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第30話 勇者の旅立ち

エルフの集落を魔族が襲撃してから一週間が経った。

壊れた家屋などは殆ど修復されており、今や襲撃時の影はない。

遂に無名が集落を去る時がやって来た。



「本当に探しに行くのか?俺も手伝ってやろうか?」

「いや、それには及びませんよレイン。多分一人の方がカイルさんも出て来やすいかもしれませんし」

レインの提案をやんわりと断る。

ありがたい申し出だったが、カイルの性格を鑑みれば無名一人の方がヒョッコリ現れる可能性が高かったからだ。


「いつでも来るといい。我々エルフはお前を歓迎する」

「ありがとうございますマリアさん」

マリアも見送りの為に集落の入り口まで出てきてくれていた。

この世界で歓迎されたのは初めての事であり無名も少し照れ臭くなって顔を背ける。


「ムメイ……」

リンだけは目元が赤く夜通し泣いたのはすぐに分かるほどだった。

もう会えなくなる事はないがすぐに会える距離でもない。

それを理解しているからか悲しそうな表情を浮かべていた。


「リン、僕はまたここに顔を出しますよ」

「うん……」

「その時には立派な魔法使いになっているのを期待していますよ」

「うん……」

リンはずっと頷くだけであまり無名の目を見ようとはしなかった。

多分見れば泣いてしまうからだろう。

無名はリンの頭を撫でてやると、荷物を背負う。


エリーゼから渡された支度品だ。

食料などが入っていて万が一カイルがすぐに見つからず森で彷徨うことになっても数日は生きていけるだけの食料や水を貰ったのだ。


「またいらしてくださいね。子供達も寂しがると思いますので」

「はい、ミンフさんもお元気で」

各々挨拶を交わすと最後にエリーゼの前へと立った。


「この集落に来てエルフと出会い死を目前にして、命の重みを理解できたか?」

「はい。友人を亡くしたのはとても耐え難いものでした。僕が奪ってしまった兵士達の家族もこんな経験をしていたのかと思うと申し訳なく感じています」

「過去は振り返るものではない。それを糧にして未来をどう生きるかだ。決して人の心を見失うな」

「ありがとうございます。それでは皆さん、また会う時まで」

見送りに来たエルフ達に頭を下げると結界の外へと出る。

次に会う時はいつになるか分からないが、それでもいつかは必ずここに戻ってこようと思えるくらいには無名の中でエルフの集落が大切な場所に変わっていた。



集落を出て森の中を彷徨っていると、案の定どこからか見られているような気配を感じ無名は足を止める。



「居るのでしょう?カイルさん」

無名が声を上げると草むらをかき分ける音と共にカイルが姿を現した。


「気配は絶っていたんだけどね。君の探知魔法は流石と言うべきか」

カイルはいつものラフな格好で無名へと近付く。

もう察しているのか無名が口を開くのを待っているようであった。


「カイルさん、僕を王都へ帰す方法を教えて頂けませんか?」

「ふむ……そうだねぇ。じゃあこの質問に答えられるかな?今君は選択を迫られている。片方は唯一無二で仲の良い友人、もう片方は血の繋がった家族。どちらかしか救えないのだとしたら君はどちらを選ぶ?」

究極の選択だった。

数秒無言が続いた後無名は答えを口にする。


「友人を選ぶと思います」

「その理由は?」

「家族、というより血の繋がった者に対していい感情はありません。しかし、友人という存在は既にレイオールを失い喪失感を覚えました。だから……今の僕は友人を選ぶと思います」

「なるほどなるほど」

カイルが黙り少し考える素振りを見せると無名は緊張しながら彼の言葉を待った。


「うん、いいよ。私の好きな答え方だ」

満足した結果だったからかカイルは笑顔を浮かべ無名に微笑みかける。


「じゃあ着いておいで。私の家に案内しよう」


カイルに着いていく事になり、歩く事十五分。

ゴツゴツとした岩肌の洞窟が姿を現す。

中を錬金術で改装したのか、取って着けたような扉を開くとそこには広々とした綺麗な部屋があった。


「ここが私の家さ。さあ地下に行くよ」

驚いている無名をよそにカイルはサッサと地下への階段へと歩いて行く。

無名も置いていかれないように着いていき階段を下る。


地下へと辿り着くとそこには研究室と思われる部屋があった。

薬剤が棚に並べてあり机の上には何かの設計書なのか紙が散乱している。


「おっと、机の上は気にしないでくれよ。片付けていないからね」

「あ、いえ……」

想像しているより汚く散乱していて無名もついつい視線がそちらを向いてしまう。

無名にも何が書いてあるか分からない書類ばかりで、研究に関するものなのだろう事くらいしか理解できなかった。


「ついたよ」

カイルの案内で連れてこられた場所は、地面に魔法陣が描かれているただそれだけの部屋。

周りは石の壁で囲まれ、地面の魔法陣以外には何も無い。


「設置型転移魔法陣。膨大な魔力を使うけど無名君なら問題はないと思うよ」

「これが……転移魔法陣ですか」

見たことない魔法文字で構成された円形の魔法陣は、部屋全体に敷き詰められるほどに大きくその中央には人が立てる程度の小さな円が描かれていた。


無名はカイルの指示に従いながら魔法陣の中央に立つと、目を瞑る。

転移魔法陣を起動するには集中力も必要になる為だ。


「無名君の魔力なら発動は可能さ。ただ、狙った場所に跳べるかどうかは魔力量に比例する。ここから王都まではかなり距離があるからね、もしかしたら位置がズレるかもしれないけど、それは仕方ないと思っておくれよ」

「はい、問題ありません」

エルフの森から出られて少しでも王都に近づけるなら後は飛行魔法で何とかなるかもしれない。

そう考えながら無名は魔法陣に魔力を流し込んでいく。


無名は頭の中で王城で自室として与えられた部屋を思い浮かべた。

というよりそこくらいしか思い浮かばない。

後はフランに指導を受けていた時の小屋くらいだ。


「しっかりイメージするんだよ。曖昧なイメージだったら訳の分からない所に転移してしまうからね」

カイルの忠告どおり、自室を鮮明に思い出す。

ベッドがありその横には机が置いてある。

ソファは二人掛けでシンプルな木製の棚が二つ。


「はい、大丈夫です」

「後はそうだね、座標も大事だよ。高さを間違えたら転移先ですっ転ぶ事も少なくないんだ」

天井までの高さや、絨毯の感触まで詳細な部分まで頭に浮かべた。

自分が転移した瞬間を、足の裏に感じる地面の感触をより鮮明にイメージする。


ミスは許されない。

転移魔法が流行らなかったのは習得難易度があまりに高すぎるというのもあるが、使用者のイメージによっては岩の中にめり込んだり自宅を思い浮かべたつもりが実際には数百メートル高い位置に転移してしまい落下死というのもあったからだ。



徐々に魔法陣が光を帯び部屋全体を照らしていく。

無名は目を瞑ったまま魔力が途切れないよう集中し続けている。


「いいね、いい感じだ。あと一つ言い忘れていたけど、これは一方通行だからね。登録してある場所に跳ぶのならまだしもイメージした場所に跳ぶ際は一方通行なんだ。だから戻って来る事はできないよ」

「分かりました」


いよいよ光が強くなっていき無名は目を開く。


「カイルさんには色々と学ばせて頂きました。ただ貴方の唯一の欠点は人の心を理解できない点です。師と仰ぐにはいささか問題がありましたが、それでも期間限定とはいえ僕に指南をつけてくれた事、感謝しています」

「私も無名君とは良き隣人でいたいものさ。いつか矛を交えるような事にならないよう祈っているよ」


カイルと最後の言葉を交わすと無名は転移魔法陣を起動する。


「あっと言い忘れていたけど、時間の概念もあるから、今この時間軸に跳ぶようにイメージ――」

転移する瞬間に聞こえた言葉は一番伝えておかねばならない大切であろう言葉であった。

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