第38話 勝利の天秤
「無名殿!」
ドレイクは手助けするつもりで足を一歩踏み出したが、視界に飛び込んできた光景を見て呆気にとられた。
先程まで相対し魔法を撃ち合っていたはずの無名がいつの間にかアガレスの真後ろにいるのだ。
頭が混乱しないはずがない。
「な、ぜ貴様が……転移魔法を使える!」
「なぜ、と言われましても。覚えたから、としか言いようがありませんね」
アガレスは瞬時に消えた無名が背後に回っているのは転移魔法のお陰だと気付いていた。
「有り得ん……人間が転移魔法まで使えるなど。魔族ですら転移魔法を扱える者はそうおらんぞ」
「それですよ。貴方の敗因は。もしも貴方が人間だからと下に見て油断していなければ僕に勝ち目はありませんでした。先程の魔法も相殺しているように見えていたかもしれませんが、僕は全力で魔力を流し貴方はまだ余裕があった。あの時に全力で魔法を放たれていれば押し込まれた僕は大ダメージを負っていた事でしょう」
アガレスが人間如き、という考えを持っていなければ負けていたのは無名だ。
事実、無名には魔法の威力や魔力量で勝ることはできずあのまま魔法戦を続けていればいずれ疲弊した無名は死んでいた。
アガレスが手を抜いたからこそ、転移魔法で背後へと移動することができたのだ。
「チッ……人間に説教されるとは」
アガレスは自身の核が綺麗に貫かれているのを見て、忌々しそうに舌打ちをする。
公爵級であっても魔族は魔族だ。
核が破壊されれば復活する事はできない。
「背後から一突き……か。これほど綺麗に隙をつかれると清々しいものだな」
もうすぐ死ぬというのにアガレスは笑みを浮かべる。
純粋に闘争を好むアガレスは、自身を殺す存在と相まみえる事ができたのが少し嬉しく感じていた。
「我は確かに人間を侮っていたのかもしれん……もう少し慎重に戦っていれば結果は違ったのだろう」
「……恐らく。その時は僕もまた別の手を使っていたと思いますが」
圧倒できるほどの力を持ちながら手さえ抜かなければ、アガレスは後悔の念にかられながら足先から灰へと姿を変えていく。
「誇るといい勇者よ。我を倒した事はすぐに魔国全体へと広がる。貴様への警戒度も跳ね上がるだろう」
「あまり嬉しくありませんね」
「ククク、そう言うな。我と一対一で勝利したのは人間にとっての功労者。このまま王国を滅ぶ様を見届けられると思って居たのだが……国の最後を見れないのは残念でならないな」
アガレスの言葉に引っ掛かった無名は首を傾げる。
まるで王国は滅ぶ事が確定しているかのような物言いだったのだ。
「貴方を倒せば王国は救われる、違いますか?」
「何を言っておる。我はただの先遣隊の一人に過ぎん。まあ筆頭である故に一番槍を申し出たが、他にも高位魔族はこの国に入り込んでいるぞ」
「何人の魔族がこの国に入ったのですか?」
「さてな……我が知っておるだけでも三人。どれも強硬派を引っ張っていく魔族達よ」
こうしてはいられないと、無名はドレイクに視線を合わせる。
無名とアガレスの会話が聞こえていたのかドレイクの表情も険しいものへと変わっていた。
「こんな所で油を売っておれば王都は完全に滅ぶぞ」
「ッッ!」
「我を倒したその力で他の魔族も倒してみせるがいい。だが……少しばかり時間が足らんかったかもしれぬな」
アガレスは消える間際にそんな言葉を言い残し核は砕け散った。
「ドレイクさん!レイラさん!ミルコさん!その場を動かないでください!」
無名は即座に声を張り上げ仲間へと呼び掛けた。
声を聞いた三人は魔族との戦闘中にも関わらず動きを止める。
無名が何かをする、そう感じ取った瞬間、魔族は全員が灰に姿を変えた。
「なっ!?一体何をしたのだ無名殿!」
「極小の刃を全ての魔族に飛ばしました。その一つ一つに上級魔法に匹敵する魔力を流し込んでいます。いくら魔族が強力な結界を張れるとはいえ、無防備な状態で受ければ核は砕ける」
無名は淡々と説明したが、ドレイクやレイラは意味が分からず口をポカンと開けていた。
「すぐにこの場から移動を!僕は最速で王都に戻ります!皆さんは後から追いついてください!」
「ま、待て待て!どうやって――」
ドレイクが言いかけて言葉を止める。
そういえば、と思い出したのだ。
初めてドレイクの前に現れた無名の事を。
無名は何処からともなく飛来し圧倒的なチカラで法国軍を蹴散らした。
今回もその魔法で高速移動するのだろうと察したドレイクは彼に応援の意味も込めて言葉を投げかけた。
「無名殿、頼んだぞ」
「お任せください。僕はこれ以上誰かに死んでほしくはありませんから」
それだけ言葉を交わすと、無名は王都の方角を見据えた。
「稲妻よりも疾く」
音速をも超える速さで消えた無名をドレイク達はジッと見つめる。
勇者は規格外だ、三人の感想は合致していた。
「無名殿……巷では外道の勇者などと言われていたが、なんだ。しっかり勇者を全うしておるではないか」
「所詮噂は噂でしょう。過去には冒険者や騎士団から疎まれていましたが、今ではあまり憎む者はいない。あの被害があってこそ守られた命も多くあったのだと理解している者ばかりです」
「ふむ……確かにやり過ぎるところはあるかもしれんが、それも全ては王国を思っての事であろう。不器用な男め」
ドレイクとレイラからの評価は高い。
しかしミルコはそんな二人の会話を黙って聞いていた。
「ミルコ殿、そういえば貴殿は獣王国から――」
ドレイクは彼女に話しかけようとして、不意に言葉を詰まらせる。
ミルコは先程までのように天真爛漫な雰囲気ではなく、どこか落ち着いた雰囲気を纏っていた。
「ミルコ殿……いや、貴女は」
「ドレイク・ミストルティン伯爵、彼には内緒にして頂きたく」
ドレイクは気付いてしまった。
ミルコはただの獣人ではない事に。
ドレイクだからこそ気付けたというのもあるが、その証拠にレイラは何のことか分かっていない。
「何故……貴女がこんな所におられるので?」
「少し……勇者というものに興味がありましたので」
明るくてお転婆なイメージとは裏腹に、今のミルコは誰が見てもお淑やかな、そんな雰囲気だった。
「興味があるから……この騒乱の中王国に入ったのですか?」
「まあ……興味というものは何物にも変えられない、甘美なものですから」
「えっと、二人は何の話をしているんです?」
レイラは堪らず二人の会話に割り込む。
一人だけ仲間はずれにされているような感覚に陥り、何を話しているのか知りたくなってしまった。
「レイラさん、今ここで見た、聞いた事は全て忘れてください。妾はまだ……あの方の闇を見ておりませんので」
「あの方?」
「ええ、無名殿ですよ。見たでしょう?圧倒的な力を。あれだけの力を持っていて、欲望を、野望を抱かない訳がありません。だから知りたいのです、あの方の本当の心の内を」
ミルコはクスクスと不敵に笑う。
仲良さそうにしていたあれは演技だったのかと思えるほどだった。
「だから……まだあの方には妾の事を知らせないでくださる?レイラさん」
有無を言わせぬ迫力がミルコにはあった。
見た目は小柄で快活な獣人。
しかし眼だけは、どことなく怖さがあった。
「わ、分かりました。ここで見たこと聞いた事を誰にも話しません」
「ふふふ、冒険者は信頼が置けますね。ドレイクさん、貴方も口を滑らせないようにお願いしますね」
「畏まりました。儂は元より貴方様の正体を知っております故、言えるはずがありませぬ」
「じゃあ!行こっか!無名を追って王都へ!」
ミルコはそんな二人に微笑むと俯き、またいつもの元気いっぱいの笑顔を見せた。
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