帰還。そして、普通じゃない日常の始まり
魔界研修を終え、飼い主とモカは人間界に戻ってきた。
玄関を開けると、見慣れた部屋がそこにあった。
観葉植物はまだ笑っていたが、それ以外は…まあ、普通だった。
「……帰ってきたな」
飼い主は、靴を脱ぎながらつぶやいた。
モカは第三形態のまま、静かに部屋を見渡していた。
「空気が軽いな。魔界より、ずっと柔らかい」
「そりゃそうだろ。ここは“普通の世界”だからな」
モカは、ソファに飛び乗った。
その動きは、どこか優雅で、でもやっぱり“犬”だった。
「……なあ、モカ。お前、進化したけど…散歩、行くか?」
モカは、目を細めた。
「行こう。あたしの進化は、お前との日常のためだ」
飼い主は、リードを手に取った。
魔界で強化されたそれは、見た目は普通の赤い紐だったが、触ると微かに震えていた。
「……これ、魔力でできてるんだよな?」
「うん。引っ張ると、時空が歪むから注意しろ」
「散歩で時空歪ませるな!!」
公園に着くと、いつものメンバーがいた。
柴犬のコタロウ、トイプードルのミミ、ダックスフントのジョン。
飼い主たちは、モカを見て一瞬固まった。
「……あれ?チワワだったよね?」
「うん。ちょっと進化しただけ」
モカは、静かに他の犬たちに近づいた。
以前は怯えていたミミが、そっと鼻を寄せた。
モカは、優しく応じた。
「……あれ?仲良くしてる?」
飼い主は驚いた。
モカは、振り返って言った。
「あたしも、少し変わった。進化は、孤独を深めるものじゃない。お前がいたから、あたしは“関わる”ことを選べた」
飼い主は、ふっと笑った。
「……お前、ほんとに犬か?」
「四分の一はね」
その日、公園では何も起きなかった。
ただ、モカが他の犬とじゃれ合い、飼い主がそれを見守っていた。
でも、空の端に、魔界の月がほんの少しだけ顔を出していた。
飼い主は、それに気づいてつぶやいた。
「……普通って、案外いいもんだな」
モカは、空を見上げて答えた。
「“普通”は、選ばれた奇跡だ。あたしは、それを守りたい」