11:領地へお出掛け①
今日は朝食の席で「街に下りて衣装を買い足そうと思います」と予定を話すと、スノウが「今日は僕も休暇なので、義姉様の買い物に付き合わせてください」と申し出てくれた。
せっかくの休暇なのに義姉とお出掛けなんてつまらないでしょう、と思ったけれど、スノウがあまりにも熱心に言うので、結局今日は二人で街へ出かけることになった。
一旦自室に戻り、外出の支度をするために侍女を呼ぶ。
侍女のアンネロッテは私がこの屋敷で暮らしていた頃から勤めていて、今朝の支度も担当してくれた。気心の知れた相手である。
「スノウと街へ出かけるだけだから、動きやすい服ならなんでもいいです。適当に見繕ってください」
「いけませんわ、ルティナお嬢様! スノウ様との久しぶりのお出かけなのに、そんなに気合の入らない態度では。しっかりとお化粧をして、お洋服もルティナお嬢様に最高にお似合いのものを選びましょう!」
張り切って言うアンネロッテに、私は思わず気圧されてしまう。
「そ、そこまで気合を入れる必要があるのでしょうか? ただ街に下りるだけですよ……?」
「当たり前です! そのほうがスノウ様もお喜びになられます!」
まぁ、私もお洒落をすることが嫌いなわけではないので、アンネロッテにお任せすることにする。
派手顔なせいか、あまり気合を入れて化粧をすると舞台女優みたいになってしまうのだけれど、夜会はともかく昼だと目立ち過ぎるので、あまり自分の化粧顔が好きではない。そのことを分かってくれているアンネロッテの手にかかれば、とても自然な感じで綺麗に仕上げてくれた。
お洋服も、私の『動きやすい服』という要望を答えつつも、私の瞳の色に合わせた可愛らしいピンク色のドレスを用意してくれた。袖を通すと、シルエットが美しい上にとても軽い。
長い金髪も毛先を巻いて、清楚な雰囲気に整えてくれた。
「ありがとうございます、アンネロッテ。城の侍女にはいつも上手く要望が伝えられなくて、妙に派手な格好になっていたので、すごく嬉しいです」
「ルティナお嬢様はキリッとした美女なので、普通にお化粧をすると目力がすごく強くなっちゃうんですよね。悪女っぽいルティナお嬢様もとても素敵ですけれど、もっと自然体のお姿のほうがスノウ様がグッとくると思いまして、優しい雰囲気に仕上げました。我ながら大成功です!」
スノウがグッとくる……?
私に殴りかかりたくなるという意味かしら?
スノウの態度が急に変わったと思ったけれど、あの子の反抗期はまだまだ根深いのかしら……。
アンネロッテに言葉の真意を尋ねようと思ったのだけれど、ちょうど扉がノックされた。
「義姉様、僕です。そろそろ準備は出来ましたか?」
「はい。ちょうど支度が終わりましたわ」
結局アンネロッテに尋ねることが出来ないまま、部屋の外に出る。
彼もしっかりと出かける準備をしていて、上品なジャケットとスラックス姿だった。
普段のスノウは魔術討伐があるせいか、騎士のように動きやすい詰襟タイプの洋服を着ていることが多いので、なんだかとても新鮮だった。
もしかすると城での夜会やお茶会では、彼もこのような衣装を着ることも多かったのかもしれないけれど。
当時は冷た過ぎる義弟の態度に戸惑っていたので、スノウの衣装にまで気が回らなかったのよね……。
「そういうお洋服も良く似合いますね、スノウ。『氷雪の貴公子』と呼ばれているのも伊達ではありませんわ。とても格好良いです」
私はスノウを褒めたが、彼は無反応だった。……いえ、無反応とはちょっと違うかもしれない。
スノウは着飾った義姉を見て、顔を赤くして黙り込んでいた。
彼はあまり日に焼けない体質なのか肌が白いので、赤面すると耳や首筋まで赤くなってしまう。
「……もしかして、一緒に歩くのも恥ずかしい格好でしたでしょうか? アンネロッテが頑張ってくださったのですが、私には似合いませんでしたか……」
自分ではとても気に入っていた服装だっただけに、少し落ち込んでしまう。
頑張ってくれたアンネロッテにも、私という素材が悪いせいで申し訳ないわ。
そう思っていると、スノウが突然大きな声を出した。
「違います!! 義姉様がすごく綺麗だと感動していただけです……っ!!」
「そうなのですか?」
似合わない格好をしている義姉が恥ずかしくて一緒に歩きたくない、的な反抗期ではなく?
私が義弟の言葉を信じ切れていないのが伝わったのか、スノウは私の髪に触れ、そっと指でとかした。
彼の節くれだった長い指の間で、私の髪がサラサラと零れていく。
「義姉様があまりにも綺麗で、うっかり声を失っていました。……十五歳で義姉様がこの屋敷を去ってから、もう三年も経つのですから。あなたが大輪の薔薇のように美しく成長していても当然でしたね。それを一番近くで見守ることが出来なかったのが悔しいです」
「スノウ……」
また、義弟の雰囲気が甘すぎるような気がするわ……。
どう反応したらいいのか分からず視線を彷徨わせると、アンネロッテが親指を立てる仕草をしている。あれは確か平民の間で流行っている『いいね! 最高!』のポーズだったかしら?
結局正解が分からなかったが、なんだか居た堪れない空気だったので、私はスノウの背中をぐいぐいと押して、さっさと街へ向かうことにした。
「さぁ、スノウ! お買い物に行きましょう! いろいろと入用ですから!」
「そうですね、義姉様」




