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婚約破棄された魔力無し令嬢ですが、塩対応だった義弟から実はド執着されていました  作者: 三日月さんかく


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12/33

12:領地へお出掛け②



「そうだ、義姉様」


 街に向かう馬車の中で、スノウがふと思いついた表情でこちらを見た。


「魔力譲渡を試してみませんか? 義姉様は魔力がなくなっても体調不良にはならなかったので、魔力譲渡を受けていないとおっしゃっていましたよね」

「ええ。そうですけれど……」

「一度やってみましょう」


 スノウはそう言って、向かいの席から隣へ移動してくる。


「そんな、悪いですわ! 私のために、そんなこと……っ」

「子供の頃はお互いのために、よくしていたじゃないですか」


 確かに昔は魔力譲渡のために口付けまでしていたけれど、今はなんだか『無理』だと思った。

 スノウが甘やかな微笑みを浮かべてこちらに顔を近付けてくるのが、恥ずかしくて堪らない。

 私は思わず真っ赤な顔で、自分の口元を両手でガッチリと覆った。


「だ、だめです……」

「くくっ……!」


 スノウは何故か「義姉様、可愛い」と言いながら笑い出した。


「手で譲渡するだけです。手を貸してください」

「……それなら、いいですけれど」


 どうやら、スノウに口付けられると思ったのは私の勘違いだったようだ。

 それはそうですよね。もう子供の時期を過ぎてしまった私たちが、口付けで魔力譲渡を行うわけにはいかない。義姉弟の枠を超えてしまう。


 ただ、勘違いしてしまった自分が恥ずかしくて、スノウに手を取られても顔を上げることが出来なかった。


「魔力を流しますね」

「はい……」


 左手を介して、スノウの魔力がじわじわと流れてくる。ほわほわと温かくて、気持ちがいい。

 ……けれど、なんだか……。


「どうですか、義姉様? 僕の魔力が譲渡されましたか?」

「……いいえ。溜まっている感じがしないです。私の中に穴があって、どこかにスノウの魔力が流れていくような……」


 スノウが魔力譲渡を止めると、彼の魔力は私の中には残らず、消えていた。


「一体なんなのでしょう、この症状は」

「不可思議ですね」


 私とスノウは顔を見合わせ、答えの出ない状況に首を傾げるしかなかった。





「ねぇ、スノウ。あんなにたくさん買わなくても良かったんじゃないかしら……?」

「ですが義姉様は城からほとんどドレスを持って帰ってこなかったのでしょう? 宝飾品や小物も。侍女から聞いています」

「あれはアラスター殿下の婚約者に割り振られた予算で購入したものですから。殿下と婚約破棄した以上、国庫へお返ししなければいけません」

「義姉様のお考えに僕も賛成です。『王太子殿下の婚約者』として贈られたものなんて、この領地に持ち込む必要なんかない。過去のものです。今日買ったものは全部僕からのプレゼントですから、気兼ねなく着てください」


 なんだか、私がドレスを持ち帰らなかった理由と、スノウが賛成している理由が微妙に違う気がするのだけれど……。

 それがどう違うのか自分でも上手く説明出来なかったので、「ありがとうございます、スノウ」と諦めてお礼を伝えた。


 それでも馬車にどんどん運び込まれる箱の多さにやはり困惑してしまった。

 隣でスノウが「これは一時しのぎ用の既製品ですから、オーダーメイドしたものは出来上がり次第、屋敷に届くようにしました」とわざわざ説明してくる。

 私が領地にいつまでいるかは分からないけれど、今日買ったドレスすべてに袖を通す前に、嫁ぎ先が見つかる気がするわ……。


「それより義姉様、次は日用品を買いに行きましょう。目抜き通りから少し離れた場所に、新しい商業地区が出来たんです。ぜひ義姉様に紹介させてください」

「そうなのですか? とても楽しみですわ」


 エングルフィールド公爵領の街中は活気に溢れていて、今私たちがいる目抜き通りには昔から懇意にしている老舗高級店が多く建ち並んでいた。

 懐かしい街の様子を見ていると、この地に帰ってきたのだと改めて実感する。

 しかしスノウの言う新しい商業地区も見てみたい。

 私がいない間に街の様子がどんなふうに変化したのか、知りたかった。


「馬車で行くには道が狭いですし、本当にすぐ近くですから。ここから歩いて行きましょう。お手をどうぞ、義姉様」

「はい」


 スノウにエスコートされるのはまだ少し気恥ずかしいけれど、手を繋いでしまえばむしろホッとした。家族だから安心するのかもしれない。


 少し歩くと、人の往来が多い通りに到着した。


「義姉様、ここが新しい商業地区です」

「わぁ……! とっても賑やかですね! ここは以前、人通りの少ないただの裏通りという雰囲気でしたのに、たった数年でこんなに人の集まる場所になるなんて……」


 新しい商業地区とスノウが言っていただけあって、通り沿いには小さな店がたくさん建ち並んでいた。


「どのお店も新しいですけれど、建物の形が全部同じですわね。お店に並んでいる商品も、エングルフィールド公爵領では見たことがないものばかり……。あちらの布小物は北部地域で伝統的な刺繍がされていますし、こちらの焼き菓子は東部地域でしか食べられないものでは……?」

「流石は義姉様。目の付け所が素晴らしいですね」


 スノウはセルリアンブルーの瞳を柔らかく細めて、優しく笑いかけた。


「一体どうしてこのような商業地区を新しく作ることになったのですか、スノウ?」

「魔獣被害で家を失った者たちが、エングルフィールド公爵領に移住してくることが昔からよくあったでしょう」


 スノウの言葉に、私は頷いた。


「ええ。小さな村や街には、強い魔獣が現れても討伐出来る者がおりませんから。住む場所を失った者は、『どうせ移住するならば、魔力量の多い大貴族のお膝元で暮らしたほうが安全だ』と、王都や四大公爵領にやって来ることが多いですわね」

「そうやって移住してきた者たちに住居や仕事を斡旋するのも、領主の仕事です。義姉様が王都へ行ってから、お義父様がその仕事を僕に任せてくれるようになりました。それで移住者たちと面談をしてみたのですが、以前は職人や商いをしていた者が結構いたんです。商業ギルドとも話し合って、ここに新しい商業地区を作ることになりました。店舗はエングルフィールド公爵家の出資で建てて、今は店主に貸し出している形です。経営が上手くいけば店主が店舗を買い取ればいいですし、駄目だったら次の希望者に貸し出せばいい。店舗は全部同じ間取りの建物にして、費用も抑えました」


 わ、私の義弟はなんて天才なのかしら……!?

 事も無げに言うスノウに、私のほうが気持ちが高揚してしまった。


「凄いですわ、スノウ!! そんな解決策を見つけて実行まで出来るなんて、あなたは素晴らしい後継者です!!」


 私はつい、子供の頃のように彼の頭を撫でてしまう。

 プラチナブロンドの細い毛が指の間を通りすぎ、懐かしい柔らかさを堪能する。


 しかしすぐにハッとして、私はスノウの頭から手を離した。


「ごめんなさい、スノウ! あなたはもう十七歳の立派な青年なのに、まるで子供扱いのようなことを……っ!」


 スノウは目を丸くしたが、怒ってはいないようで「ふふ」と笑い声を漏らした。


「義姉様が僕のことを『もう子供扱いしてはいけない青年』だと思ってくれただけ、大きな進歩です。……ねぇ、義姉様。子供扱いじゃなくて、ただ僕を可愛がって?」


 そう言ってスノウは、私の目の前に頭が来るよう屈んだ。

 これは、褒めてほしいと言うことなのかしら? ……でも、なんだか妙に恥ずかしいわ。ただ義弟の頭を撫でるだけなのに。


 私が戸惑っていると、スノウが上目遣いで「早く」と催促してくる。

 もうどうにでもなれ、という気持ちで、私は彼の頭を再び撫でた。


「義姉様に頭を撫でてもらうの、嬉しいです」

「そっ、そうですか……」


 通りの端でこんな奇妙なことをしている公爵家後継者に、領民たちが気付かないはずもなく、小さな子供が「あっ! スノウ様だ!」と声を上げた。

 その声につられるようにして、領民たちがスノウの周囲に集まってくる。


「スノウ様、この間ぼくのお父さんを助けていただき、ありがとうございました! スノウ様が魔獣を退治してくださったおかげで荷馬車の被害も少なかったって、お父さんが言ってました!」

「いつも領地の見回りをありがとうございます、次期公爵様。ぜひ、うちの店の新商品を味見して行ってください」

「あら、ルティナお嬢様も里帰りですか? ご姉弟で並ぶと相変わらず目の保養ですねぇ」


 気が付けば私まで領民から話しかけられてしまい、そのまま新しい商業地区を見て回ることになった。

 スノウは行く先々の店で店主たちからお礼を言われていたり、商品をもらったり、新しい相談事が舞い込んだりしていた。


 とても領民たちから慕われているのね。

 それだけ彼が後継者としてこの地に貢献してきた、ということなのでしょう。

 義姉としてとても誇らしい。


 そんな義弟の様子を眺めて、私は改めて決心をする。

 スノウはこのままエングルフィールド公爵家を継ぐべきだ。

 屋敷を出て行くべきなのは私だ、と。


 やはり、父にお見合いがしたいと話してみよう。

 私が相手を選ばなければ、それなりに縁談も見つかるでしょう。


 しっかりと覚悟が決まると、空が先程よりも清々しく、晴れ渡って見えた。


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