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どろだんご  作者: 与太郎
6/7

.折るスプーン

子供は嫌いだ。

うるさく、汚く、臭く、幼稚で……口に入れたものを取り出し遊び、よだれを所構わず付け周り、気分が悪ければすぐ泣き出す。

自分がこの世で一番正しいのだと言いたげな傲慢さ、

動く汚物のようだ。



自分の部屋のドアノブに手をかける、しかし横に捻るのを躊躇った。なぜなら、


「…鍵持っていくの、忘れたの?」


安田さんの部屋の前で座る杏ちゃんを見つけたからだ。母の帰りを待っているのか部屋の中に入らず玄関に背を向け、分厚い教材を膝の上で開き、ノートに何か書いている。

宿題でもしているのだろうか。


「…忘れちゃった。」


書く手を止め、僕の目を見ながら答える。

唇が紫に染まっており、体温が低くなっていることが伺える。



安田さんが挨拶に来てから、4年が経った。

僕は変わらず潔癖症のまま、寝て起きて出かけて仕事をして帰って寝る生活を過ごしている。

やりたいことも特になく、ただただ預金が増えて行くだけ。夢も希望もない、つまらない36のおっさんが今もここに居る。


そんな僕とは反対に、安田さんの家の杏ちゃんは立派に育っている。

朝のゴミ出しの際に顔を合わせることがあり、いつも元気な挨拶をかけてくれる。

安田さん本人からたまに彼女の話を聞くが、学校でクラス委員として活躍したり、地域のボランティアに参加したり、素晴らしい人柄なことが伺える。


「鼻が高いわぁ〜」と嬉しそうに語る安田さんは少し寂しそうにも見えた。中学生は思春期ということもあり多感な時期だとよく聞く。

親子関係で何かあったのか…安田さんの家からバラエティ番組の芸人の声が聞こえると、ふと頭を過る。



紫色だった唇は、段々と赤く変わり、健康的な色になった。

電気毛布を与えたおかげだろうか。母が送ってくれたものだが、僕自身寒さに強いということもあり使う機会がなく、放置していたものだ。

新品だし、臭いやダニ等は問題ないだろう。

紙コップに温められた麦茶を注ぎ、彼女に渡す。

お礼を言いながら受け取り、ちびちびと少しずつ麦茶を飲む。


「安田さん、いつ帰ってくるの?」

「6時半、ぐらいかな」

「遅いね」


他愛のない話をし、時間を潰す。

本当のところは何も喋らず読書をしたいと思っているが、最近の若い子、そして仮にも女性となると扱いがわからない。

喋っていたほうが空気も悪くならないし、あまり興味は無いが、安田さん宅の事情も知れる。


僕と杏ちゃんはリビングにある椅子に座り、向かい合ってテーブルに各々物を置きながら喋る。

お互い、挨拶以外で言葉を交わしたことが無かった為、最初は彼女の動きが少しぎこちなかったが、今では肩の力を抜いて話している。


「へぇ〜安田さんっておっちょこちょいなんだ、全然そうは見えないけど」

「でもしょっちゅうドアに頭ぶつけたり、夜ご飯の材料間違えるんだよ!」

「ふふっ、確かにおっちょこちょいだ」


杏ちゃんは、持っていた紙コップをテーブルに置き、お母さんがいつもどんな動きをするのか身体で再現している。

会話を楽しんでいることが伺え、少し安堵する。これなら安田さんに変な噂は流されないだろう。

会話が一段落したところで、ちらりと壁に掛けてある時計を見る。指している時間は5時30分、あと少し経てば安田さんが帰ってくる。

どうやって部屋の物を消毒しようか考えていると、


ぐる〜きゅるる、る


正面から空腹を伝える大きな音が鳴った。杏ちゃんを見てみると少し顔を赤らめ、恥ずかしがっている様子であった。


「なにか…食べる?」

「…食べたい、です」

「ふふ、分かった」


俯きながらそう答えられ、少し笑ってしまった。彼女はもっと恥ずかしそうに縮こまる。

腹の音を聞くことなど学生の頃以来で、なんだか面白く感じてしまう。

仲の良かった食いしん坊な友達が、給食の時間が近づくと、毎度大きな腹の音を立てて机に突っ伏し力尽きていた。

今でも働いてる最中鳴ってしまっているのだろうか…そんなことを考えながら冷凍庫を覗くと、いちご味の小さなアイスがあった。

これなら小腹満たしにちょうどいいだろう、そう思い取り出しティースプーンを探す。

しかし、なかなか見当たらず色々な場所を探し回っていると、


「千崎さん~…」


後ろから彼女の申し訳なさそうな声が聞こえた。振り返り見てみると、こちらを見る彼女の手には個包装された、折るスプーンが握られていた。


「気が利くね、それで食べてもらっても大丈夫?」

「もーたんまい!」


テーブルに戻り、少し溶けたアイスを彼女に渡す。もともと硬めのアイスだったから丁度良いだろう。自分は新しく紙コップを出し麦茶を注ぎ、飲む。

ちまちまと紙スプーンを折り、口にアイスを運び幸せそうに頬張る姿は、若さを感じた。自然と目が彼女の一挙一動を追う。

女性をこの距離で見るのが久しい為、物珍しさからくるものだ。


ふと母に電話で言われたことを思い出す。


『あんたもいい年なんだから〜恋人の一人や二人作ったらどう?』


耳に響く声と無神経な母の言葉が、今でも疎ましく感じる。


当分はできないよ、母さん。

隣室の方から玄関を開く音が聞こえた気がした。

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