彼女がVTuberガチ恋勢でつらい
『おはよー! 昨日の配信、見た!? ルミナちゃん、マジで神回だったんだけど!! リンク送りつけとくね!』
私はスカートを押さえながら吊革にしがみつく。
「はぁ……」
スマホに届いたLINEの通知を見て、思わずため息が漏れる。
今日も朝から全力で推し事に励んでいる、私の恋人。
宮園真希、二十六歳。ITエンジニア。
そして、筋金入りのVTuberオタク。
付き合う前は「知的で仕事ができる人」だと思っていた。
実際、彼女のエンジニアとしての評価は高いらしい。
けれど、ひとたび仕事を離れれば、彼女の世界の中心は“別の女”だった。
星宮ルミナ。
それは、今をときめくトップVTuberの名前。
キラキラした金髪に、ウサギの耳のようなヘアアクセをつけた、ポップで可愛らしいキャラクター。リスナーを自然に巻き込むトーク力。
デビューからわずか一年で、チャンネル登録者数は驚異の二百万人。
歌・雑談・ゲーム実況、どのジャンルでも安定した人気を誇る、大手事務所所属の看板ライバー。
そして――私の彼女が、命をかけて愛している存在でもある。
……そこは普通、恋人の私じゃないの!?
スクロールすると、真希からの追加メッセージが来ていた。
『昨日の雑談配信、マジで天才だった! ルミナちゃん、ほんと話し方のセンスあるよね~!』
『今度の歌枠も楽しみ! ねえ、そろそろルミナちゃんの沼にハマってきたでしょ?』
いや、ハマってないから。
適当にスタンプで返信し、スマホをポケットに突っ込む。
心の中で軽くイラつきながら、電車の揺れに身を任せる。
そういえば、昨日も真希はルミナの話ばかりしていた。
仕事帰りに会う約束をしていたのに、彼女はなかなか待ち合わせ場所に現れず、遅れてきた理由が――。
「ごめん! ルミナちゃんの新衣装発表、見逃せなくて……!」
――は?
普通、残業とか、体調不良とかじゃないの?
「推しの新衣装が見たかったから」って、そんなのアリ!?
「おかしいでしょ……」
私は小さく呟いた。
それなのに、なぜか文句を言えなかった。
真希がどれだけ嬉しそうに、ルミナの新衣装について語るのかを知っていたから。
「今回の新衣装、やばくない!? 絶対ピンク系だと思ってたのに、まさかの白×青とか!!」
「おへそが見えてるの最高!! しかもウインクのモーション、完全にえっちじゃん!?」
「はぁ……ルミナちゃん、今日も世界一可愛い……」
そう言って、目を輝かせる真希を見ていたら、私は何も言えなくなった。
彼女にとって、ルミナはただのVTuberではない。
生きる活力であり、日々の癒やしであり、世界を彩る希望そのものだった。
――でも、それって私じゃダメなの?
言葉にできないモヤモヤを抱えたまま、私は今日も真希の「推し語り」を聞くのだろう。