♯13
村西くんとお昼を食べた。僕は五条が持たせてくれたハムサンドと玉子サンド、村西くんは近くの店で買ってきた照り焼きチキンサンド。
一階には食事をするための部屋もあるけど、僕らは外のデッキで風に吹かれながらこの時間を過ごすことにした。
テーブルなどはなく、板の上にじかに座っている。少しお尻が痛い。
「同級がこの前卒業したからさ、年近い子が入ってくんのは単純にうれしい。まあ、事情あるやつが増えるのは、いいことじゃないんだろうけど」
「……」
この自由科を出ていくのはいいことで、入ってくるのは悪いこと。そういう認識。
「きみもいつか、卒業するの?」
僕は村西くんにたずねた。緊張するとことばが出なくなる僕だけど、たぶん彼のことは敵と見なしてないんだろう、直感が。
「そりゃあいつかな。というか今年中。高校は普通のとこ行くつもりだし」
「そう」
少しさびしいかもしれない。僕に話しかけてくれた唯一の人だから。
「綾瀬は、しばらくここにいるつもりか? てか入ってきたばかりだから、先のことは分かんねーか。悪い」
リーフレタスとハム、チーズをはさんだパンを食べ終わってから、僕は返事をする。
「先のことは分からないけど。今はここで、せめて中学課程をやりきることが目標なんだ。あとは、周りの他人に慣れること」
「綾瀬って人間嫌い?」
シンプルな問いを村西くんはぶつけてくる。
「嫌いというか、怖いんだよ。僕は弱いから、ほとんどの人は恐竜に見える。ティラノサウルスみたいな、肉食の」
あっはっはっはっは、と村西くんは笑った。
「いやごめん、つい。ティラノって、おまえ恐竜好き?」
「恐竜は怖いんだよ。でっかくて、僕を食べようとする」
「誰もおまえのことなんか食わないって。少なくてもここにいる連中はな」
村西くんの目元には涙。笑いすぎだ。こっちは真剣に話してるのに。
「前いた世界では、ただ人が怖かった。ここはどうか分からないけど、怖くなかったらいい」
村西くんは水筒のお茶を飲んだ後、息を吐く。
「誰もおまえを傷つけたりしないさ。いるのは痛みを知ってるやつばかりだからな」
砂漠のような黄色い土の運動場を真っ直ぐ見つめ、彼はそう言った。
きみも何かに傷ついたの、と聞きたかったがやめた。それは、ルール違反。
自習室兼図書室。僕は窓際のテーブルで勉強している。
四人掛けだが座っているのは僕ともう一人。アキぐらいの年の女の子。午前中は算数や国語の問題を解いていたが、午後は読書と決め込んでいるよう。
他のテーブルも同じように、一人か二人が着いている。今、頭を丸めた男の子が、教科書・ノートを持って部屋を出ていった。
(静かだ……)
出納簿のつけ方を、五条に習った。
スーパーなどで買ったものを一品ごと書く必要はないが、レシートを貼り付けたりして、何をいくらで買ったか分かるようにしておくとよいとのこと。
「野菜の値段は時期によって変わりますのでね。一年中、同じものを使うのでなく、季節ごと安いものを使うことにすれば、家計が助かります」
そのためには、時価を把握しておく必要があるということか。
「ねえ、僕、バイトしてもいいかな」
つぶやくような声で、僕はたずねた。内心、反対されたらどうしようと思っている。僕は五条のことも決して怖くないわけじゃないんだ。
「それは、収入を補うためですか?」
めがねを少し持ち上げる五条。
「収支を合わせるために、支出を抑えないといけないのは分かってるよ。支出のために収入を増やしたいわけじゃないんだ。ただ、もう少し人と関わりたい。誰かと話したい」
「なるほど」
執事は口元に笑みを浮かべる。
「それはよい考えですね」
村西くんは、新聞配達の仕事をしていると言っていた。お金のためじゃなく、生活のリズムを守るためらしい。普通の学校と違うから、自己管理は自己責任。
そういう仕事って、どうやって見つけるの? 僕がたずねると、一つ上の先輩は教えてくれた。役所に行けば掲示してあるって。
本町駅から南へ、大通りが一本抜けている。
西側に欧立学園初等科、中等教育科(中学高校を併せたもの)、大学の総合キャンパス。横断歩道を渡れば自由科。
東側には市立図書館があり、市役所、公園、大学の医療キャンパス、飲食店・ブックセンターなどが並ぶ。
僕は今日、欧立市役所にやってきた。
子ども課というところに足を踏み入れると、待合の椅子に小学生や中学生の姿が見られた。
「園田広喜くん」
自習室で見た、丸刈りの子どもが長椅子を立って窓口へ向かう。
「市民証を見せてくれる?」
職員は彼が差し出したカードのバーコードを読み取り、画面と本人とを見比べて、人物確認をする。
「はい、今月のお給料ね」
「ありがとうございました」
封筒を受け取った彼は、僕の前を通り、通路を歩いていく。
(あの子も仕事をしているのか)
お伺いしましょうか、と声をかけられ、僕は男性のいる窓口へ。
「あの、バイトを探しているんですけど」
「そちらの掲示板に張ってありますし、そこのラックにも持ち帰り用を置いていますので、ご自由にご覧ください」
気がつかなかった。掲示は真後ろにあった。
「どうも」と会釈して、僕は壁のコルクボードに目をやる。
視覚障害者の外出の付き添い、スーパー・クリーニング店などの配達、老人ホームの手伝い……。
(選択肢はいろいろあるんだな。時給は、時価を知らないから、多いのか少ないのか)
そのとき目についたのは、料理という文字だった。
掃除、洗濯、料理――今僕が練習していること、そのものだ。
(まだ、人様に食べさせられるレベルじゃない。でもいつか……)
三段階段を下りてくると、気持ちのいい五月の風が吹いていた。
日の光を浴びて、桜の新緑がきらきらと輝く。きれいだった。




