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3:出会い



「ああ、とっても楽しい夕食でしたわ」


 侍女たちに入浴を手伝ってもらって、肌と髪のお手入れも済ませた私は、自室のベッドの上にお行儀悪く寝転がる。懐かしいベッドは相変わらず素晴らしいスプリングで、シーツの感触にもすぐに馴染む。

 今後の自分の身の振り方など、心配事はたくさんあるけれど……スノウが冷たい態度を取らず、私を受け入れてくれたことが本当に嬉しかった。

 お陰で屋敷に帰るまでの緊張が一気に抜けて、だらけてしまう。


 ……まぁ、昔のスノウとも違う態度なのは、ちょっと引っ掛かるけれど。

 それでも冷たくされるよりは全然いい。

 ……妙に甘ったるい台詞と色気を振りまき過ぎだけれど。


 今日のスノウの態度を思い返すとなんだか照れてしまって居心地が悪いので、さっさと眠ってしまうことにする。

 私は布団の中に潜り込み、枕の上に頭をきちんと乗せると、瞼を閉じた。





 王家に王太子が生まれる兆しがあると、四大公爵家は婚約者を輩出するために娘を産まなくてはならない。

 エングルフィールド公爵家一族にもベビーラッシュが起こり、私ルティナはこの世に誕生した。

 出産の際に無理をしたせいで母が若くして亡くなってしまったが、それでも父は一人娘の私を大切に育ててくれた。


 王太子の婚約者に選ばれるのは、一族の中で最も魔力量の多い令嬢だが、魔力量というものは十五歳頃になるまで安定しない。

 それでも幼少期の時点である程度の魔力量は推測できる。

 一族には何人もの娘が生まれたが、私とマデリーンが特に魔力量が多いだろうと言われていた。それこそエングルフィールド公爵家で歴代一位、二位ではないかと。

 マデリーンの魔力量は幼い頃から安定して高く、私の魔力量は波があって乱れがちであったが、時折強力な魔法を放つことが出来た。


 マデリーンが王太子に嫁ぐのなら、大きな問題はなかった。彼女には兄弟がたくさんいたし、両親も健在なので、さらに子宝に恵まれる可能性もあった。

 けれど、もしも私が婚約者に選ばれた場合、エングルフィールド公爵家本家の跡取り問題が起きてしまうことがハッキリとしていた。

 例え婚約者に選ばれずとも、いざという時のスペアは必要だ。

 本家が潰れてしまったら一族がどれほど揉めるかは分かっていたからだ。


 そのため、独り身の父には後妻話や養子縁組の話が山のように降りかかってきた。

 父は亡くなった母を変わらず愛していたため、当時まだ七歳の私に「どうしたらいいんだろうか、ルティナ……」と弱音を吐くくらいに参っていた。

 大人たちが『エングルフィールドの一族は、人を本気で愛してしまうと重くてねちっこい』という噂をしていたのを聞いたことがあるけれど、父からしてそうなのね、と幼い私は思った。

 というわけで父は、後妻の座や養子の座を狙う一族のハイエナたちに取り巻かれて、大変苦労をしていた。


 そんなある日、ハイエナのうちの一人であるホロウェイ未亡人が、とんでもない大事件を引き起こした。


 ホロウェイ未亡人は分家の女性で、ホロウェイ伯爵家へと嫁いだのだが、若くして夫を亡くしてしまい、一人で息子を育てていた。その息子が、のちに私の義弟となるスノウだ。

 彼女はスノウを本家の跡取りにして、自分も後妻の席に収まって悠々自適な生活を送ろうと考えて、父に近付いた。

 確かに彼女の策に乗ってしまえば、本家の跡取り問題が一気に解決するのだけれど、当の父の心がまだ追い付いていなかった。


「ホロウェイ未亡人がこちらを利用しようとしているのだから、私も彼女を心置きなく利用してやればいいと分かってはいるのだが……。どうするかね、ルティナ……。ルティナも新しいお義母様なんてほしくないんじゃないだろうか? ルティナのお母様は、お空の上にいるお母様だけだろう?」

「お父様、私は可愛い義弟がほしいですわ。まだスノウ君に会ったことはないですけれど、良い子だという評判を聞きますし。私はホロウェイ未亡人の魂胆に大賛成です」

「だがっ、しかし……っ!!」

「お父様はエングルフィールド公爵家本家の当主なのですから、四の五の言わずに決断してください」

「娘からの情け容赦ない追い打ちが胸に痛い……!!」


 そんなふうに父が二の足を踏んでいる間に、とんでもない大事件が起こってしまった。

 夏真っ盛りだったはずのエングルフィールド公爵領一帯が、突然氷漬けになってしまったのである。


 街中の建物が氷や雪に覆われ、城壁の外にある湖まで凍ってしまった。

 農地の作物も駄目になってしまい、家畜たちも小屋の中でブルブル震えて身を寄せ合っている。

 領民たちにも混乱が起き、凍った道での転倒するなどして怪我人が相次いだ。

 本来ならば薪や食料を備蓄してから訪れるはずの冬が、たった一夜にして領地に降りかかってきたのだ。寒さへの備えなど全く出来ていなかった。

 本家でさえ、衣装室の奥からどうにか冬物の外套を引っ張り出して着ている有様である。


 一族の者たちが朝から本家に避難しに来ていて、私の部屋の暖炉の前では、モコモコの外套を着込んだマデリーンが震えていた。

 彼女はティーカップで両手を温めながら、溜め息を吐く。


「どうして急に領地が氷漬けになってしまったのかしらね? 昨日まではお庭で夏薔薇が綺麗に咲いていたのに、まったくもう……」

「もしかすると氷結竜(アイスドラゴン)の出現かしら? そういえば半月ほど前に、我が家で保管していた氷結竜の魔石が盗まれたという話をお父様がしていたわ。それと関係があるのかしら? どう思いますか、マデリーン?」

「こんなに気が滅入る時でも、原因究明が大好きなのね。あなたらしいわ、ルティナ」


 私は昔から知識欲が旺盛だった。

 勉強好きとは、ちょっと違う。

 公爵家の図書室に齧りついて本を読んでいたかと思えば、庭に出て植物や生物の生態を観察したり、街に出掛けて、領民たちから生活に根差した雑学を聞いたり、旅芸人から新しい噂話を聞くのも好きだった。もちろん、家庭教師から授業を受けるのも大好きだ。

 それらの知識を父に伝えて、領地経営や魔獣討伐に役立つこともあるので、悪い趣味ではないと自分では思っている。

 でも、一族の者たちが影で私のことを『本の虫』だとか『魔獣好きの変人』だとか言っていることも知っていた。

 マデリーンは、そんなちょっと変わり者の私にも優しくしてくれる、大切な従妹だった。


「氷結竜の出現ではないよ、ルティナ」

「あら、お父様」


 凍りついた庭の様子を眺めていると、父が暗い表情をして現れた。

 父は原因を調べるために領内の見回りに出掛けていたのだけれど、思ったよりも早く帰ってきた。

 マデリーンが慌てて「お邪魔しております、伯父様」と頭を下げた。


「おかえりなさい、お父様。見回りお疲れ様ですわ。では、他の原因が分かりましたの?」

「ああ。……ホロウェイ未亡人が、しでかしたんだ」


 そこから始まった父の説明に、私とマデリーンは顔を蒼褪めさせた。


 父から色好い返事がなかなか来ないことに焦ったホロウェイ未亡人は、「公爵様が私を後妻にしてくれないのは、息子であるスノウの魔力量が少ないせいだ。スノウが本家の跡取りに相応しくないからだ」と曲解したらしい。

 まだ魔力量が安定しない年齢の息子に責任を押し付けるなんて、母親としてどうかしていると思うわ。


 けれど、思い込みの激しいホロウェイ未亡人は、ある実験を実の息子に施すことにした。――魔力量増幅実験である。


 そもそも、魔力量は生まれつき決まっているもので、後天的に量が増えることはない。老化と共に衰えていくだけだ。

 もちろん努力次第で魔法の技術を向上することは出来るけれど、それでも魔力量の少ない者が多い者に勝つことはない。

 オルティエ王国の人間ならば誰もが知っていることだ。そんなことが可能であるならば、王家が四大公爵家から魔力量の多い娘を妃にする必要などなくなるのだから。


 それでも夢を見てしまうのが人間で、多くの者たちが挑戦しては悲惨な結果を残した。

 魔力量増幅が禁忌の学問となってからも、ホロウェイ未亡人の元夫はその夢に憑りつかれていた。


 ホロウェイ伯爵は教師として王都の魔法学校で教鞭をとる傍ら、後天的に魔力量を増幅する研究を長年秘密裏に続けていた。

 けれど案の定、その実験の最中に魔力暴走を引き起こして亡くなってしまった。

 彼が使っていた研究棟はあまりに酷い惨状で、そこは長年立ち入り禁止になっているのだとか。


 とても危険な実験だったため、ホロウェイ伯爵の研究資料や論文のほとんどが王家に没収された。

 だが、ホロウェイ未亡人は自宅に隠されていた研究資料の一部をそのまま保管していたらしい。彼女は今回それを悪用したのである。


「お父様、その危険な実験を施されたスノウ君はどうなったのですか!? 領地が凍りついたのは、どうして……!」

「落ち着きなさい、ルティナ。この領地が凍りついたのは、スノウ君の魔力暴走の結果だ。ホロウェイ未亡人が暮らしていた屋敷を中心にして、領地一帯が凍っている。どうやらスノウ君の適正魔法は氷魔法だったらしい。氷魔法が解けていないということは、屋敷の中で彼がまだ生きているということだ」

「……生きているのですね。良かった……!」


 一度は義弟になると思っていた相手だけに、彼の生存を知ることが出来て私はホッとした。


「よく聞きなさい、ルティナ。そしてマデリーン」


 父は真剣な表情で私とマデリーンを順々に見つめると、こう言った。


「スノウ君はまだ魔力暴走の最中で、彼より魔力量の低い者は迂闊に近付くことが出来ない。実際、ホロウェイ未亡人も命からがら屋敷から逃げ出してきたが、大怪我を負っている。今のスノウ君に近付けるのは、一族で歴代一位二位といわれる魔力量を持つルティナとマデリーンだけなんだ」

「伯父様!! わっ、私にはそんな恐ろしいことは無理ですっ!! 魔力暴走の最中の人に近付くだなんて、そんな危ないこと、絶対に出来ないわっ!!」


 マデリーンはわっと泣き出した。

 そんな彼女を見て、父は「分かった。強制はしない」と頷いた。


「……ルティナ、きみは……」

「私がスノウ君を助けに行きますわ、お父様!」


 本当は私だって怖いけれど、マデリーンのように断る選択は選べなかった。


 だって私は、たくさんの魔力量を持って生まれたエングルフィールド公爵家本家の娘。この力を使って民を守ることを義務付けられた身だ。

 早くこの事態を収束させなければ、領民たちがもっと困ってしまう。

 それに、今一番怖い思いをして傷付いているのは、実の母親から裏切られて魔力暴走の最中にいるスノウ君なのだ。

 助けに行ける力を持っている私が彼に手を伸ばさなくて、どうするの!


 私が強い眼差しで父を見上げると、父も覚悟を決めたように頷いた。


「おいで、ルティナ。きみの未来の義弟を助けに行こう」

「あら、お父様。結局ホロウェイ未亡人と結婚するということですか?」

「こんな大事件を引き起こしたホロウェイ未亡人は、一生牢屋から出ることは出来ないさ。スノウ君だけを我が家に引き取ろうと思ってね」

「素敵な案だと思いますわ。私も賛成です!」


 私はマデリーンと「行ってきます、マデリーン」「気を付けてね、ルティナ。怪我をしないように祈っているわ」と挨拶を交わしてから、父と連れ立って屋敷を出た。


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