第31話 転移失敗
無名が目を開けると、やはりというか見たことのない場所であった。
転移する瞬間に聞こえたカイルの言葉は無名の集中力を掻き乱すのに十分効果を発揮した。
フランに跳ばされた時とは違い周りは建物が所狭しと並んでいて、何処かの街のようだった。
王都のどこかかとも思った無名だが、一つだけ明らかに違う部分がある。
それは歩いている人々の容姿だった。
誰もが二足歩行なのは変わらないが、猫の耳がついていたり肌が鱗で覆われていたりと人間とはあまりにかけ離れた見た目だった。
ここがどこだか分からず呆然としていると、不意に背後から声が掛かる。
「おい、アンタ。こんな所で突っ立ってんじゃねぇ」
「すみません」
どうやら転移先が道路の真ん中だったからか、邪魔になっていたらしく虎の耳をつけた獣人が睨んでいた。
「あん?アンタ人間か?」
「はい、そうですけど……どうかされましたか?」
「珍しいもんだな。王国が今あんな事になってんのによ」
獣人は無名を上から下までジロジロ見ると、意味の分からない事を言い出す。
「あんな事というのは何でしょうか?」
「あん?何言ってたんだ?王国の惨状を知らないってのか」
「ちょ、ちょっと待ってください!惨状というのは何ですか?」
無名が凄い剣幕で迫ったせいで獣人は少し後ずさる。
「おおう……何だ、アンタのその反応、本当に知らないってのかよ」
「説明すると長くなりますので省きますが、僕は先ほどこの街に来たんです」
「するってぇとアンタ、巻き込まれなくて良かったじゃねぇか」
獣人の口ぶりから王国が今不味いことになっている事は理解できた無名はもう少し詳しく聞こうと迫る。
「王国で何があったんでしょうか?」
「王国は今や内戦状態だぞ」
「な、内戦……?」
国内事情には疎い無名だったが、内戦が起き得るような雰囲気はなかった。
少なくとも無名が王国にいた時までは。
「おうよ。王国でリンネの教会が暴れてるって話だ。何でも勇者の一人が死んだなんて噂も流れてきていたぞ」
「は?」
能力で無名に劣るとはいえ四人の勇者はそれなりの実力はあった。
それが死んだなどと聞かされては一体何が起きたのか知る必要があった。
「お願いします。もっと詳細に教えて頂けませんか?」
無名は獣人に頭を下げた。
一番最初に出会った彼にしか頼む相手はいない。
他の者に声を掛けてもいいが、目の前の獣人はそれなりの権力を持っていそうだった。
服装は質の良さそうな布が使われており牽いている荷車の中身が武具である。
少なくともただの平民ではない事は確かだった。
「仕方ねぇな……俺も人間と会うのは久しぶりだってのもあるし、とりあえず店まで一緒に来い」
「はい、ありがとうございます」
やはり店を持っているようで、彼は商人である事が確定した。
商人は耳が早い事も多く、噂や世論などもいち早く耳にしている。
そんな彼ならばより詳細な話を聞けるだろうと無名は着いていく事にした。
獣人に着いていくと二階建ての武具防具専門店に案内された。
装備品ばかりを扱っているのか食料品や装飾品などは店内に一切置かれていなかった。
「ここが俺の店だ。ちっとその辺見といてくれや。荷物を裏に運ぶからよ」
「話を聞かせて頂くわけですし、僕も手伝います」
「お?そうか。それは助かるぜ」
恩は売っておくべき。
そう考え獣人の牽いていた荷車から武具を下ろし店の裏に運んでいく。
数往復した所で全ての荷物を運び終えた。
「さて、何から話そうかい」
獣人と共に店内の椅子に腰掛け話を聞く。
「事が起きたのは丁度半年前だ。突然王国内全土に緊急放送が流れたらしい。まあ多分あれだろ、魔水晶で声を遠くまで届ける魔道具を使ったんだろうよ」
獣人の話によると、半年前リンネの教会が突如として王国全土で決起し主要都市で暴れ始めたそうだ。
当然それに対抗する王国騎士団。
しかしどこにそんなに隠れていたのかと思えるほどリンネの教会は数の暴力で騎士団を瞬く間に潰していった。
それでも王国の戦力は伊達ではなく、徐々に押し返していったが何処からともなく現れた魔族により戦況は崩れていく。
もちろん勇者もその力を存分に振るったが、力及ばず魔族の前に一人の勇者が倒れた。
勇者の存在は大きく、勇者の死により王国軍の士気は下がっていき、今も苦しい戦いを強いられている。
「てなわけで今頃王都は悲惨の一言に尽きるってわけだ。アンタも逃げてきたクチなんだろ?」
「え、あ、いや……」
半年前といえばまだ無名が王都にいたタイミング。
その頃リンネの教会が暴れ回り魔族が現れたなど聞いたことがない。
まさかと思い無名は獣人に尋ねる。
「あの……つかぬことをお聞きしますがルオール法国とアルトバイゼン王国が戦争していたのを覚えていますか?」
「ああ、知ってるぜ。あれだろ?王国の勇者が法国の勇者を負かしたって聞いてるぜ」
「その時から今はどれくらい時間が経っていますか?」
変な質問をしたせいか獣人は怪訝な顔をする。
しかし無名の顔は真剣だったからか、仕方なく答えてくれる。
「あれから丁度一年くらいじゃねぇか?」
「一年……」
そうなると無名がエルフの森に転移させられてからこの街に来るまでに一年以上経っている事になる。
実際はエルフの森で過ごしていたのは二ヶ月程度。
十カ月もの時間を跳躍してしまったということに気付いた無名は愕然とする。
確かにカイルは転移する瞬間、時間がどうのと言っていた。
これ程時間軸がぶれるならもっと最初に言っておけと無名は心の中で憤慨する。
「どうした?急に固まっちまって」
「いえ……その、想像していたより事は大きいのだと分かってしまったので」
「よく分からんが……とにかく、アンタはあの騒乱に巻き込まれなくて良かったじゃねぇか。今頃あっちは火の海。ここ、獣王国は平和そのものだぜ?」
またも聞き捨てならないワードが耳に入ってくると無名は頭を抱えたくなった。
時間もズレていれば転移先も大幅にズレている。
獣王国というのはこの世界の地理を勉強した時に学んでいる。
アルトバイゼン王国の西に千キロほど行った所にある小さな亜人だけで構成された国家。
王都まではまだまだ距離があり、カイルをぶん殴ってやりたくなったのは言うまでもない。
「おいおい、魂が抜けたような顔しやがって。大丈夫か?」
肩を落としガックリしていると獣人も心配そうに見つめてくる。
人間が滅多に訪れる事のない獣王国。
つまり、王国行きの馬車など出ているはずもないのだ。
「あの、ここから王都まで乗せてくれるような馬車は……」
「あるわけねぇだろ。第一今は内戦中の王国に連れてってくれるような物好きはいねぇ」
「ですよね……」
ダメ元で言ってみたがやはり難しそうだった。
こうなれば自力で帰るしかない。
その為には食料を買い込む必要がある。
「この硬貨って獣王国で使えるでしょうか?」
「あん?ああ、王国通貨か。残念だが使えねぇな」
国が違えば貨幣も違う。
いよいよサバイバル生活を強いられるのかと絶望していると、獣人が救いの手を差し伸べてくれた。
「アンタ、腕に自信はあるかい?もしあるってんなら俺にいいアテがある。どうする?」
「是非お願いします」
獣人は無名に手招きすると、向かいの家へと歩いて行く。
道を歩くだけで他の亜人からジロジロと見られるのはもう慣れていた。
エルフの集落に入ったばかりの時を思い出し少しだけ懐かしむ。
「おーい、ミルコー!いるかー!?」
獣人が耳を劈くような大声で叫ぶと、二階から返事が聞こえてくる。
すると小気味よい音を鳴らしながら階段を降りてきたのは小さな背の猫耳をつけた獣人だった。
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