第7話 平凡な日常
無名がガンツとミルコの素性を知ってから早三日。
どうしてか二人とも屋敷に顔を出すことはなかった。
代わりに毎日来るのはソウリュウだった。
「また来たんですか?ソウリュウさん。別にこれといった頼みごとはありませんよ」
「フフ、それはどうかしら?この屋敷に住むようになって三日目。そろそろ困ってきたのではなくて?」
何を困ることがあるというのか。
無名は少し考えたが何も思いつかない。
「何も困っていることはありませんが」
「フフ……そろそろ食料が尽きる頃ではなくて?」
食料と言われてやっと気づいた無名はハッとした表情を浮かべる。
屋敷には魔道具を使った保冷庫が置かれてある。
中はちょっとした部屋ほどの広さがあり、所狭しと食材や干し肉が保管されていた。
一人ならば恐らく三ヶ月は持つであろう量だ。
だが、リヴァリアと二人で住んでから保冷庫の中が目に見えて減ってきていたのだ。
「リヴァリア様は今人間と同じ姿をしているけれど、本能の姿は貴方も見たのでしょう?当然食べる量も人間とは比較にならないわよ?」
「なるほど……買い出しにいかないと数日以内にはこの屋敷から食料が消える、というのを忠告しにきたんですね」
「そうね。私が手伝ってあげようかと思って」
「どうしてそこまで手を焼いてくれるんですか?確か貴女はガンツさん――いや獣王様の側近だったはず」
ソウリュウが常に獣王の側に控えていたのは無名も見ていた。
そんな彼女がわざわざ自分達を手伝うと言うのは何か裏があるのではと疑ってしまう。
「そのガンツからお願いされたのよ。貴方達の面倒を見てやってくれって。どうせあの人は一人でも十分強いし護衛なんていらないしね」
「まあ……それを言われれば確かにそうですが」
ガンツはガタイも大きく顔も厳つい。
誰が見ても強そうにしか見えない容姿だ。
無名は納得し頷いた。
「それで買い出しはどちらに行けばいいですか?まだこの国にきて日が浅いのでいまいち土地勘がなく……」
「そうよね?だから私が来たのよ。ついてらっしゃい。いい店があるから」
無名がソウリュウに連れて行かれた店は獣王国の中でも一番と思えるほど巨大な食料品店だった。
王国の冒険者ギルドなど比較にもならないような大きさに無名も驚きを隠せない。
「これは……凄いですね」
「ここなら何でも揃うのよ。特に食料品に関しては獣王国が一番といっても過言ではないわ。世界各地にある食材だって揃うんだから」
ソウリュウが言うには普通ここまでの品揃えは難しいそうだ。
獣王国がどうしてここまでの品揃えを集められるのか。
それは単純に移動力だ。
獣王国はその名の通り獣人や亜人が多くいる。
その中でも翼を持つ種族の行動範囲は広い。
鳥人族などが商人の真似事をして様々な国に出向き、食材を集める。
するといつの間にか巨大な食料品店ができあがっていたという寸法だ。
「中もかなり広いですね」
「ここは獣王国の中でも最大の食料品店だからね。さ、保存がきく食品を探そうか」
これまた大きなカートで干し肉や乾燥フルーツなどをどんどん突っ込んでいく。
ここで一つ無名が大事なことを思い出した。
「あ、そういえば。僕お金があまり持ってませんけど」
「それは安心して。ガンツからある程度のお金は貰ってきてるから」
ソウリュウの言葉に安心し無名はまた食材をカートに放り込んでいく。
「ん?これは……」
棚からめぼしい食材を選んでいると気になる物があった。
「味噌……?」
見覚えのある色の粉末。
匂いも嗅いでみるとやはり味噌である。
「ソウリュウさん、この味噌って」
「ああミソね?なんでも昔召喚された勇者の一人が広めた食材の一つよ。確かその粉末をお湯で溶くとミソシルって呼ばれるものができるのよ」
味噌汁。日本人である無名にとってはソウルフードといっても過言ではない。
ありったけの味噌粉末をカートに突っ込むとソウリュウは驚いていた。
「なに?そんなに好きなのそれ?」
「はい。これは日本人……いや、僕のような別の世界から来た人なら必ず欲しくなる物です。まさかこっちの世界でも味噌汁が飲めるなんて」
無名は表情こそあまり変わらないが内心は小躍りするほど喜んでいた。
日本で飲まないやつはいないのではないか、そう思える程にどこでも見かけるスープ。
それが味噌汁だ。
結局カートにはおよそ五キロの味噌粉末が入れられ、そのまま会計へと向かう。
「結構高くなりそうですけど大丈夫ですか?」
「構わないわ。ある程度のお金はといったけど、この程度なら何の問題もないくらいに貰ってるから」
大丈夫だというのならこれ以上言わずともいいかと無名は買ったばかりの食料品を馬車へと積み込んでいく。
こういった商品を大量に買うような店だと馬車を貸し出してくれる。
流石に手で運べる量では無いため、有り難いサービスだった。
十数キロの食料品を馬車に積み込んだ後、無名が振り返るとソウリュウが両手いっぱいに袋を抱えていた。
「それはなんですか?」
「これは殆どリヴァリア様のものよ。できるだけ龍族が好む食品ばかりを選んでるから、そっちにすぐ手を付けることは避けられると思うわ」
ソウリュウ曰く、龍族が好む食品があれば無名が選んだ食品に手を出すのは少なくとも好みの食品が全て消費しきってからだそうだ。
屋敷に帰る馬車の中でソウリュウは無名をジッと見つめる。
それが気になったのか無名は彼女へと問いかけた。
「勇者というのが少し気になったのよ。貴方はそれだけの力を持っていて驕りはないの?普通の人間ならそれだけの力を持てば自由気ままに力を使いたがると思うけど」
「僕は一度失敗しています。この力で敵を倒したつもりだったんですが、味方もろとも吹き飛ばしてしまい……だから自由気ままに使いたい、とは思わないですね」
召喚された当初に起こした殺戮。
王国からは非難の声があまりに多く幽閉される事態にまで発展したが、逆に無名が成長できるいい機会でもあった。
それがあったからこそ無名はフランやレイオールと出会うことができた。
そして身近に死をその目にして今ではこの力は無闇に使うものではないとある程度自重できるようにまでなっていた。
無名の話を聞いてソウリュウは優しそうな目で頷く。
「生きとし生けるもの誰しもが失敗するのよ。でもそこで立ち止まれば何も変わらないし変われない。これからもまた壁にぶつかるでしょう。それでも立ち止まらずに走り抜けなさい。王国に見限られても獣王国は貴方を受け入れるわ」
「ありがとうございます……獣王国の方々は優しいんですね。いつか恩返しができればいいんですけど……すみません、何も思いつかなくて」
「構わないわ。貴方は貴方らしく生きなさい。自分を見失わずにこれからも誰かを助ける道を歩みなさい」
ソウリュウは諭すような口調でそう伝えた。
不老不死である不死鳥族のソウリュウだからこそ、言葉に重みがあった。
家に帰るとリヴァリアが庭で空を眺めている。
どうしたものかとソウリュウと無名は顔を見合わせ首を傾げたが、ジッと佇みその場から動かず一点を見つめるリヴァリアの姿に何かを感じ取り二人は駆け寄った。
「どうされたのですか?リヴァリア様」
「邪龍が……動き出したぞ」
「分かるんですか?」
「うむ……邪龍は独特な瘴気を纏っている。それが空気中に漂い始めたということは、奴がその場から飛び立ったということだ。人間を襲うのも時間の問題だぞ無名」
リヴァリアからの突然の報告に無名は顔を強張らせていた。
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