14:お見合い②
スノウと別れた後、私は中庭にある温室へと向かった。そこで伯爵とのお見合いが行われる予定だったからだ。
しかし温室に用意されたテーブルへ着く前に、初対面の伯爵からいきなり謝罪された。
「大変申し訳ございません、エングルフィールド公爵令嬢!! 勝手ながら、今日のお見合いを中止していただきたい!!」
スノウに結婚を即決しないと約束したけれど、現状それどころではないようだ。
あまりに急な予定変更に、私だけではなくアンネロッテや他の使用人たちも困惑している。
「どうされたのですか、伯爵様?」
「実は、あなたと私の息子のルイが上手くやっていけるか気がかりで、幼いルイを公爵領まで連れて来たのです。しかし、この屋敷に入る前にルイと口論をしてしまい、ルイが逃げ出してしまいまして……。我が家の使用人たちに探させているのだが、まだ見つからずにおります。大変申し訳ないのだが、今回のお見合いは中止にしてください。私もあの子を探しに行かねば……」
「まぁ、そういった事情だったのですね」
それはとても心配だろう。まだご子息のルイ君は五歳だと聞いているし、伯爵家の大切な後継者だ。前妻の忘れ形見でもある。伯爵がお見合いの中止を申し出るのも当然だった。
破談も覚悟の上だという表情をする伯爵に、私も捜索の手助けを申し出る。
「私にもルイ君の捜索のお手伝いをさせてください」
「エングルフィールド公爵令嬢、ありがとうございます! かたじけない……!」
「いいえ。お気になさらないでください」
深く頭を下げる伯爵に顔を上げるようお願いし、私は気になったことを尋ねた。
「ところで、ルイ君とは一体どのような口論をされたのですか?」
「……実は数日前から息子の機嫌が悪いようで、道中もずっとムッとした表情で黙り込んでいたのです。公爵家に到着してもそんな様子だったので、『そんなに不愛想では公爵令嬢に気に入っていただけないぞ。お前は新しいお母様がほしくはないのか?』と叱ったのです。そうしたらルイが『新しいお母様なんかいりません!』と言って、木立のほうへと走っていってしまったのです」
「まぁ、そうでしたの。木立のほうへ……。伯爵様、この屋敷は山と一体に作られております。少し迷うと崖に出てしまうので大変危険ですわ。土地勘がある者が探したほうが安全ですので、伯爵様とそちらの使用人はどうか屋敷でお待ちください」
「で、ですが……!」
「さらに行方不明者が出ると大変です。それに子供の足ですから、あまり遠くには行っていないかもしれません」
「……承知いたしました。我々は大人しく待ちましょう。エングルフィールド公爵令嬢、どうか息子を頼みます」
「お任せください」
私はアンネロッテたちに指示を出し、迷子の捜索へ出ることにした。
▽
「ルイ君、どこにいらっしゃいますかー? この辺りは崖が多くて危ないので、出てきてください。落ち着いて伯爵様と話し合いましょう?」
私はアンネロッテと共に木々の間を進み、隠れているルイ君に聞こえるように大声で呼びかけてみる。
しかし、なんの返事も聞こえなかった。
「なかなか見つかりませんわね。使用人たちに他の場所の捜索をお願いしましたけれど、そちらのほうでルイ君が見つかるかしら」
「もしかしたら、ルティナお嬢様の問いかけに返事をしたくない可能性もありますよ」
「どういう意味ですか、アンネロッテ?」
「今、こちらの茂みでこんなものが見つかりました」
地面にしゃがみ込んでいたアンネロッテが持ってきたのは、精巧な造りのブローチだった。
伯爵領で採れることで有名な半貴石が使われている。ルイ君の落とし物のようだ。
「ご子息様は今回のお見合いを歓迎していないご様子です。ルティナお嬢様の呼びかけに応える気がないのかもしれません」
「そのようですわね。ですが、確かこの辺りでしたら……」
ここは子供の頃にスノウとよく遊んだ場所の一つだ。
すぐ近くに子供が隠れるのにちょうどいい洞穴があることを知っている。
アンネロッテを連れて洞穴に向かうと、案の定、洞穴の中に座り込んでいるルイ君を発見した。
「見つけましたわよ、ルイ君。お父様の元へ帰りましょう?」
「い、いやだ! どうしてあなたがボクのお父様のことを『お父様』なんて呼ぶのですか!? ボクのお母様じゃないくせに!!」
「あの、ルイ君、私はそう言うつもりで伯爵様のことを『お父様』と呼んだわけではなくてですね……」
「とにかくボクは、あなたとお父様の結婚はいやだっ!!」
ルイ君はそう叫ぶと、洞穴の入り口にいた私をドンッと押して、その場から走り去ってしまう。
けれど、そちらの方向は――……!
「駄目です、ルイ君!! そちらへ行ってはいけませんわ!! 崖があります!!」
「わっ、わぁぁぁぁぁっ!!! お父様、たすけてぇぇぇ!!!」
私の警告が届く前に、ルイ君の叫び声と共に、ガラガラと岩が崩れる音が聞こえてきた。
慌てて彼の元へ駆けつけると、崖から滑り落ちたルイ君が、途中に生えている細い木にどうにかしがみついているところだった。
今にも落下してしまいそうでヒヤヒヤしてしまう。
「ルティナお嬢様、わたしは誰か応援を呼んできます!! それまでご子息様が木から手を離さないよう、励ましてください!!」
「分かりましたわ。頑丈なロープもお願いします」
「勿論です!」
アンネロッテが救助を求めに行っている間、私は崖の縁から身を乗り出し、ルイ君に腕を伸ばしてみる。
ルイ君も必死でこちらに手を伸ばすが、全然届きそうになかった。
「やだやだっ! 怖いよ、早くたすけて……っ! ひどいことを言ってごめんなさい、おねえさん! ボク、お父様にずっとボクのお母様を好きでいてほしかっただけなんだ……! もう一度お父様に会いたいよぉぉぉ!」
ルイ君はそう言って、わんわんと泣き始めた。
その姿を見て、胸が締め付けられる。
子供らしい純粋な願いから生まれたちょっと我儘な行動が、取返しのつかない悲劇を生むかもしれないだなんて、つらすぎるわ。
ちゃんとルイ君を救出して、安全な場所で伯爵と話し合ってほしいのに。
ああ、どうして私はこんな一大事に魔力がないのだろう?
以前の私だったら、風魔法で簡単に彼を助けることが出来たのに――……!
私が悔しさでいっぱいになっていたその時、ルイ君がしがみついていた木が、根元からバキッと激しい音を立てて折れた。
ルイ君の瞳がまん丸に見開き、口が「あ」の形で固定される。
そのまま彼が頭から落ちていくのを見て、私は咄嗟に詠唱した。
「〈浮遊せよ、我が風のゆりかご〉!!」
物を浮かせる初級魔法だが、今の私には扱えないものだ。
けれど、何故か私の詠唱に合わせて魔法が発動し、ルイ君の体がふわふわと浮いた。
「……うそ」
微かながら、魔力が私の体に戻っているみたい。
私は驚き呆けたまま、ルイ君の体をゆっくりと上昇させて、安全な場所に下ろすことに成功した。




