第25話 虫の知らせ
リンネの教会が根城にする廃棄された城塞に足を運んだクロセルは目的の人物へ会う為礼拝堂に向かう。
護衛を着けず人間の治める国に足を踏み入れるなど危険極まりない行為だが、公爵位であるクロセルを殺せる人間は少ない。
「お前がリンネ、だな?」
黒い礼装に身を包み悪魔像に祈りを捧げていたリンネは聞き覚えのない声に警戒しながら振り向く。
ハルファスをも超える魔力の渦が溢れており、一目で魔族であると分かったリンネはすぐさま片膝をついた。
「楽にせよ」
「ハッ」
「私はクロセル公爵。貴様がリンネで間違いないな?」
「はい、私がリンネでございますクロセル様」
聞いたこともない名前だったが崇拝するハルファスよりも高位の存在であるクロセルには最大の礼儀を尽くす。
「リンネ、貴様に任せたい仕事がある」
「なんなりとお申し付けくださいませ」
「王国の勇者が五人召喚された事は知っているな?」
「ハッ。ハルファス様からの命令で常に監視を行っております」
「その中の一人の行方が分からんのは何故だ」
「憶測ですがおおよその行方は分かっております」
リンネの言葉にクロセルは顔を顰める。
フラウロスは行方が分からないと言っていたにも関わらず人間組織はある程度消息を掴んでいるような口ぶりでクロセルを苛立たせた。
「言え。もう一人の勇者はどこにいる」
「……恐らくエルフの森かと」
リンネは言うべきか悩んだがここで口籠れば即座に殺される可能性が高いと判断し、リンネの教会で調べた情報を口にする。
嘘をついても良かったが、万が一バレでもすれば目の前の魔族は怒り狂うだろう。
そうなればリンネの教会は滅ぼされる。
そのリスクを加味し本当の事を述べた。
「エルフの森か……クックック、これであのジジイを出し抜けるぞ。感謝するぞリンネ」
「いえ、礼には及びません」
「人間組織を手下に加えるのもなかなか良いものではないか。貴様がフラウロス陣営でなければ引き抜いていたぞ」
「私はクロセル様のお役に立てるような力はございません。それよりも僭越ながら一つご忠告があります」
「何?なんだ、忠告というのは」
「エルフの森には強大な力を持つ者が多く、中には魔族とも張り合える程の力を持つ者もいると聞きます」
クロセルに警告したのはただの親切心だった。
ただそれがクロセルを苛つかせる要因になった。
「貴様……エルフ如きが私に敵うとでも思ったか?」
「……私程度では貴方様のお力を測ることはできません。ただエルフの中には数百年を生きる者もおります。決して貴方様を侮っている訳ではございませんが、お気をつけくださいませ」
「……ふむ。まあいい、貴様の忠告聞き届けた」
クロセルはそれだけ言うと踵を返し魔国へと帰っていった。
礼拝堂から出て行ったクロセルをジッと見つめていたリンネは、遠くへ行ったのを確認し懐から魔道具を取り出す。
それはハルファスと直接連絡を取るための魔道具だった。
「……なんだ」
「ハルファス様、先程クロセルと名乗る魔族が来られました」
「何?クロセル様がなぜだ」
「分かりません。ただ行方不明となっている勇者の所在を聞いてきました」
「……分かった。こちらで調べておく。お前はそのまま任務を続行しろ」
「ハッ」
短い言葉を交わしリンネはまた悪魔像へと振り返り手を組み祈りを捧げる。
魔族も一枚岩でない事は知っているリンネはこれ以上深入りするつもりはなかった。
深入りすれば最後、人間としての死は迎えられない。
「クロセル様……か。公爵位に相応しい魔力でしたね……。ただ器はどうやら小さい様子。フフフ、様々な魔族から狙われる勇者も可哀想なものですね」
リンネは小さく呟き目を閉じた。
――――――
エルフの集落に大結界が張られて一週間が過ぎた。
魔物が結界を破ろうとしてくる事もなく、比較的穏便に日々は過ぎ去っていく。
「無名、どうした?」
そんなある日、マリアと手合わせする無名はふと空を見上げる。
嫌な予感というものは存外当たるもので、その日も無名は何となく今日は長くなりそうな予感がして目を細める。
「マリアさん、すぐに子供達を隠れ家に避難させてください」
「何だと?何かあったのか?」
突然空を見上げそう呟く無名に不審感を覚えマリアは不思議そうな顔で問い掛ける。
「何かあったのか、ではなく何かありそうです」
「……勇者の勘というやつか?」
「恐らく。とにかく急いで非戦闘員は隠れ家に連れて行ってください」
マリアは黙って頷くとすぐに行動を開始した。
無名は空を眺め大結界の元へと急いだ。
「ふむ……これは」
エリーゼも同じタイミングで何かを感じ取ったのか食事の手を止め目を瞑る。
何かが起こる。
たったそれだけの勘だがこういう時の嫌な予感は無視しないほうがいい。
それは長きに渡る生の中で学んだ事だった。
「誰かおるか!」
「はい!」
エリーゼは家から飛び出すと近くにいるエルフへと声を掛ける。
「すぐに隠れ家へ子供達を入れよ。戦闘員は全員武器を持て」
「な、何が始まるんですか?」
「クックック、さぁな」
困惑したエルフはとにかく急いだ方がいいのだろうとその場を後にする。
「さて、どう戦うか……カイルがどちらに転ぶかで勝敗の行方が決まるな」
エリーゼは不敵に笑い杖を取りに家へと戻った。
エルフの集落はみな落ち着かない様子でソワソワと周りを見渡す。
マリアやエリーゼが武器を片手に集落の中央、大樹の下に集まり神経を研ぎ澄ませる。
「無名殿はどうした」
「分からん。結界の様子を見に行ったかもしれん」
マリアはあまり心配はしていなかった。
こんなタイミングで逃げ出すような人間ではないと理解しているからだ。
そんな無名は結界の側まで来ると、口を開く。
「カイルさんいますか?もしいるなら少しだけ話がしたいんです」
誰も居ない森へ声を掛ける。
何も反応はない。
ただ無名はカイルと話をしたかった。
少し待っていると草木を掻き分けるような音がして無名は警戒する。
「おっと、そう警戒しないでくれよ無名君」
現れたのはいつもと変わらぬ姿のカイルだった。
「私を呼んだかい?」
「ええ、貴方に聞きたいことがあったので」
この嫌な予感は確実にエルフの集落が滅びそうな予感だった。
無名も全力で抗うつもりだが、それでもカイルのような圧倒的な戦力が欲しかった。
「ふむ、聞きたいことか。エルフの集落を襲ったのかって?」
「いいえ、それは今は聞きません」
「ふむ、じゃあ何かな?」
「貴方は魔族側ですか?人類側ですか?」
カイルと結界を隔てて会話を交わす無名は、これだけは聞きたかったのだ。
彼が魔族側だというのならもう容赦はしない。
師と仰ぐことも二度とないだろう。
しかし人類側というのであれば、頼みたい事があった。
しばらく無言を貫くと、ようやくカイルは口を開いた。
「人類側、かな。私も色々危ない橋は渡っているけど、最終的な目標は魔王の討伐だからね」
「その言葉に偽りは?」
「神に誓って言おう。偽りはないよ」
それを聞くと無名は結界の外へと出た。
結界は敵意を持つ者だけを拒む。
無名のようなエルフに味方する者なら自由に出入りする事ができる。
「おっと、いいのかい?私の前に出てきても」
「頼み事をしたいので、誠意を見せようかと思いました」
「なるほどなるほど……で、頼みってのはなんだい?」
無名は一拍置いて言葉を続ける。
「カイルさん、力を貸して頂けませんか?」
「ほう?私を疑っていたんじゃないのかい?エルフの集落を襲わせたって」
「疑いが晴れたわけではありません。ただ……これから始まるのは種の生存戦争です。僕では守りきれません、だから貴方に力を借りたい」
無名は本音でカイルに頼みこんだ。
マリア達にも黙ってカイルに手を借りるなど、バレれば無名も裏切り者だと罵られるだろう。
しかし種の存続がかかっているのだ。
背に腹は代えられない。
カイルはそんな無名に優しく微笑む。
「もちろんさ。エルフが全滅するなんて到底見過ごせないからね。微力ながら手を貸そう」
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