私の彼女がオタクすぎてつらい
休日の午後、私はリビングのソファでゴロゴロしながら、ルミナの雑談配信を聞いていた。
最近、仕事の合間や寝る前にルミナの配信を流すのが習慣になっている。理由は単純。聞いていると落ち着くから。
今日の配信はいつもの雑談回。ルミナはリスナーのコメントを拾いながら、自然体で話をしている。
「え、卒業を考えたこと? うーん……あるよ?」
何気なく聞き流していた私は、一瞬、耳を疑った。
(えっ……?ルミナが、卒業を考えたことがある……?)
意外すぎる発言に、私はスマホを握りしめる。
画面の中のルミナは、落ち着いた口調で話し続けた。
「VTuberって、楽しいこともたくさんあるけど、大変なことも多いからね。続けることが正解とは限らないし、やめたほうがいいのかなって思ったこともあるよ」
コメント欄がざわつく。
「ルミナがやめるなんて考えられない!」「そんなこと考えてたの!?」と驚きの声が流れていた。
「でも、結局こうして続けてるのは……やっぱり、みんながいてくれるからかな?」
ルミナは少し笑いながら、さらっと言った。
「誰かが待ってくれてるって思うと、頑張ろうって思えるんだよね」
私はスマホを見つめながら、じわじわと胸が熱くなるのを感じていた。
(ルミナって、すごいな……)
ずっと第一線で活躍し続けているのは、才能や努力だけじゃない。
リスナーのために続けようと思える、そんな強さがあるからこそ、今もVTuberとして輝いているんだ。
「……ねえ、真希」
思わず、近くでスマホを見ていた真希に話しかけた。
「ルミナ、卒業を考えたことがあったんだって」
「うん、知ってるよ」
……即答。
「えっ、知ってたの?」
「昔の配信でも話してたことあるし、それっぽい時期もあったから」
さすが、最推しのことは何でも把握しているオタク。
「でもさ、ルミナって完璧に見えるのに、そんなことで悩むことあるんだね……」
私が感慨深げに言うと、真希は画面から目を離さずに軽く答えた。
「そりゃ、あるでしょ。だって人間だもん」
「それはそうだけど……」
「完璧に見える人でも、見えないところでいろいろ悩んでるもんだよ。私だって、仕事やめたいって思うことあるし」
さらっと言われた言葉に、私は思わず目を瞬かせた。
「え、真希って仕事やめたくなることあるの?」
「あるよ?」
真希は淡々と言った。
「まあ、やめないけどね」
真希はいつも、どんなに忙しくても当たり前のように仕事をこなし、推し活を全力で楽しんでいる。
でも、それって簡単なことじゃない。
「推し活するには、お金がいるからね」
「えっ、そこ?」
「半分はね。もう半分は、まあ……私のことを頼りにしてくれる人がいるから、かな」
真希は、少し照れくさそうに笑った。
「ほら、私、仕事でサポートとかする側じゃん? だから、たまに『助かりました!』とか言われると、『ああ、やっててよかったな』って思う」
「……そっか」
私は、ルミナの言葉を思い出していた。
――「誰かが待ってくれてるって思うと、頑張ろうって思えるんだよね」。
それって、真希も同じじゃない?
ルミナがリスナーのために続けるように、真希も「誰かの役に立つこと」を理由に仕事を続けている。
そして、疲れていても「推しのために頑張ろう」と思える強さを持っている。
(ルミナもすごいけど……私にとっては……)
真希は私の「オタクとしての道」を開いてくれた人だ。
私がVTuberに興味を持つきっかけになった人。
そして、いつも隣にいて、当たり前のように支えてくれる人。
「……やっぱり、私の一番の推しは、真希かも」
思わず口に出した瞬間――。
「えっっっっ!?」
ゴトン。
真希がスマホを落とした。
「い、今なんて言った!?」
「え、いや……?」
「いやじゃない!! もう一回言って!!」
「言わない!!」
「ええー!?」
真希はこれ以上ないくらいの笑みを浮かべている。
「ちょ、待って、今の録音してない!! もう一回!!」
「うるさい!! そういうノリがオタクなんだよ!!」
◇
夕方になり、私は真希と一緒にソファに座り、ルミナの最新配信を観ていた。
いつも通り、コメントを拾いながら軽快に雑談を続けるルミナ。
「いや~、やっぱルミナちゃんはすごいな……」
隣で真希が頷きながら、画面を食い入るように見つめる。
すでにスパチャ欄は賑わい、視聴者たちのコメントで埋め尽くされていた。
「ほら、今のコメントの拾い方! 一瞬で笑いに持ってくし、テンポも最高!」
「ほんとだ……」
私は頷きながらも、さっきの出来事を思い出していた。
なんというか、恥ずかしすぎる。
(いや、私は何を考えてるんだ……)
配信に集中しようとしたそのとき――。
「……ふふっ」
真希が小さく笑った。
「な、なに?」
「いや、やっぱりあんたの言葉、録音しておくべきだったなって思って」
「しつこい!」
私はクッションを投げつける。
それを受け止めながら、真希はニヤニヤと笑った。
「だってさ~、『私の一番の推しは、真希かも』って~」
「もう言わないからな!? 一生言わないからな!!」
「そんなこと言うと、また言わせたくなるじゃん」
「性格悪い!!」
私はもう一度配信に集中しようとする。
でも、隣の真希はまだ私を見てニヤニヤしている。
(なんなの、この幸せそうな顔……)
ふと、ルミナの配信の中で、彼女がこう言った。
「みんな、お仕事とか勉強とか、お疲れさま! 推し活ってさ、ただ好きなものを楽しむだけじゃなくて、頑張る理由になったりするよね」
その言葉に、私は少しドキッとする。
「私もね、みんながいるから頑張れるっていうか……。推してもらえるから、もっといい配信をしようって思うんだよね」
コメント欄には『わかる』『推しがいるから生きてる』『ルミナちゃんありがとう!』と共感の嵐が流れる。
そして、真希が小さく呟いた。
「……そうなんだよな」
「え?」
「推しってさ、ただ応援するだけじゃなくて、こっちの支えになってくれるんだよ」
真希は少し画面を見つめながら、ぼんやりと言う。
「仕事で疲れてても、『配信があるから今日も頑張ろう』って思えるし、推しの新作グッズのために『もうちょっと残業しよう』ってなるし……」
「……うん」
「それって、すごいことじゃない?」
私はその言葉を聞いて、改めて思った。
私も、ルミナの配信を見て元気をもらったことが何度もある。
そして、何より――。
私にとって、真希が一番の「頑張る理由」だった。
「……そうだね」
私は少しだけ、照れながら言った。
「推しがいるから、頑張れる」
「うん」
真希が、にっこりと微笑む。
その瞬間、私はふと思った。
(ああ、やっぱり……)
私の「一番の推し」は、最初からずっとそばにいたんだな。
彼女がオタクすぎてつらい。でも、そんな彼女が一番好きだから、それでいい。
――今日も二人で仲良く推しを見守る。
そんな日常が、これからも続いていく。