第一形態、限界突破。そして飼い主、限界突破寸前
リビングの空気が、重かった。
魔界ブリーダーは、テーブルに奇妙な装置を置いていた。
見た目は体重計のようだが、表面には魔法陣が刻まれており、中心には赤い宝石が埋め込まれている。
「では、モカ様。こちらにお乗りください」
モカはため息をつきながら装置に乗った。
宝石が赤く光り、部屋の空気が一瞬で冷え込む。
「……進化度、42%。第一形態の限界に近づいております」
飼い主はソファの端で震えていた。
「進化って何!?何がどうなるの!?毛が増えるの!?目が増えるの!?俺の寿命が減るの!?」
ブリーダーは微笑んだ。
「ご安心ください。飼い主様の寿命は、まだ“契約”していないので減りません」
「“まだ”って何だよ!!」
モカは装置から降りると、軽く首を回した。
その瞬間、背中から黒い霧のようなものがふわりと立ち上った。
「……おい、今なんか出たぞ!?背中から何か出たぞ!?煙!?霊!?俺の魂!?」
「第一形態の“魔気漏れ”ですね。進化が近づくと、抑えきれなくなるのです」
飼い主は頭を抱えた。
「俺、ただ犬飼いたかっただけなんだよ……!癒しが欲しかっただけなんだよ……!」
モカは冷静に言った。
「癒しとは、現実逃避の一種だ。あたしは現実を強化する存在だ」
「お前、犬のくせに哲学語るな!!」
そのとき、ブリーダーが懐から小さな瓶を取り出した。
中には、青白く光る液体が入っている。
「進化促進剤です。モカ様が第二形態に移行する際、これを使用します。ただし、副作用として“空間歪曲”が発生する可能性がありますので、飼い主様は家具の固定をおすすめします」
「家具の固定って何!?地震か!?次元崩壊か!?俺の部屋が異世界になるのか!?」
モカは瓶をじっと見つめた。
「……使うかどうかは、俺が決める。進化は“必要”であるべきだ」
ブリーダーは深く頷いた。
「さすがです。モカ様はやはり、魔界でも特異な存在です」
飼い主は、そっとカーテンの隙間から外を見た。
近所の子どもたちが、楽しそうにボール遊びをしていた。
「……あの子たち、普通の犬飼ってるんだろうな……」
その夜、飼い主は夢を見た。
モカが巨大な翼を広げて空を飛び、魔界の空を駆けていた。
その背中には、自分がしがみついていた。
「落ちる!落ちるって!俺、空飛ぶの無理だから!!」
モカは振り返って言った。
「しがみつくな。飛べ」
「無理だってばあああああ!!」
目が覚めると、モカが枕元に座っていた。
目が、ほんのり青く光っていた。
「進化、近いかもな」
飼い主は、枕を抱きしめた。
「俺の精神耐性、もうゼロだよ……」