♯11 欧立市
車でなく、バスと電車を乗り継いで、新しい街に向かった。誰かが迎えに来なくても、いつでも一人で帰ってこられるように――五条がそう言っていた。
(アキにできることは、僕もできなくちゃいけない)
欧立市は都の西の方に位置する、他と比べて小さなまちだ。あざみの町、本町、椎野町から成る。
あざみのは駅周辺が企業街・ショッピングタウンになっていて、何か欲しいものがあるとき、そこに行けば必ず買えるとのこと。明日、服を新調しに行きましょうね、と五条。
本町は市の中心。役所があり、欧立学園の本校もすぐそばだ。僕が通うのはそこじゃないけど。
椎野は農業を主体としている。作っているのは米、野菜、花など。食糧を担うので、市で最も重要な町ということだった。
大きなスーツケースとともに、僕らは本町の駅で降りる。
「アパートはすぐそこですよ」
無人駅のホームの階段を下りているとき、どこかから合唱の声が聞こえてきた。
駐車場のある一棟建て集団住宅。従業員宿舎より小さい。
三階まで上がり、端にある居室が僕の家らしい。表札にAyaseと書かれている。
「このカードでドアを開けるんです。鍵ですから無くさないように」
「うん」
中は狭い。廊下の左右に何かの部屋がある。
「こちらがトイレ、洗濯室とバスルーム。反対側の部屋は、ここにいる間、私が使わせていただきますね」
最初の三か月、五条が一緒にいてくれることになっていた。
「そして奥へ入りますと、ダイニングキッチン。このドアから隆夫様のお部屋へ行けます」
僕はフローリングの上を歩き、示されたドアを開ける。
南向きで日が差していた。先に届いた段ボール箱いくつかを除き、何もない。
「ベッドや机などは、後で買いに行きましょう」
駅に近いアパートは、移動に便利だ。行きたいときにすぐ行ける。
僕らは電車で一区間の、あざみのに向かった。
「あまりに小さな部屋で驚かれましたか?」
揺れる車内で、五条がたずねる。
「そんなことは……」
僕はもう無価値なのに、ここで暮らす費用は全部綾瀬家に出してもらっている。贅沢は言えない。
「一人暮らしなら、掃除が楽な方がいいとおっしゃいましてね、旦那様が――着きました」
ドアが開き、「行きましょう」と五条は僕を促した。
まずは食事からと、喫茶店に入った。礼央以外とこういう店に入るのは初めてで、何か違和感があった。出されたホワイトスパゲッティはおいしいのだけど。
「……」
通りを行き交う人を眺めながら、僕は自分の世界に入っていた。
知らない街。だから不安というわけじゃない。屋敷にいた頃、僕は学校や習い事、礼央との外出以外で、家から出ることがなかった。ここであれ、他の場所であれ、馴染みがなくて心細いのはきっと同じ。
「貴司様は――」
五条の声で、現実に引き戻される。
「高校生の時分、お一人で暮らされていました。学校の近くに小さなアパートを借りて」
そんな話は初めてだった。
「最初の頃は大変だったようですよ。食事の支度も、掃除も洗濯も、全く経験がなかったそうなので。けれど、徐々に慣れていったそうです。多少手を抜きながら、何とか生活を回していけるようになったと」
五条は微笑んでいた。
「ですから隆夫様も、じきに覚えられるでしょう。心配されることはありません」
「……うん」
それよりさびしさでどうにかなってしまわないか、そう思っていた。
「ねえこれにしよ? ほら、ふっかふか」
「ちょっと高いんじゃないのか」
インテリアの店に来た二十代のカップル。ソファを物色している。
「でも座り心地は大事でしょ。浩太も座ってみて」
「……そうだな、悪くはない」
僕は小さく息を吐いた。
礼央と、あんなふうに新婚ごっこをしてみたかった。彼はついてきてはくれなかったけど。
「隆夫様、あちらでよさそうな机を見つけましたよ」
「本棚も買っていい?」
「もちろんです」
僕は五条と、アパートに置く家具類を探した。




