自分を好きになりそうです。
大輪の薔薇のような幼なじみ三人と取り巻きたちの輪に自然に入ってしまってる私……。
野薔薇が混じっても薔薇園の美しさは変わりませんが……。
夏の薔薇の季節が過ぎて、秋の薔薇が咲く頃に、薔薇園のテーブルに公爵夫妻が座っていることが多くなった。
私とアルフォンス様が薔薇の手入れをしている様子を見ている。
「本当にあの子は薔薇が——野薔薇が好きなのね」
「ああ、生き生きしてる」
公爵夫妻は、私が集めた野薔薇の実で作ったローズヒップティーを飲みながらアルフォンス様の様子を見ていた。
アルフォンス様がご両親と話ながら私を見てにこりと笑うと、私はいつも以上にドキドキしてしまう。
私は、アルフォンス様が好きな色は何色なのか考えることが多くなりました。
真紅の薔薇の色? 淡い黄色? 薔薇園には色々な色の薔薇があるけれど……冬の間は花が咲きません。
それでも私とアルフォンス様は薔薇の手入れをします。
土の手入れや植え替えしたり、仕事はたくさんありました。
——でも、もうすぐ、春になる前に私もアルフォンス様も学園を卒業します。
学園の薔薇園は庭師の手に戻り、公爵家の薔薇園にはまた花が咲くだろうけど……私が通い続けていいのか……。
最初の夜会に出席して以来、何度か夜会に参加したけど、レティシア様やマーガレット様たちとのドレス談義が楽し過ぎて、男性との出会いは真剣に考えていませんでした。
卒業したらもう後がないから、仕事より結婚です!
出来れば卒業式までに相手を見つけないといけません。
「フィーナ、土を見つめてどうしたんだった?」
アルフォンス様が私の様子に不思議そうに声をかけます。
「……」
私は立ち上がった。
アルフォンス様の方を向いたけど、何を言えばいいのか思いつかない。
「フィーナ……?」
アルフォンス様はやっぱり不思議そうに私を見ている。
「……アルフォンス様……こんなことを言うのは自分勝手だと思われるかもしれませんけど……
「え? なに……?」
アルフォンス様が身構えた。
それでも、私は私が大好きだから、伝えなければいけない。
「私、アルフォンス様を好きになってしまったんです! 前にお断りしたけど、私と結婚してください!!」
私は真っ赤になって決死の覚悟で伝えた。
例え振られても、伝えなければ後悔して、また自分が嫌いになってしまう。
「え…………!」
アルフォンス様が死ぬほど驚いた顔をしてる。
…………。
沈黙。
………………。
やっぱり、一度振ったのに、好きになってしまったなんて都合が良過ぎた……。
「……すみません、アルフォンス様……忘れて下さい……」
私は涙を見られたくなくて、土いじりの作業に戻る。
「ま、待って、フィーナ!」
アルフォンス様に腕を掴まれた。
振り向いて、アルフォンス様の方を見てしまったから、涙を見られた。
アルフォンス様は、まだ心底驚いたような表情をしている。
「……フィーナ……」
やっとのことで息を吐き出すように話す。
「……もう、君と結婚するものだと思って準備を始めてた、俺も公爵家も君の子爵家も、レティシアもエドワードも」
「……え……」
アルフォンス様がズンと地面に沈む。
「ごめん……また僕は君の気持ちを、自分のいいように思い込んで勝手に……」
アルフォンス様を落ち込ませてしまったようだけど……。
「……いえ、みんなから見ても、私の気持ちがバレバレだったんですね……」
それで、結婚の準備が進められてたなんて——。
「こんな嬉しいことは、ありませんっ!!」
私はアルフォンス様に抱きついた。
アルフォンス様がバランスを崩して地面に座ってしまう。
「フィーナ……!」
アルフォンス様が私の手をとって唇が重なった。
土だらけの初めてのキス——私たちには、合ってる。
——そして、初夏の薔薇の咲く季節に、私とアルフォンス様は公爵家の薔薇園で結婚式をした。
二人の両親と、レティシア様、エドワード様、マーガレット様やみんなが祝福してくれる。
私はアルフォンス様が好きな野薔薇のような白いドレスで、もっともっと自分が大好きになった。
もちろん、アルフォンス様のことも、大好き!!
◆◇◆
それから、十年間、私とアルフォンスはずっと幸せです。
薔薇園も綺麗に育っています。
レティシア様はエドワード様と結婚されたし、マーガレット様やみんなもそれぞれの幸せを掴んでいます。
——ただ気になることもあります。
私の元婚約者のルシオの『いずれバレるだろう好きな人』は十年経っても分からないままでした。
ルシオの親しい男友達によると、学園の卒業前にあっさり振られているらしいけど……。
「フィーナが公爵子息のアルフォンス・フェルネスと婚約したって聞いた時には、ルシオは『あの浮気者が!!』って荒れていたんだ」
と、同じ人が教えてくれました。
浮気なんて私はしていないんだから、ルシオがそんなことを言うはずないもの、彼が何か勘違いしているのよ。
……まあ、本当に言ったのなら、ルシオは相当な自分勝手の勘違い野郎ね。
十年も結婚相手が見つからずに、幼い弟に伯爵の爵位を取られそうなのも納得だけど。
きっと、ルシオが好きな人に振られたって言うのも、お友達の勘違いだと思います。
だって、私の幸せはルシオと婚約していた日々のおかげだから。
アルフォンスに見つけて貰えて、ルシオが婚約破棄してくれたからなんだもの。
婚約破棄されたあの日から、私は自分を好きになって幸せになれたの。
だから、私は、ルシオが『いずれバレるだろう好きな人』と、幸せになれるように心から祈っています!
薔薇園に久々にレティシア様とエドワード様が来てくれた。
二人の子供たちも一緒で、私とアルフォンスの子供たちと一緒に遊んでいる。
「そうね、ルシオが幸せになる日を祈りましょう」
私のふとした思い出話にレティシア様が遠い目をした。
「……本当にルシオには僕も感謝しているよ。祈ろうか」
アルフォンス様も祈ってくれる。
「……いや、感謝してるなら祈るだけじゃダメだろう……かなり後悔しているはずだぞ……」
エドワード様もレティシア様アルフォンスに睨まれて祈ることにしたみたい。
頑張って、ルシオ。
薔薇園を私とアルフォンスが歩く。
弱った枝を剪定したり、ただ歩くだけじゃないけど、ずっとこうしていられたらいいと思う。
これが、私の好きな日々——。




