第36話 魔族の屋敷
ドレイクとレイラ、そしてミルコを伴い無名は結界の外へと出た。
黒峰も行きたいと申し出ていたが、結界内の戦力を減らすのはリスクだとランスロットが宥め彼は置いていくこととなった。
結界の外は相変わらず廃墟同然の光景が広がっている。
遺体にはカラスが群がり啄んでいて、つい目を背けたくなる光景だった。
「酷い有様だな……」
ドレイクは小さく呟く。
全員同じ思いなのか表情はみな暗かった。
「問題の公爵位魔族だが、そもそもどこに拠点を置いているかが分からん。無名殿、何か探知できる魔法はないか?」
「今も試していますが恐らく気配遮断の結界を張っているようでして、何も引っ掛かりません」
無名はかなりの広範囲を探っているが、魔物一匹引っ掛からなかった。
「んー多分こっちじゃないかな?」
ミルコが自信なさげにある方向を指差す。
彼女は獣人であり人間より遥かに嗅覚に優れていた。
その能力からか何となく魔族の匂いを感じ取りおおよその位置を示す。
「ふむ、ミルコ殿、だったか?その根拠は?」
「魔族は臭いから多分合ってる」
「臭いか……儂らには分からん感覚だが、今はミルコ殿が頼りだな。行ってみるとしよう」
無名の探知でも把握できずミルコが示した方向に四人は足を進める事になった。
「ここか?」
ミルコの示した場所に辿り着いた一行は、周囲は瓦礫で散乱している広場を見渡し首をひねる。
そこには拠点はおろか、魔物すらいなかった。
「何処にもおらんぞ。無名殿は何か分かるか?」
無名も無言で首を横に振る。
「いや、これはもしや幻惑魔法なのではないだろうか」
レイラが何かに気付いたように周りを見渡す。
幻惑魔法により今見ている光景は全て幻想であると考えたレイラは剣を構えると何も無い空間に向かって勢いよく突き出した。
キンッ
金属の壁に弾かれたような音が響き、全員が顔を見合わせる。
「幻惑魔法の結界ですね……」
「つまらん小細工を……どけ、儂が砕いてくれるわ!」
ドレイクが担いだ剣を上段に構え勢いよく振り下ろす。
何も無い空間にヒビが入ると、徐々にそれは広がっていきやがて硝子が割れた音を奏でて砕け散った。
結界がなくなると、遠くに魔族が根城にしているであろう貴族の屋敷が鎮座している。
「あそこだな」
「あそこだよ!凄い臭いがキツくなった!」
ミルコも屋敷を指差し訴えかけてくる。
全員がその屋敷に向かって走り出した瞬間、目の前の空間が歪み黒装束の人間が姿を現した。
「何者!」
ドレイクが大剣をその者に向けると、黒装束の男は小さく口を開く。
「俺の名はゼン。貴様らの動向は見ていたが……性懲りもなくまた歯向かうつもりか?」
「ゼンだと!そうか……貴様がリンネ教幹部、第五席次か」
ドレイクは知っているらしくゼンを射殺さんばかりの目を向けていた。
「そういうお前こそ……剛剣ドレイクか。まだ生きていたとは」
「ガッハッハ!相手にとって不足はない!」
ドレイクは会話するつもりなどなく、即座に攻撃へと移る。
地面を蹴りゼンへと迫ると胴を薙ぐように剣を振るった。
しかしゼンはそれをいとも簡単に躱す。
ドレイクほどの技量を持てども大剣を振るえば細身の剣と違ってどうしても速度が落ちる。
「当たらなければ意味はない。それよりも伝言だ」
「なんだ、儂に貴様と話すつもりなどないぞ」
「お前ではない。そこの……勇者に伝言だ」
ゼンは無名を見つめそう言い放つ。
不意を突こうとこっそり魔法を用意していたのがバレたのかと焦った無名は、背中に隠していた手を引っ込めた。
「万能の勇者だな?リンネ様からの伝言だ。貴様は全ての魔族から狙われている、命が惜しくば我々側につけ、との事だ」
「一体何を言うのかと思えば……僕がそんな簡単に手のひらを返すとでも?」
「さあな。リンネ様のお考えは俺には分からん。さて、返答は?」
「当然、お断りします」
無名が頷く訳がなく、当たり前のように断りを入れる。
ゼンもその反応は想定していたのか、鼻で笑うと踵を返した。
「今はお前達とやり合うつもりはない。ただ、この先に進むのなら覚悟はしておくんだな」
ゼンはそれだけ言い残すと霞のように消えていった。
「ふん、腰抜けめ。だが奴の言葉は本当の事だろう。恐らくこの先の屋敷にアガレスがおる。無名殿、殺れるか?」
「殺れるか殺れないかではなく、殺るか殺られるかでしょう。僕の全力をもってアガレスは討ちます。ただ、他の魔族の相手はお願いしてもよろしいですか?」
混戦になれば無名も勝ち目はないと考えていた。
ただでさえ、実力は公爵位という遥か上の存在。
一対一ですら危ういのに、他の魔族など相手はしていられなかった。
「任された。他の有象無象は儂とレイラ殿、それとミルコ殿が相手しよう。無名殿、本当に一人で公爵級魔族に勝てるのか?」
「分かりません。ですがこれでも一応カイルさんから指導を受けた身。簡単に負けるつもりはありませんよ」
ドレイクは目を見開く。
レイラもまた同じように驚きを見せていた。
無名の言葉に反応を見せたのはレイラとドレイクだった。
「なんと言った?カイル、と言ったか?」
「はい。カイルさんがどうかされたのですか?」
「いや……そうか。無名殿は知らなくても仕方あるまい」
ドレイクが何を言いたいのか分からず無名は首をひねる。
「無名、カイルの名はよくも悪くも有名なんだよ」
そんな無名にレイラが補足する。
「冒険者はみな知っている名前なんだ。世界で唯一のレベル7。またの名を隻腕の錬金術師」
「カイルは儂でも勝てんと思った相手だぞ。そんな男に指導を受けていただと?後で詳しく聞かせて貰うぞ無名殿」
思っている以上に有名な人だったのだと今更ながら思う無名だったが、レイラは渋い表情を見せていた。
「最強でありながら、人の心を理解できぬ怪物。彼に憧れる冒険者も多いけど、憎む奴も多いんだよ」
レイラは恐らく後者だろうと表情が物語っていた。
無名はそんなレイラの言葉を黙って聞き続けた。
「人の身で神の領域に近づこうとした哀れな男。そう呼ばれている事もあったよ」
「それは……亡くなった奥さんの事ですね?」
「ああ、知ってたのね。そう、彼は死者を蘇らそうとしたんだ。そのせいで何人の冒険者が犠牲になった事か」
どうやら無名の考えている以上にカイルの名は悪名高いのだと分かった。
「ただ実力だけは確かだからね。そんな彼に師事できたのはラッキーかもしれないよ」
「実際、僕が全力で挑んでも傷一つつけられませんでした」
「ガッハッハ!法国の勇者を赤子の手をひねるように殺した貴殿ですら歯が立たなかったか!やはり奴の力は別格らしい」
ドレイクは笑い飛ばすが、それだけカイルが異常であるという事でもある。
ドレイクが歯が立たなかった法国の勇者を危なげなく葬った無名ですらもカイルには及ばないのだから。
「門の前に何かいるよー!」
そんな話をしながら屋敷へと向かっているとミルコが声を張り上げる。
屋敷の門前には魔族が二体守るように突っ立っていた。
「高位魔族……ではなさそうですね」
「そうらしい。無名殿、一体任せても良いか?」
「ええ」
ドレイクと目を合わせ頷くと無名は剣を抜いた。
ドレイクも大剣を構え腰を落とす。
そんな二人の様子を見たからか門前の魔族は何かを話し合い、門から数歩ほど前に出てきた。
「貴様ら!ここを誰のお屋敷だと心得る!アガレス公爵――」
一人の魔族が言い終える前に無名が電光石火の速さで心臓へと剣を突き刺した。
「貴様ッ――」
もう一人の魔族もそんな無名に手を向けたところで、高速で肉薄してきたドレイクの大剣の餌食となった。
魔族はそう簡単に倒せる敵ではない。
しかしこの二人にとっては雑魚同然なのだとレイラは実力の違いを見せつけられて愕然としていた。
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