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婚約破棄された魔力無し令嬢ですが、塩対応だった義弟から実はド執着されていました  作者: 三日月さんかく


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4:氷の城



 父の馬に同乗させてもらい、領内を進む。

 ホロウェイ未亡人は夫と暮らしていた王都の屋敷を出たあと、実家では暮らさずに領地の外れに家を構えていたらしい。


 街に下りると、屋敷の窓から眺めていたものより過酷な冬の光景が広がっていた。

 どこもかしこも凍りつき、道は雪で覆われている。

 領民が一生懸命雪かきをしたり、屋根の雪下ろしをしているが、一向に雪が止む気配は見えない。時折激しい風が吹き抜け、ますます気温が下がっていっている。


 スノウ君が暮らしていた屋敷は、遠目からもすぐに分かった。

 一族の者や騎士たちが周囲に防御魔法をかけていたのも理由の一つだけれど、一番大きな理由は、見たこともない巨大な氷の城が忽然と建造されていたからだ。たぶん氷の内部に元々の屋敷が飲み込まれているのだろう。

 氷の城はアクアマリンのように青く輝いていて美しかった。だが、高い尖塔が多く、見る者に密集した鋭利な刃物を連想させる。不穏な城だ。


 数十人がかりで防御魔法を展開しているお陰で、氷の城の進行を押さえているが、気を抜けば領地一帯が氷の城に飲み込まれてしまうだろう。それほどに強力な魔力が渦巻いていた。


「防御魔法を解いて、氷の城の中へルティナを入れる。ただ、騎士たちの報告によると、この城には入り口が見当たらないらしい。だから、入り口は私が作ろう」

「承知いたしましたわ、お父様。よろしくお願いいたします」

「素早く走りなさい、ルティナ。きみが中に突入したら、急いで防御魔法を掛け直さないといけないからね」

「分かっております」


 父の合図で防御魔法が解かれた途端、激しい魔力嵐が辺りに広がった。

 魔力量の低い者たちから苦し気な声を上げて地面に膝をついていく中、私は氷の城に向かって走り出す。


 氷の城に近付く者を排除しようと、氷の刃が次々に私に襲い掛かってきたけれど、「〈盾よ、我が身を守れ〉」と初歩的な魔法を使えば、簡単に弾くことが出来た。

 確かにとてつもない魔力だけれど、まだ私やマデリーンほどではないわね。


 背後で、父が魔法の詠唱を開始した。


「〈貫け、我が炎の槍よ〉」


 温度の高い青い炎が大きな槍の形を作り、真っ直ぐに氷の城へと飛んでいく。

 父の魔力量では自ら氷の城に突入することは出来ないが、魔力を一点集中したお陰で私が通り抜け出来るくらいの穴が開いた。


「お父様、ありがとうございます!」


 私が穴の中に突入すると同時に防御魔法が張り直されたので、父に感謝の言葉が届いたのか分からないけれど。

 心配そうな父の表情が脳裏に思い浮かんだので、早くスノウ君を助けて父のもとへ帰ろう、と思った。





 氷の城は中もとても美しかった。

 天井や壁、床や階段もすべて氷で出来ており艶々で、氷の粒や結晶で作られたシャンデリアも魔力で煌々と輝いていた。


 これほどの魔法の城をたった一人で生み出すなんて、一体どれほどの気力体力を削ることか。しかもそれが、魔力量増強などという、にわか仕込みの魔法で行われているだなんて。想像するだけで恐ろしい。


 魔力暴走中のスノウ君が城のどこかで暴れているかもしれないと思っていたけれど、人気はまったくなく、私の足音以外に音がしない。

 本当にスノウ君がいるのか心配になるくらいに寂しい場所だった。


「スノウ君、どこにいらっしゃいますか? 返事をしてください」


 私の呼びかけに答える人の声はなかったが、突然、目の前に白鳥が現れた。

 たぶんこの白鳥も、スノウ君の魔力で作られたものなのだろう。白鳥から、この城と同じ魔力を感じた。


 白鳥は『こっちに付いて来い』というように頭を振ると、城の奥へと羽ばたいていく。

 私は後を追うことにした。


 辿り着いたのは、雪の結晶の模様が彫り込まれた芸術的な氷の扉の前だ。

 手袋を嵌めた手で恐る恐る扉を開けると、これまた氷で出来た大広間が広がっていた。

 部屋のあちこちに氷の彫像が置かれているようだ。


「なんて綺麗な部屋……。ここにスノウ君がいるのかしら?」


 白鳥はさっさと大広間の中に入り、彫像の間を歩いていく。きっと、この先に案内したい場所があるのだろう。


 氷の彫像は動物の形だったり、人の形だったり、民家や教会の形だったりと様々だ。

 これはたぶん、エングルフィールド公爵領の景色だ。

 スノウ君の中にある記憶が生み出したものなのだろう。


 しばらく進むと、大広間の中央にまだ彫像になっていない大きな氷の塊が置かれていた。


 よく覗き込むと、氷の中心に一人の少年の姿があった。

 とても綺麗な男の子で、プラチナブロンドの柔らかそうな髪に、閉じた瞼にも白銀の長い睫毛がキラキラと輝いている。


 一瞬、私は彼の美しさに目を奪われたが、すぐにハッとして声を掛ける。


「スノウ君!!? 生きていますか!?」


 私が氷の表面を叩くと、スノウ君の周囲で気泡が揺れた。

 どうやら氷の中は、魔力に満ちた水で満たされているようで、呼吸は問題ないらしい。彼は胎児のように四肢を丸めて眠っていた。


「初めまして、スノウ君! 私はルティナ・エングルフィールドと申します! こんなに寒い場所にいないで早く帰りましょう!」


 私はスノウ君を目覚めさせようと、大きな声とノックを繰り返す。

 すると、私の頭の中に直接、変声期前の少年の声が聞こえてきた。


『なぜ、ここにいてはいけないの? 僕にはもう帰る場所なんかない。父さんはもともと僕になんか興味がなくて、研究ばっかりの挙句に死んだし。母さんはいつもイライラしていたけれど、ここ最近は特に酷くて、「エングルフィールド公爵様が私を選んでくださらないのは、お前の魔力量が少ないせいだ」って怒鳴り散らして、僕に痛くて苦しいことをした。もう嫌だ。僕はこの氷の城の中で一生眠っていたい……っ!!』


 初めて聞くスノウ君の声は、泣いているみたいに聞こえた。


 スノウ君の気持ちを想像すると、とてもつらい。

 私だって大好きなお父様に裏切られたら、悲しくて苦しくて、どうにかなってしまうかもしれない。スノウ君のように眠り続けることを選んでしまうかも。


「……でも、スノウ君はこんなに寂しい場所で独りぼっちで眠り続けることなんて、本当は望んでいませんよね?」

『そんなことはない! 僕は……っ!』

「だって、私のもとに白鳥を案内役として寄越したじゃないですか。あの白鳥はスノウ君の魔力から生み出された、あなたの分身ですから」

『…………』


 私は傍にいる白鳥に視線を向ける。

 白鳥は無垢な黒い瞳で私を見つめていた。

 本当に助けが不要なら、スノウ君は白鳥など寄越さずに、私の妨害をすればよかったのだ。……まぁ私のほうが魔力量が上なので、彼の妨害をねじ伏せることは容易かったと思うけれど。


「スノウ君、私と一緒にこの城から出ましょう。そして一緒にエングルフィールド公爵家へ帰りましょう。私があなたの新しい家族になりますから」

『……本当に? 本当に僕も一緒に帰ってもいいの? 本当に僕の家族になってくれる?』

「ええ、もちろんです」

『絶対に僕を裏切ったりしない?』

「裏切ったりするはずがありませんわ。エングルフィールド公爵家の名に懸けて」

『そっか……。ありがとう』


 スノウ君は嬉しそうな声を出した後で、『でも』と困ったように言う。


『実は僕、この魔力暴走をどうしたら止められるのか分からないんだ。この氷の中から出られるのかも、自分では分からない。ごめん……』

「それなら大丈夫ですわ。私のほうがスノウ君より魔力量が多いので、私があなたの魔力暴走をねじ伏せます」


 私は両手をスノウ君が眠る氷へと向ける。

 この氷が城の心臓部であることは間違いない。

 氷を破壊してしまえば、領地に広がった寒波を止めることが出来るだろう。


「〈切り裂け、我が疾風の鎌よ〉」


 私が一番得意な風魔法の中でも、特に攻撃力の強い魔法を無数に繰り出し、スノウ君を傷付けないように氷を切っていく。

 表面の氷が崩壊するとともに、魔力に満ちた水が流れ出し、スノウ君も一緒に現れた。


 スノウ君は全身濡れていて、着ている服までぐっしょりだ。このままでは風邪を引いてしまうだろう。


「大丈夫ですか、スノウ君!?」


 私が声を掛けると、すでに眠りから覚めていたスノウ君が顔を上げた。

 先程まで瞼を閉じていたから、彼のセルリアンブルーの瞳の美しさを初めて見て、ちょっとドキマギしてしまった。


「……ルティナさん」

「はい」

「助けてくれてありがとうって、本当はたくさんお礼を言いたいところなんだけれど。僕の魔力暴走が止まったから、……今からこの城が壊れる」

「急いで脱出しましょうっ!!!」


 スノウ君が忠告してくれた途端、氷の城のあちこちで亀裂の走る音が響き始めた。

 天井やシャンデリアが崩れ落ちてきたり、彫像も溶けて壊れ始めている。

 この氷の城の総重量を考えたら、盾魔法で防ぐのも難しいだろう。

 このままでは二人揃って圧死してしまう。


 私はスノウ君の手を取ると、急いでもと来た道を駆け戻った。

 出来ればあの白鳥に道案内をしてほしかったが、魔力暴走と一緒に溶けてしまったらしい。


 私たちが命からがら外へ脱出した途端、氷の城は完全に崩壊して、ただの氷の山となった。


「危機一髪でしたね、スノウ君。……え?」


 横にいるスノウ君のほうへ顔を向けると、彼は真っ赤な顔で荒い息を吐き、ぐったりとした様子だった。

 長時間の魔力暴走で疲れきっているというのに、その後すぐにずぶ濡れのまま全力疾走したのだから、発熱してもおかしくなかった。


 私が慌てて彼の体を支えると、ちょうどタイミング良く、「ルティナ、大丈夫なのか!? スノウ君も無事か!?」という父の声が聞こえてきた。


 私はすごくホッとして、父に助けを求めた。


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