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9:反抗期



 エングルフィールド公爵家以外の三つの公爵でもそれぞれ婚約者が決定し、四人の婚約者が同時に城に上がる日が決まった。

 一夫多妻制をとるからには、アラスター王太子殿下や他の婚約者たちとしっかりと信頼関係を築かなければならない。魔獣被害の多い国で、内政が荒れるわけにはいかないのだ。

 そのため婚約が決まるとすぐに、婚約者たちは城で暮らすのが習わしである。


 すでに城に持って行く荷物を纏め終わり、一族でのお別れパーティーも先程どうにか終了した。


 私は挨拶回りで疲れた体を叱咤して、パーティーの最中に姿が見えなくなってしまったスノウを探していた。

 彼の自室にはいなかったのでどこにいるのかと思えば、スノウはすっかり暗くなった庭のガゼボにポツンと座っていた。

 子供の頃はこのガゼボでスノウとよくお茶をした。久しぶりに来ると、懐かしさを感じる。

 あと数日でこの屋敷を去るなんて、覚悟していても寂しいわね。


「こんなところにいたんですね、スノウ」

「…………」

「パーティーの途中から姿が見えませんでしたけれど、もしかしてずっとサボっていましたか? 今夜はマデリーンも体調不良で欠席でしたし、寂しいパーティーでしたわ。マデリーンにも後でお見舞いの手紙を書かなければいけませんね」

「…………」


 私の婚約が決まってから、スノウの様子がどこか変だ。こんなふうに黙り込むことが多くなり、暗い表情になったり、時々不機嫌そうな溜め息を吐く。

 悩み事があるなら相談してくれればいいのに、いつも一緒に過ごしていた休憩時間さえ「後継者教育が忙しいから」と言って、自室に籠ってしまう。

 スノウの変化がとても心配だ。これからはもう、一緒にはいられないのに……。そう思った途端、胸の奥がなぜかチクッと痛んだ。


 ……そういえばマデリーンも最近様子がおかしいのよね。顔色もずっと悪かったし。

 今夜のパーティーも欠席だなんて、よほど具合が悪いのかしら?


 そんなことを考えていると、ようやくスノウが口を開いた。


「義姉様は本当に殿下と結婚するのですか? それでいいのですか?」

「『それでいい』とは、どういう意味かしら?」

「……好きな人は、いなかったのですか?」

「恋愛的な意味ですよね? ……そうですね、考えたこともないです。だって、私とマデリーンのどちらかがアラスター王太子殿下に嫁ぐと言い聞かされて育ったのですよ。二分の一の確率で婚約者の席が回ってくるのに、そんな賭け事のような恋をしても、相手に失礼ですから」

「……義姉様の言い分も分かりますが」


 スノウは自分のプラチナブロンドの髪をガシガシと両手でかき混ぜて、どこか苛立った口調で話を続けた。


「義姉様は殿下と結婚して、本当に幸せになれるのですか? 妻が他に三人いるなんて、義姉様が蔑ろにされているみたいで、僕は嫌だ」


 突然、スノウが私の腕を掴んだ。

 そして暗闇の中でもハッキリと表情が見えるほど、顔を近づけてくる。


 そこでようやく分かった。彼は苛立っていたのではない。泣きそうだったのだ。


「もしも僕が義姉様に『一緒に逃げてください』と言ったら、どうしますか?」


 スノウがエングルフィールド公爵家の後継者に相応しくなるためにどれほど努力したのか、私は知っている。

 ずっとずっと隣で見て、一緒に育ってきたから。

 彼が本心でエングルフィールド公爵家を去りたいわけがないのだ。


 それでもこんな発言をするのは、スノウなりに義姉の結婚を心配してくれてのことでしょう。少々過保護過ぎる彼の姉弟愛が嬉しかった。


「王家に対して不敬ですよ、スノウ。今のは聞かなかったことにしてあげます」


 アラスター王太子殿下だって、本心では好きな女性一人との穏やかな結婚を望んでいるかもしれない。

 それでも国民の平和を守るための最善策として、表面上はきちんと受け入れているのだから、臣下である私たち婚約者側も、粛々と受け入れなければならない。


「アラスター王太子殿下には幼い頃から何度かお会いしていますが、国民を思いやることの出来るとても立派な御方です。私は殿下を尊敬しております。この気持ちがいずれ恋愛感情に代わることだってあるかもしれません。けれど、そうならずとも、殿下をお支えします。エングルフィールド公爵家の役目として」

「義姉様……」

「だからスノウも、後継者として頑張ってください。私たちの大切なこの領地を、守って」


 スノウの頬を撫でると、彼が堪え続けていた涙が零れ始めた。

 彼は顔をぐしゃぐしゃに歪めると、私の肩に額を押し当てる。


「……僕の本当の家族になってくれるって、約束したくせに。裏切らないって言ったくせに……っ!」

「私はスノウの本当の家族ですよ。離れて暮らしていても、それは絶対に変わりません」


 彼の背中に手を伸ばし、私は小さい子をあやすようにポンポンと優しく叩いた。


 しばらくすると、スノウがこう呟いた。


「……っ、ごめんなさい、義姉様……。僕も早く大人になるから、今だけ泣かせて……っ」


 スノウがあの日流した涙を、私以外誰も知らない。





 昨日のスノウの激変に心が落ち着かなかったせいか、昔の彼の夢を見てしまったわ。


「……スノウったら、あんなに別れを寂しがって泣いてくれたのに、私が城に上がったら、冷たい態度を取るようになったのですよね……」


 私はベッドの天蓋を見上げ、ひとり呟く。


 城での生活は息を吐く間もないほど目まぐるしく、私は新しい日々に慣れるのに精一杯だった。

 次にスノウと直接会うことが出来たのは、私が城に上がってから半年くらい経ってからのことで、彼が王家のお茶会に参加した時だった。


 私は久しぶりに義弟に会えることをとても心待ちにしていた。それこそ、アラスター王太子殿下や他の婚約者と一緒にお茶会へ入場した途端、スノウを目で探してしまうほどに。

 やっと見つけたスノウに小さく手を振っていたら、横にいた殿下から『彼がルティナの家族か? よほど会いたかったんだな』と声をかけられてしまい、ちょっと恥ずかしい気持ちになってしまった。我ながら子供っぽかったと思う。

 他の婚約者からは『久しぶりに家族に会えるのは嬉しいものね、分かるわ』『弟さんとあとでゆっくりと話したらいいわ』『ルティナが抜け出せるよう、みんなで時間を作ってあげましょう』とフォローしてもらえたので、ホッとした。


 それでようやくスノウの元に行ったら、『そうやって他の婚約者たちと一緒になってアラスター王太子殿下を囲う義姉様は、まるで光に纏わりつく蛾のようですね』なんて、冷たい表情で言うのだもの。

 スノウは会わないでいた半年の間に、完全に反抗期になっていたのである。

 大人になるって、そういうことじゃないでしょう!? と私は驚愕した。


 そこからスノウの反抗期はずっと続き、同世代のご令嬢たちにまで冷たく接するようになったらしい。

 元々親しいご令嬢はいなかったみたいだけれど、反抗期になってからは女性と世間話すらしなくなってしまったみたい。


 それでもスノウはエングルフィールド公爵家の後継者で、その上、見目も秀でている。あちこちの家から縁談が殺到したけれど、『僕は一時的にエングルフィールド公爵家の領地経営を担いますが、それは義姉の子供が継ぐまでの一時的な処置に過ぎませんから』などと言って、遠回しの独身宣言をしたらしい。


 確かに私がアラスター殿下の子を何人か産めば、その内の一人にエングルフィールド公爵家を継がせることも可能なのだけれど……。


 私はスノウに幸せな結婚をしてほしかった。

 彼がどれほど実の両親の仕打ちに傷付き、どれほど自分の本当の家族になってくれる相手を求めたか、私は覚えているから。


 そして現在、実子の私が出戻って来てしまった。

 一族の中で、スノウが後継者になることを嫌がる者が再び出てきてしまうかもしれない。

 彼の努力を知っている私が、今さら後継者争いになど名乗り出る気はないのに。


「出戻ってきたら、きたで、いろいろな問題が出てきますわね……」


 とにかく父に、今後の身の振り方を相談しなければ。


 私はサイドテーブルから呼び鈴を手に取り、朝の支度をするために侍女を呼んだ。


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