♯14
自由科には運動場はあるが、体育館はない。プールもない。
そのため体育の授業を受けるのに、バスに乗って移動する必要があった。今日は市立体育館でバドミントン。
僕がサーブを打つと、村西くんは強く速く返してくる。僕は床まで数センチというところですくい上げ、ネットを越えさせる。それをまた村西くんが打ち返して、僕がシャトルを追いかけ……。
「長いラリーだったな。本気出してくれていいんだぜ」
汗をタオルで拭きながら、村西くんが言った。
「えっ」
「おまえ気付いてないのか。無意識にやってるんだったら、逆にすごいけど。おれが打ちやすいように、調整して返してくるだろ。本当は勝てるのに勝とうとしない。気ぃ遣ってくれてんのかと」
「そんなんじゃないよ」
勝つことに興味は、あまりないけど。
「綾瀬くん! 次こっち来て」
他のコートにいる女の先生に呼ばれた。
じゃあ、と今の対戦相手に挨拶して、僕はまた次に向かう。
「広喜くんが綾瀬くんともう一度組みたいそうなの。いい?」
今日の授業で、最初に組んだ子だった。園田くんは六年生。
「喜んで」
運動場は、今日は野球か。
窓から外を眺め、僕は中二の勉強を再開する。
中一の修了試験には、この前合格した。大したことじゃないのは分かってるけど、それでも僕ががんばったあかし――形としてもらえるのはうれしいもの。
ふと気付くと、目の前の女の子が、算数の文章題を前にして考えこんでいた。声は出てないけど、顔が唸ってる。
この子とは、口を聞いたことがない。おはようも言う仲じゃない。
「……」
どうしても分からなければ、職員室にいる先生のところへ行くだろう。
別に僕は頼まれてないし、余計な手出しはしない方がいいかもしれない。
でも――
「教えようか?」
口にした後、心臓がドッ、ドッ、ドッ、ドッ、と強く鼓動するのを感じた。後悔する。自分で自分を追いつめてどうするんだ。
「分かるの?」
その子はとても驚いた顔をした。
「中学生だから」
僕はものすごく緊張していたけど、その子はそうでもない様子で、解いていた問題集を僕の方に向けた。
「ここ」
指された問題を、ぱっと見て頭に入れ、真っ白な計算用紙に式を書いていく。どうしてこの式が出てくるかも、彼女に説明した。
「すごい。よく分かった。先生になったらいいんじゃない?」
宮城春香ちゃんは、僕に希望をくれたんだ。
昼休憩を、今日は自由科の外で過ごした。
中等教育科から通りをはさんで反対側の、緑地公園。木陰のベンチで、村西くんと一緒に。
「すげぇ、これあの店と同じ味じゃん!」
通り沿いにあるファーストフード店のサンドイッチを、真似して作ってみた。使われている野菜の種類は、控えめな数にして。
「村西くんが食べてるの、おいしそうだったから。買うと高いよね。でも自分で作ると半分ぐらいの費用で済む」
「具材は見たら分かるとして、味の再現どうやったんだよ」
「食べてみて、何となくこれかなと思うものを使ったんだ。ああ、僕一人の力じゃないよ。家に料理の先生がいるから」
「それでもすげーよ。マジ天才」
言いながら村西くんは、照り焼きチキンを頬張った。
「家政夫のバイトに応募してみようと思ってて。そろそろいいかな」
料理は化学です、とのたまう先生の言葉通り、僕はその法則を少しは使えるようになってきたと思う。
既存のレシピを見て、これでは味が濃くなってしまうと感じたとき、調整できる程度には。
「コックの方がいいんじゃないか? これだけ料理極めてるんなら」
「それもいいけど」
ただ皿を洗うだけのバイトとか、弟子入りコースとか。その方面でも道は拓けている。
「困ってる人の手伝いをしたいから」
家事が苦手な人、家事をする時間がない人。誰かの役に立ちたい。
「きらきらしてんな、おまえ」
「え……?」
僕は村西くんをじっと見る。
「いい変化だ。ここに来て正解だったな」




