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♯5

 会ったことはないけど、先代の綾瀬グループ会長(僕の祖父)には子どもがたくさんいたそうだ。

 そのうち正式な子どもは、僕の父・綾瀬貴司あやせ たかしと父の妹である綾瀬那都芽あやせ なつめの二人。二人以外は他の母親から生まれた。

 そんなふうに、一人の夫に妻が何人もいるという状況を見て育った父も、結局は妻と妻以外の女性を愛するようになった。

(僕は大人になったらどうするんだろう、そもそも誰かに愛してもらえるんだろうか)


 初等部四年の春。

 僕は礼央と、庭の桜でお花見をする予定だった。

「あらあなたたち。お弁当持ってどこかへお出かけ?」

 玄関ポーチで出くわしたのは、ふくよかな体型の那都芽おばさん。貿易会社・社長。

「こんにちは」と礼央が挨拶する。「牡丹桜ぼたんざくらが見頃なので…」と僕が答えた。

「よかったら、うちの娘も仲間に入れてもらえないかしら? 我が家には桜がないの」

 彼女の娘(僕の従妹にあたる)は今年五歳になる。髪を伸ばし、いつも黒っぽい服を着ている。

「お名前は何て言うのかな?」

 初対面の礼央が、しゃがんでたずねた。

「名前はアキ。子ども扱いしなくていい、私は大人だ」


 ソメイヨシノの並木はもうすぐ満開になる。

 休憩所から近い、ちょっとした広場になっているところに、牡丹のように大きな花を咲かせる別種の桜がある。

 僕らはその根本に腰を下ろし、厨房でもらった重箱を広げた。お箸は余分に入れてくれていたので、一人増えても困らない。

「すまなかったな、デートの邪魔をしてしまって」

 話し方がおかしいのは、時代劇にハマっているせいだとおばさんが言っていた。昼の再放送を録画予約し、毎晩見ているとか。

「僕も礼央も男どうしだから、デートとは言わないんだよ、アキちゃん」

 紙コップに注いだお茶を二人の前に置く。

「熱いから気をつけて」

「ありがと隆夫くん」

 昼食も兼ねているため、巻き寿司などのごはん物が多い。玉子焼き、てんぷらなどのおかずも少し。そして外せないのが桜餅。

「ほぉ、このお茶はおいしいな」

「ただの緑茶だよ」

「多田の緑茶か。それはよいものを」

 突っ込んではいけない。無視だ、無視。

 隣で礼央が笑い出す。「アキちゃんおもしろいね」と。

 僕はこの、五つ下の従妹が苦手だった。剣術と柔術の稽古で一緒になるが、自分のことを武士だと信じているのか、真剣さが異常。女の子らしくない。

「ところで那都芽さんは、今日は何かご用事で?」

「親族会議だ。私の小学校を決めるために」

「へー、本家筋のお嬢様だと、学校を決めるのに会議を開くんだね」

 礼央は僕に話を振る。

「隆夫くんのときもそうだったのかな。私立の男子校だよね、通ってるの」

「……たぶん」

 昔のことすぎて覚えていない。

「私が行くのは女子校に決まりそうだ、那都芽が話していた」

「いいんじゃない? アキちゃんかわいいから、お嬢様っぽい制服似合いそう」

「制服がどうより、男嫌いの私にはちょうどよかった」

「アキちゃん、男嫌いなの? どうしてか聞いていい?」

 その割に、礼央には嫌な態度をとっていない。

「私の本来あるべき姿に、何の努力もせず生来なれていることが、妬ましいのだよ」

 今、聞き捨てならないことを言ったか?

「アキちゃん、もしかして男の子になりたいの?」

「なりたいというか、私は男性なのだ。しかし体は女性で生まれてしまった。この姿で生きるしかない」

「外側は本当に女の子なのにねぇ」



 学校で、休み時間は相変わらず一人で過ごしている。

 エスカレーター式に大学まで行けるため、中学受験の勉強などはしなくていい。僕はマイペースに、本や新聞などを開いていた。

「えっ、水沢、彼女できたの? どこで知り合ったんだよ」

「姉ちゃんの高校の文化祭で……」

 聞こえてくる雑音は、完全にシャットアウト。僕は女の子になど興味はなかった。


 あれ絶対付き合ってるわよ


 そんな声が聞こえてきたから、僕は礼央とつないでいた手をさっと離した。

「隆夫くん?」

 不安そうな目を向ける礼央。

 僕たちは休日、CDを買いに街まで来ていた。

「もう、小さい子じゃないんだし」

 僕は十歳だけど、礼央はまだ九歳で、子どもかもしれなかった。

「そうだね。ごめん、ぼく気付かなくて」

「それとさ」

 僕は礼央の長く伸びた髪にふれる。女子ほど長いわけじゃなく、ただ切っていないだけ。耳が隠れていた。

「髪も短くして。僕の隣を歩くなら」

 今のは、何様だと自分でも感じた。

「……うん、そうする」

 僕は自分の立場を利用して、礼央を支配している。

 こんなのは友達じゃない。



 バイオリンのコンクールに出場した。

 同い年で相当なレベルまで行っている子がいて、その子を打ち負かしたいとまでは思わないけど、せめて例年参加賞止まりなのを何とかしたかった。

 指導の先生には毎日来てもらい、学校から帰ると、他の習い事そっちのけで何時間もバイオリンだけに集中した。

 別に、この楽器に対して特別な思い入れがあったわけじゃない。

 何となく、脱皮したい気持ち。今までの僕から。

 せめて何か賞を取りたかったんだ。

 受賞者発表の後、トイレの個室でこっそり泣いた。

 自信がほしかったんだ。小さいことでいいから、何かやり遂げたという結果がほしかった。



 剣術と柔術。護身のために、幼少の頃から僕らは稽古をつけてもらっていた。幸いなことに、これまで誘拐されたことはない。

 五歳のアキは、年上相手でも怯まず向かっていった。小学低学年の男子では、相手にならないほど強かった。

「アキ、今度は僕と対戦しよう」

 一瞬、戸惑いの表情。分かっているのだろう、負かしてはいけない相手だと。

「全力で向かってきていい。遠慮はなしだ」

 いいのか、と小声でアキはたずねる。

「もちろん」

 見事な背負い投げ一本だった。柔よく剛を制すを体現したような。

 畳に打ちつけられたとき、僕はすがすがしい気持ちだった。

 よく分かったんだ、僕は優秀じゃないって。

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