プロローグ
「我を捕まえてみよ!」
ドタバタと奥館に少年の足音と声が響く。
「忠丸様!」
それを追うのは若い女中。
彼女はこの奥館に来てまだ数カ月、未だ忠丸に振り回されていた。
「ほほ。元気よのう」
中庭を挟んで縁側に腰をかける老女が笑うとその後ろにいた老いた女中が苦笑いする。
「落ち着きを持ってほしいものです」
「若いうちはあぁでいいのよ」
老女は小春、女中の名は松。
松の言葉に老女はそう微笑むと傍らに置いた盃を呷った。
それを見て驚いたのは松であった、慌てて小春から盃を取り上げると呆れたように口を開いた。
「もうお年なのですから、酒は控えてください」
そう言った松に小春はおよよと泣き崩れた。
「死んだあの大殿との思い出が酒であったのにそれを……」
そう言ってわざとらしく泣き崩れた小春。
彼女を諌めるように松は扇子で小春の横腹をパシッと叩いく。
「大殿様は下戸でございまする」
「そうだったかな」
松の言葉に小春はケロリと笑い未だに駆け回る忠丸を微笑ましそうに眺める。
季節は春、桜が咲き誇り松は影で慎ましく桜を支えている。
まるでそれは夫婦のようで、在りし日の夫の姿を脳裏に浮かべていた。
「儂はまだ死んでおらぬぞ」
感傷にひたっている小春の頭上から声が降ってきた。
「下戸殿様ではございませぬか」
「鎮海府と呼ばぬか」
声の主は前当主の村上信吉であった。
「瀬戸内ではもう戦は起きぬではありませんか」
今から半月ほど前、この日本に天下泰平の世が訪れた。
「爺様! 戦話が聞きとうございまする!」
気がつけば信吉の足元に忠丸が立ってそんなことを言ってきた。
そんな忠丸をみて信吉は微笑むと腰をドスンと下ろし、口を開いた。
「しかたないのう、聞いても後悔するなよ?」
そうニヤリと笑った信吉は若さすら感じさせた。
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