表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/16

♯16【終】

※村西の事情のところで、精神的に相当きつい部分があります。

 お読みになる方は、ご承知おきください。

 アンテナのついた黒い携帯電話を、五条は僕にくれた。外出先でもどこででも話せるので、急に必要になったとき、公衆電話に走らなくてよいと。

 僕がバイトで買い物を頼まれたとき、本当にこの品でいいか迷ったのに、聞かずに買って戻り、失敗したことを知っているからだ。

「私も一台持っていますのでね。何かお困りのときは、かけてきてくださって構いません」

「ありがとう、五条」

「それではお元気で」

 初老の紳士は、来たときと同じスーツケースを引いて、アパートの門を出ていく。

 僕も外の通りに出た。

「たくさん教えてくれてありがとう。五条も体に気をつけて!」

 駅に向かう途中の道で、振り返る執事。

「お帰りをお待ちしておりますよ」



 自由科から南へ、おかず屋などの商店が並ぶ通りを抜けた先に、秋ノ川の土手がある。

 夕方。輝く水面を前にして、僕らは草の上で、さっき買った粗挽きソーセージを食べていた。

「親の転勤が決まって、ついていくことにしたんだ」

 村西くんの両親は、近隣の市に住んでいる。村西くんだけ、今はこのまちに下宿しているそう。

「遠いの?」

 食べ終わった僕は、串を袋に片付けた。

「関西方面らしい。詳しいことは聞いてないけど、近くはないな」

「……」

 僕は、目の前にある枯れたクローバーを見つめる。

「ここへ来たのはよかったよ。勉強を続けられたし、心のリハビリもできた。バイトでだいぶ稼げたしな」

 村西くんは、缶に入った大人の飲み物に口をつける。僕はまだ紅茶しか飲めない。

「リハビリ、効果あったんだ」

「最初来たときは死んでたからな、心が」

 村西くんが普通の学校をやめた事情は知らない。でも何かあったんだろうと思う。

「転勤族でさ、小さい頃からしょっちゅう引っ越し。行く先々でとりあえず仲間に入れてもらう、嫌われないようにって常に気ぃ遣いながらな。けど、時期が来たらさよならだ。もういっか、って、みんなと仲良くするのを放棄することにしたんだ――中二のとき」

 僕は黙って、彼の話を聞いた。

「クラスでいじめられてるやつがいた。いじめを通して、クラスがまとまってる感じ。あれは思い出しても最悪だな」

 想像できる。僕だって学校を知らないわけじゃないから。

「おれはそういうのに加わりたくなかったし、そいつのことも別に嫌いじゃなかった。席が隣で、親切にしてくれたしな。話してるうちに好きなマンガや音楽が同じだと分かって、仲良くしたかったんだ、そいつと」

「うん」

「でもあいつらは、それがおもしろくなかった。いじめる側におれを引き入れようとしてさ。キツいこと言って断ったんだ、そしたらおれがターゲットになった」

「……」

 人が多いとそういうことがある。いろんなやつがいる。汚いやつも。

「教科書隠されたり、帰るとき靴が泥まみれになってたり。そういうの鬱陶しかったけど、おれはそんなんでへこたれたりしないしな。屈服はしなかった――給食に毎日ごみ入れられて、食えなくて午後はいつも腹すかしてたけど」

 先生はきっと、気付いてて何もしなかったんだろう。怖いものを目の前にして、足がすくむのは大人だって同じ。

 そういう人間に、なる自信が僕はあった。だから人の上に立つ仕事なんてしちゃいけない。

「あるとき川に連れてこられて」

 村西くんは、水の流れに目をやった。

「橋から突き落とされた」

「えっ」

 僕は慌てて村西くんを見る。

「助かったけどな。通りかかった大人が、気付いて川に飛び込んで、助けてくれた。だいぶ水飲んでたし、しばらく入院は必要だったけど」

「助かってよかった」

 ほっとする。今、村西くんが隣にいることに。

「でもあいつは――おれを突き落とせと命じられたやつは、おれが水の中でもがいてるのを見て、死ぬと思ったんだろう。流れが急で、深いところだったし。罪の意識もあったのか、気が動転して、そのまま走り出して」

 瞬間、僕は耳をふさいだから、村西くんの言葉を最後までは聞かなかった。

 予想できる、その先のこと。

 しばらくしてから、僕は手を下ろした。

「……ごめん」

 僕にとっては聞きたくないことでも、村西くんにとっては、実際に起きたこと――心が破壊された原因。

「いや、こっちこそ」

 村西くんは太陽の方に顔を向けた。

「おれらの年代ってさ、箸が落ちても怒りたくなるほどイライラしたり……大人の更年期みたいな、何かの病気かもしれないけど。この時期、集団でいる怖さって確かにあるんだよ。だから、一人になりたかった。一人じゃなくても、人数少ないとこに」

 それから村西くんは、少しぬるくなっただろう缶コーヒーを、ゆっくり味わった。長い息を吐く。

「あいつの家に線香上げに行くとか、今はまだできそうにない。向こうの親も拒絶するかもしれないし。正直、心の整理なんてついてないんだ。一生無理かもしれない。それでも、元の世界に戻らないと――このやさしい世界から」

「村西くん……」

 卒業するんだ、彼は。それは僕もいつかの目標にしないといけないこと。

「綾瀬」

 先輩っぽい、先に行く人みたいな表情。

「おれ気が弱いからさ。次行くとこがカオスじゃないよう、祈っててくれよ」

「うん!」



 公園で、一人ぼっちで食べる昼ごはんには慣れた。

 村西くんがすげーと言ってくれた照り焼きチキンサンドを、今日も作って持ってきた。

 紅茶を飲み、傍らに置いた本を取って開く。

 ――がんばって、隆夫くん

 そう書かれた、ツユクサのしおり。

 春に摘んだのを、時間をかけて押し花にし、郵便で送ってくれた。昨日届いたんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ