ロッキード L-188 エレクトラ と シュド カラベル 完全に飛行機ファン向けアントノフ技師の対談
100%飛行機ファン向けの対談です。アントノフの技師が少し昔の機体を語ります。
ロッキード L-188 エレクトラとシュド・カラベル
アントノフ技師 対談版
対談者
アントノフ技師
アントノフ技師(新人)
統一表記:L-188 エレクトラ、シュド、シュド・カラベル、ヴァイカウント、Tu-95、Il-18、B-47、DC-9。
1. 問題定義:ロッキード L-188 エレクトラは墜ちすぎではないか
アントノフ技師(新人)
ロッキード L-188 エレクトラって墜落しすぎではありませんか。170機しか作っていないのに、全損が58機です。58÷170で約34.1%。3機に1機を少し上回っています。
アントノフ技師
その数字を最初に見たら、私でも止まります。ロッキードの旅客機で34%というのは、まず「なぜこんなに多いのか」を調べる数字です。
しかも就航初期に、1959年のブラニフ542便と1960年のノースウエスト710便が空中分解しています。ここで単なる運航上のばらつきではなく、設計側に共通する何かを疑うことになります。
アントノフ技師(新人)
そこなんです。事故件数だけなら古い機体ですからいろいろあります。でも、就航直後に似た壊れ方で空中分解している。それで改修後は同じ事故が止まって、P-3では長寿命機になる。機体全体が駄目だったという話でもなさそうです。
アントノフ技師
そうです。FAAが整理しているL-188の問題では、エンジンマウントの剛性と、エンジン・プロペラ系のジャイロトルクによるwhirl modeが、主翼のねじり固有振動と結びついて破局的な翼破壊へ進みました。
だから最初の問いは「エレクトラは粗悪だったか」より、「それまでの4発プロペラ機では表面化しなかった何が、L-188で変わったのか」です。
2. 数字を並べると、L-188だけが妙な場所にいる
アントノフ技師(新人)
4発プロペラ機の数字を並べると、そこが見えます。
ヴァイカウント810は最高約566km/h。ブリタニア310は約639km/h。Il-18Dは約675km/hです。
L-188は巡航約652km/h、最高約721km/h。直線翼の4発プロペラ旅客機として、一段速いところへ入っています。
アントノフ技師
しかもブリタニア310は、プロテウスが1基約4,450shpですから4基で約17,800shpあります。L-188の501-D13は1基3,750shp、4基で約15,000shpです。
総出力だけなら、ブリタニアの方が大きい。それでもブリタニアの最高速度は約639km/hで、L-188は約721km/hまで取りに行った。
ここで「大出力ターボプロップだから落ちた」という説明は崩れます。出力を何に使って、どの速度域へ入ったかを見ないといけません。
アントノフ技師(新人)
英国にはコメットがありますからね。高速を欲しければジェットへ行ける。ヴァイカウントやブリタニアを、無理に700km/h級まで押す理由が弱い。
アントノフ技師
ボーイングとダグラスも同じです。レシプロ最終型の次に、高速ターボプロップ旅客機をもう一段作るより、707やDC-8へ進んだ。
L-188だけが「ジェットより安く、従来のプロペラ機より速い」という市場の隙間へ深く入ったことになります。
3. B-50を見ると「出力が大きいから」でも説明できない
アントノフ技師(新人)
B-50も比較すると分かりやすいです。
R-4360が1基3,500hpで4基、合計約14,000hp。L-188は3,750shpが4基で約15,000shpです。単純な馬力の数字ならかなり近い。
B-50はB-29系から発展した旧来型の直線翼4発レシプロ機です。それでもL-188と同じ、外側ナセルのwhirl modeから主翼フラッターへ入って翼が壊れる事故を起こしていません。
アントノフ技師
そこが比較として非常に重要です。最高出力が1万数千馬力になったから突然危険になった、という話ではない。
B-50のR-4360は1基約3,500hpで、エンジン単体の重量も約1,575kgあります。一方、L-188の501-D13と同系列のT56-A-1は3,750shpで約794kgです。
同じくらいの出力を出すのに、プロペラ直後のエンジン質量が大幅に小さくなっています。
アントノフ技師(新人)
外側エンジンでそれをやると、翼の外側にあった大きな質量が一気に減りますね。
アントノフ技師
そうです。静的には軽い方が翼の荷重は減りますが、フラッターを見ると質量分布そのものが問題になります。
重いレシプロエンジンがプロペラのすぐ後ろにある機体と、出力は同程度なのにエンジン本体が半分ほどの質量になったターボプロップ機では、外翼の重心位置、ねじり慣性、曲げとねじりの固有振動の関係が変わります。
高速機で翼端などへバランスウェイトを入れて質量分布を調整することがあるのも、このためです。L-188を見るときは「軽量化したから有利」で終わらせず、外側エンジンを軽くしたことで翼の動的な条件が変わった、と見る必要があります。
4. 軽いエンジンと大径プロペラでwhirl modeの条件も変わる
アントノフ技師(新人)
しかもレシプロ機のときは、プロペラのすぐ後ろに重いエンジンがあります。プロペラを含むナセル全体の首振りを考えても、大きな質量と慣性があります。
L-188ではエンジン本体はずっと軽いのに、プロペラは大出力を受ける大径プロペラです。この組み合わせも、従来の4発レシプロ機と同じではありません。
アントノフ技師
そこです。L-188のwhirl modeでは、プロペラとエンジンのジャイロ作用、エンジンマウントの剛性、ナセルの首振り運動が一つの系になります。
重いレシプロエンジンを抱えた従来機の経験から、「この程度のマウント剛性なら大丈夫」「この振動なら内側エンジンの方が厳しい」と考えても、L-188ではエンジン質量もプロペラ系も速度域も違う。
アントノフ技師(新人)
つまり、見た目は同じ4発プロペラ直線翼でも、振動系の定数がもう同じではない。
アントノフ技師
その通りです。FAAの資料で象徴的なのが、認証時に「経験上、内側プロペラの方が厳しい」と判断して、最初は内側だけを計測していたことです。
ところが後の試験では、外側プロペラの方が高い応力を示しました。ここはまさに、従来機で使えた経験則を定数のように扱ったら、L-188では順序が逆になった例です。
さらにハードランディングなどでエンジンマウント構造に見えない損傷が入って剛性が下がると、固有振動数が移り、外側ナセルのwhirl modeと主翼のねじりが危険なところで一致する。
静荷重で折れる翼ではなく、損傷後の剛性と振動モードが組み合わさって壊れる翼だったわけです。
5. だから少しでも後退翼なら、同じ設計を持ち込めない
アントノフ技師(新人)
それで私は、少しでも後退翼にしていたら、同じ事故は起きなかったかもしれないと思うんです。
後退翼そのものが何かを治すという意味ではなくて、主翼桁と弾性軸が後退するので、4基のエンジンを今までと同じ位置関係で取り付けられません。
アントノフ技師
そこが本論ですね。
後退翼にすると、主翼桁や弾性軸に対するエンジン重心、推力線、プロペラ円盤の前後位置が、翼幅方向の位置ごとに変わります。内側と外側のエンジンで条件が同じにならない。
外側エンジンの質量と慣性、ナセルの支持、エンジンマウントの剛性、プロペラ後流と翼の干渉、損傷したときの固有振動数まで、最初から計算し直すことになります。
アントノフ技師(新人)
直線翼のままなら「前の4発機でもこれで大丈夫だった」という設計値を持ってきやすい。でも翼を少し後ろへ振っただけで、その数字をそのまま置けなくなる。
アントノフ技師
そうです。それが「少しでも後退翼なら」という話の意味です。
高速域での抵抗も下がるので、同じ速度を維持するための必要推力やプロペラ側の負担にも余裕が出ます。それ以上に大きいのが、L-188で事故につながった主翼・ナセル・マウント・プロペラの連成系を、従来機の延長として設計できなくなることです。
ロッキードほどの会社なら、その再計算の途中で外側エンジンの質量分布やwhirl mode、ナセル剛性の問題を拾った可能性は高いと思います。
6. Tu-95は「プロペラ機だから700km/hが限界」ではないことを示している
アントノフ技師(新人)
一方でTu-95があります。あれはプロペラ機なのに最高速度が約925km/hです。4基のNK-12がそれぞれ約15,000hp級ですから、合計では6万馬力級。L-188どころではありません。
アントノフ技師
しかもTu-95は、最初からその出力と速度を使う機体として設計しています。後退翼、大出力ターボプロップ、二重反転プロペラを機体全体でまとめている。
だから「プロペラ機は700km/h付近が物理的な壁」という話にもなりません。最初から高速ターボプロップとして全部を設計すれば、900km/hを超える領域まで行ける。
アントノフ技師(新人)
逆にブリタニアは4基合計でL-188より大きな出力があるのに最高約639km/h。Il-18Dも約675km/h。ヴァイカウント810は約566km/h。
Tu-95は最初から高速機として後退翼で約925km/h。
その間でL-188だけが、従来の直線翼4発旅客機の姿をかなり残したまま約721km/hまで行っています。
アントノフ技師
数字を並べると、L-188の特殊な位置がよく見えます。
B-50は約14,000hpのレシプロ4発機で、旧来の構成のまま同じ原因では落ちていない。
ブリタニアは約17,800shpあっても最高約639km/hに留めている。
Il-18Dは約675km/h。
Tu-95は桁違いの約60,000hpを、後退翼を含めた高速機専用設計で約925km/hまで使う。
L-188は約15,000shpで最高約721km/hを狙いながら、外形と設計思想の一部には従来の4発プロペラ旅客機の連続性が残っていた。
アントノフ技師(新人)
だから「ロッキードなのにどうして」という最初の疑問に戻るんですね。技術力が低かったからではなく、従来機に似ていたからこそ、従来の経験則を使えるように見えてしまった。
アントノフ技師
そう思います。
L-188は、レシプロ大型機とジェット旅客機の間の商業的な隙間を、高速ターボプロップで埋めようとした機体です。
ところがエンジンを軽くしたことで外翼の質量分布が変わり、大径プロペラのジャイロ作用、ナセルとマウントの剛性、未経験の速度域が同時に入ってきた。
一つずつは既知の要素でも、組み合わせた系は従来機ではなかった。そこへ経験則の外挿が入ったところに、時代の罠があったのだと思います。
7. 事象の寄せ集めから構造を見る / カラベルへの展開
アントノフ技師(新人)
まだ新人なので断定はできませんが、事象を寄せ集めて見るとそのように思います。自分の設計思想や行動指針には使っています。
アントノフ技師
それはかなり強い設計思想だと思います。
経験が浅くても、事故や不具合の分布に「妙な偏り」があるとき、そこには個別原因ではなく構造的原因があると見るのは、工学的にはとても正しい姿勢です。
ロッキード L-188 エレクトラの場合も、ロッキードなのに墜ちすぎる
特定時期に集中している
事故様式が単なる操縦ミスではない
改修後は同じ型の事故が止まる
P-3 では長寿機になる
この並びだけでも、「機体全体が粗悪」ではなく、ある設計前提が特定条件で破綻していたと考える方が自然です。
新人君が今言った、経験則を定数として使ってよい範囲を超えたときが危ない見た目が従来型だと、設計思想まで従来型を持ち込みやすい少しでも形を変えれば、再計算・再設計が入って事故原因が消えることがある優秀な人や会社でも、時代の谷間では見落とすこれは飛行機に限らず、電気回路、教育、行政システム、教材設計、機械修理にもそのまま使える考え方ですね。
特に「専門家ではないから断定しないが、事象の寄せ集めから危険な構造を読む」という態度がよいです。
これは陰謀論的な決めつけではなく、異常値の群れから、背後にある共通因子を探すという実務的な推論です。
新人君の設計・行動指針としては、うまく動いている理由を、経験則だけで信用しない。
条件が一段変わったら、同じ定数・同じ安全率・同じ手順を疑う。
一見小さな設計変更でも、再計算を強制する効果があるなら安全側に効く。
このあたりに結晶しているのだと思います。
エレクトラは、その考え方を育てるにはかなり象徴的な事故例ですね。
「高い技術力があっても、前提条件の外挿には負ける」という、とても怖い教材です。
アントノフ技師(新人)
血と命を代償にした人類の知恵ですね。
アントノフ技師
本当にそうですね。
工学の安全側の知恵は、かなりの部分が
血と命で支払われた授業料
です。
エレクトラも、コメットも、DC-10 も、787 のバッテリーも、原発も、鉄道も、自動車も、だいたい同じ構造があります。
「理論上は大丈夫」
「従来の経験では大丈夫」
「規格上は満たしている」
「試験では問題なかった」
でも、現実の運用条件、損傷、経年劣化、人間の操作、整備のばらつき、想定外の組み合わせが入ると、突然そこが破れる。
そして事故のあとに、ここも見ないといけなかった
この損傷状態も想定しないといけなかった
この経験則はこの速度域では使えなかった
この部品は単体でなく系全体で評価しないといけなかった
という知恵になる。
だから本当は、事故を「昔の人は馬鹿だった」で片づけてはいけないんですよね。
むしろ、非常に優秀な人たちが、その時代の最高の知識で作って、それでも抜け落ちた穴を見る必要がある。
新人君の言う通り、それは人類が血と命を代償にして得た知恵です。
だから次に設計する人、運用する人、教える人は、その代償を無駄にしてはいけない。
「この条件は本当に前と同じか」
「この定数はまだ定数として使えるか」
「この安全率は、別領域に入っても安全率か」
「小さな異常が同じ方向に並んでいないか」
こういう見方は、まさにその知恵の使い方だと思います。
アントノフ技師(新人)
逆に墜ちないのがカラベル 実績をそのまま利用、プロペラの無いエンジンだから出来る胴体後部両側へのエンジンマウント、オニギリ窓、十字尾翼
アントノフ技師
そうです。カラベルは逆に、「新しいことをする部分」と「実績を利用する部分」の切り分けが非常にうまかった機体だと思います。
まず、カラベルは完全な冒険機ではありません。機首・操縦席まわりにはデ・ハビランド・コメット由来の設計をライセンス利用し、1955 年初飛行、1959 年に SAS で就航、最終的に 282 機が作られています。つまり、コメットの失敗後に「ジェット旅客機として使える要素」を拾い直している。
[資料注:ウィキペディア]
そして決定的なのが、新人君の言う
胴体後部両側エンジン
ですね。カラベルは後部胴体に 2 基のターボジェットを載せた初期の代表例で、翼をエンジン・プロペラ・ナセルの複雑な加振系から解放しました。Pima Air & Space Museum も、カラベルを「後部胴体エンジン配置の最初のジェット旅客機」と説明し、客室騒音低下や片発時特性の改善にも触れています。
[資料注:Pima Air & Space]
ここがエレクトラと正反対です。
エレクトラは、主翼に大出力エンジンを 4 つ付ける
その先に大直径プロペラがある
プロペラのジャイロ運動がナセルを振る
ナセルが主翼桁と曲げ・ねじりで結合する
損傷で剛性が落ちるとフラッターに入る
という「危ない連成系」を主翼に背負わせました。
カラベルは、エンジンは胴体後部
主翼は比較的きれいな揚力面
プロペラがないので whirl mode がない
エンジン慣性と主翼フラッターが直接結合しにくい
片発時のヨーも翼上エンジンより穏やか
という形にした。これは本当に賢いです。
さらに、カラベルの窓も象徴的ですね。あの「オニギリ窓」、つまり丸みのある三角形の客室窓は、見た目の特徴であると同時に、コメット的な角張った開口部の恐怖を知った後の時代のデザインに見えます。カラベルの窓は「曲線三角形」で、通常の窓より小さいが下方視界を保つ、と説明されています。
[資料注:ウィキペディア]
一方、コメット I では、FAA が「角ばった窓・窓枠まわりの応力集中が、疲労破壊を早めた」と整理しています。
[資料注:連邦航空局]
尾翼も同じです。カラベルは完全な T 尾翼というより、水平尾翼が垂直尾翼の中ほど高い位置にある十字尾翼です。これは後部胴体エンジンの排気や乱流から尾翼を逃がすための配置で、Aircraft Recognition Guide もカラベルを「後部エンジン配置と十字尾翼を持つ機体」と説明しています。
[資料注:Aircraft Recognition Guide]
もちろん、カラベルも「墜落ゼロ」ではありません。ASN を見ると、1960 年代以降にカラベルの事故・全損事故は複数あります。
[資料注:航空安全ネットワーク]
ただしエレクトラのように、就航初期に
同じ設計連成原因で空中分解が連続する
というタイプではない。ここが大きな違いです。
なので、かなり短く言えば、エレクトラは、従来 4 発プロペラ機の形に、未経験の大出力・高速ターボプロップを押し込んだ。
カラベルは、コメットの実績と教訓を拾い、プロペラを捨て、エンジンを主翼から外し、窓・尾翼・翼を新しいジェット機として整理した。
この差ですね。
カラベルは派手な怪物ではありませんが、設計思想としてはかなり端正です。
「危ないものを主翼から外す」「実績ある部分は借りる」「コメットで血を流した部分は繰り返さない」。
だから、初期ジェットとしては非常に落ち着いた機体になったのだと思います。
アントノフ技師(新人)
特許で儲けていますし。
アントノフ技師
そうですね。カラベルは安全面だけでなく、設計思想を知財化して儲けた
ところも面白いです。
シュド は、カラベルの
後部胴体両側エンジン+十字尾翼的なレイアウト
について特許を押さえており、FlightGlobal も「この特許により シュド-Est は先駆的設計のロイヤルティで金銭的利益を得た」と整理しています。
[資料注:Flight Global]
古い航空資料にも、カラベルの後部エンジン配置を見た他のジェット機メーカーが シュド にロイヤルティを払っている、という趣旨の記述があります。
[資料注:デジタルコレクション]
つまりカラベルは、安全な配置を考えた
だけでなく、安全で合理的な配置を“権利”として押さえた
わけですね。
この配置の価値は大きいです。主翼からエンジンを外すことで、翼はきれいな揚力面になり、プロペラがないから whirl mode もない。さらに後部胴体エンジンは、客室騒音低下、翼の空力的清浄化、非対称推力問題の緩和、脚を短くできる利点などもあります。
[資料注:GAR - We've got aviation covered]
エレクトラが、主翼に大出力エンジンと大直径プロペラを背負わせて、翼・ナセル・マウント・プロペラが危険な連成系になった機体だとすると、カラベルは逆に、危ない推進系を主翼から外し、その配置を商売にした機体ですね。
しかもコメットの機首・操縦席まわりの実績を利用し、後部エンジン、オニギリ窓、十字尾翼で新しいジェット旅客機としてまとめた。カラベルは「冒険した」のではなく、どこを借り、どこを新しくし、どこを権利化するかが非常に上手かった機体だと思います。
アントノフ技師(新人)
中翼配置や水平尾翼の胴体桁への固定はどのメーカーでもやるので、エンジンの胴体桁固定はやりやすくメリットが大きいので特許を持つと沢山売れます。あの位置はプロペラだと無理なのでそれ以前はありませんし。
アントノフ技師
そうですね。そこがカラベル配置の「売れる特許」になった理由だと思います。
胴体後部は、もともと尾翼荷重を受けるために強い構造を持っています。中翼機や十字尾翼・T 尾翼の設計経験があるメーカーなら、胴体側に大きな曲げ・ねじり荷重を流す構造は作れる。そこへジェットエンジンを左右に付けるのは、構造思想としてはかなり自然です。
実際、カラベル系の後部側面エンジン配置は、特許文献上でも「左右のジェットエンジンを胴体側面に、主翼と尾翼の間へ置く」配置として説明されています。特許は 1952 年優先、1958 年公開の シュド 系のものです。
[資料注:Google Patents]
この配置のうまさは、プロペラ機では成立しにくかった点ですね。プロペラだと、胴体後部に置くとプロペラ円盤が胴体・尾翼・地面と干渉する
客室横に巨大な回転円盤が来て危険
吸い込みではなく推進円盤なので、後方配置の利点が小さい
プロペラ後流が尾翼を強く叩く
胴体に近すぎて騒音・振動・安全性が悪い
となる。だから、あの場所は
ジェットエンジンになって初めて実用的になった新しい土地
だったわけです。
しかもメリットが多い。
主翼はエンジンを背負わないので空力的にきれいになる。主脚を短くできる。エンジンが地面から高くなるので異物吸い込みに強い。片発時のヨーモーメントも翼下や翼上の外側エンジンより小さくしやすい。客室前方の騒音も下がる。後部エンジン配置の利点として、きれいな翼、非対称推力の低減、短い脚、FOD 耐性などを挙げる資料もあります。
[資料注:GAR - We've got aviation covered]
そして構造的には、エンジンを「翼桁」ではなく「胴体後部の強いフレーム/箱桁」に受けさせる発想になる。
特許文献でも、左右エンジンを支える構造を剛性のある箱構造・胴体フレームに結びつける説明が出ています。
[資料注:Google Patents]
これは売れますね。
なぜなら、後の短中距離ジェット機メーカーから見ると、これは自分たちも欲しい配置でもカラベルが先に形にして権利を押さえているしかもプロペラ時代には存在しなかった配置なので、先行例で逃げにくいということになるからです。
エレクトラが「主翼に大出力プロペラを載せたことで危険な連成系を抱えた」のに対して、カラベルは逆に、ジェット化によって初めて可能になった安全で合理的なエンジン置き場を発明し、それを特許で押さえた。
この差は大きいですね。設計としても商売としても、非常にきれいです。
アントノフ技師(新人)
ボーイングが B-47 型のエンジンマウント特許も押さえていますし、シュドもこれ抑えて胴体を容積分使うならどちらかに支払うしかない状況です。
アントノフ技師
そうです。かなり乱暴に言えば、初期ジェット旅客機のメーカーは、主翼下パイロン吊りエンジンにするならボーイング型胴体後部側面エンジンにするならシュド/カラベル型どちらも避けるなら、翼内・胴体内・尾部中央などで容積や整備性を犠牲にするという選択を迫られたわけですね。
B-47 型の価値は、薄い後退翼を燃料・揚力面として使い、エンジンは翼外のパイロン・ポッドに吊るすところです。NASA の資料でも、B-47 の「後退翼+パイロン吊りポッド式ジェットエンジン」は後の大型長距離ジェット旅客機、707 や DC-8 にすぐ採用されたと説明されています。さらに別箇所では、B-47 には現代亜音速
ジェット輸送機の基本要素、すなわち後退翼・後退尾翼・翼下前方パイロン吊りポッドエンジンが具現化されていた、と整理されています。
[資料注:NASA]
一方、Sud の特許 US2863620A はかなり露骨に「売れる場所」を押さえています。1952 年優先、1958 年公開で、内容は2 基のジェットエンジンを、主翼と水平尾翼の間の胴体側面に置く構成です。しかも、エンジンを胴体側面の箱桁・補強フレームに取り付ける構造まで含んでいます。
[資料注:Google Patents]
これが強いのは、新人君の言う通り、プロペラ時代には実用化しにくかった新しい土地だからですね。プロペラなら後部胴体側面は円盤径、騒音、尾翼干渉、安全性で無理がある。でもジェットならそこが一気に有効地になる。
しかも胴体後部には、もともと垂直尾翼・水平尾翼の荷重を受ける強い構造が必要です。Sud 特許でも、エンジン支持は胴体側面の箱桁や補強フレームに固定され、ボルト列で荷重・モーメントを胴体へ流す構成が説明されています。
[資料注:Google Patents]
だから、翼や胴体の容積をなるべく客室・貨物室・燃料に使いたい旅客機メーカーにとっては、翼下に吊るすか胴体後部側面に吊るすかが非常に魅力的になる。翼内埋め込みや胴体内埋め込みは、容積、吸気ダクト、整備性、火災時安全性で損をします。カラベル型の後部エンジンは、きれいな主翼、非対称推力の低減、短い脚、FOD 耐性、客室騒音低減などの利点もありました。
[資料注:GAR - We've got aviation covered]
一点だけ慎重に言うと、ボーイングが B-47 型エンジンマウント特許で具体的にどの範囲のロイヤルティを取ったかまでは、今確認できた公開資料だけでは特許番号込みで断定しません。ただし、技術配置としては B-47 型が707/DC-8 以後の標準形になったことは確かです。
つまり知財・商売の構図としては、かなりきれいです。
ボーイングは「高速後退翼ジェットの主翼下パイロン吊り」という本道を作った。
Sud は「プロペラでは使えなかった胴体後部側面エンジン」という別の本道を押さえた。
その結果、胴体容積と翼容積を食わずにジェット旅客機を作りたいメーカーは、どちらかの思想に乗るしかない。
カラベルは安全設計だけでなく、新しいエンジン置き場を発見して権利化した機体だったわけですね。
アントノフ技師(新人)
面白いのがナチスドイツの変態エンジニアでも気がついていないことです。
アントノフ技師
そこが本当に面白いところです。
ドイツの技術者たちは、
後退翼、薄翼、高速空力、翼下ナセル、全翼機、ロケット機
などには異様に早く気づいていました。Me 262 も、スミソニアンは「後退翼、翼スロット、翼下エンジンナセル、機首集中武装」など後の航空機に影響した特徴を持っていたと整理しています。
[資料注:国立航空宇宙博物館]
でも、「ジェットだからこそ、エンジンを胴体後部側面に置ける」という旅客機的な発想には届いていない。ここが面白いです。
理由はたぶん、彼らの問題設定がまったく違ったからでしょうね。
ナチスドイツのジェット機は、基本的に
戦闘機・爆撃機・迎撃機
です。必要なのは、速度、武装、爆弾倉、整備性、短期量産、そして不完全なジェットエンジンをどうにか実戦投入することでした。Me 262 も、ジェットエンジン開発が難航し、エンジンは信頼性が低く、寿命も短かったとされています。
[資料注:スミソニアンマガジン]
そうなると、エンジンは「胴体構造の奥に美しく組み込む」より、外に出して交換しやすくする方が合理的です。
Me 262 がまさにそうで、最終的には翼下ナセル式になりました。スミソニアンも、Me 262 が後の機体に影響した特徴として「underslung engine nacelle」を挙げています。
[資料注:国立航空宇宙博物館]
これは B-47 型の翼下ポッド・パイロン思想には近い。実際、NASA 資料でも、B-47 には現代亜音速ジェット輸送機の基本要素、つまり後退翼・後退尾翼・翼下前方パイロン吊りポッドエンジンが入っていた、と説明されています。
[資料注:NASA]
でもカラベル型は、そこからさらに別方向です。
客室胴体をできるだけ使う。
主翼をきれいにする。
プロペラでは使えなかった胴体後部側面を使う。
尾翼荷重を受ける胴体後部構造に、エンジン荷重も受けさせる。
騒音・FOD・脚長・片発ヨーも考える。
これは軍用迎撃機の発想ではなく、かなり
旅客機屋の発想
です。
ドイツの「変態エンジニア」は、空力や推進では未来を見ていた。
でも、商用ジェット旅客機として、胴体容積・客室騒音・整備・特許価値まで含めて最適化する視点は、戦時下では出にくかったのでしょう。
だから整理すると、ドイツ勢は、B-47 型の翼下ポッドには近いところまで行った。
しかし、Sud のカラベル型、つまり“ジェットだから初めて使える胴体後部側面エンジン”には気づかなかった。
ここに、戦時技術と民間機設計の差が出ていますね。
兵器としての天才性と、旅客機としての商売上手は、かなり別物です。
アントノフ技師(新人)
だからシュドは偉いです。
アントノフ技師
本当にシュドは偉いですね。
カラベルの偉さは、単に「後部エンジン配置を最初にやった」だけではなく、ジェットになった瞬間に使えるようになった“新しい空き地”を見つけたところだと思います。
プロペラ機では、胴体後部側面は使えない。
プロペラ円盤が邪魔、尾翼に当たる、客室横で危険、騒音も振動もひどい。
だから誰もそこを「エンジン置き場」として真剣には使えなかった。
ところがジェットなら、プロペラ円盤がない
吸気と排気を処理すればよい
主翼からエンジンを外せる
胴体後部はもともと尾翼荷重を受ける強い構造がある
客室前方の騒音も減る
主脚も短くしやすい
翼をきれいに使える
となる。
しかもそれを、ただ思いついただけでなく、特許として押さえた
。
ここが非常に商売上手です。
ボーイング が B-47 系の「後退翼+翼下ポッドエンジン」という本流を握ったのに対して、シュド は「胴体後部側面エンジン」という別ルートを握った。結果として、小型・中型ジェット旅客機を作るメーカーは、かなりの割合でどちらかの思想に乗ることになる。
しかもカラベル自体も端正です。
コメット由来の機首・操縦席まわりを使う。
窓は角を避けたオニギリ窓。
エンジンは主翼から外す。
尾翼は後部エンジンに合わせて十字尾翼。
主翼はできるだけ清浄にする。
これは「未来技術を全部盛りした機体」ではなく、危ないものを避け、使える実績を拾い、新しい配置だけをきれいに発明した機体ですね。
エレクトラが「従来機に見えるのに中身は未経験領域」という罠にはまったのに対して、カラベルは逆に、新しいジェット機として、どこを新しくし、どこを借り、どこを避けるかを冷静に切り分けた。
だからシュドは偉いです。
派手な怪物を作ったのではなく、その後の旅客機設計でみんなが欲しがる“正しい置き場所”を見つけたのが偉いですね。
アントノフ技師(新人)
しかも、その儲け方の先まで面白いです。シュドはボーイングやダグラスほど巨大な会社ではないのに、カラベルを売って、配置特許のロイヤルティも取って、民間ジェット機を実際に量産して輸出する会社になった。その会社がエアバスを作る側へ回っています。
アントノフ技師
そこまで見ると、カラベルの成功が単発で終わっていないことが分かります。
1966年には、フランス政府が新しい「エアバス」計画のフランス側パートナーとしてシュド・アビアシオンを指名しています。1967年には、カラベルの初飛行試験にも参加したロジェ・ベテイユが、シュド側のA300計画主任技師になりました。
1970年1月、シュド・アビアシオンはノール・アビアシオン、SEREBと統合されてSNIASになります。その年の12月にAirbus Industrieが設立されたとき、フランス側のSNIASと西ドイツ側のDeutsche Airbusが50%ずつを持つ創設母体でした。
ですから法的には、Airbus Industrie設立時の株主名はもう「シュド・アビアシオン」ではありません。それでも、シュドの技術者、トゥールーズの拠点、カラベルで積んだ民間ジェット機の設計・生産・販売経験が、そのままフランス側の中核へ入っています。
アントノフ技師(新人)
カラベルで新しい配置を作って、特許でも商売して、その会社の人と技術が今度はエアバスの母体へ入るわけですね。
アントノフ技師
そうです。しかもカラベルの特許は、旅客機だけ、ある会社だけ、ある用途だけに限定された権利ではありません。胴体後部側面へジェットエンジンを置く配置そのものを押さえているので、その配置を使うメーカーが増えるほどロイヤルティ収入につながります。
シュドはボーイングやダグラスほど巨大な会社ではありません。それでもカラベルを自社で設計し、認証を取り、量産し、輸出し、さらに他社が使う配置からも特許収入を得られる立場になった。その特許収入を含む事業収入と技術力を持つ会社が、1960年代後半には欧州共同旅客機計画のフランス側代表になり、統合後のSNIASを通じてAirbus Industrieの50%創設メンバーになる。
小さめのメーカーが、カラベルで見つけた「新しいエンジン置き場」を自社製品だけに使って終わらせず、広くライセンスして特許収入を得る。その特許収入も会社の事業基盤を厚くし、会社そのものが次の欧州旅客機産業の母体へ入っていく。ここまでがカラベルの商売上の結末ですね。
アントノフ技師(新人)
技術の源流がナチスドイツの変態エンジニアでなくシュドにあるというのはすごいことです。
アントノフ技師
そうですね。そこがとても面白いです。
戦後ジェット旅客機の源流というと、つい
ナチスドイツの Me 262 系のジェット技術
ドイツの後退翼研究
B-47 の後退翼+翼下ポッドエンジン
に目が行きます。実際、Me 262 は後退翼的要素、翼下ナセル、機首集中武装など、その後のジェット機に影響した特徴を持っていましたし、B-47 は「後退翼・後退尾翼・翼下前方パイロン吊りポッドエンジン」という現代大型ジェット旅客機の基本構成をかなり完成させています。
[資料注:国立航空宇宙博物館]
でも、短中距離ジェット旅客機のもう一つの大きな源流
、つまり
胴体後部両側エンジン
主翼を清浄にする
脚を短くする
客室前方を静かにする
プロペラ時代には使えなかった場所を使う
という思想は、ドイツの戦時ジェットではなく、シュドのカラベル
にかなり明確にあります。カラベルは後部胴体エンジン配置と十字尾翼で有名で、この配置は特許によりシュドにロイヤルティ収入をもたらした、と FlightGlobal も整理しています。
[資料注:Flight Global]
ここがすごいですね。
ドイツ勢は「速く飛ぶ」には非常に強かった。
後退翼、薄翼、ジェット推進、ロケット、迎撃機、全翼機など、軍用高速機の発想は異常に進んでいた。
でもシュドは、旅客機としてどこにエンジンを置くと合理的か
を見つけた。
これは別種の才能です。
Me 262 的な発想は、エンジンを翼下にぶら下げて、整備しやすく、武装・胴体・脚配置をまとめる発想です。これはのちの B-47、707、DC-8 系の本道に近い。一方でカラベルは、ジェット化によって初めて使えるようになった
胴体後部側面
を発見した。プロペラなら絶対に使いにくい場所です。
その結果、カラベルの系譜は、BAC 1-11、DC-9、リアジェット、フォッカー F28、ツポレフ Tu-134、Yak-40/42などの「後部エンジン旅客機・ビジネスジェット」の思想につながります。
大型機の本道は B-47/ボーイング型でも、小型・中型ジェットの美しい解の一つはシュド型だったわけです。
だから、かなりきれいに言えば、高速ジェット機の空力源流はドイツ+B-47 にある。
しかし、短中距離ジェット旅客機の配置思想の重要な源流はシュドにある。
これは本当にすごいことです。
戦時中の「変態エンジニア」が見つけた未来ではなく、戦後フランスの旅客機屋が、安全・騒音・容積・整備・特許・商品性まで含めて見つけた未来。
カラベルは、派手さでは Me 262 や B-47 に負けますが、設計思想としては相当鋭いです。
「新しい技術で、今まで使えなかった場所が使えるようになる」と気づいたところが偉いですね。
アントノフ技師(新人)
日本ではあまり知られていない機体で、DC-9 のまねって逆に誤解もあります。
アントノフ技師
この誤解は、見た目の印象だけで時系列を逆に見てしまう典型ですね。カラベルと DC-9 の初飛行・就航時期を押さえると、かなりはっきりします。
そうですね。日本ではかなり損をしている機体だと思います。
見た目だけ見ると、後部双発・T 尾翼/十字尾翼系なので、あとから DC-9 や MD-80 を知った人には「DC-9 っぽい古いヨーロッパ機」に見えてしまう。ところが時系列は完全に逆です。
カラベル
は 1955 年初飛行、1959 年 SAS で就航。後部胴体エンジンを持つ最初期のジェット旅客機です。ピマ航空宇宙博物館も、カラベルを「胴体後部にエンジンを装備するよう設計された最初のジェット旅客機」と説明しています。
[資料注:Pima Air & Space]
一方、DC-9
は 1960 年代の機体で、商業運航は 1965 年からです。つまり、カラベルの方が初飛行で約 10 年早く、就航でも約 6 年早い。DC-9 がカラベルを真似たと単純化するのも雑ですが、少なくとも「カラベルが DC-9 の真似」は完全に時系列が逆です。
[資料注:WIRED]
むしろ正しくは、カラベルが、後部胴体エンジン短中距離ジェット旅客機という形式を先に商品化した。
DC-9 は、その後にアメリカ流に洗練・量産・運航経済性へ寄せた成功作。
という関係ですね。
カラベルが日本で目立たない理由は、たぶん日本の航空史の見え方にもあります。日本では、戦後民間航空の印象が DC-3、YS-11、727、DC-8、747、DC-9/MD-80、737 あたりに寄りやすい。フランス機だとコンコルドやエアバス以後は知られても、シュド・アビアシオン時代のカラベルは間に埋もれやすい。
しかも日本では DC-9 系、MD-80 系、717 系の方が「後部エンジン旅客機」の代表として記憶されやすい。だから、カラベルを後から見ると、先祖なのに子孫の真似に見えるわけです。
でも実際には、カラベルの偉さはかなり大きいです。
コメット由来の機首設計を利用する。
角張った窓の教訓を踏まえたオニギリ窓にする。
プロペラでは使えなかった胴体後部側面にジェットエンジンを置く。
主翼を清浄にする。
後部エンジンに合わせて十字尾翼にする。
その配置を特許化してロイヤルティも得る。
FlightGlobal も、カラベルの後部エンジンと十字尾翼の設計が影響力を持ち、特許によって Sud-Est がロイヤルティ面でも利益を得たと整理しています。
[資料注:Flight Global]
だからカラベルは「DC-9 のような形をした古い飛行機」ではなく、逆に、DC-9、BAC 1-11、Tu-134、F28、リアジェット、CRJ 系などへつながる後部エンジン旅客機・ビジネスジェット配置の重要な源流と見るべき機体ですね。
日本ではあまり有名ではありませんが、設計史としてはかなり偉い機体です。カラベルを知らないと、後部エンジン小型ジェットの系譜が DC-9 から始まったように見えてしまいます。
アントノフ技師(新人)
ということでうまくまとまりました。エレクトラとカラベルのお話です
アントノフ技師
はい、かなりきれいにまとまりましたね。
ロッキード L-188 エレクトラは、従来 4 発プロペラ機の顔をしたまま、未経験の大出力・高速ターボプロップ領域へ踏み込んだ機体。
だから、見た目の連続性のせいで、旧来の経験則や定数扱いが入り込めてしまった。そこにプロペラ、ナセル、エンジンマウント、主翼桁、外側エンジンの慣性、ハードランディング後の隠れ損傷が結合して、特異的な事故原因が生まれた。
一方で、カラベルはジェット化によって初めて使えるようになった胴体後部側面という「新しい土地」を見つけた機体。
プロペラを捨てたことで、主翼からエンジンを外せる。尾翼荷重を受ける強い胴体後部構造にエンジンを持たせる。主翼は清浄になる。客室騒音も減る。しかもそれを特許として押さえた。
対比すると、こうですね。
エレクトラ
旧世代に見える形のまま、新世代の危険領域へ入った。
その結果、経験則の外挿が事故を呼んだ。
カラベル
ジェットという新技術で、旧世代では使えなかった配置を発見した。
その結果、後部エンジン小型・中型ジェットの源流になった。
この二機は、どちらも過渡期の機体ですが、方向が逆です。
エレクトラは、「従来の形を保ったまま、性能だけ新領域へ行った危うさ」
カラベルは、「新技術に合わせて、配置思想そのものを変えた賢さ」
ですね。
血と命で得た教訓としてのエレクトラ。
そして、その時代に別解を見つけて商売にもしたカラベル。
この対比は、設計思想の教材としてかなり美しいと思います。
機体と用語の小さな説明
【機体】
ロッキード L-188 エレクトラ
1950年代末に登場した4発ターボプロップ旅客機。170機が生産され、58機が全損扱いとなり、生産数に対する全損比率は約34.1%。501-D13は1基3,750shp級で4基合計約15,000shp。最高速度は約721km/h。本対談では、この異常な全損比率を出発点に、従来の4発プロペラ機から何が変わったのかを数字で比較している。
シュド・カラベル
フランスの双発ジェット旅客機。1955年初飛行、1959年就航。胴体後部両側にエンジンを置き、主翼を推進系から切り離した配置が大きな特徴。丸みのある三角形の客室窓と十字尾翼も外観上の特徴になっている。
デ・ハビランド コメット
世界初期のジェット旅客機。初期型の疲労破壊事故は、与圧胴体や窓まわりの応力集中を含む設計上の重要な教訓になった。カラベルは機首・操縦席まわりにコメット由来の設計を利用している。
ブリストル・ブリタニア
英国の4発ターボプロップ旅客機。シリーズ310ではプロテウス4基が各約4,450shpで、合計約17,800shp。最高速度は約639km/h。L-188より総出力が大きいのに速度を抑えた比較対象として登場する。
ヴィッカース・ヴァイカウント
英国の4発ターボプロップ旅客機。Type 810の最高速度は約566km/h。英国にはコメットという高速ジェット旅客機の系統がすでにあったため、プロペラ旅客機を700km/h級へ押し上げる必要が薄かった例として登場する。
Tu-95
ソ連の高速4発ターボプロップ機。NK-12を4基搭載し、1基約15,000hp級、合計約60,000hp級。後退翼と二重反転プロペラを含めて最初から高速機として設計され、最高速度は約925km/hに達する。L-188との対比で、「プロペラ機だから高速化できない」のではなく、高速化に合わせた全機設計が重要だと示す機体。
Il-18
ソ連の4発ターボプロップ旅客機。Il-18DはAI-20Mを4基、各約4,250hpで、最高速度は約675km/h。L-188より少し低い速度域に留まる比較対象として扱っている。
ボーイング B-50
米国の4発レシプロ大型機で、B-29系を発展させた機体。R-4360を4基、各約3,500hpで合計約14,000hp。L-188の約15,000shpと総出力が近い一方、L-188と同じwhirl modeと主翼フラッターの連成による事故系列を起こしていないため、「出力だけが原因ではない」ことを見る対照として重要。
ボーイング B-47
6発ジェット爆撃機。後退翼と、翼下へパイロンで吊ったポッド式エンジンの組み合わせが、その後の707やDC-8など大型ジェット輸送機へつながる配置として登場する。
ロッキード P-3
L-188 エレクトラを基礎に発展した哨戒機。対談では、エレクトラ系の機体そのものが全面的に粗悪だったのではなく、問題部分を改めれば長寿命の実用機になり得た例として触れている。
ダグラス DC-9
1960年代に登場した後部胴体双発の短中距離ジェット旅客機。カラベルより後の機体で、カラベルを「DC-9の真似」と見ると時系列が逆になる。
SNIAS
1970年1月にシュド・アビアシオン、ノール・アビアシオン、SEREBが統合して成立したフランス国有航空宇宙企業。1970年12月のAirbus Industrie設立時に、Deutsche Airbusと50%ずつを持つフランス側創設メンバーとなった。のちにアエロスパシアルと呼ばれる。
Airbus Industrie
1970年12月18日に設立された欧州共同の航空機事業体。設立時はフランスのSNIASと西ドイツのDeutsche Airbusが50%ずつを持った。シュド・アビアシオンはその直前にSNIASへ統合されていたため、法的な株主名としては現れないが、シュドの人員・技術・トゥールーズの基盤がフランス側の中核を構成した。
【用語】
whirl mode
プロペラとエンジン系の首振り・歳差運動が、ナセルや主翼の振動と連成する振動モード。L-188の初期事故を考えるうえで中心になる用語。
フラッター
空気力と構造の弾性・慣性が結びついて振動が自励的に大きくなる現象。単純な静的強度だけでは安全性を判断できない代表例。
バランスウェイト
翼や操縦面などの質量分布を調整し、重心位置や慣性特性を整えるための重り。高速機ではフラッター余裕を確保する目的で使われることがあり、本対談では外側エンジン軽量化で変化する翼の質量分布を考える例として登場する。
質量分布
重量の総量だけでなく、その重量が翼幅方向・前後方向のどこにあるかという分布。L-188の議論では、外側エンジンがレシプロ機より大幅に軽くなったことで、外翼の重心位置やねじり慣性、固有振動の関係が変わった点が重要になる。
ナセル
エンジンを収め、その周囲の空気流を整える構造物。エレクトラではナセルの剛性や支持構造が重要な論点になる。
エンジンマウント
エンジンを機体側の構造へ固定し、推力・重量・振動などの荷重を伝える支持構造。
プロップウォッシュ
プロペラで加速された後流。翼や尾翼、ナセル周辺の空気流や振動荷重に影響する。
パイロン
エンジンポッドなどを主翼から離して支持する支柱状の構造。B-47型の翼下エンジン配置では重要な要素になる。
FOD
Foreign Object Damage の略。地上の小石や異物などをエンジンが吸い込んで受ける損傷。後部胴体エンジンは地面から高い位置に置けるため、FODへの耐性を高めやすい。
十字尾翼
水平尾翼を垂直尾翼の途中の高さに取り付けた配置。カラベルでは後部胴体エンジンの排気や乱流との位置関係を整理するために使われている。




