第9話 龍の威圧
獣王国に来ておよそ一ヶ月は経つ。
仕事に追われ全然会うことができていなかった無名は城を出ると"静かなる裁き"のクランハウスへと向かった。
彼らのクランハウスはそれなりに大きな屋敷だ。
何十人が共同生活を送るのだから当然といえば当然なのだが、門の前までくるとなかなかの大きさに無名は気圧された。
リヴァリアと無名に与えられた大きな屋敷と何ら変わりないサイズの門に、無駄に広い玄関までの道。
無名が門前で佇んでいると、それに気づいたクランメンバーの一人が駆け寄ってきた。
「こんな所で何をしているんですか無名」
青い髪を靡かせながら門の前まで歩いてきたのはセニアだった。
無名がセニアと会うのも一ヶ月ぶりである。
事情を説明するまでもなくセニアは門の扉を開いてくれた。
別にここで話さなくても中で話せばいいとその足で屋敷へと案内される。
「やぁ、久しぶりだね無名君」
「お久しぶりですカイトさん」
クランハウスの中でも一際大きな部屋、そして豪華な部屋へ案内されたが、そこにいたのはリーダーであるカイトだった。
「少し話がありまして」
「分かった、ちょうど良かったよ。今さっき書類仕事が終わってね」
クランリーダーともなると仲間がダンジョンで獲ってきたアイテムなどを分散して配ったり、クランハウスの維持費などの捻出、そして依頼内容の確認など色々仕事が溜まる。
カイトは伸びをするとセニアに声をかけた。
「お茶を淹れてくれるかい?多分無名君の話は長くなる」
何となく想像ができているのか、カイトは無名にソファへ座るよう促した。
しばらくするとセニアが三人分のお茶を淹れて戻ってくる。
「この一月ほどどこで何をしていたんですか?」
「荷運びの仕事とか、冒険者の真似事などしてましたよ。まあそのお陰で色々と人脈が広がったと言いますか」
「冒険者の真似事?ちなみにどんなことをしてたんだい?」
龍の魔窟へ行ったことを話すとカイトとセニアは同じように驚く。
「なかなか高難度のダンジョンに行ったんだね。あそこには龍がいるはずだけど、大丈夫だったのかい?」
リヴァリアのことも話すと更に二人は驚いていた。
「なかなか冒険するねぇ」
「ええまぁ……それで本題がそこに繋がるんですが――」
無名は龍王であるリヴァリアが今現在獣王国にいること、そして邪龍のことを話した。
カイトとセニアは神妙な顔つきで無名の話を黙って聞く。
「邪龍がいずれこの国にも来ます。その時に手を貸して頂きたいと思って今日ここにきたんです」
「……なるほど。それはなかなか……俺達"静かなる裁き"は全面的に協力するけど、正直どれだけ力になれるか分からないよ」
カイトもセニアも冒険者としてはかなり上位に君臨している。
実力は申し分ないが龍王と比べれば見劣りするのは仕方がない。
「私も龍王とは戦ったことがありません。なのであまり期待されない方が良いかと」
「それを言うなら俺もさ。二人ともレベル5だけど龍王と比べたら多分天と地くらいの差があるよ」
勇者である無名も互角に戦える自信はない。
それでも有象無象の兵士や下級冒険者に比べたら百人力である。
「邪龍か……クランメンバー全員でことに当たると思うけど、戦闘はレベル4以上に絞ることになるかな。それ以下は住民の避難誘導に徹してもらう」
「そうですね、邪龍がどれだけ強いのかが未知数ですし……。あ、それなら一ついい方法があります」
無名は邪龍とほぼ同等の力を持つリヴァリアをカイトたちに会わせれば、より鮮明に邪龍の強さが明白になるのではないかと考えたのだ。
カイトたちも了承しその日は一旦解散する運びとなった。
後日、無名はリヴァリアを連れてクランハウスを訪れた。
「ほう、ここもなかなか素晴らしい建物ではないか」
リヴァリアはお屋敷を眺めウンウンと頷く。
しばらく待っているとまたセニアが門の前まで迎えに来た。
「お待ちしていました。そちらが……リヴァリア様ですね」
「うむ。そういうお前も人間にしてはかなり強い力を持っているようだ」
リヴァリアはセニアを一目見て目を細めた。
レベル5は冒険者全体から見ても上位数%という精鋭ばかりだ。
リヴァリアのお眼鏡にも叶ったようであった。
先日の執務室へと案内されるとカイトが腰を直角に曲げて頭を下げる。
「お待ちしていました龍王リヴァリア様。本日は――」
「む、堅苦しい挨拶はいらぬ。さっさと本題に入れ」
無名は今日リヴァリアに一緒に来てほしいと軽く話をしていただけで、何をするかまでは伝えていない。
というのも無名は顔合わせ程度にしか考えていなかったのだ。
しかしカイトとセニアは違う。
龍王の力を一目見たいと、そう考えていた。
「では僭越ながら……龍王リヴァリア様と手合わせを願いたく」
「手合わせ?ふむ……なるほど。邪龍の力がどれほどのものか知っておきたい、といったところか?」
「御名答です。流石は龍王様でいらっしゃいますね」
「世辞はよせ。ならば開けた場所に案内せよ」
リヴァは断ることなく承諾した。
カイト、セニア、そして無名とリヴァリアはクランハウスの敷地の中でも一番広い訓練場へと足を運んだ。
訓練場には数人のクランメンバーが点在しており、リーダーとセニアが二人を連れ添って来たのが気になり全員が手を止める。
「みんな!悪いけど少しだけここを使わせてもらうよ」
「リーダー、その人は誰なんですか?」
仲間の一人が問いかける。
無名の顔は知っていてもリヴァリアの顔は知らないのだ。
「妾はリヴァリア。龍王リヴァリアだ」
「り、龍王?」
「本当だよ。だから言葉には気をつけておくれよ?」
カイトの言葉に半信半疑だった仲間たちは一斉に距離を取った。
関わるべからず、本能がそう考えたのだ。
「なんだ、みな離れたではないか」
「リヴァリア様に恐れ慄いているんですよ。ではまずはセニアからやるかい?」
「私が先鋒で。よく見ておいてくださいリーダー」
セニアが先鋒となりリヴァリアの正面に立つと数歩後ろへと下がった。
カイトと無名もその場から距離を取りジッと二人の行方を見守る。
リヴァリアは無造作にただ立っているのみ。
対するセニアはレイピアを正面に構え目を瞑り神経を研ぎ澄ます。
周りで見ている仲間たちも固唾を飲んで見守っていた。
レベル5の冒険者が全力で戦う様は何度か見たことがある仲間達もセニアの本気はほぼ見たことがない。
というのもセニアは基本ソロで活動しているからだ。
そして何よりカイトの言葉が脳裏をよぎる。
龍王。
王の名を冠する者が弱いはずがなく、絶対に見逃してなるものかとみな目を見開いて見守っていた。
「では先を譲ってやろう。冒険者とやら」
「ありがとうございます。では……いきます」
セニアが目を開き腰を落とす。
氷瀑の姫と呼ばれることが多いセニアの得意技はレイピアと氷魔法による二重攻撃だ。
「凍てつく氷牙の輪舞曲!」
魔法の発動と共に前へと駆け出したセニアはレイピアを勢いよく突き出す。
その速度は目で捉えるのが難しいほどで、レベルの低い冒険者なら残像が見えることだろう。
凄まじい速度で迫るセニアをただ見つめるリヴァリア。
氷の矢がセニアの周りを飛び回りその全てがリヴァリアへと迫る。
誰もがリヴァリアが吹き飛ばされるか、もしくは大怪我を負うと予想した。
しかし、それは全て杞憂で終わる。
「ふむ、それがレベル5とやらの実力か……」
リヴァリアはただ片手を大きく横に振るう。
たったそれだけの動作でセニアの動きは止まった。
「ぐっ……」
セニアの顔が歪む。
何が起きたのかすら傍目で見ている無名たちには理解できなかった。
次の瞬間、セニアの周りを飛び回っていた氷の刃は全て溶けレイピアを突き出したまま固まるセニアの姿があった。
「な、何が起きたんだ?」
「分からないわよ……あの龍王様が腕を振るっただけにしか見えなかった」
「セニアどうしたんだよ」
仲間達は口々にああでもないこうでもないと意見を交わす。
「まあ及第点、としておこう」
「ハァハァ……ありがとうございます」
「貴様の名はなんという?」
「セニア、と申します」
「そうか、セニア。よくぞ耐えた。今のが龍の威圧だ。あれに当てられて気を失わなかったのであれば戦力として数えても良いだろう」
リヴァリアが行った動作は龍の威圧だけ。
つまり、腕を振るったその瞬間に殺意を込めて威圧したのだ。
あまりの圧にセニアは魔法を解除してしまい動きも止めてしまったが、普通の者であればそのまま気を失っていた。
耐えられただけでも御の字であった。
「邪龍の威圧は今のを超えると心得よ。次、来るがいい」
「あまりの力の差に手合わせするのが怖くなってきたよ……」
無名にも聞こえるように呟いたカイトはセニアと入れ替わるようにリヴァリアの前へと立った。
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