13:お見合い①
「……本気なのかい、ルティナ?」
「はい、お父様。魔力が激減した私でも嫁にもらってくれるという方がいるなら、性格に難ありでも、歳の離れた相手でも、後妻でもいいです。縁談を用意してくださいませ。私はこの屋敷を出たいのです」
私が父の執務机に身を乗り出すようにして直談判すると。
父は両手で頭を抱えて、深く溜め息を吐いた。
「魔力が激減したルティナでもほしいという相手はすぐそこにいるんだが、この屋敷を出たいというルティナの希望と合わせるとな……。どうしたものか」
父は何やら小声でブツブツと呟いたが、しばらくすると「分かった」と頷いた。
「ルティナは生まれた時から『王太子の婚約者』という立場に振り回され続けてきた。私はそれを不憫だと思っていたが、何もしてやることも出来なかった。だが、ルティナは婚約破棄されて、自由になった。ようやく自分自身の人生を取り戻したのだ。そんなきみの選択を、親の私が狭めてはならんな。きみが望む縁談を探してみよう」
「お父様、ありがとうございます!」
そういうわけで私の縁談探しが始まった。
▽
父に相談してから一週間も経たないうちに、私のお見合いが決まった。
相手は三十代後半の伯爵で、亡くなった前妻との間に生まれたご子息がいるらしい。まだ幼いご子息にも新しい母親が必要だろうと、後妻を求めているそうだ。
お見合いはエングルフィールド公爵家で行われることになっていた。
私は、何故か真っ青な顔のアンネロッテに支度を頼み、スノウが買ってくれた綺麗なドレスに着替えた。
「ルティナお嬢様、本当にお見合いをされるんですか……? 本当の本当のほんとうに?」
「アンネロッテったら、その質問はもう百回目くらいになりますよ? 勿論、お見合いをしますわ」
「しかも、スノウ様がルティナお嬢様に贈ってくださった物を身につけてお見合いをするんですか?」
「ええ。スノウが買ってくれたドレスも宝飾品も、本当に綺麗だわ」
「私がスノウ様のお立場なら、とても耐えられませんよ……」
せっかくのお見合いだからこそ、スノウがくれた物を全身に纏って挑みたいのだけれど。アンネロッテには分かってもらえなかったみたいね。
それとも、義姉のくせに義弟からのプレゼントで気合を入れるのは情けないってことかしら……?
だけれど着替え直す時間もないので、私はアンネロッテを連れて客室へ向かうことにする。
すると、廊下の向こう側からスノウがやって来た。隣に騎士を伴って、慌ただしそうな様子だ。
先日の魔獣目撃情報から新しい情報がまだ入って来ないらしく、スノウが騎士団を伴っての巡回を増やしているらしい。
凛とした表情で歩いていたスノウだが、前からやって来る私に気が付くと、花が綻ぶような笑みを浮かべた。
隣の騎士がそんなスノウを見て、一瞬ギョッとした表情をした。
「義姉様、今日もとても綺麗です。そのドレスもネックレスも、僕が買ってさしあげたものですね。さっそく身に着けてくれてくださって嬉しいです。やはり義姉様によく似合っています」
「ありがとうございます、スノウ」
「また時間が出来たら、その格好で街へ行きましょう。義姉様と行きたい場所がまだたくさんあるんです」
「はい。楽しみにしておりますわ。でも今日はスノウもお仕事で、私はお見合いで忙しいですから、その予定はまたあとで立てましょうね」
「……は?」
突然、スノウの微笑みが消えて無表情になる。
氷魔法を使ったわけでもないのに、彼の周囲の気温が急に下がってしまったように感じた。
冷たかった頃のスノウの雰囲気とそっくりで、なんだか怖い。思わず尻込みしてしまいたくなる。
アンネロッテや騎士も怯えた様子でガタガタと震えていた。
「義姉様、お見合いってどういうことですか?」
「どういうことって、そのままの意味ですけれど……」
「この間、殿下と婚約破棄したばかりじゃないですか!? この屋敷に帰ってきてまだ半月も経っていないのに!?」
「何事も自分から行動しなければ、良い縁談の機会を失いますから」
私がそう言うと、スノウはガシガシと自分の前髪をかき乱し、「……そのようですね」と冷たい声で言った。
隣の騎士が、死にそうな声で「スノウ様、そろそろお時間が……」と声をかける。
スノウは苦々し気に「分かっている」と答えた。
「要は、義姉様は今、次の縁談を前向きに考えている、ということですよね」
「ええ、そうですけれど」
「分かりました」
彼は私にさらに詰め寄ると、真剣な表情でこう言った。
「義姉様が今日お見合いをするのを僕が無理やり止めようとするのは正しいことではないと思うので、歯を食いしばって我慢します。ただ、一つだけお願いです。どうか、お見合いの場で結婚を即決しないでください。お見合い相手に甘い言葉を囁かれても、プロポーズされても、一旦考える時間を取るために保留してください。お願いします」
「そういうことでしたら、構いませんけれど……」
将来の伴侶を決めることだから、しっかり考える時間を取ることは大切だ。
私はスノウからのお願いに頷いた。
スノウは「約束しましたからね、義姉様。僕が帰ってきて『やっぱり結婚を即決しました』とか言うのは、なしですよ」と私に念押しすると、騎士に急かされて去っていった。
「なんだったのかしらね、スノウったら」
アンネロッテが後ろで「あちゃ~……」と呟いたけれど、私はスノウが何に機嫌を悪くしたのか、よく分からなかった。




