第32話 獣の国
「おっちゃんどうしたー?」
呑気な声で二階から降りてきたのは背の低い猫耳の獣人だった。
何のツテだろうと無名が考えていると、獣人は話を続ける。
「ミルコ、おめぇ冒険がしたいっつってたろ?」
「もちろん!ウチは世界一の冒険家になるのが夢なんだから!」
「そりゃあ丁度いい。王国に行って冒険者登録でもするか?」
「今大変な事になってるみたいだけど、そこをササッと手助けするのもヒーローっぽい!いいねそれ!」
ミルコは目を輝かせて商人の獣人に詰め寄る。
元々王国には行きたいと思っていたミルコだが、一人で行けるような距離ではなく仲間とパーティーを組まねば無理だろうと考えていた。
そんな時に顔を出したのが無名と武器防具屋の獣人だった。
「コイツが王国に行きたいそうだ。腕には自信があるようだから一緒に行けばいいんじゃねぇか?」
「ほほーう。横にいる人なんなのかなーって思ってたら訳ありの人間ってわけね!」
訳ありといえば訳ありだが、途中で口を挟むのも野暮かと無名は何も喋らなかった。
「じゃあウチの竜車で行こう!えっと、名前聞いていい?」
「無名です」
「おっけ!ウチはミルコだよ!」
元気いっぱい、そんな言葉が似合いそうな彼女に無名は終始圧倒される。
「王国まで竜車なら大体十日くらいかな!ちょっと長旅だけど、いいよね!」
「ええ、もちろんです。僕も一人では流石に千キロの旅程を踏破するのは無理だと思っていた所ですので」
馬車よりも速く、耐久性に優れた竜車ならば長い旅でも何とかなるだろう。
サバイバルせずに済んで良かったと無名は胸を撫で下ろす。
「じゃあそうと決まったら!おっちゃん!武器ちょーだい!」
「なんでい、前にくれてやった剣があるだろう」
「壊れた!」
武器を壊すのも大概だが、武器をくれとせがむのもなかなか凄いなと無名は黙って二人のやり取りを見守る。
「壊しただぁ!?頑丈なやつをくれてやったろうが!」
「すぐに壊れた!」
「壊れる訳がねぇだろ!鋼の剣だぞ!?」
「でも……ブンブン振り回したら折れた!」
ミルコの勢いあまる感じなら折れてもおかしくはないだろうなと無名は心の中で壊された武器に黙祷を捧げた。
「お前の扱い方が雑すぎんだよ!何本折ったら気が済むんだ!」
「折れない剣が欲しい!」
「鋼で駄目ならいよいよレアメタル製の剣しかねぇぞ!」
「じゃあそれ頂戴!」
「たけぇんだぞレアメタル製は!……大剣を用意してやるから待ってろ」
何でもかんでも頂戴で済まそうとするミルコもだが、タダで武器を用意してくれるおじさんの獣人も甘やかしすぎな気がして無名は何か言いたげな表情で二人を見守る。
「アンタは武器はいらねぇのか?」
「僕は自前のこれがありますから」
フランから貰った一本の剣。
ずっとその武器を使っている無名は他の武器を使う気にはなれなかった。
それに魔法を主軸にして戦うスタイルの為、複数の武器を持つと戦いづらくなる。
「無名!そんなヤワな武器だとすぐ折れちゃうよ!」
「馬鹿か!剣ってのはそう簡単に折れるもんじゃねぇんだよ!」
「折れるもーん!竜車を用意してくるー!」
無名もおじさんと同じ言葉を口にしかけて飲み込む。
おじさんに怒鳴られたミルコはサッサと家から出て行った。
「おお、そういや名乗り遅れたな。俺は武具防具専門店の店主をやってるガンツってもんだ。こんな見た目してるが戦闘はからっきしだからな」
おじさん獣人あらためガンツと名乗った彼は、見た目だけなら肉弾戦を得意としていそうな雰囲気があった。
何より虎の顔は迫力がある。
「ガンツさん、とても助かりました。もしまたこの国に訪れた際は必ず顔を出しますので。もちろんお礼の品も」
「へっ。気にする事はねぇよ。第一人間がこの国に来るのは大変すぎる」
「ガンツさんがいなければ路頭に迷っている所でした。本当に感謝しています」
お礼される事に慣れていないのかガンツは顔を背け照れ臭そうに鼻を擦る。
「さ!早く行こうよ無名!」
ミルコの竜車の準備が出来たらしく、騒々しく玄関の扉を開け放つ。
大人しいという言葉は一切似合わない。
こんな騒々しい奴と一緒に十日間も共にしてノイローゼにならないかと心配になるほどだった。
外に出ると無名の背丈よりも大きい竜、いやトカゲのような生物が鎮座していた。
ギョロリとした目に無名の姿が映ると、少しだけ後ずさってしまう。
「この子はウチの相棒、リューだよ!」
ミルコの紹介で竜は首を持ち上げる。
殆ど恐竜のような見た目に無名は若干緊張していた。
「リュー、よろしくお願いします」
「グルルルルル」
挨拶なのかリューは唸り声をあげると、更に無名の恐怖感は増す。
「リューも喜んでるよ!久しぶりに走れるから!」
「そ、そうですか。それは良かった」
「グルルルルル!!」
喜んでいるのか威嚇しているのか分からない唸り声を耳にしながら、無名は牽いてある荷車の側まで近付く。
「食料は積んでいますか?」
「もちろん!いつでも遠出できるよう保存がきく物ばかり!一ヶ月は生きていけるくらいだよ!」
その一ヶ月は恐らくミルコの分だけの換算だ。
それでも二人で二週間は生きていけるだけの物量だった。
「荷車の半分以上が食料……凄い量ですね」
「それはもちろん!服とか装備品はどうとでもなるけど食料だけは大事だからね!」
ミルコなりに考えた結果のようだったが乗るスペースがかなり狭い。
膝を畳んで座ればなんとか二人が座れる程度だった。
「おいおい、食料積みすぎだろ。せめて装備品も代わりのもんを入れとけ」
そう言いながらガンツが武器を数個ほど荷車へと乗せる。
これで更に狭くなりいよいよ一人しか乗れなさそうなスペースになってしまった。
「あ、無名が乗っていいよ!ウチはリューの背中に乗るから!」
「いいんですか?」
「もちろん!リューの背中に乗るのが楽しいんだから!」
どうやらミルコは荷車の方には乗らないようで、無名は少しホッとした表情を浮かべた。
「無名、伝えておく事がある」
「はい?何でしょうか?」
これから出発という時にガンツは真面目な顔つきで無名の耳に口を寄せる。
「ミルコは強い。だがな……奴の戦い方は見れば分かるが、破壊神のようだ。特にミルコの目が赤くなった時は距離を取れ」
「それはなぜです?」
「奴の本能が血を求める。手当たり次第に攻撃するからな、気をつけろ」
ミルコも訳ありらしく、ガンツの忠告を聞き無名は黙って頷いた。
「さぁ!行くよ!無名!」
「ええ、お願いします」
ミルコがリューの背中に飛び乗ると頭を撫でた。
嘶きとは違うが竜の咆哮を一つ、二人を乗せた竜車は駆け出す。
あまりの加速に無名はバランスを崩しかけたが何とか堪えた。
荷車の中で転ければ無造作に積まれた食料の下敷きになってしまう。
こんなのがずっと続くのかと思うと、彼女と王国を目指すのは間違っていたのではないだろうかと無名は呆れた様子で自問自答していた。
――――――
瞬く間に見えなくなっていく竜車を眺めるガンツは、小さく呟く。
「へっ……今代の勇者か。まあ案外まともそうで良かったぜ」
その声に呼応するかのように何処からともなくガンツの側に降り立った鳥の顔をした亜人は笑う。
「フフ、良かったの?本当の名前を教えてあげなくて」
「いいってことよ。さて、獣王国の姫君と王国の勇者のパーティーだ。どんな化学反応が起きるか今から楽しみになってきたな」
ガンツが指を鳴らすと周りに潜んでいた亜人達がゾロゾロと顔を出す。
「陛下……戯れも大概にしてください。見張っている者の気持ちも考えて頂けませんかね?」
カラスの顔をした亜人がやれやれと両手を肩の位置まで持ってくると溜め息をついた。
「王国の騒乱を治められるのか……楽しみにしてるぜ無名」
ガンツの言葉はその場にいない勇者へと投げ掛けられ、誰も反応する事なく空へと溶けていった。
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