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彼女が配信中もうるさすぎてつらい

 スマホを握りしめたまま、私は深呼吸をした。


(……よし)


「ね、ねえ真希」

「ん?」


 ソファでスマホをいじっていた真希が、こちらをちらりと見る。

 その視線に、私はなんとなく居心地が悪くなりながら、それでも意を決して言った。


「あのさ、今日……恋ちゃんの生配信、一緒に見ない?」


 真希の手が止まる。

「……え?」

「いや、あの、ほら、七周年記念だし、すごい配信になりそうじゃん?」


 言葉を選びながら、なるべく自然に聞こえるように頑張る。

 本当は、ただ単に「好きなものを恋人と共有したい」という気持ちがあっただけなんだけど、それをそのまま言うのはなんとなく照れくさかった。


 真希はじっと私を見つめたあと、小さく笑った。

「……ふーん。珍しいじゃん」

「何が?」

「自分からそういうこと言うの」

「そ、そうかな?」

「うん。ま、いっか。一緒に見る?」


 そんな軽い返事に、私はほっと息をついた。



 少し大きめのタブレットに、YouTubeの待機ページが表示されていた。

 二人でソファに座り、クッションを抱えながら画面を見ていた。


「開始まであと1分……」


(……なんか、緊張する)


 私はクッションを抱きしめていた。

 恋の配信をリアルタイムで見るのは、実はこれが初めてだった。

 今までは録画を後で見ていただけだったから、「生で推しの配信を見る」という感覚が新鮮だった。


(……真希と一緒に見るの、どうなんだろ)


 隣を見ると、真希は特に興奮するわけでもなく、いつものように落ち着いていた。

 むしろ、私のほうがそわそわしている。


 そして、待機画面から切り替わった。

 豪華なパーティー会場の背景とともに、彼女が登場する。


「みなさん、こんばんは。桐崎恋です」


 淡々とした声が、部屋に響く。

 それだけで、なんだか胸が高鳴った。


「今日は七周年記念ということで、特別な配信です」


 コメント欄が一気に流れ始める。


『七周年おめでとう!』

『恋ちゃんについてきてよかった!』

『これからもずっと推します!』


(……すごい)


 視聴者の熱量が、画面越しでも伝わってくる。


(こういう雰囲気、いいな……)


 ――そう思った瞬間だった。


「今日は特別ゲストがたくさん来てくれています」


 恋がそう言うと、真希がピクリと反応した。

「……ゲスト?」

 その声が、少しだけ鋭くなる。



 最初のゲストが登場する。


「やっほー! 恋ちゃん、七周年おめでとう!」

 巫女服を着た元気いっぱいのVTuberが現れる。


「えっ……嘘でしょ……神楽マイ!? ちょっと待って、これ、すごくない!?」

 真希の声が一気に弾ける。


(か、神楽マイ……?)


 私はついていけず、ぽかんと画面を見つめる。


「ねえ、すごいよ!? これはマジでレジェンド級!!」

「そ、そうなの?」

「そうだよ!! だってマイちゃんって、VTuber黎明期からの『バーチャル四天王』の一人で――」


 そこから、真希の解説タイムが始まった。

 どれくらいすごいのか、過去のコラボの経緯、恋との関係性、ファンの反応――。

 詳細すぎる情報が、私の頭に次々と流れ込んでくる。


(な、なるほど……つまり、すごい人ってことね……)


 私はひとまず、そう理解することにした。



 そして、次のゲストが登場する。


「ふふ、七周年おめでとうございます、恋さん」

 今度は、銀髪ゴシック系の美しいVTuberが現れた。


「……っ!? え、嘘でしょ!? 白夜ルリカまで!? なんでこんな豪華なの!?」

 真希のテンションがさらに上がる。


(し、白夜ルリカ……?)


 私が戸惑っていると、またしても詳細な解説が始まる。


「ルリカ様はね、完璧なロールプレイを貫いてるVTuberで、絶対に素を見せないの!! 他の人の配信には滅多に出なくて――」


 またしても、情報量の洪水。


(……あの、記念配信、普通に見たいんだけど……)


 私は画面を見つめながら、じわじわと焦り始める。

 桐崎恋の記念配信を楽しみにしていたはずなのに、今はほぼ、真希の解説を聞く時間になっていた。


 そして、その後も次々と豪華ゲストが登場し、そのたびに真希のテンションは上がっていく。


「えっ、エダマメくんも!? え、ヤバくない!?」

「いや、ちょっと待って……私の心臓がもたない……」

「ねえ、これ全員の動画見なきゃダメじゃない!?」


「記念配信をちゃんと……」

 完全に置いていかれる私。


(……やっぱり、一緒に見ようなんて言うんじゃなかったかも)


 画面の中では、次々とゲストが登場し、桐崎恋を祝福している。

 それなのに――私は、ほとんど何も頭に入ってこなかった。


 なぜなら。


「え、え、ちょっと待って! 今の会話、やばくない!!? これ、もしかして伏線!? え、これって……えっ、ちょっと整理させて……!!」


 隣で真希が、全力でオタク語りを爆発させているからだ。



「いやー、まさか杜野カナデまで来るとは思わなかったよね!」

「……誰だっけ?」


「えっ!? ウソでしょ!? カナデちゃん知らないの!? もう超歌うまVTuberとして界隈ではレジェンド級だよ!? しかも、ルミナと同期でデビューしたから、オタクの間では“因縁の二人”って言われてて――」


 説明が始まった。


 私はうんうんと頷きながら、記念配信を見ようとするが、真希の情報量が多すぎて目と耳が忙しい。


(ルミナの同期……そうなのか……)


 ようやく話の流れを把握した頃には、もう次のゲストが登場していた。



「さて、次のゲストですが――」

「お邪魔しまーす!」


 元気な声が響く。


「えっ!? まさかの風見ノア!?」


(えっ、今度は誰?)


 私が戸惑っていると、真希はもう説明モードに入っている。


「ノアちゃんはさ、もともとめちゃくちゃガチゲーマーで、プロチームにいたんだけど、VTuberになってからも最強で――」

「うん、うん……」


(ゲームが強い人……?)


 しかし、その説明の途中で、真希が急に黙った。


「……いや、ちょっと待って、これヤバいかもしれない」

「えっ、何が?」


「だってさ、ノアちゃんって、ルミナともめっちゃ仲いいのよ。でさ、最近、桐崎恋もゲーム配信してるじゃん? これ、もし3人でコラボすることになったら、界隈大騒ぎじゃない?」


 私には、そのすごさがまだよく分からない。

 でも、真希のテンションの上がり方を見るに、たぶんものすごいことなんだろう。



 もう配信が終わろうとしていた。


「今日はたくさんの方に来ていただいて、本当にありがとうございました。最後に、これからも応援よろしくお願いします」


 恋の締めの言葉に、コメント欄が一斉に盛り上がる。

『7周年おめでとう!』

『これからも推す!』

『最高の配信だった!』


 私もスマホを手に取り、「おめでとう」とコメントを打ち込む。


 しかし――。


「はあ……はあ……」

 隣の真希は、まるでフルマラソンを走り終えた後のような息遣いになっていた。


「ちょっと……情報が多すぎて、頭がパンクしそう……」

「……私も」

「ねえ、今すぐアーカイブ見直さない?」

「……いや、もう今日は無理……」


 真希を見ていて、ふと思った。


(こういうのが、“理想のオタク”なんだろうな)


 興奮して、語って、感想を分かち合う。

 だけど、私はまだ、そこまでの境地には達していない。


 恋の配信は楽しかった。

 だけど、情報量が多すぎて、正直ほとんどついていけなかった。


(……もっと知りたい、かも)



 自分の家に帰ると、私はスマホを開いた。


 バーチャル四天王。

 今日の配信中、真希がやたらと強調していた単語。

 VTuber界のレジェンド級の人たちのことらしいが、私にはさっぱりだった。


 何となく気になり、検索してみる。

 いくつかの記事が出てきた。

 そこには、「黎明期に活躍し、現在も語り継がれる存在」と書かれている。

 それぞれの名前をクリックすると、活動内容や影響を与えたライバーについての詳細な解説が出てきた。


 これまでは、VTuberといえば、単に「ネットの配信者」というイメージしかなかった。

 でも、こうして読んでみると、最初期の彼女らが「どういう文化を作り上げたのか」が、何となく分かる気がする。


(VTuberにもたくさんの人がいて、たくさんの歴史があるんだな)  


 そう思いながら、私はさらにページをスクロールした。


(……もう少しだけ、調べてみようかな)


 そのまま、私は深夜までスマホを手放せなくなった。

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