表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/9

彼女がデート中も推しの話ばかりでつらい

 デートのときくらい、“私との時間”を楽しんでほしい。

 そう思うのは、心が狭いのだろうか。


 そんなことを考えながら、私はショッピングモールのフードコートで目の前の彼女――宮園真希を見つめていた。


「ねえねえ、今日のルミナちゃんのツイート見た?」

「……またそれ?」

「だって、めっちゃ可愛かったんだよ! ほら、見て!」


 スマホを突き出してくる真希。

 私は無言のまま、それを受け取る。


 画面に映っていたのは、ルミナの投稿した一枚の画像。

 自宅と思しき机に並ぶパンケーキとコーヒー、それに添えられた「もぐもぐルミナだよ~☆」という呟き。


「可愛くない!? ルミナちゃんが朝ごはんの写真を載せてくれるだけで、一日が最高のスタートになるよね!」

「いや、ただのパンケーキじゃん……」


「違うの! この角度とか、添えてあるナプキンの折り方とか! あとカップのブランドが前回の配信で言ってたやつなの!! つまり、ルミナちゃんは私たちリスナーとの会話をちゃんと覚えてくれてるってこと!! エモくない!?」


「……もういい、わかったわかった」

 スマホを返しながら、私は深いため息をつく。

 やっぱり今日もこの調子か。


 今日は久しぶりのデートだ。

 お互いの仕事が忙しく、なかなか時間が合わなかったけれど、ようやく休みが重なった。

 たまにはゆっくり二人で過ごそうと誘ったのに、結局真希の口から出てくるのは推しの話ばかり。


「……はぁ」

 もう何回ため息をついたかわからない。

「真希、さっきからルミナの話ばっかりじゃん」


「えっ? そう?」

「そうだよ。せっかくのデートなんだから、もっと普通の会話しない?」


「普通の会話……?」

 真希は少し考え込んだあと、「うーん」と唸った。


「じゃあさ、君は最近ハマってるものとかないの?」

「え?」

「私はルミナちゃんだけど、君にも何かあるでしょ?」


 唐突に話を振られ、私は少し戸惑う。

 改めて考えると、何かに熱中することなんて、最近はほとんどなかった。


「……特にないかも」

「えー、つまんない!」

 真希があからさまにガッカリした顔をする。


「なんかないの? ゲームとか映画とか、本とか!」

「……うーん」


 少し考えて、ふと最近見た配信ドラマの話をしてみる。


「あ、そういえば、この前ちょっと気になってたドラマ見たよ」

「へぇ! どんなやつ?」

「サスペンス系のやつで、ラストが衝撃的だったんだけど――」

「えっ、それって伏線回収系!? ルミナちゃんもそういうの好きなんだよ!」


 しまった。

 うっかり話を振ったせいで、またルミナの話題に持っていかれた。


「この前も配信でさ、『伏線が綺麗に回収される話って気持ちいいよね』って言ってたの! やっぱりルミナちゃんってセンスいいよね~!」


 もう私の話は完全に終わっていた。

「はぁ……」

 また、ため息。


「ねえ、真希」

「ん?」

「たまにはルミナ以外の話しない?」

「えー?」

「ほぼ全部推しの話じゃん」

「だって好きなんだもん!」


 真希はケロッと言いながら、ドリンクのストローをくわえる。

 その言葉を聞いて、私は少しイラッとした。


「私といるときくらい、ちょっとは控えてよ」


 真希の表情が、一瞬だけ曇る。

 私は、しまった、と思った。

 言い方がキツすぎたかもしれない。


 でも、私は本音を言っただけだ。


 数秒の沈黙。

 真希はストローから口を離し、グラスを手の中でくるくると回す。


「……ねえ、君さ」

「なに」

「私が推しの話してるの、そんなに嫌?」


 嫌、というより。

 ずっと同じ話題ばかりで、少し疲れる。

 もっと普通に、デートっぽい会話がしたい。


 そう言おうとしたけれど、言葉にする前に、真希が小さく笑った。


「でもさ、好きなものを語ってるときの人間って、魅力的に見えるって言わない?」


 それは。

 たしかに、そうかもしれない。


 私はじっと、目の前の彼女を見つめる。

 自分の推しを全力で語る真希は、いつもすごく楽しそうだった。

 私がどんなに呆れても、どんなに「またその話?」と言っても、彼女の目は輝きを失わない。


 そして今、この瞬間も。


「ね? だからさ、もうちょっとだけ聞いてよ」

 そう言って、無邪気に笑う彼女。

 真希の顔を見ていると、強く否定する気がなくなってしまう。


「……まあ、別にいいけど」

「やった!」

 子供みたいに嬉しそうな顔をして、真希はジュースを一口飲むと、すぐさま話を再開した。


「でね、ルミナちゃんって実は雑貨好きなんだよ! この前の配信で、可愛い小物とか集めるのが趣味って話しててさ!」

「……なるほど?」

「だからさ! ちょっと雑貨屋寄っていい?」

「え? 雑貨?」

「うん! ルミナちゃんが好きそうなやつ、探したい!」


 結局、私は流されるままにショッピングモールの雑貨屋へと連れて行かれた。


 ◇


「ほら! 見てこれ!」

 真希が手に取ったのはマグカップだった。


「ね! ルミナちゃんカラーじゃない!?」

「ああ、まあ……言われてみれば」


「絶対これ、ルミナちゃんの部屋にありそう! しかも、この星のデザイン、めっちゃ似合うと思わない?」

「似合うって……ルミナは実在するわけじゃないんだから、物が似合うとかないでしょ」


「違う違う! こういうのって“イメージ”が大事なの! ほら、ルミナちゃんがこれで飲んでる姿を想像してみ?」


 想像してみ、と言われても、私はルミナのことをそこまで深く知らない。

 でも、なんとなく頭の中に、彼女がそうしている姿が浮かんでしまった。


「……ああ、まあ」

「でしょ!?」


 真希は満足そうに頷くと、次々に店内の商品を手に取り始めた。


「これも良くない? このステッカー、絶対ルミナちゃんのパソコンに貼ってそう!」

「いや、それはさすがに……」


「このクッションも! ルミナちゃんがこれ抱えて配信してるの、見たくない?」

「……」


「ねえ、これとか!」

 そう言って差し出されたのは、小さな星形のキーホルダー。


「ほら、ルミナちゃんって“星”モチーフだから、こういうの持ってたら絶対かわいいと思うんだよね!」


 さっきから思っていたけど、真希はなぜか“推しが持っていそうなもの”を探すのが異常に上手い。


 私は別にルミナのファンではないはずなのに、彼女が言うことを聞いていると、なんとなく「確かにルミナが持っていそうな気がする……」と思えてくる。


 ……いや、私は何を納得しかけているんだ?


「ねえ、これ買おうかな?」

「えっ、それ真希が使うの?」


「ううん、飾る!」

「……」


「ルミナちゃんの推しグッズとして!」


 なんというか、発想が根本的に違う。


 私はてっきり、可愛い雑貨を見つけて「これ欲しいな」となるものだと思っていたが、真希の場合は「推しのイメージに合うから買う」という動機になるらしい。


「そんなに買ってどうするの……」

「コレクション!」


 もう何も言えなかった。


 ◇


 雑貨屋を出たあとも、真希の勢いは止まらなかった。

 今度は洋服屋の前で足を止める。


「あっ、ちょっとだけ見ていい?」

「まあ、別にいいけど」


 そう言って入った途端、真希のテンションがさらに上がる。


「ねえねえ、このワンピース! ルミナちゃんっぽくない!?」

「……いや、知らんけど」

「絶対似合うって! ルミナちゃん、こういうフワッとした感じの服、似合うんだよ!」

「だからルミナは実在しないって……」

「想像すればいいの!」


 どうやら、推しに似合いそうな服を探すのもオタクの習性らしい。


「いやでも、ほら、これとかめっちゃ配信衣装っぽくない?」

「配信衣装って……」

「例えばさ、ルミナちゃんが特別な歌枠やるとき、こういうワンピースとか着てたら絶対映えると思わない?」


 うっかり「たしかに」と思ってしまった自分を殴りたい。


 ていうか、何だこれ。

 私はただ普通にショッピングを楽しみたかっただけなのに、いつの間にか「ルミナに似合いそうな服探し」に巻き込まれている。


「ねえ、こっちのブラウスも可愛くない? ルミナちゃんが着てたら絶対ヤバい!」


「……ねえ、真希」

「なに?」

「それ、真希が着る服を探してるんじゃなくて、ルミナの服を探してるよね?」

「え? うん!」

「……もういいよ」


 私は半ば諦めたように肩を落とした。

 でも、不思議と嫌な気持ちはそこまでない。

 真希が本当に楽しそうだったから。


 自分の「好きなもの」を全力で語る姿は、たしかに魅力的だった。


 たとえその対象が、私じゃなく画面の向こうの誰かだったとしても。


 ◇


 帰り道。


「ねえ、今日楽しかったね!」

「……私はそうでもない」


「え~? でも、結構付き合ってくれたじゃん?」

「まあ……暇だったし」


「ふふっ、ありがと」


 ショッピングモールを出て、駅に向かって歩きながら、真希は小さく口にした。

「好きなものを語るのって、楽しいね」

「……」

「私がどれだけルミナちゃんを好きなのか、ちょっとは伝わった?」

「もう十分すぎるほど……」


 私は呆れたように言いながら、ふと自分の中に芽生えた感情に気づく。


 ――こんなに全力で好きなものを語れるって、ちょっと羨ましいかもしれない。


 そんなことを考えていると、改札前で立ち止まった真希が、バッグの中をゴソゴソと探り始めた。


「ん? 何?」

「えーっと……あった!」

 そう言って、彼女が取り出したのは、小さな紙袋だった。


「はい、これ」

「……え?」


 中を開けると、ヘアクリップが入っていた。

 もこもこしたベージュの、可愛いデザインのもの。


「……これは?」

「雑貨屋で見つけたとき、君に似合いそうだなって思ったんだよね」

 真希は照れくさそうに笑う。


「ルミナちゃんの話ばっかりしてたけど、ちゃんと君のことも考えてるから」


 その言葉に、胸の奥がふっと温かくなった。

「……ありがと」

 素直にそう言うと、真希は嬉しそうに頷いた。


「じゃあ、またね! また配信リアタイするときは連絡して!」

「いや、もうしない」

「え~、絶対するって!」

「しないってば!」


 軽口を叩き合いながら、改札の向こうへと消えていく真希の後ろ姿を見送る。


 手元に残った、小さな紙袋。

 それをそっと握りしめながら、私は思った。


「……ちゃんと、私のことも大事にしてくれてるんだ」


 少し、安心した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ