1:婚約破棄
「ルティナ・エングルフィールド公爵令嬢よ。オルティエ王国王太子である私アラスターとの婚約を、今この時をもって破棄する。その理由は、貴様の魔力量の著しい低下によるものだ。この処置に異論はないな?」
「はい……。異論はありませんわ、アラスター殿下……」
いつもながら眼光鋭いアラスター殿下にひと睨みされて、私はしおしおと頷いた。
オルティエ王国は常日頃、魔獣被害に晒されており、魔力量の多い者が率先して魔獣討伐を行うことで国の安定と平和を維持している国である。
魔力量の多さは一般的に遺伝要素が大きく、王族が最も強大な魔力を保持している。
次点が我がエングルフィールド公爵家を含む四大公爵家であり、侯爵家、伯爵家などと下位貴族が続いて、平民から魔力量の多い者が生まれることは殆ど稀である。
けれど平民の多くは生活魔法に長けていて、農業畜産業商業などを発展させてくれる大事な存在だ。
攻撃魔法や防御魔法にばかり魔力を割いている貴族とは異なる形で、王国を支えてくれている。
それゆえに魔力量の多い貴族は、下々の者を守ることが義務だと考えられてきた。
私も少し前までは、その御役目を真っ当に果たせていた。
けれど、三ヵ月ほど前のある日、急激に魔力が衰え出し、今では殆ど魔法が使えなくなってしまったのだ。
王宮の医師に診察していただいたけれど、「生命とは、人間の身では測り知ることの出来ない神秘ですから」と匙を投げられてしまう始末だ。
これではオルティエ王国を守るために戦うアラスター殿下をお支えすることなど、もう出来ない。
私が彼の婚約者の一人から脱落するのは、当然の帰結であった。
「ルティナ、気を落とさないでちょうだい」
「……マデリーン」
私を励ましてくれたのは、同じ十八歳とは思えないほど他人に気配りが出来る、心優しい従妹のマデリーンだ。
マデリーンはサラサラとした茶色い髪と、薄紫色の瞳をした清楚な美人で、金髪にピンク色の瞳で派手顔の私とは対照的な雰囲気を持っている。
彼女はアラスター殿下の隣に並びながらも、私のことを気遣わしげに見つめていた。
マデリーンは、エングルフィールド公爵家一族から新たに選ばれた婚約者だ。
私の魔力量が激減してしまったせいで、一族から代わりの婚約者を用意しなければならなくなった。王家の魔力量を維持するために、四大公爵家は一族から一人の娘を妃に差し出すことが大昔から決まっているのだ。
国王陛下だけが一夫多妻制度なので、王太子であるアラスター殿下は婚約者が四人いるという状態だ。
それで急遽、私の穴埋めのために分家であるエイベル侯爵家のマデリーンに白羽の矢が立った。彼女は一族の中で、私の次に魔力量の多い娘なのだ。
「慰めていただきありがとうございます、マデリーン。あなただって、急に殿下の婚約者になることになってしまい、とても大変な状況なのに……。マデリーンは昔から心優しいわ」
マデリーンは最近まで魔法学校に通い、才女として名を馳せていた。『将来は魔法学校の教師か、城の上級女官か』などと、一族の間で期待されていたのだ。
それなのに彼女の進路を捻じ曲げる結果になってしまって、本当に申し訳ないわ……。
「私のことより、ルティナのことが心配よ。『老化やストレスで魔力量が減ることがある』という論文を読んだことはあるけれど、こんなに急に減ってしまうなんて……。何か原因に心当たりはないの?」
マデリーンが心配そうに首をかしげる。
彼女の首元でキラキラ光るペンダントに、ふと視線が行ってしまう。
見たことがないペンダントね。新しく買ったのかしら?
大きな魔石を使ったペンダントは、マデリーンによく似合っていた。
「それが、全然ないのです……。でも、仕方がありませんわ。実際に減ってしまったのですから」
私の魔力が減ってしまった原因はまったく分からないけれど、今の私には魔獣被害から民を守る力はないのだから、アラスター殿下の婚約者ではいられない。
長かったような、短かったような、婚約者としての城での暮らしを思い返し、私はアラスター殿下に頭を下げた。
「最後までお役目を全う出来ず、大変申し訳ございませんでした。アラスター殿下とマデリーンのご婚約を祝福いたします」
「ああ。息災でな、ルティナ」
こうして私ルティナ・エングルフィールドは婚約破棄され、久しぶりに実家の公爵家へ帰ることになったのだ。
▽
私は今まで暮らしていた城内の部屋をマデリーンに明け渡すために、荷物を纏める。
マデリーンは「荷造りを手伝うわ」と言ってくれたけれど、彼女は彼女でこれから城で暮らすための打ち合わせをしなければならず、お気持ちだけ受け取らせてもらった。
それに、荷物と言っても大した量はないもの。この部屋は代々エングルフィールド公爵家一族の婚約者が使う部屋なので、家具や調度品は昔から使われてきたものだし、衣装や宝飾品などは王家から割り振られた予算で購入したものなので、このまま王家へとお返しすればいい。血税だもの。
部屋の中の私物を集めると、トランク一つで収まってしまった。
「他の婚約者たちや、騎士団の方々にもお別れを言いたかったのだけれど……。みんな遠征中ですし、今回は諦めましょう」
お世話になった方々にお礼や挨拶をする機会も、そのうちあるでしょう。
私はひとり納得すると、王家に用意していただいた馬車に荷物と共に乗り込んだ。
エングルフィールド公爵領へと向かう私のことを、愉快そうな表情をしたマデリーンが城の窓から見下ろしていたことに、気付きもせずに。
▽
「……ルティナったら、相変わらず人を疑いもしない馬鹿な子ね。まったく気付いてないんだから」
マデリーンは窓に向かって独りごちた。
城側との打ち合わせも無事に終わり、ルティナが立ち去った部屋に案内されて、ひとりで寛いでいるところだ。
(ようやくこの場所が、私のものになったわ……!!)
まるで酒精に酔っているかのような恍惚とした表情で、マデリーンは室内を見回す。ずっとほしくて憧れていた、アラスター殿下の婚約者の部屋だ。
ルティナに会いに来る振りをしながら何度か訪れたことがあるこの部屋は、自分にこそ相応しい場所だとマデリーンは思う。
だって、マデリーンは幼い頃からずっとアラスター殿下をお慕いしてきた。
婚約者がルティナに決まった時は、本当に腹が立って仕方がなかった。
ルティナはアラスター殿下のことを上司のように尊敬していたが、そこに色めいた感情がないことを知っていたから余計に。
(だいたい、ルティナは昔からムカつくのよ。本家の娘ってだけでもチヤホヤお姫様扱いされてて羨ましいのに、華のある美人だから、隣にいると私が引き立て役になっちゃうし! 性格は単なるお人好しの馬鹿のくせに、妙に高貴な雰囲気があるせいで、私に橋渡しを頼もうとしてくる男まで現れるし。まぁ、そういう男は全員、私へ興味が移るように仕向けたけれど! でも、思い出したら、また腹が立ってきたわ……!!)
マデリーンがこの世で大嫌いなものの一つが、『自分よりもステータスが上で、自分が焦がれる程ほしいものをあっさりとに手に入れる女』だ。つまりルティナである。
(でも、ようやくルティナから奪ってやったわ!! これからは、私こそがアラスター殿下の婚約者よ!!)
他の三家の公爵家から、それぞれ選出された婚約者がいることは分かっている。
だが、マデリーンには、アラスター殿下に愛される自信があった。
ルティナの華やかな外見には第一印象で負けがちだが、お淑やかで清楚な自分の外見が他者から好感を持たれやすいことを知っていたし、魔法学校では才女の名をほしいままにしてきた。ルティナのことだって長年大嫌いだったけれど、今日まで上手に『優しい従妹』を演じてきてやった。だから演技力も十分ある。
そして何より――……。
「他の婚約者からも魔力を奪って、蹴落としてやればいいのよ。……ルティナにしてやったようにね!」
マデリーンはそう呟くと、首から下げたペンダントトップに埋め込まれた魔石を弄り、勝ち誇った笑みを浮かべた。
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