22:魔法学校見学①
パーティーの翌日。
私はスノウと共に、王都にある魔法学校へと訪れた。
スノウが先触れを出していたため、すんなりと校舎に入ることが出来た。
まずは校長室に通され、校長に挨拶をする。
校長は最初、四大公爵家の威光に緊張気味だったけれど、スノウが世間話にマデリーンの話を始めると表情を綻ばせた。
「我が一族のマデリーン・エイベルが先日まで魔法学校に通っておりまして。彼女から何度も魔法学校は素晴らしい所だと伺っておりました」
「おお! エイベル侯爵令嬢ですね! もちろん存じ上げておりますとも! 我が校きっての才女でした! 王太子殿下の婚約者に選ばれたので魔法学校を卒業することは出来ませんでしたが、我が校で学んだことを生かし、国に貢献してくださるでしょう!」
校長はマデリーンの話題に食いつき、スノウの「彼女はここでどのように過ごしていたのですか?」という質問にも、「本当に勉強熱心な御方でしたよ。成績優秀な生徒には図書室の禁書の棚が閲覧出来るのですが、よく通っておりました。何か独自の魔法を作っていたみたいですね」と答えていた。
……それにしても、スノウがマデリーンから魔法学校の話を聞いていたなんて、ちょっとびっくりね。
今も校長からとても熱心に彼女の話を聞いているし。
私が城に上がる前はよく屋敷にマデリーンが訪れていたけれど、スノウとマデリーンが二人で話しているところは見たことがなかった。
スノウはいつも後継者教育で忙しかったし、マデリーンは私の衣装室や化粧台が大好きで、よく着飾って遊んでいた。
マデリーンは服飾のセンスもあり、私の買ったばかりのレースの手袋や新しい口紅を『これ、ルティナにはちょっと似合わない色かもしれないわね』と優しくアドバイスをしてくれた。
私が『でも、買ったばかりの物を捨てるのは心が痛むわ……』と処分に困っていると、『なら、私が代わりに使ってあげるわ。私はこういう可愛らしいものが似合うもの』と快く貰ってくれた。
スノウは時々、そんなマデリーンを見て、『ちゃっかりした人ですね。まぁ、義姉様が彼女を気に入っているので目溢ししますが。義姉様、もっと高級な手袋を買いましょう。マデリーン嬢が持っていった手袋は、確かに義姉様には安っぽ過ぎます。口紅も、流行の色だから買ったけれど思ったより香料がきつい、とおっしゃっていましたよね。他の化粧品店の物を取り寄せましょう』などと言って、商人に注文していた。
親族とはいえ、あまり接点のない二人が私の知らないところで話していたことを想像すると、なんだか胸の奥がチクリとする。
……この痛みは一体何かしら?
うわの空でスノウと校長の話を聞いていると、いつのまにか、ホロウェイ伯爵が亡くなった場所に花を手向けたいという話に移っていた。
校長は大きな瞳に涙を浮かべて、スノウの話を聞き入っている。どうやら情に脆い方のようだ。
「手の空いている教師に案内をさせましょう」
「いいえ。場所さえ教えていただければ案内は結構です。お手を煩わせるつもりはありません」
「しかし、立ち入り禁止にしているほど危険な場所なので……」
「……亡父のために泣く姿を、他人に見られたくないのです。僕ももう十七ですから」
「あっ、ああ、それはっ、私の気が利きませんでした! では校内案内図をお渡しいたしましょう」
スノウの演技に、校長はまたハンカチを目元に押し当てながら了承した。
……スノウったら、なかなかの役者ね。
まんまと自由に校内を歩き回る権利を手に入れたスノウは、案内図を見て「父の研究室があった建物は、敷地内の東にあるようですね」と言って、すぐさま歩き始めた。
一度校舎を出て、緑の多い校庭を進む。
とても静かだ。時折、校舎の開いた窓から、教師が授業をしている声や、生徒たちが魔法を詠唱する声が聞こえてくるだけで、王都にいるとは思えないほど閑静だ。
途中にある噴水や、花壇の中に設置されている石像などを物珍しい気持ちで見ていると、ふと、スノウの手が微かに震えていることに気が付く。
……もしかするとスノウは、事故現場に行くのが怖いのかもしれない。
どんなに平気そうな振りをしていても、心の奥底では、実の両親に対して整理出来ない感情を抱えているのかも。
私はそっとスノウの手を握った。
「……義姉様?」
「私も一緒にいますよ、スノウ。だから大丈夫です」
スノウは驚いたように目を丸くしたが、すぐに優しい表情になる。
「ありがとう、義姉様。僕はもう、両親に顧みられなかったスノウ・ホロウェイじゃない。義姉様とお義父様に大切に育てていただいた、スノウ・エングルフィールドでしたね」
スノウは私の手をぎゅっと握り返す。もう彼の震えは止まったようだ。
良かった。スノウの気持ちが落ち着いたみたいで。
……それに、魔力を失ってもまだ、スノウの役に立つことが出来た。
必ずしも私は無価値になったわけではないのだ、と思えて、私は胸の奥が温かくなる。
ホッと息を吐いていると、いつのまにかスノウがこちらに屈みこみ、顔を近付けていた。
急な接近に驚いて固まっていると、彼がそっと私の顔に触れる。
「義姉様の気持ちをいつまでも待つつもりですけれど、もどかしいです。婚約者として口付けられないのは」
「っっっ……!!?」
スノウの指先が、私の下唇に触れるか触れないかのギリギリのラインを撫でていた。
あまりのことに私は叫び出したかったが、口を開いた途端にスノウの指に唇が触れてしまいそうで、全身を真っ赤にしてプルプルと震えていることしか出来なくなる。
「可愛い、義姉様」
蕩けるような甘い表情の中にもどこか色気を感じさせるスノウに、私は飲まれてしまいそうだった。
同じくらい整ったアラスター殿下のお顔を昨日のパーティーでは暢気に眺めていられたのに。
どうしてかスノウが相手では、そんな心の余裕はなかった。
幼い頃の彼とは全然違う。それこそ、救命行動として魔力譲渡の口付けを交わしていた頃とは。お互いに身も心も成熟してしまっていた。
自分の心臓がドキドキし過ぎて痛い。
幼い頃の私は、よくもあんなに考えなしに口付けられたものだわ。救命行動だとしても。
スノウが触れるのを止めてくれるまで、私はひたすら耐えるしかなかった。




