彼女が配信リアタイを強要してきてつらい
『今日の配信、リアルタイムで見れるよね?』
仕事終わりにスマホを開いた瞬間、真希からのLINEが届いた。
まだ「お疲れさま」も言われてないのに、開口一番それか。
「今から帰るところだけど」と打つと、秒で既読がつく。
『ならちょうどいいね! 二十時からルミナちゃんのゲーム配信! 今回はホラー実況だから初心者にもおすすめ!』
「初心者って何」
『君のこと』
「私は見るなんて言ってないけど」
『でも、前回の雑談配信は最後まで聞いてたでしょ?』
ぎくっ。
いや、あれは違う。違うんだ。
別にルミナのことが気になったわけじゃない。ただ、なんとなく流しっぱなしにしていただけで――。
「いや、あれは別に……」と、言い訳を書きかけた瞬間、次のメッセージが飛んできた。
『知ってる? ルミナちゃん、ホラー実況のリアクションめっちゃ可愛いんだよ』
『びっくりしたときの「ひゃっ」って声、尊すぎて心臓止まるから』
『あとねあとね、たまにビビりすぎてリスナーのコメントで安心しようとするんだけど、そのときの言い方がもうね、ヤバいの。マジで恋』
『ちなみに前回のホラー実況の時は、怖すぎてリスナーの名前を一人ずつ呼び始めてたんだけど、もうそれとか「名前呼ばれたリスナー、生きててよかったね……」ってなるレベルだった』
次から次へとルミナの魅力を詰め込んでくるこの熱量。
よくこんなに一瞬で語れるな、と呆れるよりも先に、じわじわと怖くなってくる。
これが……ガチ恋勢の推し語り……!
『というわけで、今日は絶対リアタイね! いいね!?』
いいね!? じゃないんだが。
「私は別に」と打ちかけたところで、指が止まる。
どうせここで「見ない」と返しても、絶対に引き下がらない。
『え~、見ようよ! 絶対楽しいから!』
『ホラー好きでしょ?』
『ルミナちゃんの「ひゃっ」を聞いたら、人生変わるよ!?』
こういう感じで、何が何でも布教してくるのが目に見えている。
それなら……。
「わかったわかった、見るよ」
適当に返すと、真希は満足したようで、「やったー!」のスタンプが即座に送られてきた。
はぁ。
まあ、流し見くらいならしてやってもいい。
別にハマったわけじゃないし、興味があるわけでもない。
ただ、真希の推しがどんな人なのか、ちょっと観察するだけ。
そう思いながら、私はスマホをポケットに入れ、帰路についた。
◇
帰宅して部屋着に着替え、適当に夕飯を済ませた頃、真希のLINEが飛んできた。
『もう配信始まるよ! 早く!』
「はいはい……」
適当に返事を打ち、スマホの画面をタップする。
すると、ルミナがいつもの挨拶をしているところだった。
「みんな、おほしさまっ! ルミナだよ~☆ 今日はね~、ホラーゲーム実況をやっていくよ!」
コメント欄には『待ってました!』『絶対叫ぶ』『またリスナーの名前呼んでくれるかな』と期待の声があふれている。
「えっ、そんなにみんな期待してるの?」
思わず呟くと、スマホの向こうから通知が鳴った。
『ルミナちゃんのホラー実況、ほんとやばいからね』
真希からだ。
『可愛すぎて心臓止まるから、心して見て』
「……いやいや、大げさでしょ」
そう言いつつ、私は画面をじっと見つめた。
◇
ゲームが始まり、軽快に進めていくルミナ。
最初は余裕そうにしていたものの、いざ暗い廊下に入ると、途端に雰囲気が変わる。
「こ、ここヤバくない? 絶対なんか出るやつだよね……」
『がんばれ!』『まだ大丈夫!』『フラグたったw』
「うぅ……みんな、そばにいて……?」
……あ。
今の、真希が言ってたやつだ。
なんか……ちょっとわかるかも。
怖がりながらも、リスナーに助けを求める感じ。
コメント欄も盛り上がっていて、まるで彼女と一緒にゲームをしているみたいな空気になる。
「これが、リアルタイムの楽しさ……?」
いや、でもまだだ。
私はハマってない。ただ、観察しているだけ。
「うわあああ!! なに!? やだやだやだぁ!!」
ルミナの悲鳴が響く。
画面には、突然出てきた幽霊。
ルミナは体を傾けすぎて画面からフェードアウトする。
コメント欄は「かわいい」の嵐。
いやいや、今のは誰でもびっくりするよ。
可愛いとかじゃなくて、普通に悲鳴だったじゃん。
「はぁ……」
私はスマホを置き、軽く伸びをした。
別にそこまで夢中にはなっていない。
ただ、なんとなく続きが気になるだけ。
それに。
「みんな、そばにいて……?」
さっきのあの声。
なぜか耳に残っていることに気づいた。
◇
ルミナの配信は続いていた。
「うぅ……もう怖すぎる……でも、進まないと終わらないもんね……!」
『頑張れルミナちゃん!』『無理しないで!』『かわいいからオッケー!』
「いやいや、可愛いっていうか、これ完全に怖がってるじゃん……」
私は思わずツッコミを入れたが、コメント欄の流れは止まらない。
どうやらこの「怯えるルミナ」を見守るのが、ファンの楽しみ方らしい。
確かに、さっきの「みんな、そばにいて……?」は妙に頭に残っている。
あれは、ただのゲーム実況の一幕だったはずなのに、なぜかちょっとだけ、助けてあげたくなるような気持ちになった。
……って、いやいや! 何考えてるんだ私は!
「ハマらない、ハマらない……」
自分に言い聞かせるように、スマホを伏せる。
ちょうどそのタイミングで、LINEの通知が鳴った。
『ねえねえ、ルミナちゃん可愛すぎてやばくない⁇』
真希からだ。
案の定、感情を爆発させている。
『今の「そばにいて……?」、心臓止まった』
『私、画面の前でめっちゃ頷いちゃったもん』
『「いるよ……」って言っちゃったし』
おいおい。
そんなこと言ってるの、絶対真希だけじゃないよね?
リスナー全員、脳内で「いるよ……」って囁いてるやつじゃん。
「なんでそんなことになるの」
『だってルミナちゃんが「そばにいて」って言ったら、そばにいたくなるでしょ?』
即答すぎる。
……怖い。
オタクの思考回路、怖すぎる。
でも、それ以上に。
なんで私は、まだ配信を開いたままなんだろう?
つい、続きを見てしまっている自分に気づく。
気になるわけじゃない。ただ、目が離せないだけ。
――いや、それってつまり、気になってるってことでは?
そんなことを考えていたら、ルミナの声が響いた。
「えっ、待って、セーブできるとこないの!? やだやだやだ、みんな、私が死ぬ前に支えて……!」
コメント欄が一気に盛り上がる。
『がんばれ!』『逃げろ!』『ファイト!』
そして次の瞬間――。
「ぎゃあああああああ!!」
画面いっぱいに不気味な敵が現れ、ルミナが絶叫。
キャラクターが倒れ、ゲームオーバーの文字が浮かぶ。
コメント欄は『草』『やっぱり死んだ』『悲鳴助かる』と大盛り上がり。
私も思わず、ぷっと吹き出してしまった。
「今のは私でも叫ぶわ……」
広角が自然と上がっていることに気づく。
なんか……ちょっと面白いじゃん、これ。
気づけば、配信を閉じるどころか、画面に食いついていた。
◇
気がつけば、もう二十三時になろうとしている。
私はふぅっと息を吐き、ようやくスマホを置く。
なんか、疲れた。いや、楽しかった……?
いやいや、これはただの調査。私はハマってない。
別にルミナが可愛いとか、トークが面白いとか、そういうことじゃなくて……。
いや、面白かったのは確かだけど……。
違う、そうじゃない。
「……もう寝よ」
何かを振り払うように、布団に潜り込む。
そして数分後。
なぜか私は、スマホを手に取り、動画サイトを開いていた。
検索欄に打ち込んだ文字は――。
「星宮ルミナ ホラー実況 アーカイブ」
……やっちゃった。
完全に、やっちゃった。