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7:魔力譲渡②


 スノウは普通の生活が送れるようになると、公爵令息らしい振る舞いや領地経営を身に着けるために、家庭教師から授業を受けるようになった。


 一族の中には、彼がエングルフィールド公爵家の跡取りとなったことを反対する者たちもまだ多かった。

『悍ましい魔法実験を受けた、忌み子だ』『彼を憐れんで後援しようとする気持ちは立派だが、後継者にしようとするのはやり過ぎだろう』『あんな不良品よりも、うちの子のほうが公爵家の跡継ぎに相応しいのに!』などという、やっかみだった。

 父や私がが一族の者を窘め、悪意のある者をスノウから遠避けようとしても、悪評というのは何故かするりと当人の耳に辿り着いてしまうもので。

 スノウは悪評を覆すために努力を続けた。

 剣術や魔法戦闘の鍛錬にも出るようになった。エングルフィールド公爵家の後継者となるからには、魔獣討伐を避けることは出来ないのだ。


 せっかく普通の生活が出来るようになったのに、また体調を崩すのではないか、と心配する私を尻目に、スノウはめきめきと頭角を現わしていく。

 家庭教師からは、

「スノウ様はまさしく神童ですよ! 長い療養生活を送られて、同じ年頃の令息たちよりも勉強のスタートが遅れておりましたのに、たった一年の間に追い抜いてしまいました! この間のテストも満点です!」

 などと絶賛された。

 魔法の教師や剣術の教師からも、

「魔力量の多さもさることながら、魔力のコントロールが素晴らしいですな。魔法理論を頭に叩き込んでいても、実行出来る者は多くありません。天賦の才能です」

「スノウ様は実直な御方です。地道な基礎鍛錬を厭わないので、剣術がどんどん上達しています。そろそろ騎士団の魔獣討伐に同行させてもいいでしょう」

 と褒められていた。


 教師たちの賛辞は、スノウが後継者になることを反対していた者たちにも届き、今度は逆に『ぜひスノウ様に我が家の娘をご紹介したい!』『うちの倅はなかなかに役立つ男です! 側近に加えてください!』と擦り寄るようになってしまった。

 あまりに清々しい手のひら返しに、笑うしかなかった。





「すごいですわね、スノウ。狐や狸ばかりの一族を納得させただなんて」


 午後の休憩時間に、庭のガゼボで二人でのんびりとお茶をしている最中、私は思い出し笑いをしながら義弟に話しかけた。

 スノウはすっかり洗練されたマナーでカップをソーサーに戻すと、セルリアンブルーの瞳を柔らかく細める。


「大したことではないです。僕はただ、義姉様とお義父様に恩返しがしたい。二人のお力になりたいだけなんです。そのためには有象無象の輩を押さえつける必要があったから」

「恩なんて、感じる必要はないのですよ? 家族なら支え合うのが当然ですから」

「それが当然ではないことを、僕は以前の両親から学んでいます」


 うっかり、スノウの過去の傷を抉ってしまったかもしれない。

 私は慌てて義弟の表情を観察したが、彼は無邪気に微笑んでいるだけだった。


「お義父様はお優しい。義姉様は『優しい』を通り越して、僕の女神様だ。心が綺麗で、慈悲深くて、自分が出来ることならと、あまりにも多くのものを僕に差し出してくださった。僕は義姉様がいなかったら、後遺症に苦しむ夜を乗り越えることなんて出来なかったと思います。ありがとうございます、義姉様」

「私はただあなたが可愛くて、可哀想で、放っておくことが出来なかっただけです。立派なことをしたわけではありません」

「義姉様らしい。……そんなあなただから、あなたのお傍にいるために、僕はもっと役立つ人間になりたいのです」

「スノウはもう十分、私の誇りですよ。エングルフィールド公爵家に相応しい嫡男です。……あとは、そうですね、健康でいてくれれば望むことはありません」

「義姉様がそうおっしゃることは想像していました。いいんです。僕が勝手に、義姉様に相応しい人間になりたいだけですから」


 こんなふうに私たちはすっかり仲の良い義姉弟、お互いを大切にし合う家族になっていた。





 そろそろ騎士団の魔獣討伐に同行を、と剣術の教師が言っていたこともあり、スノウも実戦に入ることになった。

 私も八歳の頃から魔獣討伐に参加していたので、先輩風を吹かせて「危ないことは私や騎士に任せてくださいね、スノウ」と微笑んでみせた。


 本日討伐に向かうのは、公爵領の城壁から出てしばらく進んだところにある森だ。

 最近、雷蜘蛛エクレールタランチュラが森に棲みついていて、通行出来なくなっていると領民や旅人から要請が出ていたのだ。

 私とスノウ、そして騎士団の精鋭と共に馬で出立する。

 父も同行したそうにしていたが、三人で討伐に出て万が一のことがあれば公爵家が立ち行かなくなるのでお留守番だ。


 城下の街を馬で進んで行くと、領民たちが「あ! ルティナお嬢様だ!」「ルティナ様! 新作のパンが出来たので今度領主館へ差し入れますね!」などと手を振ってくれる。

 私は「ありがとう」と答えながら手を振り返した。


「義姉様は領民たちとも親しいのですね。先ほども騎士団長から、いろいろ相談を受けていたようですが……」

「以前あそこのパン屋の店主から、売り上げが落ちていると相談を受けたことがありまして。私はちょうど酵母に関する書物を読んだばかりだったので、店主と一緒に酵母の研究したのですよ。新しい酵母を使ったパンのお陰で売り上げが伸びて、今ではああして新作のパンを届けてくれるんです。騎士団長は、私の魔獣の知識に一目置いてくださっているのですわ」

「……そうなのですね」


 その後も領民たちに「魔術討伐頑張ってください!」「お嬢様、先日は肥料の相談に乗っていただきありがとうございました!」などと見送られる。

 街を過ぎると、第一の領門を通過し、農地や牧草地帯が広がる。

 畑を耕している人々や、家畜の世話をしている人々が手を止めて、こちらにお辞儀をした。


「この辺りの畑では以前、害虫被害が多かったの。だから薬草を調合して散布したのよ。どの害虫にどの薬草が効くのか調べるのは大変だったけれど、とても楽しかったわ。あそこで放牧されている家畜たちも、以前は城壁の外に迷い出て、魔獣被害に遭ってしまうことがあったから、柵にいろいろ工夫をしたのよ。ふふふ」


 懐かしさもあって、指を差しながらスノウに説明していると。

 彼はなにか眩しいものを見るような表情を私に向けていた。


「義姉様はこの領地を愛していらっしゃるのですね」

「愛だなんて、そんなに大袈裟なものではないと思うのですが……。でも、エングルフィールド公爵領に住まう人々が、安全に、明日への希望を持って生活出来ればいいなと思っています」


 私がそう言うと、スノウは恭しく頷いた。


「僕も義姉様のように、この地を大切にします」


 後継者の頼もしい一言に、私は嬉しくなる。

 私は王家に嫁ぐかもしれない身なので、スノウがどんなふうに領地を守っていってくれるか、実際に見ることは出来ないかもしれないけれど。

 その一言で十分だった。





 城壁から出ると、あとはもう民家のない土地が広々と続いている。王都に続く街道はあるが、森や山ばかりだ。

 雷蜘蛛が巣を張っているという場所へ向かっていると、だんだん雲行きが怪しくなってくる。


「あら、困りましたわね」

「どうしたのですか、義姉様?」

「山脈のほうの雲が黒いわ。あの雨雲は直にこちらまでやって来るでしょう。引き返したほうがいいかしら……」


 悩んでいる私に、同行していた騎士団長が声をかけてくる。


「今日のうちに討伐しておきたいのですがね。どうも、雷蜘蛛が産卵したという情報があるんですよ。子供が孵化したら少なくて数十匹、多ければ千匹ですから」

「ですが雨が降り出すと、雷蜘蛛が発する雷魔法に感電する可能性が高くなります。私たちには不利な戦況ですわ」

「あの雨雲はあと小一時間はこちらにはやって来ません。ルティナ様の魔法なら、短期決戦で仕留められますよ」


 確かに一時間あれば、雷蜘蛛の巣まで辿り着いて、中級魔法あたりを使えば倒せるだろう。

 でも、私の魔力はまだ安定していない。

 もしも土壇場で不安定になったら……。


「雷蜘蛛の子供の成長スピードは恐るべきものです。今を逃せば、エングルフィールド公爵家の力だけでは討伐出来なくなります。王家に要請を出すことになってしまいます」

「……そうですわね。進みましょうか」


 この程度のことで、王家の大事な力を使うわけにはいかないわよね。

 心配そうに私を見つめているスノウに、「大丈夫よ」と声をかけた。


 まだ十二歳だった私は、思慮が甘くて、結局惨事を引き起こしてしまった。


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