.和紙
僕の借りているアパートは両隣が長らく空き室だった。大学の頃から32歳になるまで変わらず住んでいるので、住民の出入りは少し把握している。
ある日のこと、
呼び出しベルの音が部屋に響いた。ネットで物を購入するにしても、置き配にしているので誰だろうとドアスコープを覗く。
そこに写っていたのは、少し疲れが顔に滲む若い女性だった。宗教の勧誘かと声を出さず観察する。
「すみませーん!隣に引っ越してきた安田です!」
若い声だった。聞いただけだと25歳ぐらいに思える。
靴箱の上に常設してある箱に入ったマスクを1枚とる。素早く耳にゴムをかけ、ドアチェーンを外し鍵を開ける。
「はいー」
外開きなので、人にぶつからないように少しずつ開ける。扉の隙間から見えた人は僕よりも10cmほど低い女性だった。緊張しているのか、僕を捉える目は白目が多かった。
「お休みのところすみませんー、これつまらない物なんですけど引越し祝いで、よろしければ」
両手で持ち手部分を握られた紙袋は軽く見える。相手の手に触れないように三本の指で小さく掴む。
持った感じ、お菓子だろうか。
お礼を伝えて世間話をする。軽い自己紹介や安田さんが福岡出身なこと、自分が10年近く住んでいること、困ったことがあれば遠慮なく聞いて欲しいとなど、他愛もないことを話した。体感は15分程度。
そろそろ会話が終わりそうになると、
「ままなにしてるのー?」
廊下の左側から幼い声が聞こえた。少し視線をずらすが姿は確認できない。
安田さんは声をした方を振り返ると少し笑顔になり、
「あらおかえりなさい杏!今お隣さんに挨拶してたの!あんたもあいさつする?」
先程以上に元気な声を出す。お子さんだろうか…あまりこのアパートの住民に子供が居ないので珍しく思う。
安田さんが1歩後ろになりスペースを作ると、自分の半分の大きさの人間がひょこっと出てきた。
紅白帽子を両手で握り、首を痛めそうなほど傾け僕を見上げる。礼儀が正しい子のようだ。
「隣の千崎さんだよ、ほらあいさつして」
「…はじめまして、あんずです、小学3年生です」
安田さんの腕を肩に置かれながらそう言うあんずさんは微笑ましく見える。
目線を合わせるように1度しゃがむ。
「はじめまして、千崎です。あんずさん、よろしくね」
聞き取りやすいように一語一語ゆっくり発音すると、彼女は恥ずかしいのか安田さんの後ろに隠れてしまった。
安田さんはよく頑張ったね〜と彼女の頭をなでる。
その後、軽く別れのあいさつをし各々部屋に帰った。




