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6:魔力譲渡①



 スノウの意識は戻ったけれど、医師が懸念したとおり、健常児と同じ生活にはなかなか戻れなかった。

 彼はよく高熱を出した。

 医師によると、『突然増えた膨大な魔力――それも、魔石由来の馴染みのない魔力が体内で滞り、炎症を起こしている状態かもしれない』とのこと。

 あやふやな回答なのは仕方がない。前例がないのだから。

 氷の城の時のような魔力暴走をスノウが起こしていないだけまだマシだったが、彼の魔力にあてられて倒れる者が多く、看病は私が担当することになった。


「……ごめんなさい、義姉様」

「どうしたのですか、スノウ?」


 医師が調合してくれた薬湯をスノウに飲ませ、彼の額に新しい氷嚢を乗せる。

 看病がだんだん手慣れてきた私を見て、スノウは悲しげに眉を下げた。


「義姉様は、本当は公爵令嬢として勉強をしなければいけないのに。僕のせいで、家庭教師の授業を受けられなくて……」

「まぁ……、そんなことは全然気にしなくていいのですよ?」


 もともと家庭教師の授業は私の学習ペースに合わせてかなり先に進んでいたので、多少休んだところで、他の三家の公爵家の令嬢たちに遅れを取るわけではない。そもそも遅れたところで、挽回すればいいだけだもの。

 勉強が出来るというわけではないけれど、知識欲は人並み以上だと自負しているので、学ぶことは苦ではないのだ。


 けれど、スノウは気にしてしまうらしい。

 それはきっと、氷の城で彼が吐露していた本心、『父さんはもともと僕になんか興味がなくて、研究ばっかりの挙句に死んだし。母さんはいつもイライラしていた』からも分かるように、両親から充分な関心と庇護を与えられなかったことからきているのでしょう。

 甘えることが下手なのだ。

 それゆえスノウは私より一つ年下だというのに、つらいことや苦しいことを我慢しがちで、内に内にと溜め込む性質を持っていた。


「先生は、僕の魔力が滞っているとおっしゃっていましたよね。解消する方法がなにかあればいいのですが……」


 私はふと、以前読んだ数冊の本の内容を思い出す。

 マデリーンがこっそり貸してくれた大人向けの恋愛小説と、魔力に関する学術書だ。その中に魔力譲渡に関する記述があった。

 ただ、そのやり方に少々問題があり、子供であるスノウに対して行うのは良心の呵責があって、医師が伏せていると思われる。

 それに一〇〇%有効というわけでもない。相性の問題もあると聞くし……。


 でも、スノウはこんなふうにしょっちゅう発熱を起こして苦しんでいる。ベッドに臥せってばかりで、遊ぶことも学ぶことも出来ずにいる。

 そんなつらい境遇なのに、スノウは私の心配をしてみせるのだ。

 いじらしくて、可哀想だわ。


「……ねぇ、スノウ。あまり大声では言えないことなのだけれど、魔力循環を促す方法があるんです」


 つい、声を潜めながら話してしまう。

 スノウは私の言葉をしっかりと聞いて、セルリアンブルーの瞳を輝かせた。


「そんな方法があるのですか? 教えてください、義姉様。僕は魔力の滞りを治して、早く元気になりたい。義姉の迷惑じゃない存在になりたいんです」

「あなたを迷惑だなんて思うことはないですよ。私もスノウに元気になってほしいです」


 自分が淑女としていけないことをするのは、わりとどうでもいい。

 最終的に処女さえ守れれば、王太子の婚約者候補として名を連ねていても、王家を侮辱したとは思われないでしょうし。

 ただ、スノウに対しては後ろめたい気持ちがあって、悩んでしまったけれど。

 健康のために、犬に嚙まれたと思って我慢してもらおう。


 私は覚悟を決めて、魔力譲渡に関する詳しい説明を始めた。


「魔力譲渡とは、相手に自分の魔力を受け渡し、相手の体内で自分の魔力を循環させることです。これでスノウの魔力の滞りを解消出来るのではないかと、私は考えています。ただ、少し問題がありまして」

「どんな問題があるのですか?」

「もともと魔力譲渡は、魔力欠乏などの緊急事態に行う、医療行為なのですが。魔力の相性があり、必ずしも成功するとは限りません。魔力があまり合わない場合は、激しい痛みを伴うと言われているのですが……」


 スノウは真剣な表情で「僕、痛くても頑張ります」と頷いている。


 私はドレスのスカート部分をぎゅっと握りしめ、出来るだけ淡々と説明を続けた。


「逆に、お互いの魔力の相性がいいと、快楽を伴います。そのため、恋人や夫婦間で行われる愛の営みという一面もあります」


 マデリーンから借りた恋愛小説には、魔力譲渡で乱れ合うシーンが多々あった。

 性行為をしなくても快楽を味わえるということで、浮気や不倫のシーンなどにも登場し、たぶん実際の人々の暮らしでも、医療行為の面より『淫らなこと』『やましいこと』として扱われることが多い。


 スノウは私の説明を聞き終わると、真っ赤な顔で固まった。

 予想通りの反応だわ。苦痛に対する覚悟は出来ていても、快楽に対する心構えはなかなか難しいでしょう。

 でも、活路がある以上は試してみなくては。


「……それで、どうやって魔力譲渡するのですか、義姉様?」

「接触して魔力を受け渡します。医療行為の場合は手を繋いでやります」

「……ん」


 スノウが恥ずかしそうに両手を差し出した。

 私は彼の手をそっと握る。


「まずは少しだけ、魔力を流してみますね。痛かったら言ってください」


 スノウが真っ赤な顔でコクリと頷くのを見てから、私は少しずつ彼の体内に魔力を流していく。


「あっ……」


 スノウの肩がびくりと跳ねて、吐息混じりの高い声を洩らした。

 彼はぎゅっと目を瞑り、なにかに耐えるように唇を噛む。


「痛いですか、スノウ!? 大丈夫ですか!?」


 慌てて魔力譲渡を止めると、スノウは耳や首まで真っ赤になりながら頭を横に振った。


「だ、だいじょうぶ、ですから、続けて……」

「痛くはないのですよね?」

「は、はい。きもちいい……」

「よかったです。私たち、相性が合うみたいですね」


 とりあえず、魔力譲渡を再開する。

 少しずつ魔力を流していると、だんだん、自分の魔力がどんなふうにスノウの体内を巡っているのか分かるようになってきた。

 ……ああ、ここに大きな魔力の滞りがあるわ。

 私は、その魔力の滞りが解きほぐれて流れるように、スノウの体内にさらに魔力を流し込む。

 すると、スノウが掠れた甘い声をあげた。


「あ……っ」


 思わず顔を上げると、赤く頬を染めて眉間にシワを寄せているスノウが見えた。

 これは見てはいけない表情だと咄嗟に思い、慌てて顔を背ける。

 あまりにも私的で、安易に曝け出してはいけないことで、薄暗がりの中に秘めておかなければいけないもののような感じがする。

 だから魔力譲渡は医療行為よりも恋人や夫婦間の愛の営みとして有名なのか、と納得してしまった。

 恋人たちはお互いに魔力を流し合って快楽に耽るらしいが、私は医療行為として一方的に魔力を流すだけだから、気持ち良さは分からないけれど。


 だが、スノウの私的な部分をこじ開けても、まだ魔力の滞りが解消しない。

 もっと大量の魔力を流して、押し流さなければいけないようだ。

 これ以上の魔力譲渡を行うためには、それこそ愛の営みに片足を入れなければならないのでしょう。手の接触ではなく、もっと深い接触をしなければならないのだ。


「スノウ」

「……な、っ、なんですか、義姉様?」

「あなたの体内にある魔力の滞りを押し流すために、もっと大量の魔力を流し込まなければなりません。そのためには、手を繋ぐ程度の軽い接触ではなく、口付けをしなければなりません」


 私が状況を説明すると、彼は喉をごくりと鳴らした。


「……わ、わかりました」

「犬に噛まれたと思って、あまり重く考えないでください」

「義姉様との口付けをそんなふうに考えたりしませんよ。二人だけの秘密として、大切にします」


 スノウは恥ずかしそうに微笑んだ。

 よく分からないけれど、嫌がっているわけではないみたいだ。


 私はベッドで上体を起こしているスノウに、顔を近付ける。

 恥ずかしいし、緊張するけれど、それでもスノウが元気になる可能性があるなら、私に出来ることはすべてしてあげたかった。


「いきますよ、スノウ。ちゃんと呼吸をしてくださいね。鼻呼吸ですよ」

「わかってます」


 スノウの端正な顔立ちにドキドキしつつも、顔を寄せる。

 鼻先が触れ合い、柔らかな唇がしっとりと重なった。緊張からか、自分の心臓がバクバクと鳴っているけれど、口付けを深めて、スノウの体内に魔力を流す。

 手で魔力譲渡を行った時よりも快楽が強いのか、スノウの全身が震えている。

 うっすらと目を開けると、スノウの長い睫毛が涙に濡れていた。汗もかいているようだ。

 あまり長引くと、スノウの熱がさらに上がってしまいそうだわ。一思いに終わらせないと。

 私は一気に魔力を流し込み、スノウの体内で滞っていた魔力を押し流した。


「成功しましたよ、スノウ! 体調はどうですか?」


 ベッドでぐったりしているスノウに話しかける。彼の頬はまだ赤いけれど、熱自体は下がってきているようだ。


「……体の中にあった、熱くて痛い部分が消えたみたいです、義姉様。体がすごく軽い」

「滞りが解消された証拠ですね」

「はい。ありがとうございます、義姉様」





 スノウはその後も時々、魔力の滞りによる発熱を起こしたけれど、その度に私が魔力譲渡を行って治療した。

 その度に彼は私に申し訳なさそうな表情をしたけれど、悲劇による後遺症で苦しむ義弟を見て見ぬふりなど出来るはずもない。


「スノウ、魔力譲渡は私たちだけの秘密にしておきましょうね」

「はい、義姉様」


 私が十歳、スノウが九歳になると、彼は体調を崩すことが殆どなくなった。体が成長し、魔石の魔力に馴染んだのだろう。

 その頃にはスノウはベッドから普通に起き上がり、健常児と同じ生活を送れるようになった。

 私が魔力譲渡をする必要はなくなっていた。


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