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5:義弟



 エングルフィールド公爵家に運ばれたスノウ君は、高熱で寝込んだ。

 魔力暴走は収まったけれど、ホロウェイ未亡人が施した実験が彼の体を蝕み、魔力を不安定にさせていた。


「これはもしかすると、……ホロウェイ未亡人の悪魔のような実験が成功してしまったのかもしれませんな」


 ベッドで魘されているスノウ君を診ていた医師が、深刻な口調で父に告げた。

 スノウ君のベッドの傍で椅子に腰掛けていた私は、不安になって、医師と父の会話に耳を澄ます。


「後天的に魔力量を増やすなど、本当に可能だと言うのか?」

「実は、ホロウェイ未亡人から押収された論文を拝見させていただいたのですが……」


 魔力量増幅は、長い歴史上で人々の夢とされていたが、倫理に反する血生臭い実験が繰り返されたがゆえに今では禁じられている学問だ。

 ホロウェイ伯爵は秘密裏に魔力量増幅の研究を進め、様々な実験していたのだが、その中の一つに魔石を使ったものがあったらしい。

 魔石とは、魔獣の体内から産出するもので、魔力の塊だ。魔石をエネルギー源にして人々は魔道具を作り、魔獣との戦闘から日常生活まで幅広く役立てていた。魔石の中の魔力が空になれば、再度魔力を注ぎ込んで貯めておくことが出来る。


「ホロウェイ伯爵が魔力暴走で亡くなった時に実験していたのが、まさしく、魔石を使った方法でした。そもそも、魔力量が後天的に増えないのは、体内にある魔力器官の大きさが生まれつき決まっているからだと考えられております。魔力器官の大きさによって、蓄えられる魔力量が決まるというわけです。ホロウェイ伯爵は、魔力器官に魔石を融合させて、蓄えられる魔力量の上限を引き上げる実験を自らに施そうとして失敗し、亡くなったわけです」

「……つまりホロウェイ未亡人は、自分の息子の体内に魔石を埋め込んだということか? 息子の命が危険に晒されると分かっていながら?」

「そういうことになります。奇跡的にという表現は良くないでしょうから、まぐれと言う他にありませんが。現在スノウ・ホロウェイの体には、彼が生まれ持っていた魔力量よりも何倍もの魔力に溢れております」

「なんと非道な……」


 あまりにも悍ましい話だった。


 私はふと、父に、

「そういえば半月ほど前に、我が家が保管していた氷結竜の魔石が盗まれたという事件がありましたわよね……?」

 と尋ねる。


 父はハッとしたように息を飲んだ。


「……おそらく、氷結竜の魔石を盗んだのはホロウェイ未亡人だろうな。盗難が発覚した前日に、彼女が屋敷に出入りしていたはずだ」


 重い空気が室内に広がる。

 体内に魔石を埋め込まれるというだけでも鬼畜な所業だというのに、それが高ランクの魔石で、しかも実験が成功してしまっただなんて。


「先生、魔石をスノウ君の体内から取り出すことは出来ないのでしょうか?」


 私が医師に尋ねると、彼は重々しく首を振った。


「ルティナお嬢様。私は先ほど『融合』という言葉を使いましたでしょう? もはや彼の魔力器官と魔石は、混ざり合って一つの物となり、分離することは出来ないのです」

「そんな……」


 魔力器官は心臓や脳と同じで、切り離してしまえば私たち人間は生きてはいけない。

 スノウ君は一生、魔石と融合した魔力器官を抱えて生きていかなければならないのだ。


「魔力量が後天的に増えてしまうと、実際どのような問題が起こるのだ?」

「全くもって未知数です。ルティナお嬢様のお話では、一時的に彼と会話が出来たようなので、もしかすると命の危険は少ないかもしれません。ですが、前例が一つもない以上、彼が今後目を覚ますのか、目覚めた後もきちんと生活が出来るのか、大人になるまで成長することが出来るのかもわかりませんな……」


 私は父の上着の裾を掴んだ。


「お父様はスノウ君を見捨てたりはしませんよね?」

「ああ。もちろんだ。彼をルティナの義弟にしよう。……しかし、彼が今後無事に目が覚めたとして、長く苦しい闘病生活が始まるかもしれない。耐えてくれるだろうか……」

「お父様、私がスノウ君に魔力制御の方法を教えますわ。魔力量の多さには慣れていますから」

「ルティナ……」

「人間は、本当は明日を無事に迎えられる保証なんてありません。私だって健康な生活がこれからも続くなんて誰にも言えなくて、大人に成長出来るかなんて未知数です。だから、私はスノウ君と一緒に未来に向かって足掻こうと思います」


 私がキッパリと言うと、父がそっと私の頭を撫でた。

 スノウ君の状態に心を痛めていた医師も、優しく微笑んでいる。


「そうだな、ルティナ。周囲の人間が悲観してはいけないな。先生、これから定期的にスノウの診察に来てほしい」

「かしこまりました、公爵様。ルティナお嬢様を見習って、諦めずに彼を見守りましょう」





 一週間ほど経つと、スノウ君は熱が下がって無事に目を覚ますことが出来た。

 彼が眠っていた間に養子縁組の手続きをしたので、彼は正真正銘エングルフィールド公爵家の人間になっていた。


「これから私はあなたの義姉です。ぜひ私のことは『ルティナお義姉様』と呼んでくださいね。私も義姉らしく、あなたのことをスノウと呼び捨てにしますから」


 スノウは私の言葉に一瞬固まったが、頷いた。


 私が改めて彼に手を差し出すと、スノウもゆっくりと手を差し出して、握手をした。


「これからよろしくお願いいたします、スノウ」

「こちらこそよろしく、義姉さん。それにしても、僕のことを呼び捨てのわりには敬語なんだ?」

「私、敬語で喋るのが癖になっているのですよね……」

「じゃあ、僕も敬語にします。義弟の僕が義姉を敬わないのはよくないですから」


 こうしてスノウは私を『義姉様』と呼び、敬語で接してくるようになった。


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