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7話

「おやおや、これは見慣れぬお客人。いかが為されましたかな」

 顕本寺の前にたどり着いた小春と安吉、それと数人の女中と護衛の兵たちは門の前で立ち往生していた。

 なんというか、異様な雰囲気に包まれていたのだ。

 そんな折、中から出てきたのは初老の僧であった。

 見るからに上質な着物を着ており、上位の者であると推察できた。

「大祝小春と申します」

「村上安吉でございまする」

 名乗った二人を見てその僧は不思議そうな顔をした。

「伊予国の神主の姫君とご領主の弟君が何の御用でしょうか?」

 さらっと答えた僧。

 それを見逃す安吉ではなかった。

「なかなか博識でおわすようで」

 安吉の追及にその僧は「おや」と驚くと「これは失言でしたな」と笑った。

「名のある和尚とお見受け致します。よろしければ御名をお伺いしても?」

 小春はそう尋ねた。

 彼女の問いにその僧はにやりと笑い、答えた。

日栄にちえいと申します。いわゆるところの顕本寺の長でございます」

 その僧は日栄であった。

 どうやら彼はこの寺社の長であるらしい。

「大事なお客人と立ち話というわけにはまいりますまい。ささ、どうぞ中へ」

 日栄はそう言って門の中へと入っていった。

 小春はそれに静かについていく。

 安吉は一瞬ためらったが彼女一人で行かせるわけにも行かず、ついていった。

 その際、背後の兵と女中には外で待つように伝えた。

 日栄についていくと彼はどんどんと本堂の中へと入っていき、最も奥にある彼の執務室に通された。

「……さて、いかなる御用でしょうか」

 どうやら彼もただ参拝しに来ただけではないと解っているようだ。

「お持ちなのでしょう? 火縄銃」

 小春の突然の言葉に安吉は目を見開いた。

 彼女の問いに日栄はすぅっと目を細めると「なんのことやら」と答える。

「種子島の本源寺から寄進されていると聞いたのですが。お持ちでない、と?」

 暫しの静寂。

「かないませぬなぁ」

 途端に呆れるように日栄は笑う。

「どこでそれを?」

 彼は真っ先に大祝の手の者が自身の寺にまぎれていることを疑った。

 小春はそれを嘲わらうように微笑むとこう答えた。

「風と潮が運んできた噂でございますよ」

 そう笑った小春に「噂、でございますか」と繰り返す日栄。

(この姫様はどこまで知ってるんだ?)

 安吉は内心彼女におびえていた。

 まさか、未来人では? そんな思考すら脳裏をよぎる。

「2つほど譲っていただけませんか?」

 小春はそう尋ねた。

 その言葉に日栄は眉にしわを寄せた。

「種子島様が2丁の火縄をおいくらで買ったかご存知で?」

「2丁で2000両とお伺いしております」

 日栄はそれを聞くと表情を明るくさせた。

「それなら話がはようございます、売るとなれば我々にも利が必要でございましょう。1丁1200両は頂戴せねば」

 それを聞いた小春は安吉の耳元に口を当て、わざと日栄に聞こえるような声の大きさで話し始めた。

「話になりませんね。橘屋へと向かいましょう」

 小春の言葉に安吉は静かにうなずく。

 それを見て青ざめたのは日栄であった。

 目先の利益に囚われたばかりに商談そのものを失おうとしている。

「ぬぅ……。1080両では如何でしょうか」

 苦し紛れにそう言った日栄に小春はずいっと顔を近寄せこういった。

「1050両」

 それは顕本寺が出せる限界の価格であった。

 見事にそれを小春はついた。

「む……」

 事ここにおいて更なる利益を求めようとした日栄に小春はたたみかける。

「参りましょう」

 そういって立ち上がったのだ。

 日栄はこれに慌てて手を伸ばし、こう叫んだ。

「わかった! 1060両で売る! 勘弁してくれ!」

 小春は満足げに笑うと「では、5丁ほど」と答えた。

 呆気に取られた日栄はもはや反論することも出来ず、へなへなと腰を下ろし「承知いたした」と小さく答えた。

 

 

「んー♪ 僥倖僥倖」

 顕本寺を出た小春は意気揚々とそう言った。

 種子島にて現地の領主が1000両で仕入れた火縄銃を1060両で入手することができた。

 途中の費用など差し引けば随分と得したことになる。

「はぁ。疲れました」

 商談を終えた小春はそう笑った。

 日栄と対峙していた彼女の姿とはまるで違い、どこか気安さを感じる。

「小春様、どこからあれほどのお金を?」

 安吉の疑問はそこに向いた。

 商談がまとまるや否や、彼女は暫しその場を離席したかと思えば半刻ほどで5300両をすべて木箱に入れて持ってきたのであった。

「神主というのは存外儲かるものですよ」

 そう含み笑いをした小春に安吉は背筋を凍らせた。

 安吉は慌てながら話題を変えようとした。

 何か知ってはいけないことがありそうな気がしたのだった。

「さ、さて。昼餉でも食べますか」

 しどろもどろになりながらそう言った安吉に小春は微笑むと「えぇ」と答えた。

 

 

 昼食は無難に蕎麦ということになった。

「信州の蕎麦を使っているらしいですね」

 安吉はなるべく小春の闇に触れないように無難な話題を選んだ。

 小春はそばを小さな口で啜りながら「えぇ、信州はそばの産地ですからね」と答えた。

 どうやらこれなら無難な話題を――

「どうでしょう。珍しいでしょ?」

 暇になったのかこの店の女将が安吉達の元へ来た。

 ここでは身分を隠し情報を得ることも目的にしている。

 はたから見ればどこかの商家の人間にしか見えないだろう。

「珍しいとは?」

 安吉はそう尋ねると女将は何やら誇らしげに答えた。

「いやぁねぇ。蕎麦切りを出すのは堺でもここぐらいなのよ」

 女将はそう誇らしげに笑った。

 蕎麦切り。

 本来この時代は蕎麦をパンのようにして塊で食べる。

 麺状の蕎麦が普及するのは江戸時代になってから。

「ははは、そうでしたね」

 慌てて安吉は話題を合わせた。

 能島では蕎麦がない故の失念であった。

「どうやら大三島の大祝小春とかいう姫様が広めたらしいのよね」

 女将の言葉に安吉はハッとした。  

 まさかその人間が目の前にいるとは言えない。

「随分と聡明な姫様のようですね」

 安吉はそう精一杯の薄ら笑いを浮かべた。

 横目で小春を見ると彼女は小さく微笑んだ。


(一体この少女は何処まで知っていて、何処までやっているんだ)


 そう畏れた安吉であった。


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