10:家族会議
朝食を終えてから父の執務室へ向かおうとすると、後ろからスノウがやってきた。
「どうしたのですか、スノウ? あなたはこれからお仕事があるのでは?」
「義姉様の今後についてお義父様と話し合うのでしょう? 僕も一緒に聞きます。大事な義姉様のことですから」
「そうですか?」
確かに、スノウにも参加してもらうべきなのかもしれない。
何せ彼を後継者として推し、私は他家に嫁ぎたいという話なのだから。
スノウも当事者の一人だ。
いろいろと考えてみたけれど、結局、争いごとの火種になる私がエングルフィールド公爵領に留まるよりも他家に嫁ぐのが一番いいのではないか、と結論付けた。
問題は、魔力量が激減してしまった私なんかを誰が嫁にもらってくれるか、ということなのだけれど。
それに関しては父に頑張ってもらうしかない。
膨大な魔力が減ったとはいえ、私は腐っても四大公爵家の血筋の娘だもの。後ろ盾がほしい家や、持参金目当ての家、後妻話くらいならいくつか見つかるでしょう。
私はスノウを伴い、気合を入れて父の執務室に入室した。
執務室にある応接セットで、父が座るソファーの向かいに義姉弟で並んで座る。
父がスノウに目配せをすると、スノウは真剣な表情で私に話しかけた。
「義姉様は今、魔力を失って大変つらい想いをされているでしょう。義姉様の魔力が取り戻せるかは分かりませんが、僕もお義父様も、義姉様のことを精一杯支えるつもりです。まずは義姉様がどんなふうに魔力を失ったのか、教えてください」
「あ、はい。ソウデスワネ」
私は『魔力を失ったので他家に嫁ごうと思います!』と言う気満々だった口で、スノウの尤も過ぎる話に賛成した。
魔力を失ったのなら、まずは原因を突き止め、取り戻す努力をすべきだったのである。
私ときたら少々思い切りが良すぎて、魔力を失ったなら失ったなりの身の振り方を考えようとしてしまっていた。
アラスター王太子殿下も魔力を失った原因を探すより、『ルティナが魔力を失ったのなら、次はマデリーンを婚約者にするか』という結論に至っていたけれど。
あの御方に関しては、早々に魔力量の多い婚約者を用意しなければ国内の魔獣被害が拡大するので、仕方がなかったと思う。
けれど私自身だけは、もう少し魔力を失った原因を探すべきだったわ。
魔力を取り戻せたほうが良い縁談に恵まれるに決まっているのだし。
「えっと……。私が魔力を失ったのは、今から三ヵ月ほど前のことになりますわ」
アラスター殿下と共に北の森に出現した火炎竜の討伐のために、ひと月ほど遠征した後のことだ。火炎竜は繁殖期であったために北の森を焼き尽くして巣作りをしようとしており、討伐するのになかなか苦労した。
討伐が終わった後は数日の休暇がもらえるのでのんびりしていると、マデリーンから『久しぶりにルティナに会いたい』という手紙が届いた。
なので急遽お茶会を準備し、彼女を城に呼んだ。
「私ったら、火炎竜討伐で随分疲れていたみたいで、マデリーンとのお茶会の途中で眠ってしまったんです。でもマデリーンはいつも優しいので、『ルティナが疲れているところに会いに来てしまって、本当にごめんなさいね』って、許してくださいました。体調管理が出来なかった私が悪いのに、彼女には本当に申し訳ありませんでしたわ。それで、その夜は早めに眠ったのですが、……次の朝には魔力を失っていたのです」
魔法を長時間使ったという理由などで、一時的に魔力欠乏に陥ることはそれほど珍しくない。そういった場合は体力と同じで、休んでいるうちに自然と魔力が戻るものだ。
魔力欠乏によって患者の体調が悪ければ、医療行為として魔力譲渡を行うこともある。
最初は私も魔力欠乏を疑われたのだけれど、体調はすこぶる元気だったので、魔力譲渡を行うような状況ではないと判断された。
しばらく休んでいれば魔力も戻るだろう、と私も周囲の人々も皆がそう考えていたが、何日経っても戻らなかった。
私の異変に、アラスター殿下が医師や学者を呼んで入念に調べてくれたけれど、『原因不明で魔力を失った』という結果しか出なかった。
それゆえアラスター殿下は婚約者のすげ替えを手配するしかなかったのだ。
そうやってドタバタしている内に、三ヵ月が経っていたのである。
「マデリーンが老化やストレスで魔力量が減ることがあると話していたけれど、火炎竜との討伐が私にとってかなり負担だったのかしら……?」
でも、魔獣討伐はいつだって大変で、火炎竜討伐が特別だったわけではない気がする。
アラスター王太子殿下や婚約者である私たち、そして四人の王妃様に回ってくる魔獣討伐は、上位貴族たちでさえ倒すことが出来なかった『災害級』ばかりだもの。
アラスター王太子殿下でも討伐が無理なら『伝説級』となり、いよいよ国王陛下の出番となる。
「義姉様側の話は分かりました。義姉様を診察してくれた医師や学者にもあとで手紙を出して、その時の義姉様の状態を聞いてみます。構いませんよね、お義父様?」
「ああ、勿論だ。私からも一言添えておこう」
スノウは他に、私の最近の睡眠時間や食事量など様々な聞き取り調査を行った。まるで専属医師みたいだわ。
しばらくすると執務室の扉がノックされ、騎士がスノウを呼びに来た。
どうやら領地の外れに魔獣の目撃情報が届いたらしい。
現場に見回りへ行かなくてはならなくなったスノウは「分かった。すぐに行く」と答えると、メモを取っていた手帳を胸ポケットにしまう。
「僕のほうでも、義姉様のように魔力量が激減した事例があるかどうか調べてみます。義姉様は気を落とさないで、屋敷でゆっくり過ごしていてください」
スノウは過去の忌まわしい事件のせいで、魔力に関して調べることが生活の一部になっていた。
昔見たスノウの部屋の本棚には、魔力に関する論文や資料がぎっしりと並んでいたし、王家から没収を免れた亡父の本も手元に置いている。
一度、魔力について調べるのはつらくはないかと彼に尋ねたことがある。
母親に施された実験を思い出してしまうのではないかと、私は心配だったのだ。
その時スノウは、「自分の魔力とは一生付き合っていかなければなりませんから。知識を得ることはとても大事です。もう二度と魔力暴走なんて起こしたくないですし」と言っていた。
スノウは強い男の子なんだなぁと、感心したことを覚えている。
見回りに出掛けようとするスノウの広い背中に、私は声をかける。
「スノウもいろいろと忙しいのに、私の魔力のことまで調べようとしてくれて本当にありがとうございます。あまり無理はしないでくださいね。見回りのお仕事、気を付けていってらっしゃい」
義弟は甘い微笑みを浮かべて、こちらに振り返った。
「大丈夫。無理なんかしていませんから。では行ってきます、義姉様」
退室していく彼を見送ると、執務室は私と父の二人だけになった。
いい機会なので、他家に嫁ぎたい旨を父にだけでも伝えようと思ったのだけれど、「私もこれから仕事だが、ルティナは休んでいなさい」と言われて、退室を促されてしまった。
仕方がない。次の機会にしましょう。
私はその日一日、屋敷の使用人たちに再会の挨拶をして回り、結構楽しく過ごした。




